羊蹄学園大学社会学部講義集

北の大地に突如としてできた架空の大学。
かつてないテーマで綴る社会学とは?

佐山武雄の塾戦争第19回~影のプロローグ(4)~

2006-01-10 21:08:53 | 塾戦争影のプロローグ
(4、北海道の「壁」)
こんにちは。
今日も1コマです。

前回は秀英は北海道で成功するのでは?という話をしました。
まぁ実際に生徒数もそんなに「悪くない」水準のようです(当初計画よりは若干少ないが)。

しかし、この秀英の北海道進出を成功させるまいと言わんばかりに、そびえる「壁」が存在するのもまた事実です。
これが今日のテーマです。

「壁」とは北海道のライバル塾のことではありません。
北海道の冬の気候です。

秀英は山梨など降雪地にも校舎展開していますが、多くは温暖な地域に校舎を構えています。
しかし札幌は降雪地帯の上に、中部と比べ物にならないくらいの寒冷な地域です。
寒冷の結果、何が起こるかと言うと、まず道路が凍結します。
道路の凍結は事故の多発と交通渋滞、そして交通事故を招きやすくします。
秀英に限らず大手の塾では本部と校舎、校舎と校舎の移動には必ず社員の自家用車を要するわけですが、いかに秀英の精鋭講師陣とは言え、地の利が無い上に札幌の凍結路面に慣れずに渋滞に巻き込まれたり果ては、事故によって授業に支障をきたす可能性があります。
今後、札幌より寒い旭川などに進出するようなことになれば尚更です。

また、たとえば進学会のような塾がなぜこまめに「1中学校に1教室」の勢いで賃貸とは言え校舎を構えているかと言うと、コストの軽減で賃貸の校舎という側面は前述したとおりですが、その一方でそれは生徒の通塾のためでもあるのです。
つまり冬場の急な天候悪化でも何とか無理なく通えるように、質より量でたくさん校舎を展開しているというわけです。
しかし秀英の校舎展開は独立の専用校舎ビルであるために、進学会ほど同一地域に校舎を建てることはできません。
そうなると遠距離での通塾になってしまいます。
夏場はそれでもよいでしょう。
しかし冬場はどうでしょうか。
天候悪化などにより、保護者の運転する車で通うことができればいいですが、できなくなったり、その行為が負担になったら、塾の授業を休みがちになりあげくには塾をやめるということも考えられなくもありません。
更に北海道の風雪は、建物の耐用年数の短縮を招きます。
秀英のガラス張りの自社物件校舎も例外ではなく、建物の暖房や防寒の態勢も含めて、近い将来北海道の校舎がコストとして重くのしかかることも考えられます。
ちなみにこの冬の積雪は例年以上です…。

また、この話と直接の関係はありませんが、「道産子」の小中学生に、中部地方で培った秀英の指導のノリが通用する、という保障はありません。
テンションの高さから、比較的クールな道産子がビビッてしまうこととてありえるのです。

…とまぁ、必ずしも成功するとは限らない、失敗するかもしれない理由もこれだけあげることが出来るわけです。
そして事実、「ただでさえ不景気の北海道への進出はコストがかかる」として本州資本の学習塾は北海道進出には二の足を踏み、進出するにしても傘下に任せ細々と運営する、といった具合に極力、会社本体へのダメージが少なく済むよう、工夫をして進出してきた、という歴史的経緯があります(しかも結果として成功とは言えない状態になっているところが多い)。
そのような状況の中で秀英の進出は危険であるような気がしないでもありません。
しかしそれでも私は結論として秀英は、少なくとも進学会や練成会のシェアをある程度喰い、北海道でも躍動するのではと思うのです。
なぜなら、今までの大手の塾には無いもの、「独自の指導体制」が秀英にあるからで、これが更に秀英の「イメージ」としてがっちり定着すると、簡単に消費者である小中学生やその保護者は秀英に流れかねません(今の保護者はわが子にきめ細かい指導・教育をとにかく要求する傾向にある)。

現に、前述した通り夏期講習会無料というエサもあって、札幌では一定の生徒数を獲得しました(ただし、当初計画よりは若干少ない)。
あとは、秀英は札幌で早い段階で小中高一貫教育の達成…すなわち大学受験部を始められるかに焦点が絞られます。
というのも北海道の学習塾にはその概念はなく、進学会は現役高校生対象の高校部があるだけで、しかも英語と数学の2教科指導しかないですし、練成会も進学会と同様か、東進衛星予備校の加盟で済ませている状態です。
秀英と似ていると評した志学会も高校部は東進衛星予備校に頼っているのが現状です。
そうなると、大手の学習塾である秀英が北海道でも高校生対象のクラスも全教科正社員講師による自前の授業を展開し、小中高一貫教育達成となれば、地元では画期的なことと評され、注目されるのは容易に想像ができます。

北海道で秀英が展開していくことは、楽ではないかもしれない。
しかし数年後には「北海道に秀英あり」と言われるまでになるのではないだろうか、と私は札幌白石本部の建物を見ながら、結論に達しました。

それにしても…私はそれとは全く別のことに気がつきました。
それは秀英の塾運営の方法が、北海道で新鮮で、札幌の教育のニーズに応えるであろう、ということをここでは書いてきたわけですが、それは同時に、元来の北海道の塾業界が教育ニーズに応えられていない、ある種の後進性を物語っているのではないか、ということです。
とりわけ2大勢力の進学会や練成会は秀英に進出に焦っているということは、自らの教育態勢に自信がないことの表れではないのか…否、そもそも彼らにとって黒船のような存在の秀英や、ライバルの佐鳴にしても果たしてよい点ばかりなのだろうか。
だいいち塾は教育産業であるはずなのに、大手塾を見る上での目線が、勢力争いにいってしまいがちです。
ならば本来の教育の仕事や、それを支える人材はきちんとしているのでしょうか。

思えばここまで教育施設であるはずの塾の見聞であるにもかかわらず、表層の規模にばかり目がいっていまいした。
しかし本来は教育をしっかりやっているか、質のよい講師がいるかという、地味ですが表からは見えにくい部分に、この見聞を通して光を当てるべきではないか…私は改めて、この講義が新たな段階を迎えていることを感じました。

ということで「影のプロローグ」は終わり、いよいよ「影の第1章」です。
ここからは、進学会や練成会、佐鳴や秀英の表層ではない「教育施設」としての姿勢、そしてそのことからみえてくるものについて考察していこうと思います。

まずは進学会と練成会について、次回から。

今日はここまで。
それでは、また。
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佐山武雄の塾戦争第18回~影のプロローグ(3)~

2006-01-05 16:09:27 | 塾戦争影のプロローグ
(3、旋風の先に)
こんにちは。

2日連続の講義です。
今日は1コマのみで、前回のつづきをします。

つづきとは…そうです、「志学会」のことです。
この塾はお話したように、いくつかの明確なコンセプトを持って、北海道の地方都市である北見に生まれ、注目されたわけですが、それは同時に北海道の塾業界、特に塾長の田巻氏の古巣である練成会に衝撃を与えることにもなりました。
2005年春の志学会の高校合格実績を北見地区の練成会(北見練成会)と比較しながら見てみましょう。
ちなみにここ数年、数字的には大きく変わっていません。

〈北見北斗高校(北見市内トップの公立高校)〉
練成会…131名(合格占有率54%)
志学会…62名(合格占有率25%)
〈函館ラサール高校(北海道有数の私立進学高校。)〉
練成会…15名
志学会…13名(受験者全員合格)
〈立命館慶祥高校(北海道有数の私立進学高校。)〉
練成会…25名(受験者全員合格)
志学会…9名(受験者全員合格)


「地方や田舎は小中学生の教育水準が低く、通塾率も低い」などと思われがちですが、これを見ると、教育水準の高低は定かではないにしても、北見北斗高校で見ると練成会と志学会の合計の占有率だけで約8割と、非常に塾の占有率が高くなっています。
そうなると「通塾率が低い」などという指摘は当てはまらなくなると思うのですが…と、それはさておき、それより驚くべきなのは、1校舎のみの志学会がこの人数と占有率であるということです、。
一見、練成会と差があるように見えますが、しかし練成会は北見市内とその近郊に10以上の校舎を構えての結果です。
そう考えると、練成会は北見で相当シェアを志学会に喰われ、近隣の網走市の塾生などをかき集めて、やっとこの数字、ということになります。
また志学会は中3塾生の43%が北見北斗高校合格者とも言っています。
これは練成会には決してないことで、指導の質についても結果を出しています。

こうして練成会は発祥の地である帯広に次ぐ牙城の北見が、志学会によって抉られる形となりました。
ちなみに、もともと練成会に押されていた北見地区の進学会(北大学力増進会の北見本部)に至っては、志学会の登場後は虫の息状態で、北見北斗高校の合格者も2桁がやっとという有様が続き、今では「本社のある北海道の一地域であるにもかかわらず、北見からは撤退するのでは」と言われているほどの状態です(ちなみに2005年の北見北斗高校の合格者はたったの7名にまでなっている)。

練成会に話を戻すと、シェアを抉られ、志学会が塾としての価値を高めていくに従って、練成会は北見のみならず、塾全体としての方針の転換を余儀なくされました。
その結果、たとえば今では正社員講師の比率はほぼ100%に近い状態になっているのがよい証拠ですし、少しずつではありますが、校舎も自習室を確保した独立した専用校舎のものへと転換しています(ただし札幌地区は遅れている)。
ただこれは同時に進学会との差別化にもなり、札幌以外の北海道の都市部での基盤をより磐石なものにしたという意味では、一石二鳥ともいえるでしょうが。
とにかくこうして、練成会は態勢を強化しました。
そしていよいよ昨夏、北見に新しい本部校舎を完成させ、志学会との争いにますます拍車をかけていこうとしています。

この志学会の起こした北見での旋風からみえてくるもの、それはそれまで北海道の大手の学習塾…進学会と練成会を中心にあった、塾としての欠点を志学会は暴く、というひとつの衝撃を塾業界のみならず、塾に通う生徒やその保護者に与えたことでしょう(ただ同時にこれはひとつの小規模な塾の起こしたことにすぎず、志学会の影響がそれほどなかった進学会に塾経営の方針転換を余儀なくさせた、というところにまでは至りませんでしたが)。
しかし、志学会のコンセプトを、複数の教室会場を持つ大手の学習塾が忠実に実行したら、どうなるのでしょうか。

思えば、秀英と志学会には何かしらの接点があったわけではありませんが、偶然にも共通する点は多々あります。
正社員の講師陣で1教科専任、小中高一貫教育…秀英は志学会と違い1校舎のみでなく、多くの校舎を展開させていますが、しかしその分快適な独立校舎です。
秀英の札幌白石本部の前面のガラスには、そのことが書かれた紙がところせましと貼られています。
私はそれを何度も見てやっぱり秀英の北海道での躍動を予感してしまうのです。

なぜなら、北見の小規模塾があれだけの成功を収めた以上、大手塾の秀英が同じような手法で勝負するのなら成功しないわけがないからです(ちなみに地元雑誌のインタビューで志学会の田巻塾長は、志学会と秀英の塾としての類似性を認めている)。

ということは…この講義の冒頭で紹介したように北海道の大手塾が焦るのも無理はない、と改めて私は思うのです。

…といったところで今日はここまで。
次回は更に話を進めます。

それでは、また。
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佐山武雄の塾戦争第17回~影のプロローグ(2)~

2006-01-04 10:28:59 | 塾戦争影のプロローグ
(2、北見の旋風)
新年第一回の2コマ目です。

新たな展開…そこに切り込む前に、私はなぜ秀英が札幌で成功するのでは、と考えたか。
それは、ある学習塾の存在を思い出したからです。
まずはその塾について書き進めていきます。

1991年3月のことです。
北海道東部の都市、北見の塾業界に激震が走りました。
北海道では数少ない人口10万人の中核都市でもある北見市とその近郊でナンバー1の高校合格実績を誇る、練成会の北見本部とも言うべき「北見練成会」がその発生源です。
この北見練成会の塾長、つまり北見地区のトップである田巻一総氏がいきなり塾長どころか練成会を退職したのです。

田巻氏は北見出身です。
市内のトップ高校である北見北斗高校、北海道大学を卒業後、草創期の練成会に入社、会長の奥山英明に次ぐナンバー2、すなわち(株)れんせいの社長として、北見進出当初から全権を任され、見事に高校合格実績トップどころか地域の信頼も勝ち取った人物です。

それなのになぜ…疑問を持たれながら彼は正社員のみならず市内の国立北見工業大学の学生によるバイト講師一人ひとりがに声をかけ彼は静かに練成会を去っていきました。。

一年後。
田巻は練成会をなぜ去ったか、その答えを出します。
自らの力で新しい学習塾「志学会(しがくかい)」を設立したのです。
 この塾は練成会とは別個の、少なくとも当時の北見では新しいタイプの塾でした。

この塾が掲げた方針は以下の通りです。
A、講師陣が全員正社員のプロ講師で1教科専任
B、分校展開せず、1校舎のみ
C、小中高一貫教育
D、わかるまでできるまで

この非常に明確な方針は塾長の田巻氏の理想でありました。
順に補足説明していきましょう。

〈A、講師陣が全員正社員のプロ講師で1教科専任〉
練成会でも進学会でも学生による非常勤講師、すなわちアルバイトの講師の割合が高く、これが指導の質の低下を招いている、と田巻氏は考えていたようです。
そのため、塾設立当初から人材の確保に努め(古巣の練成会から講師を引き抜いたりして)、一貫して「アルバイト講師はいません」という文言を、必ず新聞折込チラシに入れるようにしました。
田巻氏の強い気持ちの表れと言えるでしょう。

〈B、分校展開せず、1校舎のみ〉
たとえば、非常勤講師を田巻氏がいた練成会で必要とした背景は、ひとえに校舎展開による講師の不足によるものです。
そして分校展開は一方で、円滑な塾経営ができなくなるという恐れを生みました(現に北見練成会の塾長であった田巻氏の目が届きにくくなっていた)。
その結果、田巻氏の退職時、分校スクールの生徒の多くは、田巻氏の顔など見たこと無いという生徒が大半、というあまりよろしくない現実が出来上がっています。
志学会という1校舎のみの塾設立は、田巻氏自らの目が行き届く塾ができたと言えるでしょう。

〈C、小中高一貫教育〉
田巻氏が在職していた頃の練成会は、高校部(大学受験部)は皆無に等しく、しかも英語と数学のみの指導でした。
つまり高校合格した時点で練成会と別れて、大学受験の勉強をしなければならなかったわけです。
この傾向は練成会ほどではないにしろ進学会にもあり、やはり各地に高校部はあるものの英語と数学の2教科の指導のみです。
志学会の設立後、直ちに東進衛星予備校に加盟し、北見で初の小学校一年生から高校三年生までの小中高一貫教育を実現させました。
これは練成会などの大手にしてみれば当時なかった強みのため非常にあわてさせ、練成会はこの後、高校部の充実を余儀なくされました(あくまで高校部は衛星予備校ですが)。

〈D、わかるまでできるまで〉
指導の上でも分校展開は非常に難点があります。
たとえば分校の場合、授業後に居残り補習がなかなか出来ないということです。
なぜか。
答えは簡単で、授業後に報告や連絡を上司に直接するために本部に戻らなければならないからです(つまり教室にいる時間の制約があるということ)。
ということは、移動の時間もあるため、予定通りに授業を終え、予定通りに校舎を出発しなければならなくなります。
これは効率だけを考えた生徒無視の手法になりかねません。
1校舎のみにこだわるのは、この手法からの脱却でありますし、またたくさんの校舎を持つことによる維持費の軽減にもつながりますし、その軽減分を他の教育環境やテキストの充実にまわすことができれば、これほどよいことはありません。
遠方からの生徒には分校がないのは難点ではありますが、それはその難点を補って余りある指導をすればよいのです。

ということで、志学会は「わかるまで、できるまで指導する」との宣伝文句をチラシに入れました。
それはその通りで、時間に縛られることなく、逆に夜11時といった今までの北見の塾には無い居残りもザラになり、塾生の保護者の送迎の負担を招きましたが、それ以上に分校展開している練成会などの塾では出来ない、きめ細やかな指導をしているとの、よい評判を生むことになっていきました。

そしてこの塾がどうなったのか。
それは次回の講義でお話します。

今日はこれまで。
それでは、また。
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佐山武雄の塾戦争第16回~影のプロローグ(1)~

2006-01-04 10:28:25 | 塾戦争影のプロローグ
(1、白石区闊歩)
あけましておめでとうございます。

沖縄論の番外でこの講義集の2006年は幕を明けましたが、塾戦争はここからが新年のスタートです。
昨年以上に、この塾戦争はパワフルに展開させていきます。
どうかよろしく。

えー・・・
正月というのは塾業界にとっては「正月特訓」などと銘打って、一年で最も頑張る時期にさしかかります。
「塾戦争」でこれまで取り上げた塾のいくつかもそのような状態です。

この「塾戦争」は前回までは「光」の部分をやってきました。
年が明けた今回からは「影」の部分をやっていこうと思います。

今日はまず、私の小さな珍道中にお付き合いいただき、更にもう1コマ…要するに新年から2コマ講義します。

私は昨夏、そして正月直前と2回、札幌市白石区を歩きました。
そう…進学会の本拠地であり、秀英の北海道での本拠地があるところです。

まず、白石区役所から数百メートルほど進んだ、国道12号線沿いに、秀英の北海道での拠点「札幌白石本部」があります。
私はその本部の前にまずはたどりつきました。
目的はただひとつ、秀英の活況ぶりを校舎の外観を眺め、そこから何かを感じ取るためです。
校舎はこんな感じです。



私は辺りを見渡してみました。
札幌の、というよりは北海道の大動脈とも言うべき札幌と旭川を結ぶ片側二車線の国道12号線が目の前にあり、ひっきりなしに車が走っています。
このことから一見、交通の便がよさそうに見えます。

ところが、ここは別に交通の便はよくありません。
JRや地下鉄の駅があまりに遠く、公共の交通機関はバスしかないからです。
たとえば「説明会」を開催するにしても、近所に手頃な駐車場はありませんから公共の交通機関で…と言ったところで、その交通機関があまり存在しない地域なのです。
そんなところに本部教室を置いてよかったのか?と私は疑問を呈してしまいます。
500メートル圏内には進学会(北海道では北大学力増進会)の白石中央会場があります。



市内の中堅学習塾である、ニスコ進学教室の白石教室だってあります(下の写真の2階部分)。



近くの歩道橋からすべてが見渡せます(極めて下の写真だと見えにくいが、右手前が前述の増進会の白石中央会場、その横の白い看板の隣が前述のニスコの教室。更に2軒先に秀英の白石本部がある)。



それらは本部教室ではなく、ただの分校教室…すなわち徒歩・自転車で通う、、近所に住む生徒のための教室です。
しかしこの白石本部は違います。
拠点教室なだけに結果として、遠方の生徒を抱えることとて十分あります。
その時、この立地は塾という教育施設にとってよいと言えるのかどうか。

ましてその国道12号線をはさんだ向かいは、エロビデオ販売店ですし、周辺地域は古くから開けた地域で、このような歓楽街となっています。



更に秀英のこの本部教室の場所は、一見区役所にも近く、札幌東部の中心と見られやすいでしょうが、実際には幹線通りに面しているだけで交差点にあるわけでないため、素通りされやすいとも言えるでしょうし、何より周りの建物に隠れて、5階建てと言っても意外と目立ちません。

立地に難があるのでは…。
中部ではいざ知らず北海道での知名度では皆無に等しいというのに、この立地では…と思いながらも、視線を変えてみることにしました。

本部校舎の、国道側の壁は全面がガラス張りで、入り口のガラスには講習会のことや実績のことが書かれた紙がベタベタと貼ってあります(どこの校舎でもそうですが)。
要するにウリ文句が書いてあるわけです。
それを見て私はあることを思い出し、そして非常に秀英にとって北海道進出は明るいものに思えてきました。

確かにこの本部の立地だけ見れば難がある。
また、校舎前に止めてある、通塾生徒の自転車で生徒の多い少ないを瞬時に判断するのは困難です。
でも…それでもなお、北海道で進学会や練成会の二大勢力に割って入って、三強などという扱いにまで、たどりつくくらいの、秀英の北海道の塾業界における「躍動」を私は予感するようになりました。

そして…秀英の白石本部を仰ぎ見た私は、この塾業界の見聞の記録が新たな段階に入ったことを予感しました。

それはこの講義の新展開を意味します。

…といったところでもう1コマ。
それでは、また。
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