ここのブックマーク以外にもよく立ち寄っているブログが15軒位ある。
ほぼ毎日覗きに行く人の記事は 他にない情報を得られる、内容がしっかりしている、切り口が鋭い、なるほどと思う意見を上手に述べている、同感することが多いのんびり楽しめる、ほのぼのリラックス出来る、おかしく笑える、別世界の仕事をしている人の記事が読める・・・等と言った興味・楽しみがある。
ずっと読んでいるブログが何らかの事情で閉鎖されたり、引っ越しされたりしてしまうのは寂しく残念なものである。普段のペースとは明らかに異なる休み方をされている場合は心配にもなる。
1年半ほど読ませて頂いていた方が亡くなられた。戦いを挑みかける闘志と小気味よい切れの内容が魅力的であった。多数のファンの方がいた筈であろう。
佐藤立志氏の年齢55歳と初めて知って未だ若いことにも驚いた。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
時間のある時に今まで読んでなかった過去記事にも目を通したい。
以下、友人の方が代筆されたブログへでの報告とその前の記事をコピー
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さるさる日記
佐藤立志のマスコミ日記
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2008/06/22 (日) 佐藤立志氏逝去
6月19日午前9時27分、保険評論家の佐藤立志さんが東京都内の病院でお亡くなりになりました。55歳。葬儀は近親者で行われました。
常に軸足を弱者においた報道姿勢には定評があり、各マスコミ媒体でもご活躍されました。
6月20日付の同日記は、危篤状態に陥る前に佐藤さんが書き残したメモです。遺品のなかから見つかり、ご遺族の方から託され更新しました。
弱者救済――保険評論家、いち個人として、この信念を貫かれた佐藤さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。合掌。(友人一同)
■2008/06/20 (金) 友人代筆
現在、佐藤は肺結核で治療中です。肺がんが誤診だとわかり、肺結核の治療中で隔離病棟から開放病棟へと順当に回復していましたところ、6月11日早朝に大量吐血してしまいました。
一時は生命の危機となりましたが、一命はとりとめ、現在は重症病棟に隔離されています。点滴3本に輸血1本、それに酸素マスク2本と心電図やらの電極が身体につけられています。
肺結核で死亡なんてのは、シャレにもなりません。彼の全快を待っていましょう。
なお、読者のメールを気にしていました。本人に届けますのでドンドン送って下さい。(友人代筆)
■2008/06/06 (金) ちょっと復活
●家定は「脳性マヒ」
6月1日の「篤姫」はひどかった。史実どころか完璧に作り話になっているからもう唖然だ。篤姫の旦那である将軍家定が「うつけ」のふりをしていたというのだから、唖然を通り越して「でっちあげ」である。
徳川一門の越前藩主の松平慶永も将軍家定のことを「凡庸中でもっとも下等」と言っており、また将軍家定の小姓をつとめた朝比奈昌広も「家定は疵癪がつよく、挙動が尋常でないところがあった」との証言もある。
小姓といえば、家定の身のまわりの世話を焼くわけであるから真実味があるし、ハリスが将軍に謁見を求めた時には幕閣がこぞって反対した。その理由は、家定がじっと座っていられず、日本の最高権力者の恥をさらすことになりかねないと極度に恐れたからである。
病名は、「一説には脳性麻痺であった」(卜部典子「天璋院と大奥)ともいうが、これなら職務がたえられないのも理解できる。まぁNHKだから事実のねじ曲げも得意なのだろう。「篤姫」ではなく「あつかまし姫」に変えたほうがいいのではw
■2008/05/19 (月) 生きています
生きてま~す。復帰はまだですw
■2008/04/23 (水) 病院決定
明日、入院です。それで友人と「最後の晩餐」をやりましたが、話しが盛り上がらないないのです。友人たちは、気を遣っているのでしょう。
私は誤診だと思ってますから、まだ元気なのです。2月にレントゲンで何もなかったのが、二ヶ月後の4月のレントゲンでは5?pの「がん」だといわれて、納得できますか。
ただだだをこねているのは自分だけで、粛々と検査結果がでたら、やっぱいやだなあ。
この頃、人のやさしさについて考えることがあった。孔子は「仁」といったが、人偏に「二」と書く。「二」とは自分と相手の「心」をいうのだろう。だから「二つ」なのだろう。
ただこの仁は、無償であるので、なかなかできない。
メルマガの読者からたくさんのお見舞いをいただいたが、それでも全体の三分の一の人である。三分の一の無関心、三分の一が日記にしか興味がない人たちであろう。
お見舞いいただいた方には、御礼申し上げる。誤診でなくても絶対生還してやるw
■2008/04/22 (火) 生還を期す
結論を言いますと、「覚悟のいる病気」とほぼ判明。
突然、声がでなくなり、月曜日の朝、大量吐血してしまいました。
そこですぐかかりつけの病院に行き検査したら、最悪の結果がでました。右肺の腫瘍が声帯を圧迫していたのです。
その病院には専門の科がないので、紹介状を書いてもらい専門の病院で再度、検査してもらうことになりました。
私自身も納得のできないこともあり、早急に専門病院で見てもらうために待機中です。しばしの娑婆ということになります。
もし最悪の結果になったら、この日記のタイトル変更と当分の間、メルマガもお休みです。昨夜はなかなか寝れなかったなあ。
どちらにしても生還しますよ。
佐藤立志
■2008/04/20 (日) 体調不良
体調不良、今週、入院予定
言葉がでませんので、携帯不可能です