どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ331

2008-11-12 01:11:05 | 剥離人
 毎度毎度のことだが、現場に入って足場をいじらないことは、ほとんど無い。

 今回も、一段目の足場の壁上部を剥離した段階で、どんどん足場板を外していく。
「木田さん、向こうまで外しちゃってくれる?」
 エアラインマスクを被ったハルが、ジェスチャーで私に合図を送る。
「ここ、外すんですか?」
 堂本が、私に訊いてくる。
「手伝ってくれる?悪いね、ヨッシー」
 堂本は休憩時間中なのだが、気にせずに足場板を外すのを手伝い始める。
 二人で番線カッターを使い、足場を固定している番線(固定用のなまし鉄線)を切断し、外したアルミ製の足場板を運んで行く。タンク内は出来の悪いジャングルジム状態なので、異様に作業がしにくい。
 マンホールの側まで足場板を運ぶと、私がタンクの内側で、600φ(直径600mm)のマンホールから足場板を突き出し、堂本がそれを外で受け取り、タンクの脇に積み上げていく。
 もちろん、次のサンドブラストの作業工程で、この足場板が必要になるのだが、そんなことは知った事では無い。その業者が再び自分たちで足場板を入れて、自分たちで固定して使うのだろう。
「うふふ、どうしてこんな作業がしにくい足場を組むんですかね?」
 堂本はニコニコとしながら足場板を運んでいる。どうも彼は、あまり考えなくても良い単調作業を愛している様子だ。
「それはね、ヨッシーみたいに何も考えないで足場を作ると、こうなっちゃうんだよ!」
 私は笑いながら答える。
「自分が足場を作ったら、もっと凄いのが出来上がりますよ」
 堂本は軽々と足場板を持ち上げると、やや乱暴に積み上げる。
「そんな足場を作ったら、ハルさんがブチ切れちゃうんじゃないの!?」
「うふふふふ」
 堂本は、前歯が一本欠けた、満面の笑みを浮かべる。
 もっとも、前歯が無いのは堂本だけでは無い。須藤もやはり右前歯が一本無いし、辞めていった小磯もそうだった。どういう訳なのか、職人には前歯が無い人間が多いのだ。これは単に私の周りだけかも知れないが、その割合はかなり高い。
 理由の一つには、歯医者に行くお金が無いというのがある。厳密には働いているので、お金が無い訳ではないのだが、その給料のほとんどが、パチンコ屋とスナックやキャバクラに消えてしまう。そして気付けば、
「あ、歯医者に行くお金が無い…」
 という一ヶ月を、年に十二回繰り返すことになるのだ。
 そして、この十二回を二周りも繰り返すと、前歯が無いことにすっかり慣れてしまい、前歯が無い状態でも、
「さしすせそ」
 が綺麗に言えるようになる。こうなってしまうと、もはや歯医者など必要なくなってしまうのだ。

「木田さん、中のタンクも足場板を外してもいいですか?」
 キャバクラに歯医者代を費やしてしまう須藤が、私のところにやって来た。
「うん、この足場板を出したら、すぐにそっちに行くよ」
 十分後、堂本を連れて、屋内のタンクヤードに入る。
「あ、結構出しちゃってるじゃん」
 すでにタンクの外に、須藤と正木の二人で足場板を運び出してしまっている。
「正木さん、俺たちがやったのに…」
 ガンを撃つ手を止めてまで、足場板を運び出す必要は無い。
「いやぁ、来るのが遅いからさ、もうやっちゃったよ」
 正木の言葉は、何となくカチンと来るが、受け流すことにする。
「あとはやりますから、ガン撃ちに戻ってもらえます?」
「いや、あとちょっとだからさ、やっちゃうよ」
 さすがに私もムッとする。
「いや、僕がやりますから、ガンを撃って下さいよ!」
「あ、そう?じゃあ、そうするかね…」
 正木はようやくエアラインマスクを被ると、自分の仕事に戻った。
「ふぅー…」

 私は溜息を吐くと、堂本と須藤に指示を出し、残りの足場板を運び出した。

 



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