朝八時、音の割れたラジカセから流れる音楽で、ラジオ体操が始まる。
場所はA県N市にあるN下水処理場、プレハブ二階建ての現場事務所の前だ。
澄んだ空気の中、子供の頃から聴き慣れた音楽に合わせ、むさ苦しい男たちが衣服からシャカシャカと衣擦れの音をさせ、定番の体操を行う。
若い頃には、その効能がさっぱりと理解できなかったラジオ体操だが、自分の硬くなった体の筋が伸び、微妙に気持ちが良いことを最近認識した私は、軽いショックを受けていた。
ラジオ体操が済むと、現場所長の挨拶が始まる。
「えー、今日からいよいよ、ウォータージェット工事、ですか?」
私は所長の顔を見て、ウンウンと頷く。
「が始まりますが、十分に注意をして、怪我の無いように、仕事をして下さい」
大手ゼネコンO組の所長の葛西は、眼鏡の奥からじっと作業員を見渡す。見渡すといっても、我々R社のウォータージェットチーム以外には、足場鳶(あしばとび:足場を組むのを主な仕事にしている鳶職)が四人居るだけに過ぎない。現場としての規模は、最小と言ってもいいだろう。
「まずは何だっけ、機械の設置からだよね」
今回、O組の下で、実質的に工事を管理するのは、大手プラント会社のSSプラントで、担当者は川野辺という『クマのプーさん』に似た男だった。
「その前に新規入場者教育ですよね」
「うん、なるべく早く終わらせるけどね」
「そうしてもらえるとありがたいです」
どんな工事現場でも必ず行われるのが、『新規入場者(工場等の場合は入構者)教育』だ。内容としてはその現場での主な注意点や、その現場独自のルール等を、初めて現場に入る人間に、周知徹底させるための教育活動だ。
「じゃ、R社さんの新規入場教育を始めます!」
所長の葛西が、プレハブ一階の作業員休憩所に入って来る。
「川野辺さん、R社さんはこれで全員かな?」
「ええ、そうだよね?」
「はい、揃ってますけど…」
葛西から川野辺に、そして私へ視線が移動する。
「全部で五人だね」
葛西は作業員名簿を見ながら、確認する。今回もメンバーは私とハル、本村組の須藤と堂本、そして堀部塗装の正木だ。
「じゃ、大事な注意事項を今から説明します!」
葛西はもったいぶって話し始めた。
四十分後、葛西の回りくどい安全教育は、ようやく終わりそうな雰囲気になっていた。
「それからR社さん、土曜日はどうするね?」
葛西が不思議なことを言い出した。
「えーと…、土曜日はと言いますと?」
私には質問の意味が理解出来ない。
「だから、土曜日は仕事をするのかと訊いているんだよ」
「・・・?」
やはり、何を言われているのかが理解出来ない。
「土曜日は、木田さんの予定では作業をする予定?」
見かねた川野辺が『通訳』してくれる。
「あ、ああ、もちろんですけど…、そのつもりで考えています」
スーツにネクタイで仕事をしていれば、今や週休二日が当たり前だが、ブルーカラーの世界はそうはいかない。そもそも週休二日制の現場など、聞いたことも無い話なのだ。
「え?するの?土曜日も仕事をしないと間に合わない?」
葛西は見るからに不満そうだ。
「!?」
「・・・?」
「???」
ようやくハルや正木たちにも、葛西が言っている言葉の意味が伝わり始め、ある者は目を見開き、ある者は眉間に皺を寄せる。
「あの、通常土曜日が休みの現場は聞いたことがありませんし、こちらもそのつもりで工程を組んでいますので、土曜日が休みなのはちょっと難しいかと…」
私が事前に提出した工程表では、当然ながら土曜日は仕事の日だ。
「だけど、ある程度は余裕を見て工程を組んでいるんだよね?まあ、まずは休みにしてやってみて、それでも難しいようなら、土曜日を作業日にしようじゃない。それでどお?」
葛西の提案は、私にはほとんど理解出来ない内容だったが、曲がりなりにも彼は現場の所長だ。
「じゃあ、とりあえず土曜日を休みにしてみます。工程的に難しいようでしたら、作業日にして頂けますか?」
「うん、それは構わないよぉ!」
葛西はニコニコとすると、上機嫌のまま新規入場者教育を終え、二階の事務所に引き上げて行った。
「川野辺さん、SSプラントさんの現場も、週休二日制なんですか?」
私は思わず川野辺に強い口調で不満をぶつけた。
川野辺は、私の冷たい視線を感じると、クマのプーさんの様な顔を左右にブンブンと振り、週休二日制を強く否定した。
場所はA県N市にあるN下水処理場、プレハブ二階建ての現場事務所の前だ。
澄んだ空気の中、子供の頃から聴き慣れた音楽に合わせ、むさ苦しい男たちが衣服からシャカシャカと衣擦れの音をさせ、定番の体操を行う。
若い頃には、その効能がさっぱりと理解できなかったラジオ体操だが、自分の硬くなった体の筋が伸び、微妙に気持ちが良いことを最近認識した私は、軽いショックを受けていた。
ラジオ体操が済むと、現場所長の挨拶が始まる。
「えー、今日からいよいよ、ウォータージェット工事、ですか?」
私は所長の顔を見て、ウンウンと頷く。
「が始まりますが、十分に注意をして、怪我の無いように、仕事をして下さい」
大手ゼネコンO組の所長の葛西は、眼鏡の奥からじっと作業員を見渡す。見渡すといっても、我々R社のウォータージェットチーム以外には、足場鳶(あしばとび:足場を組むのを主な仕事にしている鳶職)が四人居るだけに過ぎない。現場としての規模は、最小と言ってもいいだろう。
「まずは何だっけ、機械の設置からだよね」
今回、O組の下で、実質的に工事を管理するのは、大手プラント会社のSSプラントで、担当者は川野辺という『クマのプーさん』に似た男だった。
「その前に新規入場者教育ですよね」
「うん、なるべく早く終わらせるけどね」
「そうしてもらえるとありがたいです」
どんな工事現場でも必ず行われるのが、『新規入場者(工場等の場合は入構者)教育』だ。内容としてはその現場での主な注意点や、その現場独自のルール等を、初めて現場に入る人間に、周知徹底させるための教育活動だ。
「じゃ、R社さんの新規入場教育を始めます!」
所長の葛西が、プレハブ一階の作業員休憩所に入って来る。
「川野辺さん、R社さんはこれで全員かな?」
「ええ、そうだよね?」
「はい、揃ってますけど…」
葛西から川野辺に、そして私へ視線が移動する。
「全部で五人だね」
葛西は作業員名簿を見ながら、確認する。今回もメンバーは私とハル、本村組の須藤と堂本、そして堀部塗装の正木だ。
「じゃ、大事な注意事項を今から説明します!」
葛西はもったいぶって話し始めた。
四十分後、葛西の回りくどい安全教育は、ようやく終わりそうな雰囲気になっていた。
「それからR社さん、土曜日はどうするね?」
葛西が不思議なことを言い出した。
「えーと…、土曜日はと言いますと?」
私には質問の意味が理解出来ない。
「だから、土曜日は仕事をするのかと訊いているんだよ」
「・・・?」
やはり、何を言われているのかが理解出来ない。
「土曜日は、木田さんの予定では作業をする予定?」
見かねた川野辺が『通訳』してくれる。
「あ、ああ、もちろんですけど…、そのつもりで考えています」
スーツにネクタイで仕事をしていれば、今や週休二日が当たり前だが、ブルーカラーの世界はそうはいかない。そもそも週休二日制の現場など、聞いたことも無い話なのだ。
「え?するの?土曜日も仕事をしないと間に合わない?」
葛西は見るからに不満そうだ。
「!?」
「・・・?」
「???」
ようやくハルや正木たちにも、葛西が言っている言葉の意味が伝わり始め、ある者は目を見開き、ある者は眉間に皺を寄せる。
「あの、通常土曜日が休みの現場は聞いたことがありませんし、こちらもそのつもりで工程を組んでいますので、土曜日が休みなのはちょっと難しいかと…」
私が事前に提出した工程表では、当然ながら土曜日は仕事の日だ。
「だけど、ある程度は余裕を見て工程を組んでいるんだよね?まあ、まずは休みにしてやってみて、それでも難しいようなら、土曜日を作業日にしようじゃない。それでどお?」
葛西の提案は、私にはほとんど理解出来ない内容だったが、曲がりなりにも彼は現場の所長だ。
「じゃあ、とりあえず土曜日を休みにしてみます。工程的に難しいようでしたら、作業日にして頂けますか?」
「うん、それは構わないよぉ!」
葛西はニコニコとすると、上機嫌のまま新規入場者教育を終え、二階の事務所に引き上げて行った。
「川野辺さん、SSプラントさんの現場も、週休二日制なんですか?」
私は思わず川野辺に強い口調で不満をぶつけた。
川野辺は、私の冷たい視線を感じると、クマのプーさんの様な顔を左右にブンブンと振り、週休二日制を強く否定した。
すっかり現場勘も衰え、役立たずになってしまった私ですが、足手まといにはなりたくありません。
そこで、疲労回復のために区民センターで習った『北斗神拳』を使ってみましたが、突くべき経絡秘孔を間違えてしまい、現在は性欲が尋常じゃなく増大しています。
結果、明日も現場で前屈み状態です。