DIAMOND online (橘玲:作家)
2024年5月30日
北京冬季五輪のフリースタイルスキーやビッグエアの会場となったのは、大手鉄鋼会社「首都鉄鋼」の閉鎖された巨大製鉄所の跡地だ。1910年代に設立され、北京の経済発展を支えたが、重工業からデジタル経済への変貌を象徴するように、現在は再開発で巨大なショッピングモールがつくられ、その1階はNEV(New Energy Vehicle:新エネルギー車)の展示場になっている。
そこには最大手のBYD(比亜迪汽車)などだけでなく、通信機器メーカーHuawei(華為)の店舗もあって驚いた。
首都遺跡公園のショッピングモール1階にあるEV展示場 Photo:@Alt Invest Com
EV最大手BYDの店舗 Photo:@Alt Invest Com
この首都遺跡公園では、自動運転のEV(電気自動車)を無料で体験することができる。それも、道路に停車している車に貼られたQRコードを読み取って開錠し、後部座席に乗り込むだけだ。
EVの自動運転車。誰でも無料で試乗できる Photo:@Alt Invest Com
ここであらかじめいっておくと、「ガソリン車は早晩、すべてEVに置き換えられる」とか、「中国のEVメーカーが世界を席巻する」という話をすると、「EU(欧州連合)はすでにEV義務化を見直している」とか、「中国でEV墓場ができていることを知らないのか」という反論がたちまち出てくる。
だが私は、こうした議論にはあまり意味がないと思う。中国のEV化はとてつもない勢いで進んでおり、それが成功するにせよ、失敗するにせよ、5年もすれば決着がつくからだ。
そこでここでは、私が北京で聞いた話と、その後の新聞報道、およびみずほ銀行法人推進部主任研究員・湯進氏による『2030 中国自動車強国への戦略 世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』(日本経済新聞出版社)、長岡技術科学大学大学院教授・李志東氏による『中国の自動車強国戦略』(エネルギーフォーラム)に基づいて、これからなにが起きるかを考えてみたい。
「中国系自動車メーカーが外資系を駆逐している」
日本に帰国してから1カ月後、ホンダが中国で希望退職の募集を始めたことが報じられた(「ホンダ、中国で希望退職募集」日本経済新聞2024年5月15日)。記事によると、中国での販売低迷を受けて、ホンダと中国国有大手・広州汽車集団との合併会社「広汽ホンダ」が5月から希望退職の募集を始め、すでに従業員の14%にあたる約1700人が応募したという。
「中国では電気自動車(EV)を中心に価格競争が激化している。日本勢は苦戦しており、立て直しに向けてリストラに踏み込む動きまで広がってきた」と記事は指摘する。4月の新車販売はホンダが前年同月比22.2%減、トヨタが27.3%減、日産が10.4%減と、大手3社がすべて前年同月を大きく下回ったのだ。
ホンダの場合、24年度の販売計画は前年度実績比13%減の106万台で、過去最高だった20年度から4割も減っている。これでは工場の稼働日を減らすだけでは対処できず、大規模なリストラに手をつけざるを得なくなったのだろう。
この報道に驚きがなかったのは、北京の日本人社会では、日本の自動車メーカーはEVの開発競争から脱落し、いずれ中国市場からの撤退を余儀なくされると囁かれていたからだ(三菱自動車はすでに23年に中国の自動車生産から撤退を決めた)。
中国は年間の新車販売3000万台という巨大市場(日本の新車販売は約500万台)だが、日系ブランドのシェアは、20年の23.1%から24年1~4月期の12.2%へと、わずか4年で半減してしまった。だがこれは日本車だけではなく、2020年には外資系と中国系の販売比率が6対4だったのが、24年には4対6へと逆転している。中国で起きているのは、「中国系自動車メーカーが外資系を駆逐している」という事態で、その煽りをもっとも大きく受けているのが日本の自動車メーカーなのだ。
北京では、4月の新車販売ではじめてEVがガソリン車を上回って5割を超えたことが話題になっていた。中国政府が2017年4月に発表した、「2025年に世界自動車強国入り」するとの目標を掲げた「自動車産業中長期発展計画」では、2030年に新車販売全体の約5割にあたる1700万台をEVにするとしたが、単月とはいえ、この“強気の目標”を6年も前に達成してしまった。
北京でもうひとつの話題は、スマートフォンメーカーの小米(シャオミ)が初のEV「SU7」を発売し、発売からわずか27分で予約注文が5万台を超えたことだった。
SU7の高性能モデル「MAX」の航続距離は800キロメートル、最高速度は時速265キロメートル、停止から時速100キロメートルまでのタイムは2.87秒で、いずれも競合のポルシェの「タイカン」やテスラの「モデルS」を超える。しかも価格は破格の安さで、SU7MAXは29万9900元(約630万円)と、テスラの69万8900元(約1465万円)の半額以下、ポルシェの151万8000元(約3180万円)の5分の1だ(「小米がEV、テスラの半値」日本経済新聞2024年4月1日)。
小米の雷軍CEO(最高経営責任者)は、2013年に高級スマートカー事業の提案と融資の申し込みを受けたとき、「これは昨今よくあるIT企業による融資詐欺ではないか」と疑ったという。その当時、中国の新車販売台数2198万台に対して、EVはわずか1万4000台に過ぎなかったからだ。
だがそれから10年で、このスマホメーカーはテスラに匹敵する(あるいは超える)EVを開発したのだ。
巨大鉄工所の跡地を利用した五輪競技場。旧製鉄所の冷却塔の隣にビッグエアのジャンプ台 Photo:@Alt Invest Com
2014年から中国政府は国策としてNEV産業の発展を推進しはじめた
ここでEVの種類について簡単に整理しておこう。BEV(Battery Electric Vehicle)はバッテリーに充電した電力でモーターを動かして走行するタイプだ。テスラが典型で、エンジンがないため、これまでガソリン車(内燃機関車)で不可欠だったトランスミッション(変速機)のようなコア部品や、タンク、マフラー、ラジエーターといった高度な製造技術が求められる部品を必要としない。
それに対してHEV(Hybrid Electric Vehicle)はトヨタが開発したプリウスが典型で、エンジンで発電した電力でモーターを駆動させる。ガソリンで動くエンジンと、電気で動くモーターの2つの動力をもつハイブリッド車で、外部からの蓄電が必要ない。
一方、PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)は、エンジンとモーターの2つの動力をもつのはハイブリッド車と同じだが、充電スタンドなどの外部電源も利用できるようになっている。
HEVとPHEVは一見よく似ているが、製造技術に大きなちがいがあり、HEVは「モーターが付いたガソリン車」、PHEVは「エンジンで補助するBEV」と考えればいいだろう。――もうひとつはFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)で、水素を燃料とするEVだが、これはまだ商用開発されていないのでここでは触れない。
HEVとPHEVの区別が重要になるのは、中国では(そして欧州でも)PHEVはNEV(新エネ車)に含まれるが、HEVはガソリン車と見なされることだ。これにはいろんな理屈がつけられているが、ハイブリッド車の技術では日本が先行していて、それをNEVに加えてしまうと自国の自動車メーカーが不利になるからだろう。――日本で「NEV」という用語が使われないのは、ハイブリッド車もEVと見なしているからだ。
後述するように、中国の政策ではNEVに分類されるかどうかで天と地ほどのちがいがある。日本の自動車メーカーの苦境の原因は、中国がHEVの開発をあきらめ、BEVとPHEVを国をあげて育成しようとしていることにある。
湯進氏は『2030 中国自動車強国への戦略』で、中国のEV化への大きな転機は2014年4月22日、テスラのイーロン・マスクが北京ではじめて開催した納車式で、8台の「モデルS」を披露したときだと述べている。購入者は中国IT企業のトップたちで、「自動運転機能が備わったEV史上初の高級セダンは中国IT業界の経営者に大きな衝撃を与えた」という。
その翌月、習近平国家主席は「NEV(新エネ車)シフトが中国自動車強国への唯一の道だ」と宣言し、中国政府は国策としてNEV産業の発展を推進しはじめた。こうして多くのIT企業が、「100年に一度」といわれるビジネスチャンスをつかむために、スマートカー事業に殺到することになった(それに対して李志東氏は、あらゆる政策資源を投入してEV普及に乗り出した2012年が転機だとしている)。
「中国メーカーが世界の自動車市場を支配する」
中国は石油の輸出国だったが、経済成長と消費拡大とともに輸入国に転じ、2022年の石油消費量は6億6000万トンまで増大した(アメリカは8億2000万トン、日本は1億5000万トン)。石油資源の海外依存は安全保障上の大きな問題になり、国内消費の約半分を占めるガソリン車(内燃機関車)から脱却しなければならないことは2000年代から強く意識されていたようだ。
もうひとつの要因が排気ガスによる大気汚染で、とりわけ2008年の北京五輪の頃からPM2.5が問題になり、世界から批判されたこともEV化を急がせることになった。
文化大革命で両親が「反革命分子」とされ、16歳のときに東北地方の吉林省延辺市の農村に下放された万鋼は、23歳で村の推薦で東北林業大学に進み、同済大学大学院を経て東ドイツに留学、省エネルギー技術を学んだあと、ドイツのアウディで研究を続けた。万鋼の夢は、中国でクリーンエネルギー車をつくることだった。
中国は「自動車大国」を目指したものの、中国の消費者はドイツ車や日本車が一流で、中国車は値段が安いだけの粗悪品だと思っていた。高度な製造技術が求められる内燃機関車では、中国メーカーの技術競争力は圧倒的に不足していた。
だが万鋼には、モーターで駆動するEVなら中国のメーカーにも製造可能で、勃興しつつあるITメーカーの技術と自動車を融合すれば、「カエル跳び(leapfrogging)」によって自動車市場のゲームチェンジャーになれることがわかっていた。
2001年から始まったNEV開発プロジェクト5カ年計画の総責任者になった万鋼は、2007年に科学技術部部長(科学技術大臣)の要職に就任し、その後、18年まで11年間にわたってNEV開発の陣頭指揮をとった。2013年に習近平政権が発足(中国共産党総書記への就任は2012年)したが、習近平は胡錦濤前政権に任命された万鋼を交代しなかった。
習近平は短期間で“独裁”の地位を固めたが、それを維持するには、中国の人民が納得するだけの実績をあげなければならない。そんな習近平にとって、「中国メーカーが世界の自動車市場を支配する」という万鋼の提案はおそろしく魅力的だったのだろう。こうして、なりふりかまわぬ国家ぐるみの「EV化」が始まった。
巨大な鉄工所の跡地が再開発でEVテーマパークになった Photo:@Alt Invest Com
中国はすでに、補助金を出さなくてもEVの販売数が拡大する局面に入っている
イタリア北部ストレーザで開かれたG7(先進7カ国)財務相・中央銀行総裁会議で、アメリカのイエレン財務長官は、「中国が巨額の補助金で自国企業を優遇し、電気自動車(EV)など脱炭素製品をつくりすぎている」として、G7として「反対の壁」をつくることを訴えた。アメリカはすでに、中国製EVに対して制裁関税を4倍の最大100%にするなどの対策をとっている。
イエレンが指摘するように、中国はEV化を進めるためにさまざまな政策をとっており、それによって民族系メーカーが優遇され、外資系メーカーが排除されたのは間違いない。だが“不都合な事実”は、2009年に始まった購入時補助金によるNEVの利用促進事業が2023年に廃止されたことだ。中国はすでに、補助金を出さなくてもEVの販売数が拡大する局面に入っているのだ。――後述するように税優遇などの措置は継続している。
李志東氏は、それに対して、2023年7月時点において、EU加盟国のうち26カ国がEV購入時の負担軽減策を講じ、20カ国が購入支援金を負担していると指摘している。たとえばフランスでは、BEVに上限5000ユーロ(約78万円)を、スペインでは内燃機関車からBEVへの買い替えに上限7000ユーロ(約109万円)の補助金を給付している。
アメリカにとってなんとも都合が悪いのは、バイデン政権が北米で生産されるBEVに最大7500ドル(約110万円)の販売補助金を出していることだ。これでは、「巨額の補助金で自国産業を優遇している」のは中国ではなくアメリカになってしまう。――イエレンが中国の補助金を批判する一方で、その「不公正」の詳細を明らかにしようとしないのはこれが理由だろう。
中国のEV推進政策は、補助金からクレジット取引制度に移っている。これは経済学のゲーム理論に基づく政策で、CAFC(平均燃費)規制とNEV規制の両輪(ダブルクレジット)からなる。
CAFC規制ではガソリン車のリッターあたりの平均走行距離を2018年に16キロメートル、20年に20キロメートル、25年に25キロメートルまで引き上げ、目標未達成分が不足燃費クレジットとして計算される。それに対してNEVクレジットでは、各メーカーの生産・輸入台数に対し、2019年に10%、20年に12%、25年には38%のNEV販売比率規制を課す。
CAFC規制もNEV規制も、基準を達成できなければ、市場から他社のクレジットを購入して賄うしかない。この「ダブルクレジット」によって、補助金に頼らなくても、ガソリン車の燃費を向上させ、同時にNEVの比率を上げることができる。
この場合の“不都合な事実”は、クレジット取引が経済学(ゲーム理論)の知見に裏づけられているだけでなく、カリフォルニアでの実証実験でその効果が確認されていることだ。欧米諸国が国内自動車メーカーへの影響を考慮して躊躇するなか、中国はこの「経済学的に正しい政策」を率先して導入した。これについて李志東氏は次のように書いている。
NEV造りが得意なら、内燃機関造りが不得意でもNEV規制もCAFC規制も達成可能であるが、逆に、内燃機関造りがどんなに得意でも(3年間有効のCAFCクレジットをいくら貯めても)、NEVを自前で生産・販売しない限り、自前でNEV規制の達成は不可能となり、中国市場でのビジネスが困難であることを意味する。
このようにして、ガソリン車(すり合わせによる車づくり)で世界のトップに立った日本の自動車メーカーは、中国市場で苦しい立場に追い込まれていった。
中国では、目標を前倒しする勢いでガソリン車のEVへの置き換えが進んでいる
国家をあげての中国のEV推進政策を「不公正」と決めつけるのが難しいのは、ガソリン車からEVへの転換が地球温暖化対策の中心に据えられているからだ。そのため欧米は、中国がEVの普及拡大を「国家事業」にしていることを表立って批判することができない。
中国政府は購入時補助金を廃止したものの、NEVについては、排気量に応じて課税される自動車税と、取得価格の10%を納める自動車取得税を免除している。これらの(補助金以外の)優遇策を考慮すると、消費者は同じ金額でガソリン車よりも3割スペックの高いNEVを手に入れられると李志東氏は試算している。
北京や上海などの都市部ではガソリン車のナンバープレートは抽選制で、オークションで取得しようとすると100万円以上かかることもあるが、EVの緑のナンバープレートは、一定の条件を満たせば1人につき1枚が無料で発行される(ただし北京では、EVのナンバープレートも抽選制になったという)。
それに加えて中国では、ロシアのウクライナ侵攻でガソリン代が高騰しても日本のように補助金で価格を引き下げようとはせず、その代わりに電気料金の価格を抑える政策をとった。これによって、NEVの1キロメートルあたりのコストはガソリン車の6分の1になったといわれる。
中国政府はEV購入にさまざまな優遇を行なうだけでなく、地方自治体に充電向け電力網など関連施設の整備を義務づけた。国家電網公司は、北京と香港・マカオを結ぶ全長2285キロメートルの高速道路に38キロメートル間隔で急速充電ステーションを設置することを目指している。私は新疆で他省ナンバーのEVを見て驚いたが、いまでは地方まで遠出してもバッテリーが切れる心配をする必要がなくなった。
日本では経済産業省が補助した充電器が更新期に入り、採算難で撤去する事業者が少なくないと報じられたが、これはEVの普及率が低く利用者が少ないからだ。それに対して中国では、充電器設置数が2022年末で521万基と前年から259万基も増えた。日本とは逆に、「NEVの販売・保有台数と充電インフラの設置・稼働基数が共に増える好循環」が生まれているのだ。
EVの欠点として走行距離と充電時間があげられるが、電池の性能が急速に向上したことでいまや走行距離は1000キロメートルを超え、PHEVでは2000キロメートルに達する車種も登場した。さらに車載電池メーカー大手の国軒高科が、9.8分でEVの充電量を10%から80%にできる電池を開発したとも報じられた。
日本は欧米と足並みをそろえ、2035年までにガソリン車の新車販売を禁止し、(HEVを含む)100%の電動化を達成すると2020年に決めたが、あと10年でこの「国際公約」を達成できるとは思えない。それに対して中国では、目標を前倒しする勢いでガソリン車のEVへの置き換えが進んでいる。このままではいずれ中国から、「日本は地球温暖化の元凶」と批判されるのではないか。
中国の「格安EV」は、アメリカ、欧州や日本・韓国の自動車メーカーよりも高い競争力をもっている
中国ではかつての携帯電話やスマートフォンと同じように、EVメーカーが乱立するカオスのような状況になっている。湯進氏によれば、2018年末時点で乗用車メーカーは99社あり、そのうち生産台数4万台以下のメーカーが43社もあった。これに加えて、ライセンスを取得することなく「スマートカー」を開発するメーカーが相次いで参入している(小米もライセンスが取得できず、北京汽車との合併からスタートした)。さらに電池メーカーは、2016年に約150社もあり急速に淘汰が進んでいるという。
ここからわかるのは、いまやEVは家電製品と同じになってきたということだ。そうなれば、液晶パネルで日本のメーカーが体験したように、性能が上がり、価格が下がるという体力勝負になっていく。EVの価格競争に耐えきれず、テスラが低価格EVからの撤退を検討していることが報じられたが、このシェア争奪戦(生き残り競争)は今後、さらに激しくなっていくだろう。
その結果、中国の自動車メーカーはEVの膨大な供給余力を抱えることになった。日経新聞(「新車販売、中国勢10位に」2024年5月26日)には、「自動車各社や地方政府の計画を合算した中国のEVなどの生産能力は、25年に3600万台の規模に達する。25年の国内販売は1700万台前後にとどまる見通しで、需給ギャップが大きい」とある。
これが正しいとすると、中国では1年間に2000万台ちかいEVが過剰生産され、それが今後、さらに増えていくことになる。2023年の日本の新車販売台数は478万台だから、日本市場の5倍のEVが市場に溢れることになるのだ。
中国EVに競争力がなければ(海外のユーザーにとってなんの魅力もなければ)、どこにも行き場がないのだから、EV墓場に積み上げられるだけになるだろう。だがもしそうなら、アメリカが中国のEVに対する関税を大幅に引き上げたり、イエレンが中国の過剰生産をことあるごとに批判する理由はないはずだ。
その答えは、もはや明らかだろう。中国の「格安EV」は、アメリカの(そして欧州や日本・韓国の)自動車メーカーよりも高い競争力をもっているのだ。だからこそ、アメリカはそれが自国市場を「破壊」するのを防ぐために「保護主義」をとらざるを得なくなり、それを正当化するためにG7の会議で「国際協調」を求めているのだろう。
だがすでに述べたように、中国は補助金なしでもEV化が進む段階に達している。EUはもともとEVを強力に推進してきており、中国の「安くて性能のいいEV」の輸入を禁じて国内のガソリン車を守る政策は正当化が難しい。中国からの経済的な報復措置を考えれば、安易にアメリカの提案に乗るわけにはいかないだろう。
しかしそれでも、欧米や日本・韓国は中国のEVメーカーの「ゲームチェンジ」から国産車を保護せざるを得ないだろう。だが東南アジアや中南米、ロシア、中東・アフリカのような「自動車大国」でない国は、充電向け電力網さえ整備されれば(これは今後、中国が“開発支援”の名の下に積極的に行なうだろう)急速にEV化が進むことが考えられる。
そうなれば、白物家電や液晶パネル、スマートフォンや太陽光パネルで起きたのと同じことが、(家電製品となった)自動車でも起きるのではないだろうか。そのとき、日本の自動車メーカーがどのような姿になっているかは、ちょっと想像がつかないが。
橘玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)など。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。
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