――――世界は、魔王の手に落ちた。
そんな手紙が届いたのは、ちょうど、十五回目の誕生日の明くる朝だった。
俺は、いつもの日課で新聞を取りに行った。その時、この茶色い封筒を見つけたのだ。
焼き印に記されていたのは、真正マハト王国のエンブレム。三本の剣が、悪魔を貫いている絵柄の紋章だった。かつての大戦が、この三本の剣によって、終結したことを物語っているらしい。
「……タスケテクダサイ、ユウシャヘ、ヒメヨリ、だと」
しかし、エレムは勇者ではなかった。きっと郵便屋が間違えたのだろう。だから、民営化をするなとあれほど。
「こっちは忙しいんだよ。魔王なんか知ったこっちゃ無い!」
エレムは、しがない木こりだったのだ。
今日も、木を切りに行かなければいけない。
「妹の身代金を稼ぐためだ」
ある日、妹は、小鳥たちと山で遊んでいた。そこに突然現れたクマさんによって、誘拐されてしまったのだ。そして、現在、俺はそのクマさんに身代金を要求されている。払うまで、妹は解放してくれないらしいのだ。
だから、俺は、今日も山へ出向く。金を稼ぐために。妹を救うために。
山に到着してから、何時間が経った頃だろうか。夢中で木を切り倒していた俺は、ふと集中力が途切れた。空腹だということに気づいた。そういえば、もう太陽も真上だ。
「ふぅ」
切り株に腰を下ろした俺は、唐草模様の風呂敷包みから、アルミホイルで包まれたおにぎりを取りだした。
「これが、あいつの握ってくれた、最後のおにぎりか。もう一年以上経つけど、あいつは元気かな?」
誘拐された日の朝、妹が俺のために握ってくれたおにぎり。
俺は、がらにもなく、感傷に浸っていた。
「へっ、こんなことをしている場合じゃないな。早く食べて、仕事に戻らなきゃ。そして、身代金を作って、あの悪党から妹を解放しなくちゃ」
アルミホイルから取りだして、おにぎりを口元に持ってきたとき、ふいに突風が吹いた。
「うわっ」
突風は、おにぎりを吹き飛ばした。手元から離れたおにぎりは、ごろごろと転がっていく。
「しまった、おにぎりが穴に落ちた!」
その穴は、べらぼうに底が見えなかった。もしかしたら、底なしの穴なのかもしれない。だが、俺に迷ってる暇はなかった。勢いよく、その穴の中に飛び込んだ。
穴は徐々に狭まっていく。
これ以上狭まったら、つっかえてしまうと思った。だが、奇跡が起きた。すぽんと、向こう側へ抜けたのだ。
向こう側は、暗色系のカーテンで部屋の壁が覆われている広い屋内だった。壁際に沿って、あらゆる動物の剥製が整列させられている。何とも不気味な部屋だ。俺は、冷や水を浴びせられたような錯覚を覚えた。気味が悪い。
「貴様! 誰だぁ!」
野太い声。
光源の当たらない暗闇に誰かがいる。シルエットが見えた。
「貴様こそ誰だ! ――そして、ここはどこだ?」
俺は、まるで記憶喪失者のような言葉を吐いていた。ここがどこなのかが知りたい。俺は、奴の返答を待った。
「我が名は、クーランデルマーグ三世。世界に圧政を敷く魔王だ」
光源の当たる場所へと、出てくる人影。
真鍮の鎧をまとい、見上げるほど大きな男だった。爪と牙は、わずかな部屋の光源を反射させていた。身の丈は、俺の倍以上はある。
そして、はっきりとわかった。
「お前は、まさか……」
「そうだ、お前の妹を誘拐し、お前に身代金を要求している張本人だよ」
「やはり、そうか。クーランデルマーグ三世。略して、クマさん!」
「その名前で呼ばれるのは久しぶりだ。まだ、俺が野生の熊だったときのあざなだ。しかし、俺はもはや魔王。格の違いを見せてやる!」
俺は、クマさんの毛深い腕から逃れるために、回転受け身をした。しかし、受け身はよけ技ではなかった。蹴りを脇腹にもらう。
ひどい激痛で、意識がもうろうとした。
「これでトドメだぁ!」
そんなクマさんの勝利を確信し高揚した声が聞こえた。
そのとき、目の前に落ちているおにぎりが見えた。妹が一生懸命握ってくれたおにぎり。そう、一年前のおにぎり。
俺は、無我夢中で手を伸ばして掴んだ。頬張った。
すると、世界がかすんでいく。かびのにおいと、砂利の味が混じり合い、なんともいえないハーモニー。俺は、これを知っている。そうだ、これこそ、あいつのおにぎりの味だ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺は、出来るような気がした。クマさんを倒せるような気がした。クマさんを倒すんだ。
飛びかかって、クマさんの腰に手を回した。
「あ、てい」
投げ飛ばす。
「うわわゎゎーああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
クマさんは、強固な石壁をぶち破り、青空の彼方へ飛んでいった。
クマさんは去った。俺は、あれほどの強大な敵を倒したんだ。虚脱感と達成感にさいなまれる。空を見上げた。クマさんが通過していった開け放しの天窓から、レンブラントの描いた名画のような、淡い光を感じる。
「……終わったのか」
そう、終わったんだ。
「お兄ちゃーん」
妹の声がする。振り返ると、ポニーテールの小柄な少女が駆け寄ってくるのが見えた。妹だ。
「妹! 元気だったか?」
「うん。平気だったよ」
「どうやって、ここに?」
「あの、お姉ちゃんに助けてもらったんだ」
妹は、人差し指をたて、背後の暗闇を指さした。
クマさんが開けた穴から光が漏れる。その光に当たり、人物像があらわになった。白い長髪の、大人の女性。静かなほほえみをたたえながら、近寄ってくる。
俺は、どうやら一目惚れしてしまったらしい。
「い、妹を助けてもらったみたいで」
「いえ、お礼を言うのは、こちらですわ。よくぞ、魔王を倒してくださいました。ありがとう、勇者様」
「まさか、あなたは、姫様」
「はい。かっこよかったですよ。勇者様」
そうか、そうだったのか。これが運命というやつか。
「あははははっは――――ん? ぶくわゎああああ!」
視界がかすんでいく。
もしかして、俺、死ぬのか?
「お、お兄ちゃん。どうしたの、なんで倒れるの?」
「し、心配するな、妹。きっと、ただの食あたりだ。お前の握ったおにぎり、おいしかったぜ。……姫様。こいつのことよろしくお願いします」
「……勇者様!」
「達者で暮らせよ、アディオ……す……」
かすむ視界の中で、俺は、誰よりも愛しい、我が妹に触れた。
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お久しぶりです。
出不精ですみません。サークルに顔を出せずすみません。生きていてすみません。
今期はロリっ娘いっぱいで嬉しいな、とか思ってすみません。ダリアンとか、湯音とか、詩緒とか。ジャスティンマイハート!
ピングドラムと、シュタゲのダルに注目してます。
先日、調べていたんですが、Aカップって、トップとアンダーの差が10センチくらいなんですね。意外に、あるんですね。
あの、皆さん、暑いですが熱中症に気をつけて、作業頑張ってください。
ニタニタしながら読みました(笑)
展開が全く読めないですね^^
作風変わりすぎて新鮮でした!
作風……どうやら、最近の暑さにやられたようです。
読んでくださってありがとうございました。ギャグは難しいです。
主人公が一年前のおにぎりをほおばるところとか(笑)