明治に入ってから刊行された謡曲解説本『謡曲辞海』です。
江島伊兵衛『謡曲辞海』(上、下)、明治32年。上72丁、下56丁。
序に続いて、それぞれの謡について、字句の説明がなされています。
高砂から始まります。
5頁程を費やして、かなり詳しく解説しています。
ところが、解説はだんだんと短くなり・・・・・
下巻では、各謡いについて、2頁ほどになっています。
その結果、この本、上下2冊で、100番以上の謡いについて、字句の解説がなされています。
先回の紹介した『謡増抄』が、謡い一番につき一冊であったことからすると、非常に大きな違いです。
著者、江島伊兵衛は、能楽の研究家であると同時に、後に能楽系出版社、わんや書店を設立した出版人でもあります。
江戸幕府が倒れ、武士の時代が終わって、消滅しかかってい能楽が再び興隆してきた時期に、多くの書籍を発行して、能楽を支えました。
『謡曲辞海』は、多数の謡いのそれぞれの難解な語句を簡単に解説した小型本です。これまで紹介してきた江戸時代の類似書のように、時代を画す大きな意味をもっているわけではありません。内容もそれほど充実してはいません。一方、ハンディなこの本は、手軽に扱えます。
彼は、明治という新しい時代の能楽には、多くの人が手にできるような解説本が必要ではないかと考えたのではないでしょうか。出版人のセンスですね。
なお、奥付にある、京都便利店 檜常之助は、現在の能楽専門店、檜書店です。檜書店が主に観世流の書籍を、わんや書店は宝生流の書籍を扱うようになり、現在に至っています。そのような分化がまだなされていない頃、このような本が出されたのも興味深いです。
序文の最後から2つ目に、「一 この書 素より一家一流の為めにせし物にあらず故に流派を問ハず必用のものとす」とあります(写真3枚目)
能が再興していく時の息吹が感じられるますね。