http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/snk20140113552.html 2014年1月13日(月)23:48
産経新聞
事実婚の男女が子供を持つことへの“後押し”となるのか-。日本産科婦人科学会(小西郁生理事長)が不妊治療の一環で行われる体外受精について、結婚していない事実婚の男女への対象拡大を検討している。昨年12月の民法改正で、婚外子に対する遺産相続などの格差が解消されたことを受けたもので、早ければ4月の総会で決定される。日本では事実婚のカップルは法律婚の夫婦と比較して数が少なく、体外受精容認が少子化対策の切り札になるかどうかは未知数だが、あいまいになりつつある「家族」の形を反映した変更であることは間違いない。(道丸摩耶)
■学会で異なる基準
学会が見直す方向で検討しているのは、会員の産婦人科医らが守る倫理的な事項について定めた「会告」(自主ルール)だ。昭和58年に定められた体外受精に関する会告は、「体外受精以外では妊娠の可能性がないか、極めて低いと判断される場合」「体外受精の実施が患者、またはその出生児に有益であると判断される場合」など、治療を行える条件が定められている。
今回、見直しが検討されているのは、「患者は結婚しており、子供を強く希望する夫婦で、心身ともに妊娠・出産・育児に耐え得る状態にあるものとする」とした部分だ。「結婚しており」という部分を削除し、事実婚の男女でも治療を行えるようにする。
見直しのきっかけとなったのは、昨年9月の最高裁の決定だった。結婚した夫婦の間にできた子供の半分と規定されていた婚外子の遺産相続について、最高裁は「違憲」と判断。これを受け、12月には民法が改正され、婚外子への格差が解消された。
学会がこれまで結婚した夫婦に限って体外受精を行うと制限してきたのは、婚外子として生まれてくる子供に不利益があることを気にしてのことだった。同学会監事の吉村泰典慶応大教授(産婦人科)は「生まれた子供に法的な不利益がある以上、事実婚のカップルへの体外受精を推奨できなかった」と背景を説明する。今回の会告変更の動きは、民法改正により学会の“配慮”が不要となったことが大きい。
実は、事実婚の男女の体外受精は、生殖医療にかかわる専門家の集まりである「日本生殖医学会」ではすでに認められている。
同学会は、法的な婚姻関係にある夫婦に限定して体外受精の治療を行うとした日本産科婦人科学会の会告について、「先進国で体外受精の対象者を法律婚の夫婦に限定する国はまれ。日本の現行法にも、体外受精の対象者を法律婚の夫婦に限定すべき直接的な根拠はない」と指摘。家族のあり方が多様化する時代に合わせ、「事実婚の男女にも体外受精を可能とすべきだ」との見解を平成18年に発表している。
■確認方法に決まりなく
子供を望む男女であれば、事実婚か法律婚かにかかわらず、不妊治療を望む声は患者側からも医療者側からも上がっていた、と日本生殖医学会理事長でもある吉村教授は明かす。学会の会告に法的拘束力はなく、会員の医師が事実婚の男女に体外受精を行っても罰則はない。実際には水面下で治療が行われていた、との情報もある。
そもそも、産婦人科医はどのようにして、患者の男女が法的な夫婦と確認するのだろうか。会告には、以前は戸籍などで夫婦関係をきちんと確認することとする解説文が付いていたが、18年になくなった。つまり、どうやって「夫婦」であるかを証明するかは現場の医師の判断に委ねられたということだ。
西日本の産婦人科医は、「夫婦であることを証明するため、以前は戸籍抄本の提出を求めていたが、今は夫婦の保険証の提示と、夫婦一緒に治療法の説明を受けるなどの方法が一般的となっている」と話す。ただ、施設によって対応は異なり、都市部の医院などではおざなりの確認で体外受精などの治療を行っている可能性もあるという。
しかし、産婦人科医のいいかげんな確認により、トラブルが起きる可能性もある。別の産婦人科医は「患者の身元や、精子の“本人確認”をいいかげんにすれば、愛人が勝手に治療を受けて子供を作るトラブルも起きかねない」と懸念する。この医師は「そもそも体外受精の治療現場では、卵子や精子の取り違えが起きないか非常に気を使っている」と語り、「会告で事実婚の男女への治療が容認されたとしても、今後も法律婚の夫婦と確認できた患者にしか治療はしないつもりだ」と話す。
そもそも日本では事実婚のカップル自体が少なく、会告の変更によって事実婚の男女の治療が増える可能性は低いと指摘する声もある。事実婚への体外受精の容認が少子化対策の切り札となるかは未知数だが、ある産婦人科医は「法律婚と事実婚の区別をなくす積み重ねで差別意識がなくなっていけば、結婚しなくても子供を産むという選択が増えるのではないか」と広い意味では少子化対策につながると語る。
■どこまで認める?
だが、こうした条件の緩和にも限度がある。日進月歩の生殖補助医療の世界では、体外受精のほか卵子提供や精子提供などの不妊治療も行われている。例えば事実婚の男女間で、第三者の精子提供による不妊治療を行うことも技術的には可能だが、日本産科婦人科学会は会告で「第三者からの精子提供による人工授精の実施は法律婚の夫婦に限る」と定めている。
吉村教授は「法律婚に比べ不安定とされる事実婚の夫婦間で、こうした第三者を介する生殖補助医療を行うことは、家族関係をさらに不安定にしてしまう」と理由を語る。
第三者の卵子提供についてはさらに複雑だ。数は多くないが、病気で子供が望めない夫婦に卵子提供を行う卵子バンクが昨年設立されるなど、第三者からの卵子提供は国内でも行われている。厚労省の審議会は15年4月、第三者からの卵子提供について、法に基づく指針を国が示すことを求める報告書を出した。しかし、“産みの母”と“遺伝上の母”をどう扱うかなどの法整備は、10年以上行われないままだ。
自民党のプロジェクトチームは現在、卵子提供などの生殖医療についての法整備を検討中だが、血縁関係のない親子を法的な親子として扱うことには反対論も根強い。
「家族」とは何か。「子供」とは何か。多様な価値観や倫理観が絡み合うこれらの疑問に答えを出すには、国民的な議論が欠かせない。
【体外受精】女性の卵子を取り出し、精子と人工授精させ、受精卵を女性の子宮に戻す不妊治療のひとつ。国内では、体外受精による子供が平成23年末までに30万3806人生まれている。治療は医療保険の適用外で、1回30~40万円(採卵を含む)かかる。国と自治体は、不妊治療に対して一定の条件で公費助成を行っているが、事実婚の男女については対象外。