どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ46

2007-12-07 22:12:27 | 剥離人
 今夜も小磯と呑みに行く。最初の店はいつもの安い居酒屋だ。

 小磯は夜勤の溶接作業に入る事になっていたが、それが今日まで延び延びになっていた。
「俺も明日から溶接だからな、もう呑みに来れないかもなぁ」
 小磯は余程夜勤が嫌なのか、多少愚痴っぽい。
「ちくしょう、一晩中溶接なんてやりたくねぇよ」
 話を聞くと、今勤めているT工業に多少なりとも不満があるらしかった。
「もし暇があったら、ウチの会社でガンでも撃ってくれません?」
 私は軽く誘ってみた。
「何、アルバイト?いいよ、木田君の為なら一肌脱ぐよ!」
 小磯は威勢良く言い切った。
「でも、今の会社で仕事がありますよね」
「がはは、大丈夫!多分辞めてると思うから!」
 小磯は中ジョッキを飲み干し、店の女の子にもう一杯ビールを注文した。

 二人でスナック『異星人』に行くと、すでにハルがカウンターの奥でムツミを相手に騒いでいた。
「だから新しい卵を買って来いって!」
「この前の卵があるって言ってるだろ、この馬鹿ハル!」
「んだと!そーんな古い卵を食べて、ハルちゃんのポンポンが痛くなったらどーすんだよ!」
「そんなの知らねーよ!」
「ちゃあ、ホントにこの女は・・・」
 ハルは席を立ち、トイレに行った。
「また卵で騒いでんのか」
 小磯がママに言った。
「あはは、そうなのよ。古い卵は嫌だって」
「玉子焼きにしちまえよ」
「いいの?一応あれはハルちゃんの物だから、いつもそのまま置いてあるんだけど」
「俺が許す!」
 小磯の即決で、残りの古い卵は玉子焼きになることになった。
 ハルはトイレから戻って来ると、焼酎の中に何か入れるものは無いかと探し始めた。ハルはチャームとして出されている小粒なアラレをつまむとグラスの中に投入し、一口飲んだ。
「バリッ、カリカリカリ」
 飲み物とは異なる音が聞こえてくる。
「おお!お茶漬けみたいだな」
 ハルは嬉しそうな顔をしている。
「醤油!」
 ハルはムツミに命令する。ムツミは無言で醤油刺しをカウンターに置いた。ハルは慎重に数滴、醤油をグラスに落とした。
「トンガラシ!」
「トンガラシ?唐辛子だろ?」
「っるせぇな、どっちでもいいんだよ!」
 ムツミは笑いながら七味唐辛子を出した。
「これじゃない奴は?」
 ハルは小瓶を手に取り、七味唐辛子の「七」の部分を指差している。
「は?もしかして『一味唐辛子』のこと?」
「そう、それだよ!」
「無いよ」
 ハルはまた眉間に皺を寄せ、ムツミを睨む。
「俺はこの中の鼻糞を丸めたみたいな奴が嫌いなの!」
 私は思わず口を挟んだ。
「麻の実のことですか?」
「そうそう、分かんないけどそれだよ!」
 ハルは嬉しそうに頷く。
「ごちゃごちゃうるさいの!」
 いきなりムツミがハルのグラスに七味唐辛子を振り掛けた。
「ああー!何してんの!」
 ハルはグラスの中を覗き込んだ。ムツミはケラケラと笑っている。
「ほらぁ、この鼻糞みたいなのが入っちゃったでしょう!」
 ハルは慌てて箸を使って、麻の実を取り出しに掛かった。
 そこへママが玉子焼きを二皿持って来た。
「はい、玉子焼きね!ハルちゃん、一つは小磯さん達に出してもいいでしょ」
 ハルは玉子焼きを見て喜んだ。
「ほほほ、入れちゃおっかな!」
 ハルは玉子焼きを一切れ、グラスの中に押し込んだ。
「それ、古い卵だって文句言ってただろ!」
 ムツミが突っ込む。
「ちゃあ、お母さんに言われなかった?古い食べ物にはきちんと火を通しなさいって!」
「そんなデカい図体でお母さんじゃねえよ!」
 ハルはムツミの言葉を無視して、グラスを持って横から眺めている。
「おお、どれどれお味は?」
 ハルは焼酎を食べた。
「いいよ、いいよぉ!」
「がははは!」
 小磯が馬鹿ウケしている。

 S市で小磯とハルと呑んだのは、この夜が最後になった。


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