十和田市現代美術館。青森県十和田市西二番町。
2022年9月30日(金)。
おいらせ町の国史跡・阿光坊(あこうぼう)古墳群を見学して、十和田市現代美術館へ着いたのは15時ごろだった。旅行雑誌の推薦から美術館の見学地を選んだのは、ここと青森県立美術館だった。近年の現代美術は、分かりやすいインスタレーションが多い。
入館して最初に遭遇する作品は巨大な女性像である。
スタンディング・ウーマン ロン・ミュエク
制作年:2008 素材:ミクストメディア サイズ(W×D×H):155×110×405 cm
ロン・ミュエク。1958年メルボルン(オーストラリア)生まれ。ロンドン(イギリス)在住。ロン・ミュエクは子ども向けのテレビ番組の制作、映画の特殊効果や広告業に長年携わる。父親の死を受け入れるために制作した、小さいながらも、恐ろしいほど精巧な彫刻《Dead Dad》で大いに注目を集めた。主な展覧会は「Ron Mueck: Making Sculpture」(ナショナル・ギャラリー、ロンドン、2003)、「Ron Mueck」(カルティエ財団現代美術館、パリ、フランス、2013)など。彼の作品はサンフランシスコ近代美術館(アメリカ)、フォートワース現代美術館(アメリカ)など多くの美術館に収蔵されている。
最初の展示室に足を踏み入れた瞬間、観客はロン・ミュエクの巨大な彫刻作品に遭遇します。高さ4メートル近くある女性像は、見る者を圧倒する迫力で佇んでいます。憂いを含んだ風情はあまりにもリアルで、大きすぎるサイズとのずれが、奇妙な感覚を覚えさせます。窓に顔を向けた彼女は、通り過ぎるなにかを追いかけるように視線を走らせ、観客と目を合わすことはありません。けれど、刻々と移り変わる自然光を浴びた彼女は、見る角度によってさまざまな表情を見せ、やがて彼女の人生や人の生死について想像をめぐらすことになります。ただモノとしてある彫刻ではなく、その背後に多様なストーリーを喚起させる存在です。
巨大な少年像《Boy》で世界中の注目を集めたミュエクは、肌、皺、透き通る血管、髪の毛の一本一本にいたるまで、人間の身体の微細な部分を克明に再現しながら、つねにスケールにおいて大胆な変化を加えた作品を発表してきました。初期の作品から、彼が制作しているのは架空の人物です。
アッタ 椿昇
素材:鉄、FRP サイズ(W×D×H):601×624×395 cm 協力|木下徹哉(造形師)
椿昇。1953年京都府生まれ。京都市立芸術大学美術専攻科修了。「Against Nature: Japanese Art in the Eighties」展(サンフランシスコ近代美術館ほか、1989)に《Fresh gasoline》を出品。「第45回ヴェネチア・ビエンナーレ」(イタリア、1993)ではアペルト部門に参加。「横浜トリエンナーレ2001」(神奈川)で《インセクト・ワールド─飛蝗(バッタ)》を出品。主な個展に、「Noboru Tsubaki」(サンディエゴ現代美術館、アメリカ、1992)、「国連少年」(水戸芸術館、茨城、2003)、「椿昇2004-2009─GOLD/WHITE/BLACK」(京都国立近代美術館、京都、2009)、「PREHISTORIC_PH」(霧島アートの森、鹿児島、2012)などがある。「醤の郷+坂手港プロジェクト」(瀬戸内国際芸術祭2013、小豆島町、香川)、「AOMORIトリエンナーレ2017」(青森市)、「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2020」(京都市)などの芸術祭でディレクターを務める。
通りに面した前庭に、椿昇は突然変異的に巨大化した真っ赤なハキリアリの彫刻作品を展示しました。
コスタリカの熱帯雨林に生息するハキリアリは、その攻撃的な風貌からは想像できませんが、森の木の葉を切り出し、菌床をつくってキノコを栽培し、それを食する農耕アリです。椿は、このハキリアリをロボットのように巨大化させることで、われわれには計り知れない多様性をもつ自然界の営みに目を向けさせると同時に、経済成長という強迫観念にしばられ、農業を危機に陥れた肥大化する現代の消費社会に警鐘を嗚らします。
椿は、1980年代後半より、生物や有機体が突然変異的に膨張したようなカラフルな巨大彫刻をつくってきました。「横浜トリエンナーレ2001」では、全長55メートルの巨大なバッタのバルーンをホテルの壁面に出現させて、グローバリゼーション過信に警告を発するなど、近年は、社会に存在するさまざまな問題をポピュラーな昆虫の姿に寄生させ、メッセージ性の強い作品として発表しています。
屋上からの眺望。八甲田山方向。
屋上からの眺望。通りを隔てたアート広場。
屋上からの眺望。美術館カフェ&ショップの壁画。
夜露死苦ガール2012 奈良美智
制作年:2012 素材:カッティングシート サイズ(W×D×H):2048×1000 cm
奈良美智。1959年青森県生まれ。1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程修了。1988年ドイツ、デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学、卒業後もケルンを拠点に作品を制作。2000年に帰国、以後国内外の展覧会で発表を続ける。近年の主な個展に、「君や 僕に ちょっと似ている」(横浜美術館+青森県立美術館+熊本市現代美術館、2012-13)、「Life is Only One:Yoshitomo Nara」(Asia Society Hong Kong Center、中国、2015)、「奈良美智 for better or worse」(豊田市美術館、愛知、2017)など。2020年4月にロサンゼルス・カウンティ美術館(アメリカ)で始まる大規模個展は、余德耀美術館(上海、中国)、ビルバオ・グッゲンハイム美術館(スペイン)、クンストハル・ロッテルダム(オランダ)を巡回。
この作品は高さ約10メートルの壁面をキャンバスに見立てて制作されました。タイトルの「夜露死苦」は「よろしく」の当て字で、ちょっと社会を斜めに見ている若者たちのあいさつにも使われています。描かれた少女の着ている服はところどころ破けています。着古したのか、喧嘩でもしたのか、わざと穴をあけてカッコよく着こなしているのかもしれません。足を組んでいるので、ポーズをとっているのでしょう。少女はどこか一点を見つめていますが、まっすぐ前ではなく、斜めの方向です。口元は笑っているようにも、怒りを抑えているようにも、悲しみを抱えているようにも見えます。少女の表情は、単純な線で描かれていますが、見ている人の心に合わせて複雑に変化していきます。
奈良美智の描く幼い少女や動物の表情は、社会に馴らされることを拒んでいるかのような純粋さ、強さがあります。とくに顔の中で大きな比重をもつ目から放たれる視線は、社会の本質を見抜いているかのようです。その視線の強さを受け止め、「かわいさ」の内側になにがあるのかをつきとめようとするところから、作品との対話がはじまります。描かれている対象に、鑑賞者自身の多様な内面を重ね合わせたり、家族や親しい友達に通じるものが感じ取れます。だからこそ、奈良の作品は世界中の人々を魅了し続けているのです。
屋上から2階・1階までの階段回り。
ウォール・ペインティング フェデリコ・エレーロ
制作年:2008 素材:塗料 サイズ(W×D×H):324×574×1598 cm
フェデリコ・エレーロ。1978年サンノゼ(コスタリカ)生まれ。サンノゼ在住。ニューヨーク(アメリカ)のプラット・インスティテュートで絵画を学んだ後、廃屋で制作した巨大な壁画作品で「第49回ヴェネチア・ビエンナーレ」(イタリア、2001)でYoung Artist’s Prizeを受賞。エレーロの多色を用いたヴィヴィッドな作品は、コスタリカの地形や自然と文化のあいだの色彩の衝突の観察をよりどころとする。2008年にCCAワット・インスティテュート現代美術館(サンフランシスコ、アメリカ)、2012年に金沢21世紀美術館など世界各地で作品を発表している。
フェデリコ・エレーロは、約13メートルある3層吹き抜けの階段塔の内部と、そこから続く屋上をアート作品に変えました。日常の場所で作品が人の目に触れることを重視する彼は、パブリックな空間を使った絵画プロジェクトに多く取り組んできました。下絵はなく、即興的に描かれていく絵は、キャンバスのフレームや平面にとどまらず、壁、床、天井と空間全体へと飛び出していきます。その場所ごとに感じたことを色や形で表現するエレーロは、十和田でも、3週間かけてこの地で感じた印象を絵にしていきました。鮮やかな色と形がうごめく塔を昇っていくと、だんだんと青色が増殖し、たどり着いた屋上には、青空が反射するようなきれいなブルーが塗られています。展望台である屋上からは、十和田のまちなみや周囲の自然が見渡すことができ、これは「世界は空でつながっている」という作家のメッセージとも通じています。
エレーロはコスタリカとニューヨークで建築と絵画を学びました。日本でも「2005年日本国際博覧会 愛・地球博」のアートプログラムに参加するなど、世界を舞台に活躍しています。
無題 / デッド・スノー・ワールド・システム ボッレ・セートレ
制作年:2008 素材:ミクストメディア サイズ(W×D×H):529×838×450 cm
ボッレ・セートレ。1967年オスロ(ノルウェイ)生まれ。オスロ国立芸術大学で学ぶ。ニューヨーク(アメリカ)、ベルリン(ドイツ)、パリ(フランス)で活動。主な展覧会は、アーティスト・イン・レジデンスの一環として開催した「Double Fantasy The Pasolini Experience and some Paranormal Activities Herslebsgt.10B」(クンストラー・ハウス、ベルリン、2001-02)、「Autonomic High(The things I can’t control, no matter how I try)」(FRACバス・ノルマンディー、カーン、フランス 、2005)、「Greetings to Futures Past」(MOMA PS1、ニューヨーク、2008)など。
ガラスの空中回廊を抜けると、ボッレ・セートレのインスタレーションに遭遇します。入口に近づくとセンサーが反応し、自動ドアがすっと開き、すべてが白で構成された空間が現れます。その白い空間に一歩足を踏み入れると背後で扉が閉まり、セートレの作品世界に入り込みます。角のない柔らかな形の部屋は、まるで宇宙船にいるように、重力を感じさせない奇妙な錯覚を観客にもたらします。作品は、白いアクリルのパネルや、巨大なミラーボールの反射光、オーロラを“再編集”した映像、それとともに流れてくる音楽などの要素で成り立っています。モニターにはブラウン管から発生するノイズを映像化して映し出しています。床には漠然となにかを暗示しているようなポーズの白毛で覆われた動物が現れます。
この作品は、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』やアンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』など、クラシックなSF映画からインスピレーションを受けています。セートレは彼の頭の中にある創造の世界を、物語の要素を伴う作品として表現してきました。セートレの作品世界に入ることは、彼の空想物語を通して「旅をすること」と捉えることもでき、その旅へと誘う仕掛けが空間の随所に散りばめられているのです。
松其ノ三十二 山本修路
制作年:2008 素材:FRP サイズ(W×D×H):658×723×270 cm
山本修路。1979年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。大自然と人間とのかかわりをテーマに、旅、酒造り、小屋制作、森に入ることなどの活動をし、作品制作をしている。主な展覧会に、「博物学」(Block House、東京、2018)、「生きられた庭」(京都府立植物園、2019)など。
山本修路は、展示室に囲まれた小さな中庭に、官庁街通りと縁の深い「松」をテーマにした作品を制作しました。ゲート状に枝や岩がたわみ、岩と松と芝とが一体化するかのように、土を盛り上げて作庭し、特別な命を吹き込まれた箱庭の宇宙をつくりあげています。
山本の作品には、大学在学中から携わってきた庭師の仕事が大きな影響を与えています。彼が生みだす松は、どれもみな不思議な形をしていますが、これは庭師の仕事の中で学んだ、自然物を変化させ、新たな造形を生みだす、日本の伝統的な造園様式に基づいています。とはいえ、それは実際の松ではなく、FRPに着色してつくった彫刻で、松の葉も記号として描かれています。伝統的な形式は守りつつ、自然と人工とを奇妙に混在させ、どこか擬人化して描くその表現は、作品を不可解でいっそう魅力的なものにしています。
オクリア ポール・モリソン
制作年:2008 素材:カッティングシート サイズ(W×D×H):2048×1000 cm
ポール・モリソン。1966年リヴァプール(イギリス)生まれ。シェフィールド(イギリス)在住。ロンドン(イギリス)のゴールドスミス・カレッジで学び、美術修士号を取得した。ハマー美術館(ロサンゼルス、アメリカ、2000)、マンチェスター市立美術館(イギリス2009)で個展を開催。ポール・モリソンの作品はヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)、ニューヨーク近代美術館(アメリカ)、シュテーデル美術館(フランクフルト、ドイツ)に収蔵されている。
高さ10メートル、幅20メートルのひときわ目立つ休憩スペースの白い外壁面に、イギリスを代表するアーティストのひとり、ポール・モリソンが、巨大な壁画を制作しました。
神話に登場するリンゴの木をモチーフにした絵は、白と黒のモノクロームで描かれた、現代の風景画だと言えるでしょう。あえて色を使わないのは、鑑賞者に、それぞれ自由に色を想像して、作品にその色を投影してもらいたいという思いからです。
マンガやアニメから、自然の事物、ルネサンスの木版画にいたるまで、さまざまなものからインスピレーションを得、モリソンはイメージを巧みにまとめて、独自のグラフィック作品をつくりあげます。作品それ自体はフィクションであっても、そのハイブリッドな風景は、結果的に周りの自然環境を反映しているとも言えます。
フラワー・ホース チェ・ジョンファ
制作年:2008 素材:鉄、FRP サイズ(W×D×H):167×488×550 cm
チェ・ジョンファ。1961年生まれ。「第51回ヴェネチア・ビエンナーレ」(イタリア、2005)では韓国館の代表に選ばれたほか、リバプールやシドニー、台北、リヨンなど世界中の芸術祭に参加している。また、平昌2018パラリンピック冬季競技大会では、開会式・閉会式のアートディレクターを務めるなど活躍の幅を広げている。主な展覧会に「六本木アートナイト2019」(東京、2019)、「Blooming Matrix 花ひらく森」(GYRE GALLERY、東京、2019)など。
官庁街通りは、戦前、旧陸軍軍馬補充部が設置されていたことから、「駒街道」という愛称で市民に親しまれています。この通りとつながる屋外イベント・スペースに展示された、チェ・ジョンファの花で覆われた馬のモニュメントは、そうした十和田市の馬とのかかわりや、通りを四季折々に彩る花々の存在、そして十和田市の未来の繁栄を象徴しています。高さ5.5メートルもの堂々たる体軀とカラフルな色彩は、白くミニマルな美術館の外観と鮮やかなコントラストをなしています。
アート・デイレクションやインテリア・デザインを手がけるなど、さまざまな分野で国際的に活躍するチェは、日常の中から作品の着想を得ています。韓国文化と密接な関係があるモチーフやまちにあふれるイメージを用いながら、ダイナミックで非日常的な作品をつくりあげ、普段は気づかない、物事の別の側面をユーモラスに浮かび上がらせます。
企画展示室。名和晃平。生成する表皮。
Biomatrix(W)。名和晃平。
2022、ミクストメディア。
真珠のような輝きと高い粘度を持つシリコーンオイルの表面に、気泡がグリッド状につぎつぎと湧き起こる。
装置は水平面に置かれたバルコニー、壁面と斜めにはめ込まれた鏡だけである。垂直面に見える建物は鏡に反射した虚像である。鑑賞者は階段を上って壁面に寝転がると壁面に張り付いたように見える。
建物―ブエノスアイレス レアンドロ・エルリッヒ
制作年:2012/2021 素材:ミクストメディア サイズ(W×D×H):626×1050×700 cm
レアンドロ・エルリッヒ。1973年アルゼンチン生まれ。ブエノスアイレス(アルゼンチン)とモンテビデオ(ウルグアイ)を拠点に活動。コンセプチュアルアーティストとして、現実を知覚する根拠となるものは何か、また視覚を通じて現実を現実だと認識 する鑑賞者の能力を探ろうとする。日常生活の中で見慣れた構造物はエルリッヒの作品に繰り返し登場するモチーフで あり、私たちが信じることと見ていることとの間に対話を生み出すことによって、美術館やギャラリーなどの空間と日常での 経験との距離を縮めようと試みている。主な近年の個展に、「レアンドロ・エルリッヒ展: 見ることのリアル」(森美術館、東京、2017年)、「Leandro Erich:Liminal」(ブエノスアイレス・ ラテンアメリカ美術館、アルゼンチン、2019年)、「Leandro Erich:The Confines of the Great Void(太虚の境)」(中央美術学院美術館、北京、中国、2019年)など。
鑑賞者は、鏡の効果によって、重力に逆らうように自由なポーズを建物の表面で取ることができます。シンプルなトリックでありながらも、現実ではありえない光景の中にいる自分自身の姿は、初めて目にする人々に戸惑いと驚きをもたらすでしょう。鑑賞者が作品の中に入り込むことによって成り立つ作品である一方で、ポーズを取る人々の様子とそれを内包した空間を観察する鑑賞者たちの存在など、鏡を介して複数の視点が共存する作品でもあります。
まちなか常設展示 アート広場
ゴースト(左) / アンノウン・マス(右) インゲス・イデー
《ゴースト》制作年:2010 素材:FRP サイズ(W×D×H):50×600×810 cm
《アンノウン・マス》制作年:2010 素材:銅、クロム合金 サイズ(W×D×H):119×81×127 cm
インゲス・イデー。インゲス・イデーは、1992年にハンス・ハマート、アクセル・リーバー、トマス・A・シュミット、ゲオルグ・ツァイの4人のアーティストが公共空間のアート・プロジェクトで協同した際にベルリン(ドイツ)で結成したユニット。グループでの活動とともに、個々の芸術実践も積極的に行っている。パブリックアート作品を《Sounds》(モーンハイム・アム・ライン、ドイツ、2019)、《Travelling Light》(カルガリー、カナダ、2013)など世界各地に設置。また彼らの作品《Undeveloped Playground》は「ミュンスター彫刻ビエンナーレ2000」(エムスデッテン、ドイツ、2001)で展示された。
芝生の上に巨大で真っ白な彫刻がそびえています。一見つかみどころのない形ですが、上のほうにある2つの黒い大きな穴が目だと気づけば、これはお化け=ゴーストなのだとわかるでしょう。お化けや幽霊はふつうは目に見えませんが、私たちの想像の中ではさまざまな形をなし、上から布を被せればお化けの姿を覆うと同時にどんな形をしているか知ることができます。こう考えると、《ゴースト》はより魅力的な作品に見えてくるでしょう。また、《ゴースト》の白い色とスケールは、道の向かいにあるミニマルな美術館建築と結びつけて解釈することができます。ただし、精密な立方体の形にデザインされた美術館に比べれば《ゴースト》は有機的で、まるでどこかから流れ着いて浮いているようにも見えます。
《アンノウン・マス》も建築と結びついた作品です。一見、作品はトイレの屋根から流れ落ちる雫のようです。水銀のような艶やかな素材ですが、動きはゆっくり膨張しているようにも見えます。しかし建物の中から見ると、その塊は2つの穴、つまり目をもち、逆さまになってトイレを覗いているゴーストだとわかります。彫刻全体に詩的でアニミズム的な性格をもたらすのはこの「目」です。《アンノウン・マス》はそれを気づかせる仕掛けでもあるのです。
まちなか常設展示 アート広場
愛はとこしえ十和田でうたう 草間彌生
制作年:2010 素材:ミクストメディア
《十和田で発見された私の黄色カボチャ》サイズ(W×D×H):642×590×390 cm
《十和田のハナコちゃん》サイズ:140×100×260 cm
《太陽のキノコ》サイズ:243×244×250 cm
《キノコの精》サイズ:164×167×230 cm
《愛の神様》サイズ:250×260×300 cm
《リンリン》サイズ:134×60×98 cm
《ケン》サイズ:101×48×80 cm
《トコトン》サイズ:88×28×68 cm
草間彌生。1929年長野県生まれ。前衛芸術家、小説家。幼少期より水玉と網目を用いた幻想的な絵画を制作。1957年単身渡米、前衛芸術家としての地位を築く。1973年活動拠点を東京に移す。1993年ヴェネチア・ビエンナーレで日本代表として日本館初の個展。2001年朝日賞。2009年文化功労者、「わが永遠の魂」シリーズ制作開始。2011年テート・モダン、ポンピドゥ・センターなど欧米4都市巡回展開始。2012年国内10都市巡回展開始、ルイ・ヴィトンとのコラボレーション・アイテム発売。2013年中南米、アジア巡回展開始。2014年世界で最も人気のあるアーティスト(『アート・ニュースペーパー』紙)。2015年北欧各国での巡回展開始。2016年世界で最も影響力がある100人(『タイム』誌)。2016年文化勲章受章。
アート広場の芝生の一角に、色鮮やかな水玉世界が現れました。大小の水玉をまとった、カボチャ、少女、キノコ、犬たちの8つの彫刻群は、草間彌生のこれまでにない規模をもつ屋外彫刻作品《愛はとこしえ十和田でうたう》です。犬やキノコに囲まれた《十和田のハナコちゃん》と題された少女は、エネルギーに満ちあふれ、水玉野原の真ん中で高らかにうたっているかのようです。それはいまなお自由で純粋な魂をもって精力的に創作を続ける、作家自身の化身なのかもしれません。
一方、体験型作品である《十和田で発見された私の黄色カボチャ》の内部は、七色の光が闇の中で明滅し、訪れる人を包み込むように無限に増殖を続ける世界へと誘います。
草間により永遠の命を吹き込まれた作品たちは、あらゆる境界を飛び超えて、ここアー卜広場を中心に、十和田のまち全体を生き生きと力強く鮮やかな世界に変えていくのです。
このあと、道の駅「十和田」へ向かった。