文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

『ニャロメのおもしろ数学教室』『ニャロメのおもしろ宇宙論』カルチャー・コミックへの先鞭 

2021-12-22 00:10:25 | 第8章

このように、1978年を境に、少年週刊誌から活躍の場が奪われ、80年代に入る頃より、徐々に連載ペースを落としていった赤塚だったが、これ以上の人気の上乗せはないと思われていたこの時期、思わぬジャンルでベストセラーを生むことになる。

78年、赤塚は、新創刊した雑誌「コスモコミック」に、アインシュタインの相対性理論やダーウィンの進化論等、マスマティクスやサイエンスといったアカデミックな素材を、漫画と略図を使って解き明かしてゆく『ニャロメの研究室』(9月20 日創刊号~12月20日号、隔週連載)なるシリーズを全七回に渡って連載した。

サンポウジャーナル社より刊行された「コスモコミック」は、赤塚以外にも、石ノ森章太郎やさいとうたかを、上村一夫といった人気大御所作家をレギュラーとして擁立していたが、売り上げの不振から、通算七号目にして廃刊。その後、編集スタッフは、坂崎靖司、山口哲夫を中心に、編集プロダクション・波乗社を組織し、この『ニャロメの研究室』を更にボリューミーな内容へと一新させた、描き下ろし単行本のリリースを新企画として起案する。

そのシリーズ第一弾となったのが、パシフィカより刊行された『ニャロメのおもしろ数学教室』である。

アルキメデスの原理やゼノンのパラドックス、ユークリッドの原論などを解りやすく解読した本作は、後のマルチメディア時代にも対応し得るコンテンツを備えた充実の書としても評価が高く、約二〇万部を売り上げる、赤塚にとっても、久方ぶりのヒットとなった。

日本を代表する数学者・矢野健太郎が、本書を推薦したことも売り上げ増大に繋がる要因の一つにあったのかも知れない。

82年には、TBSの『日立テレビシティ』枠で、『超アニメバラエティ ニャロメのおもしろ数学教室』(8月11日、18日、25日)と改題され、テレビアニメ化される。

九十分の特別番組として、三週連続でテレキャストされた当番組は、実写部分のトークコーナーでは、司会の石坂浩二、松原千明とともに、赤塚もゲストとして登場。時間帯も、夏休みのゴールデンタイムということもあり、高視聴率を弾き出す。

この『ニャロメのおもしろ数学教室』の予想外のヒットに便乗し、その後も、同じくパシフィカ(83年に西武タイムと社名を変更)より、『ニャロメのおもしろ宇宙論』(82年)、『ニャロメのおもしろ生命科学教室』(82年)、『ニャロメのおもしろコンピュータ探検』(82年)、『ニャロメのおもしろ体の不思議探検』(83年)、『ニャロメのおもしろ性教室』(83年)等、科学の夢や危機を主題とした描き下ろし単行本が、立て続けにリリースされる。

これらの「ニャロメのおもしろ」シリーズは、『ニャロメの研究室』から一貫して、長谷邦夫がネームを担当し、作画を赤塚が受け持つという変則的な執筆スタイルで仕上げられていたが、『宇宙論』が十五万部、『生命科学教室』が一〇万部、『コンピュータ探検』が十四万部と、続刊もまた、まずまずのスマッシュヒットとなり、その後頻出するカルチャー・コミックに先鞭を付ける形となった。

しかし、赤塚にとって、漫画に学術的なテーマや情報を取り入れたこのような企画は、漫画の価値が承認されつつも、その一面だけが利用されたようなものであると、ネガティブな見解を示していたようで、以降、これらのカルチャー・コミックに関しては、作画にも一切ノータッチというスタンスを貫くことになる。

85年から89年に掛けて、赤塚名義で発行された『ニャロメの原子力大研究』、『ニャロメのスターウォーズ大研究』、『ニャロメの地震大研究』、『ニャロメの異常気象大研究』(以上四冊、廣済堂より刊行)、『孫子』、『葉隠』、『菜根譚』、『君主論』、『五輪書』、『まんが「消費税戦略」入門』(以上六冊、ダイヤモンド社より刊行)、『ビジネス風林火山』、『赤塚不二夫の名画座面白館』(以上二冊、講談社より刊行)等は、ネームのみならず、作画もほぼ長谷の代筆によって仕上げられたものだ。

ただ、これらの単行本は、ほぼ監修者も不在という状況で、半ばやっつけで描かれた仕事であるため、観賞に耐え得る作品には、なり得てはいない。

タッチの稚拙さ、乱雑ぶりは目を瞑れても、これらのテーマに関し、門外漢である筈の私でさえ、記述の至る箇所において、理解の不備や事実誤認が目に付く有り様だ。

フジオ・プロのアイデア会議では、グーグル役を担いつつも、長谷は、決して博覧強記や博学能文といったタイプの知識人ではなかった。

カルチャー・コミックは、作家側に並々ならぬ知性と教養を要求される、極めて困難なジャンルであるため、時折『ニャロメのおもしろ』シリーズや、後の石ノ森章太郎の『マンガ日本経済入門』のようなヒットセラーが生まれつつも、今尚、漫画文化における一ジャンルとして定着し得ないのかも知れない。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿