8月9日(日)、無病息災や大漁を願う本牧神社の「お馬流し」が行われた。 “お馬”というのは、茅の葉で作った不思議な動物を模ったもの。頭は馬、体は亀、それに長い尾がついている。全体の長さは約1メートル。 このお馬にあらゆる厄災を託して本牧の沖合い海上に流し去るというのが、お馬流しである。 お馬を作るのは古来から、本牧箕輪の羽鳥家と決まっている。 ちなみに羽鳥という苗字は本牧にたくさんあり、古くは『横浜繁昌記』に「明治3年、伊勢山皇大神宮を遷座した際に本牧箕輪の羽鳥○○(名前を失念)が屋根を葺いた」との記述もある。 羽鳥○○さんは、茅葺きの達人だったのだろうか。 さて、本牧和田の本牧神社を出発した“お馬”は氏子町内をパレードしたのち、ここ本牧漁港にやってくる。 岸壁には“お馬”を乗せて沖合いに出かけるための船が2艘待機している。 10時過ぎ、パレードを先導する車が漁港に入ってきた。 続いて船に似せて飾り付けをしたトラックが到着。 運転席上の屋根にはお馬が6体。旧本牧には六つの村(間門、牛込、原、宮原、箕輪、台)があったので、その数だけ祀られている。 荷台にはお囃子連が乗っていて、生で演奏をしている。ラジカセなんかではないところがいい。やっぱりお囃子は生に限る。 屋根の上にくくられていたお馬を注意深く降ろす。 トラックから岸壁まで、氏子たちが隊列を組んでずらりと並んでいる。 その方々を眺めると、なぜか男性ばかり。しかも高齢の方が多いようだ。もしかしたら地元の町内会長とか老人会の役員が、この役割を担っているのかもしれない。 お馬は彼らの頭の上を、ゆっくり、ゆっくりと送られていく。かなりのスローペースである。 この辺が隊列の先頭グループ。6体がここまで来るのを待っている。 船まで残り10メートルほどのところで、全員がしばらく待機。 そして、リーダーらしき人の合図で、いっせいに走り出した。 これを「せめ」というそうだ。 岸壁から3体ずつ2艘の船に移されて出航の準備。 1艘目が出航。 2艘目に続いて、伴走する船も出て行く。 岸壁に残った地元の町内会長の話によれば、今年は金沢沖まで行ってそこから流すのだとか。 あらゆる厄災を積んだお馬が舞い戻ってくるのを防ぐため、この神事には潮の干満が重要な要素となる。そのため、かつての祭日は旧暦6月15日大潮の日に決まっていたのだが、明治になってからは毎年8月第1または第2日曜日ということになって、大潮とは一致しなくなってしまったそうだ。 この神事は400年以上前から続けられており、神奈川県の無形民俗文化財に指定されている。 ついでに言っておくと、例の漁港食堂が復活しているよ。 ただし、運営する業者は替わって、現在は「叶家」となっている。数ヶ月前、たまたま通りかかったら営業していたのだが、そのときは仕事中で立ち寄ることができなかった。 でも、いつか来る機会があるだろうと思っていたのが、この日だった。 だが、今回もまたランチ(800円)を食べ損なってしまった。お馬流しが意外と早く終わってしまい、その時間ではまだ食堂が開始していなかったのである。 この日は他で仕事があるため、泣く泣く漁港をあとにした。 ←素晴らしき横浜中華街にクリックしてね 「ハマる横浜中華街」情報はコチラ⇒ |
漁師さん持ち込みの不定期メニュー!
なんか良さそうですね。
『叶家』さんも魚主体の定食屋さんとしてナカナカでしたよぉ
漁師さんが持ち込んできた不定期メニューが魅惑だわ ♪
潮流の関係で千葉県に漂着なんてことは、ないのでしょうかね。
野毛の「叶家」との関係は不明です。
以前の「笹」は文体近くにあった「笹」そのものでしたけどね…
知らなかったです。
確かに「羽鳥」さんていらっしゃいますね。
食堂は復活してたんですね。
「叶家」さんは野毛のお店と関係あるんでしょうか。