弱い文明

「弱い文明」HPと連動するブログです。 by レイランダー

The Mind Disaster -3 会津にて

2011年11月11日 | 原発 3.11 フクシマ
 敵意・恐怖を軸に閉塞する社会ということで、もうひとつ。先月福島にスピード旅行した際、出会った人を通じて、考えさせられる経験をした。

 会津の大内宿という、有名観光地でのこと。萱葺き民家の並ぶ道の奥にあった、石造りの湧き水の手洗い場/水飲み場を眺めていたら、その所有者でもある、地元の男性(40代くらい)が話しかけてきて、親切に解説してくれたのである。その人は自宅のお店も経営しながら、その大内宿のいわば営業・広報の仕事を任されている、役員のような人だった。
 大内宿は中世~江戸時代に栄えた宿場町で、当時と同じ萱葺き屋根を保存していることが、観光地としての人気につながっている。ところが男性の話では、実は明治以降、この地域は近代化から取り残された、貧しい地域だったのだという。近所のほかの村ではどんどんトタン屋根の家に変わっていくのに、ここでは貧しくて作り変える余裕がなかった。だからほったらかしだったのが、戦後、むしろ「その感じがイイ」「癒しの風景だ」ということで評判になり、観光地として発展したのだと。
 もちろんあまりにほったらかしではみすぼらしいし、傷みもするので、萱の葺き替えも随時行なわなくてはならない。これが、費用がかかる。一軒あたり一千万くらいとか。しかも、戦後は宿内に葺き替え経験者がいなくなってしまったので、外部から職人を招請してやってもらう時代が続いていた。それをこの男性ら、宿の役員たちで話し合って、元々自分たちでやっていたのだから、自分たちで技術を取り戻そうということになり、最近は外部の職人さんに教えられながら、自分たちで葺き替えを行なっているそうだ。

 こうした話を、事細かに話してくれる。いい話だなあ、立派な人だなあと、感動しながら聞いていて、自然に震災の話になった。
 会津は地震被害の影響はほとんど残っていない──表面的には。その前の月に訪れたいわき市で、沿岸地域のあちこちに生々しい津波襲来のあとが残っていたり、瓦礫の山がそこかしこに見つけられたりしたのとは大違いで、同じ福島でも別天地のようだ。
 だが、原発事故の影響はもちろんある。福島の他の地域に比べればマシとはいっても、歴然と観光客は減っている(僕が訪れた頃は多少持ち直していたらしいが)。切羽詰った男性ら役員は、各地にPRに出かけた。今までは作ったことのないオリジナル・ポスターを作ったりもした。それでも年間宣伝予算はわずかなもので、とても今回の観光客減を挽回するほどの手は打てない(どだい、金をかけても無理なこともある…)。
 そこで自然に僕は、「お金が足りないなら、東電に出させるべきですよね。元を正せば東電のせいなんだから」と口に出した。あと国から・・・と続けて言おうとしたところ、男性は妙に慌てて、「いや、それは・・・慎重にならないと・・・東電が潰れてしまうとまずいし」と、僕をさえぎった。まずくはないでしょう?むしろきちんと潰れるべきですよ…と言っている先から、また「いやいや」とさえぎられた。
 男性の考えはこういうことだった。「東電を潰してしまったら、国が弱体化する。国が弱体化したら、中国が乗り込んでくる。中国は経済力をつけた。日本は中国に飲み込まれてしまう。そうなったら大変でしょう、あなた・・・」
 びっくりしてしまった。それまでの和やかな話しぶりとは打って変わって、急に恐ろしい悪夢のことを思い出し・ぶつぶつ早口の独り言を言う人、みたいになってしまったからだ。
 ちょっと待ってよ、アメリカはどうなんだ?TPPなんぞに加入したら、いよいよ日本はアメリカの属国、どころか属州でしょ?そんな選択をわざわざしようという国の、「弱体化」の心配を、我々がしなくちゃいけないって、どういうこと?・・・等々言いたくなったものの、僕は連れ合いも一緒にいたし、こんな気持ちのいい場所にいて政治の議論なんかしようという気には全くなれなかったので、まあそれは、まあまあ、ははは、と笑いながら、別の話題に軟着陸させてその場をしのいだ。途中男性が「中国・・・いや北朝鮮に飲み込まれるかも」と真顔で言った時には、さすがに「それは現実的にないっしょ(笑)」と、少し強めにツッコんでしまったが。

 もちろん、僕が出会ったのがたまたま「そういう人」だっただけ、かもしれない。そしてもちろん、世間に「そういう人」が結構いることを知らなかったわけではない。けれど・・・僕は考え込んでしまった。何度思い返しても、この話の展開は、おかしい。しかも、よりにもよって今、福島の人の口からこんな転倒した考えが語られてしまうとは?
 まず、この人もしくは大内宿の人が、今までに何か「中国の侵略」に該当する害を受けたことがあるのか?と考える。中国のおかげで、何か観光収入が減るような被害を受けたとか。そんなの、ありそうもない。この人自身の話として、これまでは大いに繁盛していたという話を聞かされたばかりなのである。観光地大内宿に、歴史上初めてダメージを与えたのは、一も二もなく、東電なのである。
 じゃあこの大内宿は、東電のおかげで潤っていたのか?と問えば、別にそうでもない。会津は福島原発の利権とは無関係、蚊帳の外の地域だし、県内どこでもそうだが、電気は東電ではなく東北電力からやってくる。今まで、原発がらみでこれといった恩恵も損害も受けていないのであって、事故による放射能被害は、純粋にとばっちり以外の何物でもない。
 実際、僕が旅行に行く直前、猪苗代湖畔の野口英世記念館が、観光客激減(例年の半分以下だとか)の損害補償を東電に請求する決断をした、とのニュースが報じられた。僕はそのことも頭に置いて、先の男性に「東電に請求すれば」と言ったのである。彼も、このニュースのことは知っていたはずだ。
 それなのに東電をかばう。それも、中国の脅威があるからだと。現実にこの男性がさらされているのは「東電の脅威」、というより「東電(および国)による暴力」そのものなのに、なぜ被害者がよりにもよって加害者をかばうのか?なぜ敵が中国にすり替わってしまうのか?そこまで中国とは危険な存在なのか?歴史上、一度も日本を「侵略」したことのない隣国が?
 あるいは羽振りのいい中国人実業家が、この地を丸ごと買収する話でもあるのだろうか?ほとんどありそうもない話だが、仮にそうだとして、中国人がオーナーになることの何が問題なのだろう?中国人がオーナーになると、必ず観光地がスポイルされ、地元の人間が疎外されるのだろうか?日本は金の力にたやすく屈服させられ、弊害をブロックしたり規制したりする制度を持たない国なのだろうか?一方の中国人・中国企業にしてからが、そんな不評を買うことのマイナスを折り込んでまで、外国の観光地を改変しようとするだろうか?中国人観光客を当て込めるとはいえ、そうすることの利益は有形無形の損害と合わせて、プラスと見込めるだろうか?(しかも自国内に山ほど未開発観光地を抱えているのに、そっちをさて置いてまで?)。
 さらに言うなら、これを言うのは気が重いけれど、原発震災後の日本の土地を、まして福島の土地を、買いたいと思う外国人がそれほどいるだろうか、という…。

 もう一つ、こういう思いも僕にはある。先の話にあったように、大内宿は明治以降は見捨てられていた。明治以降の西洋化・近代化の精神、その行き着いた果てのひとつのグロテスクな末路が、原発である。その原発の崩壊によって今、別の形で「明治の精神」を発端とする災厄が襲いかかっている。それは国の方針で滅ぼす文化と遺す文化を取捨するような精神、ではないか。この災厄を乗り越えて、豊かな地元を取り戻すのには、上から押し付けられる文化やライフ・スタイルの規範、経済至上主義などを、意識して乗り越えなければ始まらない。まさに今、そのような機会に直面しているのではないか。
 その肝心な時に、なぜ乗り越えるべき邪教の本山をかばい、当面地元にとって関するところではない異国の脅威などが持ち出されなければならないのか?それも国・行政の側からではなく、その国や行政に手ひどい目に会わされながら、懸命に地元を守ろうとしている市民の側から?
 話をしてくれた男性は、くり返し言うが、本当に素敵な、親切な人だった。だからこそ、僕は打ちひしがれてしまった。彼はマインド・ディザスターの被災者だ。目の前にいる敵に肩を抱かれ、遠くにいる赤の他人に敵意を燃やしている。
 現地福島の人ほど、原発に絡む情報が遮断されている、そして被害や苦痛を口に出せなくなっている、という話を、ここ数ヶ月何度も聞いている。旅先でも、ローカルニュースでは他地域よりもはるかにこまめに(当たり前だけど)原発・放射能関連の「安全」情報が流されているが、それが行政側のアリバイ作りに利用されているだけ、本当に知りたいことは教えてもらえない、言いたいことは言わせてもらえない、そういうムードをどことなく感じた。
 福島市は市民からの義援金を返済(国庫に?)したとも聞く。お金を必要としている人はまだまだいくらでもいるのに。東北の人は我慢強い、苦労をぐっと飲み込んでしまうタイプの人が多いというが、それが悲劇を助長しているのではないか。それも込みで「被災者」なのだ。
 自助努力という美しい言葉の裏で、外国の脅威に目を奪われ、そちらへの敵意、焦燥感を煽られる人々がいる。そのような人間的な弱さは誰しも持っていることをわかった上で、それでも違うものは違うと、言える限り言い続けなければいけない、とあらためて思った。

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