弱い文明

「弱い文明」HPと連動するブログです。 by レイランダー

『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』①

2007年04月21日 | 書籍
 先月発売された星川淳さんの最新刊。
 驚きに満ちた本だ。捕鯨問題とはこんなに奥の深い話だったのかという、驚きだ。
 どこからどう紹介すればいいものか迷うくらい、重要な事柄がたくさんある。とりあえずこんな話はどうだろう。

 つまり、こういうことかもしれない。
「食べるな」と欧米から言われることに対しては強い反発を感じる。だから立場は「反・反捕鯨」=「捕鯨支持」。しかし、自分はとくに食べたいわけではない。食べるとしてもごくたまに、ちょっとあればいい。ときどき懐かしくは思うけれど、なくて困るわけではない。でも、日本のどこかにきっとクジラを食べるのが好きな人たちがいて、そのなかには文化的にクジラがなくてはやっていけない農山漁村の善男善女が含まれ、婚礼の膳や正月料理にクジラがないのはクリスマスにケーキがないこと以上に重大な文化の欠如で、彼らのためにも「捕鯨は必要」(でしょ・・・・・・)という思考の展開なのだ。(P190)

 たぶん10年位前までは、僕もこんな風に考えていた。今でも少しは気分として残っているかも知れない。だが本書は、こんな考えが実は現実にそぐわないことをまざまざと教えてくれる。

 驚いた、というのはまた、こういうことでもある。
 僕は以前の捕鯨問題についてさらに考えたことでこう書いた。
「僕にとっては、やはりこれはクジラという生物固有種に関する問題というより、この国の飽食ぶりと、それと裏腹の食糧自給体制のずさんさ、の問題の方が大きいみたいなのである。」
 そこから、日本がこの飽食ぶりをあらためずして捕鯨の必要性を訴える「非現実性」に、不可解なナショナリズムの影がちらついていることも書いた。
 結局あのエントリーで書いたことは、「古式捕鯨」についての知識を筆頭に、捕鯨に関する知識全般のいい加減さという点を除けば、星川氏のこの本とまったく同じ方向性のことだったのである。それが個人的には何より嬉しい驚きであり、勇気づけられた(それにしても知らないことが多過ぎた・・・・恥しい)。

 一例を挙げるなら、「絶滅の危機に瀕する他の鯨種はともかく、ミンククジラは獲っても大丈夫」というのが、仮に「科学的に」明らかだとしても(ちなみに日本側が主張するこの「科学」には問題があることも、本書その他で指摘されているが)、どうして多くの鯨種は危機的で、ミンククジラは比較的手つかずで残っているのかという、その歴史的経緯は一般に了解されていると言えるだろうか?了解されているなら、「他の鯨種を危機に追いやったと同じ発想でミンククジラを獲ること」の是非が、当然無視できないものとなるはずなのだ。
 その「発想」とは、欧米が先鞭をつけたものとはいえ、近代以降の日本もこれに倣ってきたものである。そして欧米が見切りをつけた後も、ほとんど日本だけが護持している発想──すなわち、クジラは「資源」でありそれ以上でもそれ以下でもないという発想なのである。根底にあるのは、「資源へのアクセス」をめぐる絶えざる危機感と、前時代的な「国威発揚」がミックスした思考なのだろうと僕は勘ぐっているが、そうした思考自体は何も日本に限ったことではない。ただ、それがクジラという、今の大多数の日本人の日常とは無縁な野生動物を通して浮かび上がるというのが、何とも仮想現実的な感じがする。ハイテク先進国家・日本の奇妙なねじれを見てしまうのは僕だけだろうか。

 といって本書は、クジラが保護を必要とする野生動物であるという視点を、ただ強調するようなものではない。
 「捕鯨問題」はまぎれもなく「環境問題」である。それは「動物愛護」という意味ではなく、動物と共存しながら、時には動物を殺しながら生きていく我々にとっての「環境問題」、という意味なのである。たとえば、かつての日本沿岸捕鯨が乱獲のために行き詰った歴史的経緯、現在の近海のクジラが有害物質汚染により食用に一定の条件がつくこと、その裏返しとしての「南氷洋」での「調査捕鯨」(実態は税金を投入した国営商業捕鯨──実際それしか最早成り立たない)までが、ひとつながりの「環境」問題としてそこにあることを、理解するべきだろう。

 この本は、「捕鯨問題」を通して日本の広い意味での「環境問題」を考え、それを考えることを妨げる悲しくも屈折した国の姿について学ぶ本である。そしてそこから脱却する糸口をさぐる本である。だからむしろ、「捕鯨問題」に興味がなく、なんでクジラごときでごちゃごちゃ騒ぐんだ?──憲法その他大変な問題が差し迫っているこの時期に、と思っている人にこそ読んでほしい。ヒントになることがいろいろあると思うのだ。
 また不幸にも、捕鯨問題は外国による文化の押し付けだ、陰謀だ、などと早合点させられている人にも読んでほしい。もちろん外国と無関係な問題なのではなく、外国との関わりの中で日本人(の一部)がこじらせてしまった病気のようなものであり、その意味では皮肉にも、やはり「靖国神社」と通底する問題である(皮肉にも、というのは、まさに靖国「外圧」論者と捕鯨「外圧」論者の層が事実として重なっているからなのだが)。

 ちなみに、これも僕は本書で初めて知ったのだが、「衆参100名近い国会議員からなる自民党捕鯨議員連盟」、そして民主・公明・社民・共産の各党にも捕鯨推進派の議員・グループが存在する。前者は安倍晋三、松岡農相を含んでいる。


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24 コメント

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ある種の「聖域」? (ビー)
2007-04-23 00:34:31
1と2の両方を読みましたが、とてもわかりやすくまとまっていました。ありがとうございます。

日本がほとんど全世界的な反対を受けている捕鯨をし続ける理由が私にはわからないのですが、ひょっとして、このイッシューでは、ふだん反米的になれない人々(右派の)も、堂々と米国を含んだ世界に反抗し、この国の「独自性」を保てる「安全」な領域になっているからではないかと疑っています。ナショナリズムを解き放てるような領域というものでしょうか。資源としてもそう価値があるとは思えないですし。もうちょっと考えていきたいところです。
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>ある種の「聖域」? (レイランダー)
2007-04-23 23:30:48
>このイッシューでは、ふだん反米的になれない人々(右派の)も、堂々と米国を含んだ世界に反抗し、この国の「独自性」を保てる「安全」な領域になっているからではないか

同様のことを星川氏も指摘していますね。アメリカがこの日本の跳ねっ返りを事実上容認しているのは、他のことでは頭が上がらない日本にガス抜きをさせてるんじゃないか、みたいな。
「外圧」論者もそれを知ってか知らずか、ここぞとばかりにこの問題では張り切るんですよねえ。しかし、知っててやってるんだとしたら本当に根性腐ってますけど。

それとパラレルな関係にあると思えるのが、ネット上で「反・反捕鯨」の言説を振り撒く人達のふるまい方です。今回のレビュー書くのに、いろんなブログにも目を通したんですが、「捕鯨問題」って妙に人気あるんですよね。捕鯨に批判的なことをちょっと書くだけで、必ずといっていいほど「反・反捕鯨」のレスがつく。普段そこのブログとは明らかに縁がなさそうな奴までが、突然群がってくる。一体どっからどうやって嗅ぎつけてきたんだ?って感じで。どんなマイナーな、細々とやってるような個人的なブログでもそう。逆にそういう人の方が苛めやすそうだから、標的になっているところがある。

しかしたとえば星川氏のこの本でも読んで、一般の日本人が事実を知ってしまえば、彼らのこうした「聖域」もオジャンでしょう。立脚する根拠がデタラメに近いわけですから。

ところで「資源としてもそう価値があるとは思えない」というのは、もちろん同感なんですけど、結構深いポイントだと思うんです。
まず、日本政府自身が、クジラ自体に大した価値があると本気で信じているのか?という疑いがある。単に「日本は外国に抗して戦っている!」という姿を見せつけたい(自国民に)だけではないかという気もする。
と同時に、資源へのアクセスに関する、権利およびツール一式を手放したくはない、という意識もあるのではないか。ツールというのは、別に捕鯨のための道具というだけじゃなくて、国際舞台で途上国を抱き込む時の買収方法とかも含めて。
さらにアクセスっていうのは、自分が資源を使うためだけじゃなく、他人に使わせないため、っていうのも戦略上ありえるわけですよね。たとえばアメリカがイラクを欲しがるのも、イラクの石油を「使いたい」のではなく(自分とこにもあるし)、権限を独占すること自体が狙い、っていう説がある。
他にもありそうですけど、僕は何となく、日本の狙いもクジラそのものというより、「海」そのものへのアクセス優位の確立、みたいなことじゃないかと思えるんです。ちょっと離れた話でしょうが、パレスチナの例の「回廊」構想も、あれを足がかりに、日本自身が中東へ侵入する新たな独自の「裏口」を欲している感じですし。
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なるほど… (ビー)
2007-04-25 02:06:56
資源としての価値に関係なく、アクセスの優位性を保つための一手段としての捕鯨ということですね。これはあり得ることだと思います。そういう領域を何でもいいから確保しておきたいというか。だからこそ、いきりたつ人も多いのかもしれませんね。星川さんが書かれているような実態にはきちんと触れようともせず。

この問題はいろいろな問題と接続してくるので、今後も考えていきたいと思います。
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Unknown (maxilliped)
2007-04-26 12:44:56
>欧米が見切りをつけた後も、ほとんど日本だけが護持している発想──すなわち、クジラは「資源」でありそれ以上でもそれ以下でもないという発想なのである。

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Unknown (maxil)
2007-04-26 13:14:44
すごく参考になりました

まぁいくつか突っ込みたいところがあるんですが
そのうちのほとんどはレイランダーさんと私の物事の考え方へのスタンスの違いからくるものなので今日はどうでもいいです。




>科学的に」明らかだとしても(ちなみに日本側が主張するこの「科学」には問題があることも、本書その他で指摘されているが

>立脚する根拠がデタラメに近いわけですから。


適当でいいのでその科学的根拠をおしえてくれないでしょうか?
グリーンピースの科学的反論に非常に興味があります。
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>maxillipedさん (レイランダー)
2007-04-27 21:52:47
>科学的に」明らかだとしても(ちなみに日本側が主張するこの「科学」には問題があることも、本書その他で指摘されているが

>立脚する根拠がデタラメに近いわけですから。

この2つは異なる文脈で書いたフレーズですから、ひとつながりのことのように質問されるのは筋が違うと思います。

それと「本書その他で指摘されている」ものがイコール「グリーンピースの科学的反論」という予断を持つのもおかしな話だと思います。もし本当にそう思っているなら、グリーンピースに直接聞いた方が早いのでは?サイトに載ってる連絡先にFAXでも出してみてください。僕はグリーンピースの広報じゃないので。

さらに今後この本に関するご質問があれば、まずこの本を実際に読んでもらいたいと思います。その上で、このページのこの部分がおかしいのでは、あなたはどう考えますか?という形の質問になら答えたいと思います。

>すごく参考になりました

本書を読めばもっと参考になりますよ、たぶん。
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Unknown (Unknown)
2007-04-28 21:54:28
苦しいね。あんたまったく説得力ないよ。ごちゃごちゃ言わず、さっさとグリーンピースは偽善で金もうけをする団体だと言っちゃえば?
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Unknown (げんた)
2007-04-29 02:54:43
横から失礼。

十数年の調査捕鯨の「科学的」結論といえば、
1)ミンク鯨は毎年90%以上の雌鯨が妊娠するにも拘らず、1970年頃から生息数に増加が見られない。
2)それだけでなく性成熟年齢の低下傾向の停止、皮下脂肪厚みの減少傾向など、今後の生息数の減少を暗示するデータが得られている。

というようなものですが、これにグリーンピースが反論するとすれば、どんな事を言えば好いのでしょうか。 どんどん増えている事を証明せよというのでしょうか? それじゃまるで、ミンクをゴキブリに喩えて世界の顰蹙を買った例の水産官僚と同じになってしまいますが。
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>げんたさん (レイランダー)
2007-04-29 19:45:25
「クジラ害獣説」は問題外として(どうして周りの誰も止めなかったんでしょうね、アレ)、挙げてくださったミンククジラに関する調査結果というのは僕も具体的に知らなかったし、意外でした。できれば「ソースお願いします」(笑)。

僕が星川さんの本で得た知識では、「初期資源量」(組織的な捕鯨開始以前のクジラの推定生息数)に対して、現在のそれは3分の1以下であること、その中ではミンククジラだけが昔と比べて数を増やしていることがありました。
その事実から、「だからミンクなら捕ってもOK」と発想するか、「クジラ全体としては激減してしまったことに変わりはないのだからやめておけ」と発想するか。どちらも「科学」であるのなら、後者の「科学」を取るべきだというのが僕の思うところでした。「日本側が主張するこの「科学」には問題がある」と書いた根拠の、それが一部です。
しかし、挙げてくださったような調査結果があるのなら、そもそも「ミンクなら」という前提自体、危うくなるわけですね。

ご指摘ありがとうございました。もっと「こういう本も読んだ方がいい」というのがあったりしたら、お教えいただきたいと思います。
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Unknown (げんた)
2007-04-30 13:32:24
>その事実から、「だからミンクなら捕ってもOK」と発想するか、「クジラ全体としては激減してしまったことに変わりはないのだからやめておけ」と発想するか。どちらも「科学」であるのなら、後者の「科学」を取るべきだというのが僕の思うところでした。

ご意見は私の感ずる事と全く同じです。
初期生息数に対する現在数の比は、南極のヒゲ鯨に限り生体重量で見ると、3分の1は甘すぎると思います。 5分の1以下だろうと思います。
巨大なシロナガス、ナガスを壊滅させた後、各国が引き上げる中で日本がやったことはかなり酷く、ソ連を相棒にイワシ鯨のストックを激減させ、IWCから「その位にしておけ」と止められるまで続けました。 そして最後に残ったミンクに襲い掛かり、両国で年間8000頭と乱獲を開始し、ブレーキを掛けられなければ矢張りこれも撮り尽くしてしまったに違いないのです。
このような流れからすれば、日本こそ最も1970年代半ばから澎湃として起こった環境保護の動きに学ばねばならないのに、逆にこれを敵視しているだけのように見えます。

>ミンククジラに関する調査結果というのは僕も具体的に知らなかったし、意外でした。できれば「ソース」・・・

ミンク鯨についての南極での調査はJARPA2と称する第2期の2年目ですが、その調査計画書を眺めてみてください。
鯨研HP日本語版
http://www.icrwhale.org/index.htm
「調査研究活動」のボタンから開ける長大な資料ですが、Appendix2 (南極海でなにがおこったのか・・ミンク鯨の資源変動)あたりが面白いと思います。

ミンク鯨については水産庁あたりが「ミンクの異常増殖で環境が破壊される」と囃していたのですが、何のことは無い、彼等の認識ではミンクの増殖は大型クジラの捕鯨による減少が著しかった頃に起こったのであり、1970年頃からその増加は停止しているというわけです。

これに限らず捕鯨推進側の情報操作は甚だ露骨で汚いと思っています。

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