こんにちは、ファーティマ松本です。
ユダヤ人の歴史について。
まずは、軽くおさらいです。
ムーサさんはユダヤ人を助けました。
そして神様は、彼らの生活を律するために、ムーサさんに律法を授けました。
しかし、ムーサさんが不在の時、彼らユダヤ人は牛の偶像を作って拝みだした為
ムーサさんは激怒しました。
その後、ムーサさんは彼らと共に約束のカナンの地に戻りましたが、
ユダヤ人達が、この地には恐ろしい人達がいるということで、入国を拒否。
そのため、神様は40年もの間、彼らがカナンの地に入ることを禁止されました。
ムーサさんの死後、ユシャーという名の新たな預言者が遣わされ、
彼がユダヤ人と共に戦い、カナンの都市エリコに入ることが出来ました。
ユシャーさんが生存中は、しっかりと暮らしていたユダヤ人達でしたが、
ユシャーさんの死後は、また正しい道からどんどんと離れてしまいました。
そして、住んでいた土地を周りの異民族に取られてしまいました。
そこへ新たな預言者の登場。
彼(名前は多分サミエル)が、王様がいれば戦うぞう!というユダヤ人に対し、王を任命。
その人物の名は、タールート。
彼が身分が低くお金持ちでなかったため、人々は拒絶しましたが、その時奇跡が起きました。
なんと、タールートの前に、何年も前に失くなった箱が戻って来たのでした。
その箱の中には、ムーサさんの遺品等が入っていたとされています。
その箱が彼らの元にあった時には、その箱を持って戦いに行っていたそうです。
そして、必ず勝利をあげていたとされています。
ユダヤ人達は、その箱を前にして仕方なく、タールートを王と認め、戦いに望みました。
しかし、戦いへの道中、川の水を飲んではいけない、飲んでもほんの少しだけだ、という王様の命令に従わない者が多数いました。
<では、ここから今回のお話のスタートです。>
一説によると、8万人いた軍隊の中、この川のテストに受かったのは、ほんの4千人だったとあります。
そして、この川のテストの後にも選別があり、結局最終的に残った人の数は300人ちょっとだったそうです。
此の様に、イスラエルの民(ユダヤ人)の大半は、とかく預言者の言う事を聞かなかったり、
ひどい場合には預言者を殺してしまったりするので、彼れの上に立つ人というのは苦労が絶えなかったのです。
300人ちょっとの軍隊に対し、対する異民族は多人数であるだけでなく、
体格の良い人ばかり。
彼らのリーダーがその中でも、特に身体の大きい人物でした。
名前をジャールート、英名ではゴリアテといいました。
当時の戦いは、まずは一対一の戦いから始まったようです。
まず最初に、この図体のでかいジャールートが出てきて、
「さあ、俺様の相手をするのは誰だ?」
と言いました。
ユダヤ人サイドは、もうそれだけで怖気付いてしまいました。
何しろ、デカくて超強そうだったのですから、仕方ないですよね。
しかしそこへ「僕が相手だ!」と声をあげたのは、
まだまだ少年と言っていいほどの青年でした。
彼は、背も高くなければ、体格が良いわけでもありません。
相手側は大笑いし、ユダヤ人サイドも
「お前、やめとけ、やめとけ。」と彼を制します。
しかし、その青年は、「大丈夫、大丈夫。この間も熊をやっつけたんだから。」
と勇敢に、ジャールートの前に立ちはだかりました。
ジャールートが
「お前なんか一瞬でやっつけてやるわ。」と言っている間、
青年は、石を掴んでジャールートの額に向けて投げつけました。
すると、ジャールートは額から地を流し、その場にバタッと倒れそのまま息を引き取ったのでした。
それを目にした相手の軍隊は、「リーダーがやられたぞお!」と
全員踵を返し逃げてしまったという事です。
この青年が後に、彼らユダヤ人の王となり、そして預言者になる人物です。
名前は、ダビデさん(平安あれ)!
このダビデさんと彼の息子さんのスレイマーン(ソロモン)さん(平安あれ)の時代が、
ユダヤ人の黄金期であります。
さて、この青年ダビデさん(アラビア語でダーウード)でありますが、
戦いを前にして、このような祈りを神様に捧げていました。
クルアーンを見てみましょう。
『それからかれらは進んで、ジャールートとその軍勢に見えんとする時、(祈って)言った。
「主よ、わたしたちに不屈の精神を注ぎ込んで下さい。わたしたちの足場を固めて、
不信心の民からわたしたちを御助け下さい。」 (2-250)
この祈りには、大きなレッスンが込められています。
それは、まさしく<お助けください>という部分ですね。
<神様からの助け>と聞いて、どんな事を思いますか。
「いやあ、神様が助けに入ってんだったら、もう勝ち確実でしょ?」と
思われたそこのあなた、正解です。
神様と言ったら、な~んでもできるお方ですよ。
風だの、水だの、動物、昆虫だの、そして天使たちなど、神様がお創りになった物を使って、
誰かを助けるのなんて簡単なことです。
もちろん、何も使わなくったって同じです。
神様には、不可能ということはないのですから。
このダーウードさん(平安あれ)の戦いだけでなく、神様は何度も何度も人間を助けています。
その全てのケースで、一見すると「絶対に無理!」というような状況にも関わらず、であります。
例えば、ムーサさんがユダヤ人を連れて逃げた際の事、覚えていらっしゃいますか。
エジプト軍が追って来る中、彼らの眼の前には紅海がありました。
ユダヤ人達は、もう駄目だ、やられちゃうと完璧に諦めモードに入ってしまいましたが、
神様は海を2つに割って、ユダヤ人達を助けたのでした。
私達人間は、自分達が考えられる範囲の中でしか考えることが出来ません。
「あー、もうお終いだ。」とか。
「この状況では、絶対に無理だ。」とか。
しかし神様は、私達が考えられる範囲の中から、遥か遠くにいらっしゃるお方です。
ですから、どんなに状況が絶望的であったとしても、神様が自分の側にいてくれれば、
勝利は確実なのです。
上記の状態で、紅海を前にした預言者ムーサさん(平安あれ)は、こうおっしゃいましたよね。
「大丈夫、アッラーが一緒にいられる。」
神様が一緒にいてくださるのであれば、どんな状況であっても勝利は確実です。
(デファルトってやつですね。)
しかし大事な点として、その勝利というのが、またしても私達の考えられる範囲の中ではない、ということです。
例えば、現在進行中のイスラエルによるガザの侵攻。
普通に見れば、「全然イスラエルの方が勝ってるじゃん。」
「じゃあ、神様はイスラエル側なの?」
と思われることでしょう。
毎日の様に殺されている人たちは、じゃあ、負けた人達なのか?
いえ、そうではありません。
彼らは、全員殉教者になったのです。
殉教者というのが、神様視点でどれだけの地位であるのかご存知でしょうか。
もしそれが分かれば、彼らはまさしく勝者以外の何者でない事が納得できるでしょう。
預言者ムハンマド(平安あれ)は、殉教について最も尊い死の一つであると言いました。
彼(平安あれ)によると、殉教者はアッラーのもとで6つのことを授かるそうです。
1.その最初の流血で罪が全て赦される。
2.(墓場にいる期間)楽園の中での位置が見える。
3.墓の罰から守られる。
4.大いなる恐れ(審判の日)の恐怖から守られる。
5.頭に栄光の冠が与えられる―その宝石はこの世界よりも尊い。
6.72人の楽園の配偶者と結ばれ、70人の親族のために執り成しができる。
死んだ後の生活がものすごく優れている、夢の様だということです。
つまり、一見殺されて負けたかの様に見えた人達は、良い生活をてに入れられた勝者なのです。
預言者さんによれば、殉教者達はあまりにも素晴らしい生活を手に入れられたがため
もう一度現世に戻って、殉教者として殺されたいと願う位だそうです。
しかしイスラエル側は、そんな事を知りません。
自らの手で、多くのパレスチナ人達を殉教者という最高レベルの位にして、
天国に送り込んでいる事を。
毎日行っているであろう監禁、拷問、殺害、このような行いをしながら、
相手に殉教者という最高の地位を与えている事を。
そしてもちろん、その自分の手で、自らを火獄への追い込んでいる事も。
イスラエルは、いつか必ず敗れます。
そして、もちろん勝者は、パレスチナ人達です。
それがいつなのかは、分かりませんが、必ずその日はやって来ます。
なぜなら、神様が彼らの側にいるからです。
では
神様が側にいてくれる人達の特徴を、3点書いてみましょう。
まず第一は、前回の記事にも書きました。
「アッラーは耐え忍ぶ者と共にいられる。」(2-249)
我慢、忍耐、耐えて耐えて耐え忍ぶ人達です。
第二に、
「まことにアッラーは善行を行う者と共におられる。」(29:69)
善い行いをする人達。人を傷つけるなんてもっての外です。
第3に、
「まことに、アッラーはタクワのある者、そして善行を行う者と共におられる。」(16:128)
タクワとは、アッラーを常に意識し、畏れ、命令に従い、禁止を避ける心の状態のことです。
そういったアッラーの決まりから外れる事、アッラーに怒られる事をする事を畏れる心がある人達が、タクワのある者。
この3点を全て満たしているのは、どう見てもイスラエル側ではなく、パレスチナサイドです。
一日も早く、パレスチナが開放され、普通の平穏な日々を得られる様になりますように!!
(アーミーン)
今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!
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ユシャーさんの死後は、また正しい道からどんどんと離れてしまいました。
そして、住んでいた土地を周りの異民族に取られてしまいました。
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その人物の名は、タールート。
彼が身分が低くお金持ちでなかったため、人々は拒絶しましたが、その時奇跡が起きました。
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その箱の中には、ムーサさんの遺品等が入っていたとされています。
その箱が彼らの元にあった時には、その箱を持って戦いに行っていたそうです。
そして、必ず勝利をあげていたとされています。
ユダヤ人達は、その箱を前にして仕方なく、タールートを王と認め、戦いに望みました。
しかし、戦いへの道中、川の水を飲んではいけない、飲んでもほんの少しだけだ、という王様の命令に従わない者が多数いました。
<では、ここから今回のお話のスタートです。>
一説によると、8万人いた軍隊の中、この川のテストに受かったのは、ほんの4千人だったとあります。
そして、この川のテストの後にも選別があり、結局最終的に残った人の数は300人ちょっとだったそうです。
此の様に、イスラエルの民(ユダヤ人)の大半は、とかく預言者の言う事を聞かなかったり、
ひどい場合には預言者を殺してしまったりするので、彼れの上に立つ人というのは苦労が絶えなかったのです。
300人ちょっとの軍隊に対し、対する異民族は多人数であるだけでなく、
体格の良い人ばかり。
彼らのリーダーがその中でも、特に身体の大きい人物でした。
名前をジャールート、英名ではゴリアテといいました。
当時の戦いは、まずは一対一の戦いから始まったようです。
まず最初に、この図体のでかいジャールートが出てきて、
「さあ、俺様の相手をするのは誰だ?」
と言いました。
ユダヤ人サイドは、もうそれだけで怖気付いてしまいました。
何しろ、デカくて超強そうだったのですから、仕方ないですよね。
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まだまだ少年と言っていいほどの青年でした。
彼は、背も高くなければ、体格が良いわけでもありません。
相手側は大笑いし、ユダヤ人サイドも
「お前、やめとけ、やめとけ。」と彼を制します。
しかし、その青年は、「大丈夫、大丈夫。この間も熊をやっつけたんだから。」
と勇敢に、ジャールートの前に立ちはだかりました。
ジャールートが
「お前なんか一瞬でやっつけてやるわ。」と言っている間、
青年は、石を掴んでジャールートの額に向けて投げつけました。
すると、ジャールートは額から地を流し、その場にバタッと倒れそのまま息を引き取ったのでした。
それを目にした相手の軍隊は、「リーダーがやられたぞお!」と
全員踵を返し逃げてしまったという事です。
この青年が後に、彼らユダヤ人の王となり、そして預言者になる人物です。
名前は、ダビデさん(平安あれ)!
このダビデさんと彼の息子さんのスレイマーン(ソロモン)さん(平安あれ)の時代が、
ユダヤ人の黄金期であります。
さて、この青年ダビデさん(アラビア語でダーウード)でありますが、
戦いを前にして、このような祈りを神様に捧げていました。
クルアーンを見てみましょう。
『それからかれらは進んで、ジャールートとその軍勢に見えんとする時、(祈って)言った。
「主よ、わたしたちに不屈の精神を注ぎ込んで下さい。わたしたちの足場を固めて、
不信心の民からわたしたちを御助け下さい。」 (2-250)
この祈りには、大きなレッスンが込められています。
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<神様からの助け>と聞いて、どんな事を思いますか。
「いやあ、神様が助けに入ってんだったら、もう勝ち確実でしょ?」と
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風だの、水だの、動物、昆虫だの、そして天使たちなど、神様がお創りになった物を使って、
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もちろん、何も使わなくったって同じです。
神様には、不可能ということはないのですから。
このダーウードさん(平安あれ)の戦いだけでなく、神様は何度も何度も人間を助けています。
その全てのケースで、一見すると「絶対に無理!」というような状況にも関わらず、であります。
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ユダヤ人達は、もう駄目だ、やられちゃうと完璧に諦めモードに入ってしまいましたが、
神様は海を2つに割って、ユダヤ人達を助けたのでした。
私達人間は、自分達が考えられる範囲の中でしか考えることが出来ません。
「あー、もうお終いだ。」とか。
「この状況では、絶対に無理だ。」とか。
しかし神様は、私達が考えられる範囲の中から、遥か遠くにいらっしゃるお方です。
ですから、どんなに状況が絶望的であったとしても、神様が自分の側にいてくれれば、
勝利は確実なのです。
上記の状態で、紅海を前にした預言者ムーサさん(平安あれ)は、こうおっしゃいましたよね。
「大丈夫、アッラーが一緒にいられる。」
神様が一緒にいてくださるのであれば、どんな状況であっても勝利は確実です。
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例えば、現在進行中のイスラエルによるガザの侵攻。
普通に見れば、「全然イスラエルの方が勝ってるじゃん。」
「じゃあ、神様はイスラエル側なの?」
と思われることでしょう。
毎日の様に殺されている人たちは、じゃあ、負けた人達なのか?
いえ、そうではありません。
彼らは、全員殉教者になったのです。
殉教者というのが、神様視点でどれだけの地位であるのかご存知でしょうか。
もしそれが分かれば、彼らはまさしく勝者以外の何者でない事が納得できるでしょう。
預言者ムハンマド(平安あれ)は、殉教について最も尊い死の一つであると言いました。
彼(平安あれ)によると、殉教者はアッラーのもとで6つのことを授かるそうです。
1.その最初の流血で罪が全て赦される。
2.(墓場にいる期間)楽園の中での位置が見える。
3.墓の罰から守られる。
4.大いなる恐れ(審判の日)の恐怖から守られる。
5.頭に栄光の冠が与えられる―その宝石はこの世界よりも尊い。
6.72人の楽園の配偶者と結ばれ、70人の親族のために執り成しができる。
死んだ後の生活がものすごく優れている、夢の様だということです。
つまり、一見殺されて負けたかの様に見えた人達は、良い生活をてに入れられた勝者なのです。
預言者さんによれば、殉教者達はあまりにも素晴らしい生活を手に入れられたがため
もう一度現世に戻って、殉教者として殺されたいと願う位だそうです。
しかしイスラエル側は、そんな事を知りません。
自らの手で、多くのパレスチナ人達を殉教者という最高レベルの位にして、
天国に送り込んでいる事を。
毎日行っているであろう監禁、拷問、殺害、このような行いをしながら、
相手に殉教者という最高の地位を与えている事を。
そしてもちろん、その自分の手で、自らを火獄への追い込んでいる事も。
イスラエルは、いつか必ず敗れます。
そして、もちろん勝者は、パレスチナ人達です。
それがいつなのかは、分かりませんが、必ずその日はやって来ます。
なぜなら、神様が彼らの側にいるからです。
では
神様が側にいてくれる人達の特徴を、3点書いてみましょう。
まず第一は、前回の記事にも書きました。
「アッラーは耐え忍ぶ者と共にいられる。」(2-249)
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「まことにアッラーは善行を行う者と共におられる。」(29:69)
善い行いをする人達。人を傷つけるなんてもっての外です。
第3に、
「まことに、アッラーはタクワのある者、そして善行を行う者と共におられる。」(16:128)
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そういったアッラーの決まりから外れる事、アッラーに怒られる事をする事を畏れる心がある人達が、タクワのある者。
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そして来世では、天国に入って
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