JBpress (高濱 賛:ジャーナリスト)
2025年5月31日
マサチューセッツ州にあるハーバード大学(Pixabayからの画像)
米トランプ政権の意向に沿った「改革要求」を拒絶したハーバード大学に対する制裁措置がエスカレートしている。
トランプ政権は、ハーバード大学がキャンパスでのパレスチナ支持をめぐって暴力的デモや反ユダヤ主義を助長した責任を問い、不穏な学生の取締り強化や入学選考での多様性重視の方針を改めるよう要求した。
大学側がこれを拒絶したとして、22億ドル(約3100億円)以上の複数年にわたる補助金凍結、6000万ドル相当の契約停止を決定。
大学側が方針を転換しない限り、さらに70億ドル(約1兆円)が打ち切られる。
ハーバード大学は直ちに、法的措置をとった。
これを受けて、ボストンの連邦地裁(バラク・オバマ第44代大統領に指名されたアリソン・バローズ判事)は、トランプ政権の制裁措置を一時差し止める判断を示した。
だが、これはあくまでも暫定措置。
その後、トランプ政権はハーバード大学に対し、1億ドル(約140億円)相当の連邦政府との残りの契約すべてを取り消すと通告。
さらにトランプ政権は、ここぞとばかりに、現行法内で行政府ができる留学生・リサーチャーを対象にする「留学生・交流訪問者プログラム」(SEVP)資格を取り消した。
米国務省は5月28日、一部中国人留学生のビザ取り消しを開始した。
中国共産党とのつながりのあった「重要な分野での研究をしている中国人留学生」を対象にしている。
ところが、米連邦地裁は5月29日、トランプ政権がハーバード大学の留学生受け入れ資格を取り消したのを受けて、同大学の資格については一切変更を加えないよう国土安全保障省と国務省に命じる方針を示した。
(Trump administration must let Harvard enroll international students, judge rules - The Washington Post)
裁判所での白黒決着には時間がかかると見たトランプ政権は、とりあえず現行法内で行政府が出せる制裁カードを切り、連邦地裁はトランプ政権が投げたボールを打ち返したわけだ。
しばらくは裁判所とのイタチごっこが続きそうだ。
エスカレートするトランプ政権対ハーバード大学の「戦争」に、議会共和党がトランプ政権側の「助っ人」に出た。
下院の中国特別委員会(ジョン・ムーレナー委員長)*1がトップバッターで「参戦」した。
同特別委員会は、ハーバード大学と中国共産党との人的交流や寄付の実態を追及、とりあえず学長に対し書簡を送り、中国関連情報の提出を要求した。
同書簡にはティム・ウォルバーグ下院教育労働委員長とエリース・ステファニック共和党議員総会長が署名している。
下院教育労働委員会は2023年12月、当時ハーバード大学学長だったクローディン・ゲイ氏を反ユダヤ主義への対応の責任を追及して辞任に追いやっている。
ステファニック氏はニューヨーク州選出でトランプ第2期政権で国連大使に一度指名されたが、選挙区を守るため撤回となった。トランプ氏の懐刀的存在だ。ハーバード大学卒だ。
*1=正式には「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」。中国共産党がもたらす脅威に関する合意を形成し、米市民、経済、価値観を守る行動計画を策定するために超党派で取り組むための委員会で、2023年1月に当時の下院議長のケビン・マッカーシー氏(共和党、カリフォルニア州)の主導の下で設置された。
中国特別委員会のムーレナー委員長がハーバード大学のアレン・ガーバー学長にあてた書簡の趣旨はこうだ。
「米国の国家安全保障へのリスクと中国・新疆地区での中国共産党によるジェノサイド拡大のリスクを増幅させていることに関する詳細な情報を提出してほしい」
具体的には、
①ハーバード大学は、中国共産党が新疆地区で行っているウイグル族に対するジェノサイドの中心的な役割を演じている新疆生産建設兵団(XPCC=Xinjiang Production & Construction Corp)の複数のメンバーを研修させている件。
②ハーバード大学は、国防総省から助成金を得て行っている研究で中国の清華大学、浙江大学、華中科技大学といった中国人民解放軍と連携のある大学と研究パートナー関係にある件。
(Harvard Letter:XPCC.pdf (house.gov))
確かに中国とハーバード大学の人的交流や資金提供は他の追従を許さない。
2024年秋の時点でのデータによると、ハーバード大学には6793人の留学生・研究者が在籍。
そのうち中国人は1390人。約150か国からの留学生・研究者の20.46%を占める。一番多いのは人文社会科学研究科大学院の550人だ。
(Fact Book: Enrollment – Office of Institutional Research & Analytics (harvard.edu))
中国がハーバード大学に提供した研究資金や寄付は2013年から2019年までの6年期間に9370万ドル。
この期間、中国は米大学115校に10億ドルの寄付をしているが、寄付金額ではハーバード大学が群を抜いて多い。
(Harvard gets more money from China than any US university | Education | Al Jazeera)
主要メディアの中国問題専門記者P氏はこう見る。
「中国には官民の壁はない。その軸は中国共産党だ」
「米国に追いつき追い越せをスローガンにする中国共産党の狙いはただ一つ、中国第一主義を達成させるために米国の先端技術、軍事、医療の最新情報を盗むことだ」
「そのためにハーバード大学に人材とカネをつぎ込んでいるのだ。歴代米政権はそれに気づいていたが、阻止には動かなかった。最初に行動に出たのがトランプ政権だ」
トランプ氏がハーバード大学を目の敵にする理由の一つは、同氏も息子たちもハーバード大学に入れなかったからだという理由がSNSではまことしやかに流れている。
トランプ氏がハーバード大学(全米大学ランキング3位)*2を狙ったのか、最初から狙えなかったのか。
分かっているのは、同氏は南カリフォルニア大学(同27位)を受けたが拒絶され、仕方なくフォーダム大学(同91位)に入り、3年次にペンシルベニア大学(同10位)ウォートン・スクール(大学院ではなく学部)に編入し、卒業したことになっている点。
(Trump Biographer: This Is the ‘Real Reason’ He Hates Harvard)
長男、次男、長女は同氏の母校であるペンシルベニア大学やジョージタウン大学(同24位)卒業。
トランプ氏はペンシルベニア大学と「特別な関係にある」と指摘する向きもある。
3番目の妻、メラニア夫人との間に生まれたバロン氏(19)は今年、ニューヨーク大学(同30位)スターン・スクール・オブ・ビジネスに入学した。
これについて、「ハーバード大学はもとより、ペンシルベニア大学やコロンビア大学(同13位)からも拒絶されたのか」といった憶測が広がっている。
*2=全米大学ランキングは「US News & World Report」作成の順位。難易度だけでなく、教授陣、図書館蔵書、学術成果、教育環境などを判断基準にしている。
(2025 Best National Universities | US News Rankings)
これについてメラニアさんは、「家(トランプ・タワー)から通える大学を選んだ」とコメントしている。
(Highly Lethal Weapons 202411 - V2)
(NBAD10 HK01 VV4)
トランプ氏のハーバード嫌いの要因の一つに同大学の理事長を務めているぺニー・プリツカー氏との確執をあげる人もいる。
プリツカー家は、代々ニューヨークの不動産業兼ホテル経営(ハイアット・ホテル・チェ―ンのオーナー)業でトランプ氏にとっては「目の上のたんこぶ的存在」。
グランド・ハイアット・ホテルの買収ではトランプ氏は煮え湯を飲まされた経験がある。
参考:トランプ・ハーバード戦争の火種はNYのグランド・ハイアット計画にあった DEI撤廃・反知性主義は表向き、根底にハーバード大理事長への復讐心| JBpress (ジェイビープレス)
そうした背景は脇におくとして、この戦争でどちらが勝つのか。
ニューヨーク・タイムズのマイケル・シュミット記者はこの問題を密着取材してきたジャーナリストの一人。同記者はこう見ている。
「知識層は、ハーバード大学が『学問の自由』を守るために戦っていると称賛しているが、トランプ氏は大統領の持っている権力を組織的かつ創造的に使ってハーバード大学を攻め立てている」
「トランプ氏は敵に対しては攻撃の手を緩めない。『目には目を、歯には歯を』を実践している」
「連邦地裁は留学生対策も含め一時差し止めにしたが問題の解決にはならない。留学生はハーバード大学にいられなくなれば他の大学に行くだろうし、訴訟スケジュールを見ながら次善の策を練る」
「裁判が始まってもハーバード大学に対する司法省や国土保安省の調査は続けられる。ハーバード大学はいわば『ペルソナ・ノン・グラータ』(好まざる人物)と世間では見られる」
「ハーバード大学で働く教授やリサーチャーも裁判所の一時差し止めがいつまで続くのか分からない以上、この状況に不安で仕方ないはずだ」
「ハーバード大学側も裁判でケリをつけたくとも、トランプ氏が破壊的手段を次から次に出す以上、打つ手なしだ」
(How the Trump Administration Has the Upper Hand Against Harvard - The New York Times)
となれば、ハーバード大学としてはどこかで譲歩せざるを得ない。下院中国特別委員会の追及も手厳しいものになり、「泣き面に蜂」だ。
ハーバード大学への中国共産党の「影響力」については、ガーバー学長自身が4月29日に公表した2つの調査報告書でもはっきりと認めている以下のようなくだりがある。
一、(香港出身の億万長者、陳楽宗氏が拠出した)T・H・チャン公衆衛生学スクールは2022年、パレスチナ問題研究を立ち上げたが、「集団指導制」と銘打ちながら、5人の講座担当の中には一人も正規の教授、准教授、助教はいなかった。
一、修士課程の「宗教と公共生活」は、教える者も学ぶ者もイスラエル・パレスチナ問題に焦点を当てた講座とは予期していなかったが、実際には「ユダヤ人の原罪」を問う講座だった。
おそらく、クリスティ・ノーム国土安全保障長官が、「ハーバード大学は中国共産党と連携して暴力と反ユダヤ主義を助長させてきた」と公言した裏付けは、この学長のステートメントだったようだ。
(Presidential Task Force on Combating Antisemitism and Anti-Israeli Bias - Harvard University)
(Presidential Task Force on Combating Anti-Muslim, Anti-Arab, and Anti-Palestinian Bias - Harvard University)
(5 reasons why Trump is at war with Harvard, according to university's antisemitism report | Fox News)
世論はどうか。
AP通信とシカゴ大学公共政策リサーチセンター(NORC)が実施した世論調査によると、トランプ政権の「大学政策」(ハーバード大学問題)に対する賛否は完全に二分している。
賛成 反対
―――――――――――――――
全体 42% 56%
共和党支持者 83% 16%
民主党支持者 10% 90%
無党派 30% 65%
―――――――――――――――
大卒 36% 63%
高卒以下 46% 53%
「大学が改革要求を拒否し続けた場合、連邦助成金は停止すべきだ」というステートメントに対しては次の通りだ。
賛成 分からない 反対
―――――――――――――――――――
全体 27% 26% 45%
共和党支持者 51% 26% 22%
民主党支持者 7% 20% 73%
無党派 20% 38% 37%
(Few support punitive funding cuts to colleges and universities - AP-NORC)
世論調査結果を見て注目されるのは共和党支持者の26%、無党派の38%がハーバード大学をどうしていいか「分からない」と答えている点だ。
ハーバード大学が自分たちには関係ないからか、中国共産党がハーバード大学を侵食しても自分たちは関わりない、とうそぶいているからか。
いずれにせよ、驚くべきは米国の最高学府の奥の院にまで入り込み、米国を震撼させている中国共産党の恐るべき威力だ。
高濱 賛
Tato Takahama 米国在住のジャーナリスト。1941年生まれ、65年米カリフォルニア大学バークレー校卒業(国際関係論、ジャーナリズム専攻)。67年読売新聞入社。ワシントン特派員、総理官邸キャップ、政治部デスクを経て、同社シンクタンク・調査研究本部主任研究員。1995年からカリフォルニア大学ジャーナリズム大学院客員教授、1997年同上級研究員。1998年パシフィック・リサーチ・インスティテュート(PRI、本部はサウスパサデナ)上級研究員、1999年同所長(Pacific Reserch instituteは同名の組織が米国内でほかにも存在する)。
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