「トンカチを持った男の人に道端であったら、どうする?」
照りつく、赤の光線だった。夕日にあおられた、白いカーテンが、教室の一番端の机に、まあるい影を落とす。時計の針だけがチクタクと鳴いていて、砂嵐のような悲鳴は、グラウンドで叫んでいる野球部のマネージャー達の応援の声だと分かった。
「素通りする」
「もしかしたら、その人はトンカチの配り売りをしていたのかも」
「人を殴らない可能性は?」
残照はもはや無い。膨らんだ三角の、山の中腹に消えていく太陽は、少しでも欠片を残そうと必死だが、世界は消えていくものに優しくない。きっと、このまま夜になってしまう。そして、ここにいる全員が、夜の帳の中にひっそりと溶けいるのである。だって、教室の蛍光灯は光っていない。眼鏡の上峰さんは、すでに誰一人として認識をしていないのだろう。
「トンカチは人を傷つける道具じゃない」
「何する道具?」
「歪みを直す道具」
ガタン、と机が押された。傍にあった椅子が軋んで、足が折れたかのように倒れこむ。だが、無機物には意思が無い。表情もないので、痛くは無かったのだろう。いや、痛みはあるのかもしれない。僕たちが、そう思い込んでいるだけで。椅子にも、トンカチにも、痛みはあるのかもしれない。
皆が一斉に清水晴彦を見る。クラス一のいじめられっ子だった。
「歪みって、お前……」
「そうだよ。誠のことさ」
誰かが、ひっ、と息を呑んだ。誠は、クラス一のいじめっ子だった。
「話しは戻るけどさ。道にトンカチを持った男の人がいたらどうする?」
「逃げる」
「素通り」
「立ち向かう。でも、一人だったら逃げる」
下校のチャイムが鳴ると、同時に太陽が消えた。トロイメライではなく、鎮魂歌だったのは、気のせいであろう。
「じゃあ、また明日」
「ばいばい」
「おい、晴彦。お前のだろ。持って帰れよ」
「僕のじゃないよ」
「じゃあ誰のだよ」
「だから、その男の人の、だろ。世界を叩いて、歪みを直している」
「叩いたって歪みは直らないだろ」
「でも、誠は直ったよ。もう、くだらないことはしない。いや、できないだろうし」
晴彦はにやりと笑った。そう思ったのは、いつもいじめる時に、誠がにやりと笑っていたからだ。今の晴彦には、誠と重なるところがあった。
明くる朝、教室の隅にある誠の席には、白い花が置かれていた。
結局、誰の者だか分からず、置き去りにされた赤く錆びたトンカチと共に。
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試験的千字小説、第二回目です。
小説の作法を、きちんと踏襲しているかは、甚だ疑問です。いいえ、不問です。
次は、明るい小説を書こうかなぁ…… みつを
照りつく、赤の光線だった。夕日にあおられた、白いカーテンが、教室の一番端の机に、まあるい影を落とす。時計の針だけがチクタクと鳴いていて、砂嵐のような悲鳴は、グラウンドで叫んでいる野球部のマネージャー達の応援の声だと分かった。
「素通りする」
「もしかしたら、その人はトンカチの配り売りをしていたのかも」
「人を殴らない可能性は?」
残照はもはや無い。膨らんだ三角の、山の中腹に消えていく太陽は、少しでも欠片を残そうと必死だが、世界は消えていくものに優しくない。きっと、このまま夜になってしまう。そして、ここにいる全員が、夜の帳の中にひっそりと溶けいるのである。だって、教室の蛍光灯は光っていない。眼鏡の上峰さんは、すでに誰一人として認識をしていないのだろう。
「トンカチは人を傷つける道具じゃない」
「何する道具?」
「歪みを直す道具」
ガタン、と机が押された。傍にあった椅子が軋んで、足が折れたかのように倒れこむ。だが、無機物には意思が無い。表情もないので、痛くは無かったのだろう。いや、痛みはあるのかもしれない。僕たちが、そう思い込んでいるだけで。椅子にも、トンカチにも、痛みはあるのかもしれない。
皆が一斉に清水晴彦を見る。クラス一のいじめられっ子だった。
「歪みって、お前……」
「そうだよ。誠のことさ」
誰かが、ひっ、と息を呑んだ。誠は、クラス一のいじめっ子だった。
「話しは戻るけどさ。道にトンカチを持った男の人がいたらどうする?」
「逃げる」
「素通り」
「立ち向かう。でも、一人だったら逃げる」
下校のチャイムが鳴ると、同時に太陽が消えた。トロイメライではなく、鎮魂歌だったのは、気のせいであろう。
「じゃあ、また明日」
「ばいばい」
「おい、晴彦。お前のだろ。持って帰れよ」
「僕のじゃないよ」
「じゃあ誰のだよ」
「だから、その男の人の、だろ。世界を叩いて、歪みを直している」
「叩いたって歪みは直らないだろ」
「でも、誠は直ったよ。もう、くだらないことはしない。いや、できないだろうし」
晴彦はにやりと笑った。そう思ったのは、いつもいじめる時に、誠がにやりと笑っていたからだ。今の晴彦には、誠と重なるところがあった。
明くる朝、教室の隅にある誠の席には、白い花が置かれていた。
結局、誰の者だか分からず、置き去りにされた赤く錆びたトンカチと共に。
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試験的千字小説、第二回目です。
小説の作法を、きちんと踏襲しているかは、甚だ疑問です。いいえ、不問です。
次は、明るい小説を書こうかなぁ…… みつを
>>明るい小説
楽しみにしてます(笑)
この物語に込められたメッセージは、……ごめんなさい。正直、自分でも分かりません。
深くないです。浅はかで、すみません。
ご期待にそえるような作品を書きたいです。