
昨日の朝の赤城山、鍋割の後ろはまだ雪雲の中でした。朝まで雪が降り続いていたみたい、ものすごく冷たい風を吹き降ろしてきていました。寒い朝でした。
COCOは、時々途絶える弱々しい日差しの中でうとうとしていました。私はダウンのコートを着て防寒手袋をしてJAファーマーズ朝日町店へ買い出し、断水中の広瀬川の空は厚い雲に覆われていました。
どこから見ても、どう見ても、真冬の赤城山です。それにとにかく冷たい風、ちょいと暖かさを経験しちまった身体にはめちゃくちゃに堪えます。真冬に戻っちまいました。
買い込んできた野菜なんかを片付けて、蕪と大根の葉を刻んでもみ漬けにして朝のご用が一段落です。でも、この寒さでは自転車を乗り出す気にはなれません。家に籠ることにしました。
前日に買った文芸春秋3月号の河合香織さんの「老化は治療できるか」を読み始めました。期待通り、とても示唆に富む論稿です。一部はこちらで読むことができます。文系春秋デジタル版はこちらです。(写真は野村たかあき作のキキをモデルにした招き猫です)
私が河合さんの論稿に関心を持ったきっかけは二つあります。一つは、『高齢者は社会に老害をもたらす前に集団自決をするべきだ』という持論を展開している経済学者の成田悠輔(米イェール大学のアシスタント・プロフェッサー)のことが最近また話題になっていることです。こちらのニュースを見てください。(写真は三輪途道さん作の蚕神猫ミニです)
人間歳をとると社会のお役に立てなくなるし、若者の新規な行いにどうしても邪魔だてになることもあります。その事実は年寄りの一人として認めます。成田悠輔さんは、そういう年寄りは自動的に死んでもらう社会もつくることが可能だといいます。寿命を社会に有用か否かで人為的にコントロールしても良いというわけです。(写真は三輪途道さんデザインの蚕神猫だるまです)
もう一つは、ロシアのプーチン大統領が鹿の血を入浴に使っているというまことしやかなニュースです。ドイツのローズマンデー・パレードでも鹿の血の風呂に入っているプーチン大統領が登場したとAFPBBニュースが伝えていました。秦の始皇帝をはじめ歴史上の権力者の多くが『不老不死』を追い求めてきました。不老不死は権力者と金持ちの願望なんですね。(写真は蝉丸作の桜吹雪の招き猫です)
不要な年寄りは殺しちまっても構やしないという説が登場している一方で、不老不死を求める金満家や権力者が絶えません。そして、「健康長寿」の幻想を振り撒いては貧乏人の乏しい金を巻き上げて行くアンチエイジング・ビジネスがかつてない好況を博しています。健康食品の市場規模は1兆5千億円(日経新聞調べ)と言われています。それに、栄養補助食品(サプリメント)、化粧品・美容、健康器具、整体・マッサージ…、全部ひっくるめるととんでもない経済規模になっているはず…。(写真は小黒三郎作猫の家族の一部です)
食道がんだと宣告されて思ったのです。「死ぬときは死ぬんだな、抗っても無駄みたい、受け入れるしかないのだな」と、そう覚悟して化学療法を受け、手術をしてもらいました。私自身の細胞ががん細胞に変化してしまったわけで、それを止める力が私自身になかったということを知らされたんです。この事実は素直に受け入れるしかないのだなって、あらためて感じています。(写真は、お雛さまに寄り添っているCOCO似の木の猫です。話題にふさわしい写真がないので、わが家で暮らしている猫たちをご覧に入れています)
受け入れたうえでのはなしです。死ぬのは嫌だし、怖いですよね。でも、死なないわけにいかないのだから、いつ死んだって構やしないって気分でいる方が良いように感じています。これは理屈ではありません。理屈で判っていることは、日本人の平均寿命は、男の場合で、私が生まれたころには50歳台であったのが、今は80歳ほど、約30年延びているという事実です。(陶製の猫はどこぞの子どもがつくってくれたのです)
でもね、平均寿命は延びたけれど、死ぬことに変わりはないのですよね。それに、私は間もなく平均寿命を使い果たします。みんな、僅かな差で死んでるんです。サブリメントにたくさんお金かけても、身体に良いって食べ物を食い漁っても、結局死ぬんです。だから、私は健康食品やサプリメントは全く使用してません。それと、常用している保健薬もありません。(手前の陶製はどこぞの子どもの作、後は張り子の猫です)
それと、昔は老いること良きことという思いがあった気がしていますが、今はどうなんでしょうか。
生くること やうやく楽し 老の春
大正から昭和を生きた富岡風生の句です。白髪頭は美しく見えました。老人の優しさは少年たちにとって救いであり、その知恵は憧れでした。(写真はちりめんの猫のお手玉です)
「老い」は防いだり、治療したりする必要があるのでしょうか。そのままに受け入れてはいけないものなのでしょうか。がんになって「老い」と「病」は別もんだって気づきました。別もんだから、私は病気の治療に堪えることのできる体力を維持する努力をします。老化防止や若返りのための努力ではありません。(いただきもの、タイ旅行の土産です)
食道がんの手術をした患者の5年後生存率は57%と聞いていますが、間もなく4年を迎えます。運良く生きています。だから「寿命」のことを考えています。河合香織さんの連載第1回はとても示唆に富むものでした。来月号の2回目を楽しみに待ちます。(いただき物の猫と魚のゲーム盤ですが遊び方が不明です)
昨日のおやつには、香川県のばいこう堂の和三盆製「猫づくし」でした。もちろんいただき物です。
河合香織さんの論稿を読んで、寿命ってやつはそう簡単な代物ではない、ということがまずよく分かりました。先端科学が寿命をどうとらえているのかも少し知ることができました。理解できる範囲で、引き続き考えて行きたいともいました。
キキの写真の近くには、カメラを首から下げた猫の人形が置かれています。誰にいただいたんだっけな…。
この歳になるまでいろんなことを経験してきました。自死した友人や知人もいました。事故で死んだ友もいました。自分の家族も見送ってきました。でも、分からないことだらけ、分からないままに生きてきていることに気づいた日でした。
寒い一日でした。日が傾いても夕焼けになりませんでした。健康のための食事ではなく、食べたいものを作って食べる食事の時刻が近づいたらますます寒くなりました。
寒かったんで、花椒(ホァジャオ)を多めにし、辛めの麻婆豆腐を作りました。それと、春キャベツとベーコンのとろとろ煮です。どっちも温かい食べ物です。
飯は十六穀米をキムチ・チャーハンにしました。サラダは、マリ子さんにもらったしらす干しと野菜のサラダ、ロマネスコ、カキ菜の蕾、蕪、スナップエンドウ、人参です。マリ子さん、ごちそうさまです。
<今日はいつもの記事と少し違って、ヒゲがきまぐれかませちまったけどお許しください。それにしても寒いやね、今猫窓から見てきたら、玄関の水鉢がしっかり凍ってらいね、気温の変化に気をつけましょうぜ>
ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が始め、伯母の二代目吉駒が受け継いでまいりました直派若柳流美登利会を承継しております。毎年春に開催しております舞踊会は、戦時中の開催禁止と一昨年のコロナ禍による延期を除いて、今年で78回を重ねることができました。今春4月9日には、第79回舞踊会を開くことといたしまして、会員一同精進を重ねております。引き続きご贔屓くださいますようお願い申し上げます。
《最近の美登利会と吉駒リサイタルの舞台をご覧になりたい方は…》
第78回美登利会と第3回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧下さい。
第77回美登利会と第2回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧下さい。
第76回美登利会と三代目吉駒襲名リサイタルはこちらでご覧下さい。
お稽古場は前橋市城東町、詳しくはこちらをご覧下さい
テレビ用の評論家なら勤まると思いますが、今のままでは「経済学」の世界でお仕事できないのではないでしょうか。それに彼の少子高齢化に関する見解は、「姨捨山」そのもの、全くオリジナルを感じません。