東洋経済オンライン (真壁昭夫:多摩大学特別招聘教授)
2024年6月4日
2023年9月5日、中国・上海のファーウェイブランドの店舗で、新型スマートフォン「Mate 60 Pro」を体験する顧客 Photo:CFOTO./gettyimages
5月末、中国が国策ファンドに約7.4兆円の資金を注入した。最先端の半導体チップ製造技術の開発などが狙いとみられる。振り返れば2023年夏、中国のファーウェイが発表した新型スマホ「Mate 60 Pro」に、回路線幅7ナノメートルのチップが搭載され、世界に衝撃が走った。米バイデン政権の対中制裁は、思うような効果を上げていない。24年秋にもファーウェイは新型スマホの発表を予定する。また、中国政府は車載用半導体の25%を国産品にするよう、自動車メーカーに指示している。米中の攻防戦に日本企業はどのような立場で臨めばいいのか。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
米中「半導体」戦争が激化すると日本企業の重要性が高まるワケ
半導体の分野において米国と中国の競争が激しさを増している。覇権国争いの中で、米国が中国の半導体産業の成長を阻止するべく対中包囲網を一段と強化してきた。それに対して、中国はあらゆる手段を駆使し、包囲網をかいくぐって半導体産業を育成してきた。まさに、先端分野で米中半導体戦争は激烈を極めている。
2017年1月、米ホワイトハウスは半導体産業に関する報告書を公表した。その報告書の中で、「中国が世界の半導体分野のトップを目指している」「中国半導体産業の成長は、米国に安全保障上の脅威になる」と明言している。それ以降、米国は一貫してハードとソフトの両面で中国半導体産業の成長を阻止する政策を強化してきた。
一方、中国は米国の包囲網の強化に対抗して、半導体分野の産業政策を急速に拡充している。中国は補助金政策を強化し、半導体供給網(サプライチェーン)の内製化に向けた取り組みを加速してきた。複数の半導体を組み合わせて性能を向上させる「チップレット生産」関連の研究開発も急ピッチだ。
米中の戦争が激化する中、対日直接投資を重視する世界の半導体企業は増えている。重要なポイントは、わが国には半導体部材、製造装置などサプライヤー企業が集積していることだ。世界の半導体産業内で日本を重視する企業の増加は、中長期的な日本経済の競争力回復に欠かせない要素となるはずだ。
半導体調達で米国の「台湾依存」が高く トランプに続きバイデンも対中包囲網を強化
現在、半導体分野で米国は相対的な優勢性を維持している。チップの設計・開発・製造などに関する知的財産面で米国企業の競争力は高い。それは、世界の政治・経済・安全保障でトップの地位を米国が維持するために欠かせないことだ。
台湾でTSMCは、最先端の回路線幅3ナノメートルのGPUなどを生産する Photo:PIXTA
特に、AIチップ分野では米エヌビディアが世界シェアの約80%を握る。エヌビディアは画像処理半導体(GPU)の設計と開発を主に行う企業だ。生産を台湾のTSMCに委託したことで、同社の収益性は急上昇した。
台湾でTSMCは、オランダのASMLなどから製造装置を調達し、最先端の回路線幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)のGPUなどを生産する。ASMLは米国の知的財産などを使って、世界で唯一、極端紫外線(EUV)を用いた露光装置を製造する実力を持つ。ASMLは現在、米国などで研究開発、人材のトレーニング体制を強化している。
ASMLや日米の半導体製造装置メーカーは、米国の知的財産を活用しつつ、専門家を世界の半導体工場に派遣して、重要部材の投入や製造装置の動作などを繊細に調整している。これにより、TSMCは先端チップの量産体制を確立し、良品率を向上させてきた。
米国のIT先端企業は、国際分業体制を強化することで製造体制の構築に必要な資本支出を抑えてきた。一方、日欧台韓の企業は、需要者のニーズに対応し効率良く成長してきた。
そうしたことから、半導体調達では米国の「台湾依存」が高くなった。米国は、半導体の調達リスクを分散しつつ、中国の半導体産業の成長を阻止したい――。トランプ前政権はこの考えを実行に移し、対中半導体規制などを施行した。
続くバイデン政権も、対中包囲網を強化した。22年10月の対中規制は重要な転換点である。AIのトレーニングなどに必要な、先端分野の演算装置やメモリーの対中輸出管理を厳格化したからだ。日米欧の半導体製造装置メーカーが、中国企業にメンテナンスなどを提供することも難しくなった。規制強化によって、例えば、中国の大手ファウンドリー・中芯国際集成電路製造(SMIC)の微細化が遅れるなどの影響も出た。
ファーウェイ新型スマホで明らか 「7兆円」補助金政策で徹底抗戦の中国
23年8月、世界に衝撃が走った。ファーウェイが発表した新型スマホ「Mate 60 Pro」に、回路線幅7ナノメートルの「Kirin 9000s」チップが搭載されたのだ。それは、米国政権にとって想定外の事態といえる。バイデン政権の対中制裁は、期待された効果を上げることができなかった。
バイデン政権の対中制裁は、期待された効果を上げていない Photo:PIXTA
米シンクタンクによると、米国が制裁を実行する以前から中国企業は在庫を積み増していた。ファーウェイは、TSMCからのチップ調達を、SMICなどは、日米欧の製造装置メーカーから購入を増やしていたのだ。中国企業は、在庫に積み増した輸入半導体関連品を分解し、模倣し、改良を重ねて、結果的に先端チップの設計と製造技術を習得するに至ったとみられる。
現在、中国政府は補助金政策を一段と強化している。地方政府は、半導体企業に土地を低価格で供与し補助金を支給する。ここ数カ月間の中国の生産活動の持ち直し、購買担当者景況感指数(PMI)の上振れは、産業支援策の拡充を示唆する。
5月末、中国の中央政府が、国策ファンドである国家集成電路産業投資基金で新たに、過去最大の3440億元(約7兆4000億円)の資金を注入した。補助金政策の強化で、中国の半導体企業はより積極的にリスクを取り、新しいチップ製造技術の開発に取り組むことができる。
ファウンドリー分野で、SMICグループなどは回路の線幅をより細くする微細化を強化し、チップレット生産方式への対応も進めている。チップレット生産方式とは、複数のチップを組み合わせ、AIトレーニングなど特定の機能をよりよく発揮する半導体を生産するプロセスをいう。
SMICなどのニーズに対応するため、製造装置分野では北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)などが研究開発を強化している。半導体関連の部材の分野では、ジンセミ(新昇半導体)やエスウィン(奕斯偉材料技術)などがSMICなどにシリコンウエハーなどを供給している。汎用型のチップ製造から段階的に国産部材の投入が進んでいるようだ。必要な製造ノウハウに習熟するため、中国半導体産業全体で高い賃金を支払い、海外の専門人材を獲得することも進めている。
中国は車載用半導体の25%を国産品に 調達網不安の中で存在感を高める日本企業
今秋発表予定のファーウェイの新型スマホは、回路線幅5.5ナノメートルのチップを搭載すると予想する専門家は多い。現時点で最先端の3ナノチップに関しても、中国企業が開発に着手したとの観測もある。
中国政府は、25年までに車載用半導体の25%を国産品にするよう、自動車メーカーに指示している。中国はチップの国産化を強化し、自国で事業を運営する内外企業に国産チップの使用をより強く求めるだろう。
一方、米国は覇権国の座を守るため、TSMCなどの半導体メーカー、サプライヤーに補助金を支給して対米投資の積み増しを求めている。台湾辺境の緊迫化もあり、台湾からの半導体生産能力の地理的分散も加速している。データ主権の確立で、米国が中国製品の締め出しを強化する可能性も高い。
今後の展開次第では、米中で半導体など先端分野の供給網が寸断、分断され、世界経済の不安定感が高まる恐れがある。そうした環境下、わが国企業を重視する、世界の主要半導体メーカーは増えている。一例として、AI向けメモリーのHBM(広帯域幅メモリー)でトップのSKハイニックスも、わが国企業との連携を目指す考えを示している。
その背景にあるのは、日本の有力サプライヤー企業の存在だ。半導体の部材や製造装置分野で競争力の高い日本企業は多い。特に、チップレット生産方式に必要な研磨剤、封止剤、配線関連素材の製造・加工技術というのは、一朝一夕で習得できるものではなく、日本企業の優位性は顕著だ。
当面、半導体分野で米中対立が収まることはない。わが国は、ラピダスによる早期量産の実現に加え、サプライヤーの製造能力を向上する支援を強化すべきだ。それは、対日直接投資の増加に重要な影響を与える。
わが国産業界との関係強化を目指す企業の増加は、国際世論での発言力にプラスの影響をもたらす。米中半導体戦争の激化で、世界のサプライチェーンがより不安定になるリスクがある。リスクを抑制するためにも、製造技術の重要性に基づいた中国向け半導体輸出管理の国際的な枠組み、ルール策定の必要性は増すだろう。半導体分野での対日直接投資の増加は、日本がそうした分野で発言力を強化するために重要だ。日本経済の競争力回復にも寄与する可能性は高いといえる。
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