神に帰る生き方

せっかく生まれてきたのだから、心平安に生きていきたい!と思う。

神様に感謝をしよう!その1

2017-11-04 05:15:03 | 宗教
神様がいる!
ということを
私たちの体や、この世にある全てのものが
証明している!
ということを先週は書いてみました。


こんにちは ファーティマ松本です。


11月に入って、日本はもう随分と寒くなったのではないでしょうか。
私が住んでいるサウジアラビアも、だいぶ涼しくなってきて とても気持ちがいいです。
いつもこのくらいだと、ホント最高なんですけどねえ。

と、、、、

文句や愚痴を言っている場合ではありません。
何しろ今回は「神様への感謝」について書かねばなりませんからね。

3週続いて、神様がいるのかどうか、ということを
テーマにしてみました。

神様の存在を、信じる、信じない は個人の自由ですが、
周りのもの全て(自分の体、家畜や植物といった生態系、地球や宇宙など)
が実にうまくできている、ということは、
どうしたって認めなければならないと思います。

ということで、、、
一応、今週からは「神様はいるんだ」という前提で
話をさせていただきますので、ご了承ください。

『感謝』

さあて、
私たちは、一体どんな時に「感謝」をしますか。
誰かに何かをもらった時?

まあ、
小さい頃から、何かをもらったら「ありがとう」
と言うように、仕込まれてきましたからねえ。
大抵の人はきっと
「ありがとう」
と言って、感謝をしていることと思います。

しかし、、、
誰かから何かをもらった時には、ちゃんと「ありがとう」を言える私たちではありますが、

神様に対しては、、、、

どうでしょう?
どれくらいの人が、神様に「ありがとう!」って
日常的に言っていますか?


私たちは、神様から数えられないくらい、たくさんのものをもらっています。

まずは、この体ですね。
目は、誰がくれたのでしょう。
鼻は?
口は?
手は?
足は?
心臓は?
肺は?
体の中にあるもの、全てが全て、神様が私たちにくれた贈り物ばかりです。

しかし、私たちはついつい
「自分の体、自分の目、自分の鼻、自分の耳」
自分の、
自分の、
自分の、と
あたかも、自分が汗水流して働いた金で、買ってきたような物のように言います。

どの体の部分一つとったって、
”自分の努力”や
”自分のお金”で
得た物なんて、何にもないにもかかわらず。

全てが全て、神様からいただいた贈り物なんです。
もちろん、体だけが贈り物ではありません。
体だけあったって、生きていけるわけではありませんからね。

空気だって吸わなきゃいけないし、
水も飲まなきゃいけないし、
食べ物も必要だし、、
作物を得るためには、土やら太陽とか、
いろいろな物が必要になってきます。

土を創ってくれたのは、誰でしょう?
太陽の光を創ってくれたのは、誰でしょう?
水に空気に、動物に、、。

私たちが生きていく上で必要な物は、
全て神様が私たちのために、創ってくれた贈り物ばかり。

空気にお金を払っている人はいますか。
太陽の光や雨にお金を払っている人はいますか。
親指を得るのに、お金を払ったって言う人はいますか。

どれもこれも”タダ”で、神様が私たちに与えてくれているのです。
そして、どれもこれもなくなってしまったら、大変困るものばかりです。

彼女や彼氏からもらったプレゼントを失くしてしまったとしても、生きていくには困りません。
(ちょっと怒られたり、それが原因で別れちゃうかもしれないけど)

でも、神様からの贈り物が失くなってしまうと、生きて行く上で非常に困難を感じます。
そのくらい、神様からの贈り物は高価なんですねえ。

例えばもし、指を失ってしまったら、、、、?

どれだけお金をかけたとしても
完璧に元の形に戻す、というのは、無理でしょう。
世界中のお金と世界中のトップレベルのお医者さんを集めても
多分、無理だと思います。

そんなに高価で、貴重な指を手に10本、足に10本も もらっているのです。
有難い!

また、もしあなたが
「一千万円あげるから、目を一個ちょうだい。」
と言われたらどうしますか。

フツーは「いいよ」とは言わないですよね。
(よっぽど困っていたら、別かもしれませんが、、)

目も鼻も、手も、足も、全部が全部、金額をつけられないくらい高価で貴重なものばかりです。
そーんなに超貴重なものを、私たちは産まれた瞬間から”タダで”もらっているんですね。
有難いことです。

本当に、ものすごーくありがたいことなのに、そのことに対し
「ありがとう」と
神様に、毎日言っている人は、なかなかいません。(私も含めて)

毎日フツーに見ているから、あって当たり前になっているのかもしれませんね。
でも、
決して当たり前のことではないのです。
いつ事故にあって、足がなくなるか分からないし、
いつ病気になって、胃を切除しなければならなくなるかわかりません。
だから
大事に使って、常に感謝をしたいものです。
なくなってから、初めてその”有り難み”に気がついても
もう、元には戻らないでしょうから。

さて、、、

今週は、
その、あって当たり前と思っているものの一つ。
「食べ物」について、少し考えてみましょう。

我が家には子供が7人います。
そのうちの一人が「何よりも食べるのが大好き!」と言う子がいるのですが、、、。

その子に、こんな質問をしたら、なんて答えるでしょうか。

「もしさ、神様が食べ物を一種類しか創らなかったら、どう思う?
 例えば、玉ねぎだけとか。
 玉ねぎだけ食べていれば、必要な栄養が全部取れるようにつくったとしたら?」

その子の答えは、きっと

「エーッ!嫌だよそんなの。」

に、なることでしょう。

神様は、本当にいろいろな野菜や果物を創ってくれました。

日本だけでなく、世界に目をむけると
もう!おっもしろい野菜や果物がいっぱいあるんですよね。
サウジアラビアにも、日本にはない野菜が結構ありますよ!
おかげで、私たちはいろいろなものを食べ、それらを楽しむことができるんです。

興味深いのは、
どの作物を見ても、基本的に必要なのは、種と土、太陽と水。
必要な物(原材料)は、同じなのに
出来上がる物が全く違う、というのもすごいですよね。

それに
寒い地方でできる野菜等は、体を温める力があって、
反対に暑い地方でできる食べ物は、体を冷やす効果がある。

そう!
いろいろな味を楽しむだけでなく、
神様が創ってくれたものは、体にいい!
人間がつくったものは、いろいろと”アヤシイー”ものが入っていたりしますが、
神様がつくった天然物は、体に超優しくできている。

食べ物のことを考えるとき、神様ってすごいなあ、と思うと同時に
「神様ありがとうございます!」と
心から思います。


我が家にはまた、「水が大好き!」
と言う子もいます。
(そういうことを言うだけあって、痩せてます、やっぱり。)

水、、、
本当に、超必需品ですよね。
飲んだり、料理に使ったり、だけでなく
洗いもの、掃除、全てになくてはならない存在です。
喉が乾いたら、ジュースを飲む事は出来ますが、
掃除にジュースや、牛乳というわけにはいきませんからね。

それに、あの味が絶妙!
味がないようで、あるし。
一生飲み続けても、飽きませんね。



さーて 水について、
神様はクルアーンの中で このようにおっしゃっています。

『またあなた方の飲む水について考えたか。
 あなた方が、雲から(雨を)降らせるのか、
 それとも
 われが(アッラーが)降らせるのか。
 われがもし欲するならば、それを塩辛くすることができる。
 あなた方はどうして、感謝しないのか』

 (クルアーン86:68~70)

もし、、、
お水がしょっぱかったら、、、
うちの子きっと悲しくなっちゃうだろうなあ。

さあ

「神様に感謝する」

というのは、一体
どういうことであるのか、、、、

来週からしばらく
「それ」をテーマに書かせてもらいます。


今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!


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