若木書房では、二冊目となる『お母さんの歌』(若木書房、58年11月25日発行)は、出生の秘密を知り、呻吟する少女とその家族の絆を抒情性溢れる筆致で描き、生きることの幸せを謳いあげた人生の賛美譚。
家族同士の深い結び付きを通し、人間心理の機微や人生の喜怒哀楽を濃密な実感を込めて綴ったこのドラマの最大の山場は、それまで優しかった筈の兄が、不良仲間との交流を重ね、次第に非行へ走ってゆく中、主人公であるみすずが、自分が血の繋がった本当の家族ではないことを告げられるシーンだ。
ショックを受けたみすずは、家族と離れ、自らの意思で本当の両親がいるとされる新潟へ一人旅立つが、その決意を耐え難き感傷から沸き立つ家族への反発ではなく、自らの悲痛な感情の置き場を探し求めた、内なる自分との必死な闘いに準えて描いているところに、この作品の美質とも言うべき重さがある。
やがて、ドラマはみすずとその家族が本当の絆を取り戻す大団円を迎える。
楳図かずお作品に象徴される幻想的なミステリーや怪奇ホラーが全盛になりつつあった少女向け貸本漫画において、家族の絆をしっとりと描いた本作は、オーソドキシーにして、些か地味なドラマトゥルギーに終始した感も否めないが、その根底からは、後々の韓流ドラマの世界観にも通底する人間愛の発露が重く捉えられ、そうした話材選びに適した良質のテーマの選択からも、赤塚の作品に向けた直向きな誠実さがヒシヒシと伝わってくる。
また、この頃になると、漫画と映画、そして文学との連動性から発想を紡いだストーリーテリングの様式美のみならず、画力アップも目覚ましく際立ち、後の方向性を思わせるユーモラスな場面展開を実験的に取り入れるなど、短期間のうちに、作風がこれほど変貌上達したことに、正直驚かされる。
しかし、そうしたレベルアップを図りながらも、赤塚のオリジナル執筆は、次第に控え目な状態となってゆく。
新たな発表舞台となった「りぼん」では、生き別れた母と娘の再会を抑制の利いた演出でしっとりと描いた『ユリ子のしあわせ』(58年1月号)、一人の内向的な少女が再び生きる希望を取り戻すまでの意識と心理の流れをきめ細やかな情感をもって綴った『ひまわりと少女』(58年8月号)といった作品を執筆。いずれも、ヒューマニズムを基盤とした少女漫画であり、舞台となる田園風景における描出の繊細さが、少女の心象風景と重なり合い、センチメンタルな作品世界を一層際立たせるなど、描写の奥深さが散見出来る安定感を纏った短編を発表したが、描き下ろしの単行本は、前述の『お母さんの歌』のみで、その後、雑誌の読み切りは、断続的に数本描かれるのみに留まった。
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