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退職し晴耕雨読的研究生活に入った元水族館屋の雑感ブログ

オオクボミコモンサンゴ Montipora foveolata (Dana, 1846) 物語

2023-04-11 | 雑感


 コモンサンゴ類の分類学的研究で最も多大な貢献をした、「コモンサンゴ類の父」とも呼べる存在が大英自然史博物館(現ロンドン自然史博物館)に在職されたH. M. Bernard(1853-1909)なら、エール大学に在職されコモンサンゴ類分類の基礎を築いたJ. D. Dana(1813-1895)は「コモンサンゴ類の母」と呼べよう。Danaは地球を1周する壮大な探検航海「United States exploring expedition」(1838~1842年)に参加し、その収集物を基に多数のコモンサンゴ類の新種記載を行ったが、コモンサンゴ類における業績は彼の研究成果のほんの一部に過ぎない。
 さて、彼が新種記載したコモンサンゴ類の中にMontipora foveolataという種がある。この時代の常識ではあるが、原記載は非常に簡潔でかつ大まかである。


Montipora foveolata  (Dana, 1846) の原記載:原記載ではDanaが提唱したManoporaの属名が用いられた。

 ラテン語に加えて英語で書かれているのは救いがあるが、その短い英文でさえ私の読解力では完全には理解できない。ただし、はっきりと分かることは、近縁種と区別可能な特徴が述べられておらず、原記載では種を把握することができないということである。また、致命的なことに、原記載を含め現在までタイプ標本の図が一度も媒体に掲載されたことはなく、タイプ標本もスミソニアン博物館にはなく、彼が勤務したエール大学にも残っていない。彼のサンゴ標本はこの2つの機関のどちらかにあるはずなので、所在不明ということは、標本のラベルが消失した後に廃棄されてしまったのであろう。

 こうなると、本種の解釈はお手上げなのであるが、そこは「コモンサンゴ類研究の父」。Bernard (1897)は大英自然史博物館に収蔵されていたタイプ産地もしくはそれに近い7つの標本(4つはトンガ産、3つはフィジー産)に基づいて、本種の再記載を行った。そのお陰で、現在の本種の解釈が成り立っている。ただし、Danaの種とBernardの種が同一なのかどうかについては、もはや誰も分からない。タイプ標本が残っていない以上、検証不能であるからである。


Bernard(1897)のMontipora foveolataの再記載で掲載された図:骨格のスケッチでは個体壁内が顕著なすり鉢状を成すことが描かれているが、骨格の写真ではその特徴があまり顕著ではない。

 ところで、本種に関してはまだ迷いがある。Bernard (1897)が再記載したM. foveolataMontipora venosa (Ehrenberg, 1834) に極めて酷似し、両者はほとんど区別がつかない。ほぼ唯一の識別点は、「前者の個体壁内壁はやや斜めに落ち込んですり鉢状の窪みを形成するのに対し、後者のそれは垂直に落ち込んで円筒状の窪みを形成すことである」と理解したのであるが、この識別点は現代の研究者には用いられていない。通用しているのは、個体壁が良く発達する(foveolata)かあまり発達しない(venosa)であるが、この形質は両種の区別には役に立たない。果たして、個体壁内壁の傾斜の度合は有効な形質なのかどうか、少し不安が残る昨今である。


Veron(1986)のMontipora foveolataの掲載図:すり鉢状の個体壁は微妙である。


国内で唯一調べることができたオオクボミコモンサンゴMontipora foveolataの標本(宮古島産、採集・撮影はH. T. 氏):この標本は個体壁がメアンドロイド様に蛇行するものが多いが、メアンドロイド様個体壁はBernard(1897)の標本でも散見され、この出現の多寡は種内変異であると解釈した。すり鉢状の個体壁が特徴的である。


国内で採集されたフカアナコモンサンゴMontipora venosaの標本(宮古島産、採集・撮影はH. Y. 氏):この標本の個体壁は垂直に落ち込むが、個体壁の発達度合のみで判断すればM. foveolataに同定される。
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