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クチヒゲノムラガニの生態

退職し晴耕雨読的研究生活に入った元水族館屋の雑感ブログ

学名は「清く、正しく、美しく」ならぬ「短く、正しく、美しく」

2020-07-21 | 雑感


 先月から疣状突起を持つコモンサンゴ類標本を再吟味しており、数日前から小笠原諸島で採集した縁が青紫色をするおしゃれな種の標本を精査している。既知種では該当するものがないので、未記載種とみなし、既にMontipora sp. FUCHIMURA フチムラサキイボコモンサンゴとして暫定的な報告しているが、今回の再検討においてもその判断には変更はないので、ついでに新種名の候補も検討した。
 私の学名作りにおいては以下の4つの書籍を参考にしている。

①羅和語辞典
 学名(種名)は基本的にラテン語で作られるため、ラテン語辞典は必携である。私が持っているものは字が大きくて使い易いが、730頁ものボリュームにしては語彙や説明が少々物足りない。


②英語・ラテン語辞典
 この本は英単語に対応するラテン語の候補が詳細に網羅されているので重宝している。


③生物学名命名法辞典
 この本は私の学名指南書のバイブルであった「学名の話」の改訂版で、法律書のような命名規約を理解する上でたいへん役立っている。


④国際動物命名規約日本語版
 動物の学名の命名とその安定のための国際的な規約。学名はこの規約に則って作成し発表されないと無効にされてしまう。初心者には難解であるので、上記の命名法辞典と併用されることをお勧めしたい。


 さて、基本的に学名の属は名詞で、種名は形容詞で作られる。また、種名は属名の性と合致させる決まりがある。コモンサンゴ属Montiporamons+porus:多孔質の岩の意)は女性名詞である。前述したように、フチムラサキイボコモンサンゴの最大の特徴は縁が青紫色をなす美しい色彩にあるので、「紫色をした violaceus」と「縁取りがある marginatus」のラテン語の単語を使って造語 violaceomarginatus を考案した。そして属と性を一致させ、Montipora violaceomarginata 「紫の縁取りを持つコモンサンゴ」とした。
 ところで、学名には「清く、正しく、美しく」ならぬ「短く、正しく、美しく」の3原則がある。よく耳にする「清く、正しく、美しく」は宝塚音楽学校の校訓だそうで、これは人類の理想的な姿でもあるが、宝塚にあって政治の世界にはない。
 さて、学名の「短く、正しく、美しく」は、「学名は簡潔で、種の特徴を正しく表し、響きが美しくあるべき」との、上記③の生物学名命名法辞典の著者である平嶋義宏博士の訓示である。これに従えば、私が考案した violaceomarginata(ウィオラーケオマルギナータ)は、種の特徴を表しているがいささか長ったらしく響きもあまりよくない。
 しかしながら、リンネが動物命名法を確立して250年以上もが経過し、「短く、正しく、美しく」の理想的な種名は既に出尽くした感がある(コモンサンゴ属においてはこれまで200以上もの種名が創設されている)。また、近年は遺伝子解析の発展に伴う分類学の大変革期にあり、新属の創設と共に属の整理・統合も進んでいて、理想的(特に簡潔)な種名はホモニム(異物同名)となるリスクがある。従って、violaceomarginataは最良ではないが、許容範囲か。
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