「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.426 ★ 激安EC「Temu」米国の利用者1年で5倍に 非中国装う

2024年06月26日 | 日記

日経ビジネス

2024年6月25日

「ウッウ、ティームー、ウッウ、ティームー」「ショップ・ライク・ア・ビリオネア(億万長者のように買い物しよう)」。頭に残るリズミカルなテーマ曲とともにアニメの女の子が登場。スマートフォンをタップすると衣装が変わり自分や道行く人に格安商品が届けられる。

中国発の電子商取引(EC)サイト「Temu(ティームー)」のテレビCMだ。米国で2月、全米プロフットボール決勝戦「スーパーボウル」がテレビ放送された際に計6回も流れ、話題をさらった。というのも、今回の広告料の相場は1回当たり700万ドル(約10億5000万円)。多額投資に業界関係者のみならず、多くの視聴者が「目的は何だろう」と首をかしげた。

ティームーのスマホアプリは、米国では2022年9月に提供が始まったばかり。当然、テレビCMの狙いは知名度を上げること。米国のEC市場において4割のシェアを持つ米アマゾン・ドット・コムに追いつこうと布石を打つ。

テレビCMの効果もあってか、最近のティームーのダウンロード数は連日、上位にランクインしている。月間利用者数はこの1年で5倍以上に拡大し、24年2月時点で7000万人を超えた。

米中対立は続いている。中国企業の市場参入を嫌う米国で快進撃を続けられるのはなぜか。

まず、ティームーを運営するPDDホールディングス(HD)が非中国を装っていることだ。中国・上海発祥でありながら23年に本籍をアイルランドに移し、中国で展開する同様のサイトとは別名を付けて「米国発」をうたう。中国国内ではあえて存在感を消し、本社をシンガポールに置く衣料品ネット通販のSHEIN(シーイン)と同じだ。多様な人種が暮らす米国では「中国人が経営者だから中国企業だ」とすれば、人種差別になる。この習慣を逆手に取っている。

中国発の衣料品ネット通販サイト「SHEIN(シーイン)」も中国以外での利用が広がっている

圧倒的低価格、米国で支持

もう一つは目を疑うほどの低価格を実現していることだ。例えば、おしゃれなデザイン文字が入ったTシャツは2.98ドル、アマゾン・ドット・コムでは数十ドルはくだらないレースのブラウスも7.48ドル。世界中に網目のように供給網を張り巡らせ、サプライヤー同士に価格競争をさせることで実現している。もちろん「安かろう、悪かろう」で劣悪品も多く、消費者から苦情も出ているが、流行を踏まえた衣類や米国では手に入りにくいデザインや機能を持つ家具、家電などを提供していて「つい手を出してしまう」と購入をやめられない消費者が続出している。

PDDHDの戦略からは、米国の消費者からの絶対的な支持を確立できれば、早々に追放されることはないだろうという思惑も透ける。それはトランプ前大統領時代から何度も使用禁止が取り沙汰されながら、いまだに米国内の根強い人気を誇る中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の事例があるからだ。

米国では、中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」が絶大な人気を誇る=ロイター

米連邦議会上院は24年1月、ティックトック運営会社の周受資・最高経営責任者(CEO)を公聴会に呼び出した。「あなたは中国共産党のメンバーでしたよね?」。米上院議員から執拗に繰り返される質問に、周氏は「いいえ、私はシンガポール人で、中国人でもないし、共産党員でもない」と何度も答えた。シンガポールは米国の友好国だ。むげに扱えば、米国内のシンガポール出身者から不満の声が上がることを想定した上での返答だ。

同社の親会社は中国企業の字節跳動(バイトダンス)。中国政府の影響が及ぶのは自明だが、周氏は米国事業の独立性を維持するために社内監視組織を立ち上げたと説明。中国との距離を強調した。

さらに下院は3月13日、ティックトックの利用禁止につながる法案を可決した。上院も可決し、バイデン大統領が署名すれば成立するが、ここで消費者による抗議運動が起きた。

「ティックトックは私の人生を良い方向に向けてくれた」「ビジネスを成長させてくれた」。ワシントンを練り歩く利用者たちはこのようなプラカードを掲げた。

米国では3月、中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用禁止につながる法案が下院を通過すると抗議運動が起きた=ロイター

11月に大統領選を控えているバイデン氏。ティックトックの利用禁止を通じ、中国に対する強い姿勢を見せて支持を広げたいものの、国民からの反対が強ければ強行するわけにはいかない。米国は他にもロシアによるウクライナ侵略やイスラエルとイスラム組織ハマスとの軍事衝突など多くの課題を抱えている。ティックトックを米国企業が買収する案も出ているが、実現しない可能性が高い。

PDDHDやバイトダンスのように中国企業の拡大戦略は実にしたたかだ。米中対立が深まる中、西側諸国では中国の存在を極力消して相手の懐に入り込み、消費者の支持を得ることで排除できない状況をつくり出す。また新興国とはインフラ投資や資金提供を通じて連携を深める。どちらも中国との関係を断てない状況を生み出しているのだ。中国企業の動向は慎重に見極めなければ、思わぬところで足をすくわれかねない。

(日経ビジネス 池松由香)

[日経ビジネス電子版 2024年4月9日の記事を再構成]

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No.425 ★ チャイナショック2.0対策 中国を抱き込む欧州 トランプ氏再選にも 備えて中国の投資を歓迎する動き

2024年06月26日 | 日記

DIAMOND online (The Wall Street Journal)

2024年6月25日

Photo:Bloomberg/gettyimages

 2000年代初めに米国の製造業に打撃を与えた最初の「チャイナショック」は、欧州の大部分には被害を及ぼさなかった。現在進行中の2番目のショックは、はるかに危機的に見える。

 しかし欧州の指導者たちは、殺到する中国からの輸入品に対し、米国のように単にこれまでより高い障壁を構築するのではなく、別のやり方を模索している。それは温かく歓迎することだ。

失うものが大きい欧州の製造業界

 欧州はなぜこうしたリスクを冒すのか。欧州の自動車メーカーは、合弁事業という形で中国と既に深く結び付いており、こうした合弁事業は中国で大きなシェアを確保している。フォルクスワーゲンの売上高の約3分の1と利益のかなりの部分は、中国での事業によるものだ。

 さらに言えば、世界貿易が阻害された場合に被る損失は、米国よりも欧州の方が大きい。イタリアのマリオ・ドラギ前首相は今月の演説で、欧州の製造業分野の就業者数が米国の2.5倍だと指摘するとともに、欧州製品の3分の1以上が輸出されるが、米国製品の輸出割合は5分の1程度だと述べた。

 国内総生産(GDP)に占める製造業の割合は、欧州全体では15%、ドイツは18%と、米国の11%を上回っており、このことは中国の台頭の助けになったハイテク工学機器や機械への特化を反映している。だが中国は、かつて欧州から購入していた製品の分野で競争力を高めている。中国企業の産業機器・装置の生産高は、米国・ドイツ・日本の競合企業を合わせた生産高より多い。

 独キール世界経済研究所(IfW)のモリッツ・シュラリック所長は「最初のチャイナショックはドイツにとって正味プラスだった。2度目のショックは本当の警鐘だ」と述べた。

 中国はかつて、新技術を輸入する手段として外国からの投資を歓迎していた。ロジウム・グループのバーキン氏によれば、今や「反対に、欧州が(中国からの)技術移転を熱望する立場にある」。

 独自動車産業の専門家フェルディナンド・ドゥーデンホッファー氏は、中国のバッテリー式EV(BEV)の生産台数は、昨年の500万台から今年は700万台に増加する可能性が高いと指摘する。欧州の生産台数は昨年の150万台から今年は120万台に減少しそうだという。中国メーカーはこうしたスケールメリットにより、電池などのEV関連技術で国外競合他社の先を行くことができた。

 一部のアナリストは、欧州が中国メーカーの勢力拡大を受け入れれば、EVに乗り換える人が増え、政府による充電インフラの整備が促進されることによって、欧州メーカーの助けになり得るとみている。好都合な点はまだある。技術面で劣り、価格が高い米国のEV市場は、欧州や中国に後れを取る可能性があるということだ。

 ドゥーデンホッファー氏は、トランプ氏が再選された場合のリスクを考えれば、欧州はその保険として中国によりオープンな姿勢であった方がよいと話す。「中国メーカーはわれわれが未来への歩みを加速するのを後押しするだろう。大きな成長が見込まれる地域は、米国ではなくアジアだ」

(The Wall Street Journal/Tom Fairless and Bertrand Benoit)

 欧州の当局者らは、寧徳時代新能源科技(CATL)などの中国電池メーカーからの投資や、中国電気自動車(EV)メーカーによる投資――比亜迪(BYD)がハンガリーに、奇瑞汽車(チェリー)がスペインに――におおむね好意的だ。

 1980年代、低コストの日本車の輸入増に直面したレーガン米政権は日本に輸出の自主規制を受け入れさせた。これが日本メーカーに米国での工場建設を促した。

 米当局者は中国について、日本と違って国家安全保障上の脅威になると考えている。例えばホワイトハウスは、顧客データを中国に送る可能性がある中国製「コネクテッドカー」に対する規制を検討している。欧州の当局者はそうしたリスクを米国ほど懸念していない。ただ、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が供給した通信インフラへの対応と同様に、考えを変える可能性はある。

 近年は欧州側の監視が厳しくなったことなどを受け、中国企業による既存の欧州企業の買収は実現していない。一方で、企業や工場を新設する形での「グリーンフィールド投資」は急激に増え、昨年の中国の対欧州直接投資の78%を占めた。ドイツのメルカトル中国研究所と米調査会社ロジウム・グループがまとめたデータで明らかになった。

チャイナショック2.0とトランプ2.0に備える

 欧州、とりわけ製造業への依存度が米国よりはるかに高いドイツでは、二つの悪夢のシナリオのどちらかで打撃を受けかねないと懸念されている。世界的な貿易戦争が起きるか、中国からの安価な輸入品が新たに大量流入する可能性だ。グリーンフィールド投資戦略はこうした懸念に基づいている。

 欧州連合(EU)の規制当局は今月、中国製自動車に関税を課す計画を示したが、その税率は比較的控えめであり、最高税率でもジョー・バイデン米大統領が最近発表した100%の半分だ。これは中国のメーカーに欧州への工場移転を暗に促すものだとみるアナリストもいる。実際に一部メーカーは動き始めている。

 欧州と中国にとって、関係の緊密化はドナルド・トランプ氏が米大統領に返り咲いた場合のリスク回避策となる。トランプ氏は輸入品に対して一律に10%の関税を課すことを明言している。そうした脅しは、欧州は米国と完全に運命を共にすべきではないとの見方につながる一方、中国に対しては欧州との緊張を緩和してもうかる市場へのアクセスを維持することを促す。

 そうなれば、産業・技術面での欧州と米国の結び付きが弱まり、欧州と中国の結び付きが強まる可能性がある。中国ブランドの自動車が果たす役割は欧州でますます大きくなり、米国では皆無になるだろう。

 米ピーターソン国際経済研究所の上級研究員ジェイコブ・キルケガード氏は、EUの姿勢について「中国・EU産業複合体の存在を受け入れ、それを明確に促進しようとするものだ」と述べている。

 ロジウム・グループの欧中関係専門家ノア・バーキン氏は、こうした動きにはリスクが伴うと指摘。「欧州と中国の自動車産業での緊密な連携が継続し、米国の自動車産業が中国と完全に切り離されれば、EUと米国の間で緊張が高まる可能性が大きくなる」と語った。注目すべきは、欧州の米国向け輸出が、中国向け輸出の倍だという点だ。



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No.424 ★ 中国式「過剰生産」がオワコン化 習近平が描いたEV・電池・ソーラーパネルの輸出急増構想は行き詰まりへ

2024年06月26日 | 日記

MONEY VOICE (勝又壽良)

2024625

中国経済は「三種の神器」であるEV(電気自動車)・電池・ソーラーパネルの三製品の輸出急増構想が行き詰まった。不動産バブルが生んだ過剰債務処理の重要性がますます大きくなっている。習近平の描いた「中国式経済成長」が崩れたいま、収拾策をどうするのか最終段階を迎えた。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)

行き詰まった中国経済

中国国家主席の習近平氏にとって、まことに都合の悪い事態が起こってきた。不動産バブル崩壊の後遺症を処理する財政支出拡大を行わない一方で、「三種の神器」であるEV(電気自動車)・電池・ソーラーパネルの三製品の輸出急増構想が行き詰まったからだ。これで、習氏の描いた「中国式経済成長」は崩れたわけで、収拾策をどうするのか最終段階を迎えた。

習近平氏は、一貫して財政赤字拡大を忌避してきた。財政には、経済全体を調整する機能が備わっている。政治と密接な関係を深めているのだ。財政運営が成功することは、政治も成功したというシグナルになるので、習氏は不動産バブル崩壊に伴う財政赤字拡大を忌避したかったに違いない。政治の「良いところ取り」を狙って、失敗部分を切り捨てたかったのだ。

習氏は、インフラ投資や企業への補助金を湯水のごとく支出させてきた。いわゆる「過剰投資」である。これによって、毎年のGDPを押上げる効果を期待できたので、迷うことはなかった。この「補助金漬け」が、中国経済に「過剰投資」をもたらした。過剰投資は、必然的に「過剰能力」を生むので企業は低い操業度になる。これによって、中国経済は生産性を引上げられない宿命的な欠陥を抱えることになった。

長い目で見ると、低い生産性が低いGDP成長率になる。習氏は、これをかさ上げさせるべく、さらにインフラ投資と企業補助金を給付してきた。こうして繰返される過剰投資が、中国経済を蝕んでおり、慢性的な低生産性の事態へ追込んでいる。IMF(国際通貨基金)は、2026年から3%台成長へ落込むと危惧している。29年には3.31%まで低下するとみている。これは、24年4月時点の予測である。

中国は、あがいてもどうにもならない局面へ向っている。経済は、思惑を離れてセオリー通りに動くのである。

リチウム電池の設備抑制

中国工業情報化省は6月19日、リチウムイオン電池産業に関する新たなガイドライン(指針)を発表した。生産能力の拡大を抑制し、技術革新、製品の品質向上、生産コスト低減を促す、とした。しかも、実施は20日からである。慌ただしい決定だ。

発表によると、農地や環境保護地区でのリチウムイオン電池製造は、停止または大幅に縮小される。これは、リチウムの精製過程で多量の二酸化炭素を排出して環境を破壊するからだ。先進国が、リチウム精錬を取り止めた理由は環境負荷問題にあった。中国は、こういうマイナスに目をつぶって、「経済成長」目的で突進した。今、ようやくその負担の大きさに気付かされたのだろう。

工業情報化省はまた、リチウム電池のサプライチェーンにおける生産能力の急速な拡大と低操業度が、電池や原材料などの価格を急落させると指摘している。中国電池業界は、CATL(寧徳時代新能源科技)とBYD(比亜迪)2社の寡占体制ができあがり、飽くなき価格引下げ競争を行っている。23年の世界シェアは、CATLが36.8%、BYDは15.8%である。

こういう状況下での値下げ競争は、国内弱小電池メーカーの生存自体を脅かしている。中国政府が、設備投資競争を止めたのは当然であろう。

同省は、「リチウム電池産業の計画や新規プロジェクトの立ち上げは、資源分野の発展、生態系保護、省エネルギーに沿ったものでなければならないと」指摘している。中国が、リチウム電池の増設にストップを掛けたのは、自然破壊と密接な関係を持っている。

だが、これだけが設備抑制の理由ではない。電池を搭載するEV輸出に陰りが出たことだ。もはや、従来通りの輸出が不可能と判断した証拠であろう。

EU高関税が中国EVの壁に

EU(欧州連合)は、7月から中国製EVへ最大48.1%の関税率を課すことになった。これでは、中国製電池が他国よりも2割程度、割安とされるメリットが吹き飛ぶのだ。到底、5割近い高関税率を乗り越える見通しが立たなくなったのであろう。

このほか、EUのEV需要が落ちている。24年のEV需要は、昨年よりも10%減が確実となった。中国EV輸出の壁が、それだけ高くなるのだ。

米国は、中国製EVへ100%の超高関税率を課すとしている。米国は、EUの2倍もの高関税率である。EUへのEV輸出が抑制されれば、米国は「ゼロ」同然となろう。

中国のソーラーパネルは、世界市場を「食い尽くした」感じである。それでも、EU市場への進出意欲を見せている。最近、ルーマニア政府が、実施した太陽光発電所の建設プロジェクトの競争入札から、応札していた中国企業2社が撤退した。EUの政策執行機関であるEU委員会が、これらの中国企業に対して不公正な補助金の有無に関する調査を進めていたことが影響したとみられる。

EU委員会は最近、補助金調査で中国企業を狙い撃ちにしている。2月16日に中国の鉄道車両メーカー、中国中車青島四方機車車両(中車四方)に対して調査を開始したのを皮切りに、4月9日には中国製の風力発電装置への調査にも着手した。そのうち中車四方は、調査対象となったブルガリア政府の鉄道車両調達の入札から早々と撤退している。

中国企業は、中国政府から補助金を支給されているので、その実態を暴かれたくなかったのであろう。中国政府が、いかに多方面で補助金を支給していたかを立証している。

企業へ補助金を出す理由

中国は、なぜ輸出企業へ補助金を支給するのか。

補助金を付けた輸出は、外貨資金獲得を目指す点で、一種の「飢餓輸出」に分類される。それは、米国ドルが中国経済の命脈を支えているからだ。現在の外貨準備高3兆2,000億ドル台は、絶対に割り込んではならない生命線である。割り込めば、人民元相場下落に跳ね返るのである。

中国の国際収支では、隠れた「構造欠陥」を抱えている。所得収支で大赤字を出していることだ。配当や金利の支払が、受け取り分を大幅に超過している結果で、2020年以降にそれまでの赤字幅から大幅に跳ね上がっている。

理由は、一帯一路で貸付けた資金が、国際金融市場で借入れた資金の又貸しによるのであろう。一帯一路では、焦げ付け債権が続出している。返済されないばかりか、金利も滞っているのだ。こうして、中国の所得収支は世界最悪の事態を迎えている。中国のウイークポイントである。

<所得収支状況(出所:IMF)>

2019年: -391億ドル
2020年:-1,182億ドル
2021年:-1,244億ドル
2022年:-1,936億ドル

23年以降の所得収支の赤字幅は、未だ発表されていないが、悪化しても改善されている可能性は低い。米ドルの高金利が続いているからだ。

中国が、米国から頻りに内需振興による景気回復策を求められても、これに応えられない最大の理由は、輸出によって米ドルを稼ぎ外貨準備高3兆2,000億ドル台を維持しなければ国家の体面を維持できない点にある。3兆ドル台を割り込んで、人民元相場が大きく安値に落込めば瀕死の重傷である中国経済がさらに悪化の恐れが強まる。皮肉にも「三種の神器」による輸出増加対策は、内需対策にもなっているのだ。

既述のように、EV・電池・ソーラーパネルの輸出「3羽ガラス」は、すでに輸出浮揚力を失った。となると、今後の中国経済はどうなるのかという新たな課題が浮上する。習氏が、もっとも嫌っている不動産バブル崩壊に苦しむ住宅対策で手を打つほかなくなる。

ただ、すでに不動産バブルの責任を地方政府と金融監督当局に転嫁している。習氏は、こうした事態を招いた責任がゼロという立場なのだ。財政赤字で対処する理由を排除しているだけに、これをどう修正するかが最大の問題になろう。

過剰投資が生産性を引き下げ

景気対策としてインフラ投資の上積みとなると、典型的な過剰投資による負の部分を継続することになる。それは、既述のとおり低い生産性がさらに低下するという重大局面に遭遇する。IMFは、24年以降の中国GDP(実質)が、次のように推移すると予測している。24年4月時点だ。

2024年:4.64%
2025年:4.09%
2026年:3.77%
2027年:3.58%
2028年:3.38%
2029年:3.31%

24年5月に、1~3月GDPが5.3%と予想より高かったことを理由に、次のように上方修正した。24年は5.0%、25年は4.5%である。だが、その後に住宅需要は全く回復しないことが判明。IMFの「早とちり」が鮮明になった。もはや、政府による小出しの住宅対策が功を奏する事態でない。国民の持ち家比率は、96%にも及んでいる。これは次の「反作用」を随伴させている。

不動産バブル崩壊による相場下落が、持ち家評価額を下げる事態を招いている。これが、個人消費を抑制しているのだ。

習氏には、こうした副作用の起こっている認識がゼロである。個人消費が不振であるので、その分をインフラ投資でかさ上げさせて、GDPの5%台成長を維持させようとしているだけだ。これが、長い目で見て中国経済の活力を奪う皮肉な結果を招いている。この理由は、次の通りである。

GDPとは、付加価値=生産性の合計である。単年度の付加価値だけでなく、過去の投資による付加価値が多いほど、GDPは高く出てくる。中国の場合は、過剰投資が仇になって「リターン」(付加価値)が極端に少ない経済構造だ。つまり、無駄な投資を増やし続けているのでリターンが少ない「器用貧乏」に陥っている。

中国全土に高速鉄道を敷設した例は、無駄な投資の最適例である。人口密度の低い地域へ高速鉄道を建設しても、利用者が少なければリターンは増えるどころかロスになる。現に、駅舎をつくったが採算が取れないことが分かり、開業せず閉鎖する無様な事態を招いている。これが、笑うことなかれ「中国式社会主義」の実態である。

悪しき例は、製造業への補助金支給の「乱発」もインフラ投資のかさ上げと同じロスを生んでいる。補助金による過剰投資→過剰設備→低い操業度→低い生産性である。中国指導部は、こういう単純な事実が理解できないほど、「計画経済」の美名に酔い痴れている。計画経済の無能ぶりは、ソ連経済の崩壊によって世界中の社会主義者が目を覚まさせられた歴史的な事実である。中国指導部はこれにお構いなく、「中国式社会主義」と称してソ連経済とは別物であることを自慢している。中身は、全く同じなのだ。

米国の著名な全米経済研究所(NBER)は、2022年に中国企業に関する調査報告を発表した。この報告によれば、企業に対する政府補助金はプラスの効果をほとんどもたらさず、時には悪影響を及ぼしていると結論づけている。『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(2022年12月15日付社説)が報じた。

報告では、研究・開発(R&D)および工場や機器のアップグレードのためなどの補助金に注目している。中国企業に直接支給された補助金は、全体で2007年の40億ドルから2018年に290億ドルと7.25倍へと増えたが、活力のある企業の成功を加速させるために体系的に投資する計画はなかった。

この研究で分かったのは、中国の補助金が利権政治の影響を受けやすく、特定の団体を優遇したり、雇用や衰退している産業を安定させる可能性があることだ。報告では、「全体で見ると、補助金は生産性のより低い企業に割り当てられているように見え、補助金を受け取った企業の生産性は、受け取り後、さらに低下しているようだ」と指摘した。

以上のNBER報告は、今回の「三種の神器」企業へ支給された補助金分析でもそのまま適応可能である。中国政府は、インフラ投資と企業への補助金漬けによって、潜在成長率を引き下げるという逆行した振る舞いを続けている。中国式社会主義経済とは、こういう時代錯誤の経済システムであることを再認識させた。無駄の連鎖である。

勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。

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