DIAMOND online (柯 隆:東京財団政策研究所主席研究員)
2024年6月20日
Photo:PIXTA
習政権による民営企業への締め付けが強くなり、中国では経済成長の失速に一層拍車がかかっている。金融市場は国有銀行によって独占されており、担保資産を有さない零細企業は違法な地下銀行に頼らざるを得ない状況で、零細企業の新たな資金調達先や一般家計の手軽な投資先として、ネットファイナンスが注目を集めているという。しかし、ルール整備が追いつかず、詐欺やトラブルも多発しているようで……。※本稿は、柯隆『中国不動産バブル』 (文春新書)の一部を抜粋・編集したものです。
「繰り返し収穫できる韮のようにコスパがいい」搾取されるだけの低所得層
この社会では富が下から上へ吸い上げられるスピードが予想以上に速い。中国の消費を牽引し支えてきたのは一握りの富裕層と中間所得層である。低所得層は搾取されるばかりで、なすすべはない。清華大学の歴史学者である秦輝教授は、中国経済にとっての比較優位は低人権の優位であると指摘している。経済開発において人権を無視できるため、あり得ない低賃金を実現でき、中国は世界の工場になれたということだ。
中国では庶民のことを野菜の「韮(にら)」と揶揄することが多い。韮は収穫するとき、根元を残して切って出荷するが、しばらくすると新芽が出てくるので何回も収穫できる。効率がいいという点で、中国の庶民は韮とよく似ているのだ。
習近平政権が誕生したころ、10年前の中国の大都市はネオンが輝き、高級レストラン前には外国製の高級車がずらりと並び、贅沢三昧の食事を楽しむ高級幹部と会社経営者たちで賑わっていた。10人1卓の食事は飲み物込みで安くても数千人民元、高い場合は数万、数十万人民元も珍しくない。当時の為替レートで考えると、数十万人民元は数百万円になるので、日本の接待ではありえない金額だ。中国の会社経営者からすれば、数十万人民元でそれなりのビジネスの商談が決まると考えれば安いものなのだろう。
むろん、庶民はこんな贅沢な生活とは無縁である。中国の農家のエンゲル係数(食費÷消費支出)は依然50%以上である。都市部の住民の平均エンゲル係数も40%以上だ。2023年10月に亡くなった李克強前首相は在任中の記者会見で、中国には月収が1000元前後の人口が6億人存在すると述べたことがある。習政権は共同富裕を提唱し、貧困はすでに撲滅したと豪語しているが、少なくとも世界銀行と国連の基準では、中国の貧困問題はまだ深刻な状況にあると言っていい。
コロナ禍は中国社会に影を落とし、中国人の消費行動も大きく変化している。中小零細企業は相次いで倒産し、大手不動産デベロッパーはデフォルトを起こし、中国経済を牽引するエンジンが失速してしまった。最近の消費者物価指数はマイナス推移となり、内需が大きく落ち込んでいる。経済成長の失速に拍車をかけているのは、習政権による民営企業への締め付けの強化である。
同時に反スパイ法が改正・施行され、外国企業は中国にある工場をほかの新興国へ移転している。これらの動きのいずれもが、失業者を増やすことにつながっている。コロナ後、日本にはインバウンドの外国人観光客が戻ってきているが、中国人観光客については思ったより戻ってきていない。多くの中国人は消費より家計を守る貯蓄性向を高めている。
零細企業の資金調達は身近な人からの借金か地下銀行が主
中国人の投資行動の特殊性について説明しよう。中国の金融市場は国有銀行によって独占されている。民間のプライベートセクターには旺盛な資金需要があるが、よほど強い担保資産を持っていなければ、国有銀行から融資を受けることができない。多くの民営企業は「自己資金」によって起業する。民営企業の自己資金とは、自らの蓄えと、親戚や友人からの借金である。
日本人は一般的に親戚や友人同士の間でお金の貸し借りをしないが、中国では盛んにおこなわれている。そのぶんトラブルも多いが、ビジネスの助けにもなる。とくに民営企業の場合は私的に投資を受け入れることが多い。
原材料の仕入れや従業員のボーナス支給などで大量の現金が必要になった場合は、往々にして地下銀行からお金を調達せざるを得ない。むろん中国では、地下銀行は違法な存在だが、中小零細企業の資金需要に国有銀行が応えないため、地下銀行は必要不可欠な存在となっている。
中国で、地下銀行がもっとも発達しているのは、民営の小規模製造業が多い浙江省や福建省などの沿海地域である。一般的に地下銀行は地域を跨いで大きく成長する可能性が低い。貸し倒れのリスクを管理するため、地域密着型でなければならないからだ。地域密着型で商売をすると、お金を借りに来るのはたいてい顔見知りの中小企業の経営者になる。お金を借りる経営者も、期日通りに返済しないと地域での名声に傷がつくので、よほどのことがなければ貸し倒れが起きない。
タイやインドなどの新興国でもマイクロファイナンスが盛んであるが、中国ほど小規模製造業が成長していない。例えばスリランカでは、農業関連のマイクロファイナンスが盛んに行われている。主に穀物の種の仕入れ、化学肥料と農薬を購入するために、農民はマイクロファイナンスを利用して資金を調達する。
中国では一部の民営企業がキャッシュフロー管理に成功した。吉利やBYDなどの自動車メーカー、アリババやテンセントなどのビッグテック企業、滴滴出行(配車アプリ)、新東方(進学塾)などは目覚ましい成長を成し遂げた。これらの民営企業が成功した背景には、厳格なキャッシュフロー管理に加え、国有企業との競争を避けてニッチなビジネスに専念したこと、巨大な国内マーケットに立脚していることなどがある。
収益性と安全性がネックとなり くすぶる中国の投資需要
中国人のお金の貸し借りについて、近年大きな変化がみられる。従来は地域着型がほとんどだったが、2000年代に入ると、インターネットを介して資金の融通が行われるようになった。P2Pと呼ばれるネットファイナンスである。P2Pは2010年代以降に急成長を成し遂げた。その背景には、旺盛な資金需要、投資意欲の強い個人、中央銀行の金融引き締め政策、インターネットの普及などがある。
問題は借り手の資格審査がきちんと行われていないため、詐欺などのトラブルも多発していることだ。借り手の資質に加えて、P2Pサービスを提供するプラットフォーマー企業の資質も問われはじめている。もともと中国では金融市場が開放されておらず、金融サービス業への参入は厳しく規制されている。しかし、インターネットというものの特殊性と借り手企業の旺盛な資金需要に加え、一般家計の投資意欲も強いため、P2Pを中心としてネットファイナンスは急成長した。それに対する監督とルール化が追いつかず、トラブルが多発するようになった。
コロナ禍を経て、中国では貯蓄性向が高まり、投資需要が盛んになっている。しかし、安心して投資できる金融商品が少ないため、中国人の巨額の貯蓄はマグマのようにうねりながら右往左往している。国有銀行を介する金融仲介は非効率であるため、中国における資金配分は極端に効率が悪い。家計の投資行動は、収益性、安全性と流動性のバランスを取りながら、ポートフォリオを最適化すると思われる。
『中国不動産バブル』(文春新書)柯隆 著
日本人は安全性と流動性を大事にする傾向が強いように思われるが、中国人は収益を最大化しようとする傾向が強い。収益性を大事にしすぎるあまり、リスク管理が粗末になる傾向がある。証券投資がその例だが、不動産投資も同じである。不動産バブルの崩壊は、不動産投資を行っている家庭にとっては悪夢となるだろう。
なぜ中国人はリスク管理を粗末にしてまで利益を最大化しようとするのか。中国人が欲張りだからといわれると、そうかもしれないが、これまでの成功体験が背景にあるのかもしれない。この30年間、中国は奇跡的な経済成長を成し遂げ大成功した。そのため中国人は、将来に対して無意識のうちに楽観的になっている。成長するのが当たり前であり、成長が鈍化するのは一時的なことに過ぎないと思っているのだ。将来を見通すバランス感覚に著しく欠けているといえよう。
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