「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.377 ★ 中国の情報機関「国家安全部」が摘発した「大規模スパイ事件トップ10」を公表、スパイはこうして断罪されている

2024年06月04日 | 日記

JBpress (譚 璐美)

2024年6月4日

(MillaF/Shutterstock.com)

スパイに対抗するため密告に報奨金

 中国では毎年4月15日を「国家安全保障教育の日」と定めている。それに合わせて、中国の情報機関「国家安全部」がメッセージアプリのWeChat(ウィーチャット、微信)で、「イノベーションの進化で、国家安全保障を研ぎ澄ます」と題する30分の動画を公開した。

 スペインに本部を置く人権保護団体「セーフ・ガード・ディフェンダーズ」の調査報道(2024年4月23日付)でわかったものだが、同団体によれば、動画の中には中国のテレビで自白した「重大犯罪者」の外国人スパイも含まれているという。

「反スパイ法」が制定されたのは2014年。中国は「敵対的な外国勢力」から深刻かつ絶え間ない脅威にさらされていると主張して、長期にわたって国内で警戒を強めてきた。それが2023年7月、「反スパイ法」が改正・強化されて、「スパイ」の定義として、国家機密および機密情報にとどまらず、「国家安全保障上の利益に関わるあらゆる文書、データ、資料、物品」にまで拡大された。だが、明確な定義は示されていない。中国の重要情報インフラを標的としたサイバー攻撃も、スパイ活動に分類された。また、密告を奨励し、最大10万元(1万5000ドル)の報奨金が支給されるとした。

 今回判明した国家安全部の動画では、過去10年間に中国で起きた「大規模スパイ事件」が10件取り上げられ、内訳は、カナダ人4人、アメリカ人2人、台湾人1人、ベリーズ人1人など、外国人や外国籍の中国人、および台湾人による4つの事件と、中国人による6つの事件が含まれている。外国人と外国籍の中国人、台湾人が逮捕された4つの事件は、次のようなものだ。

薄熙来失脚にも関与したスパイ

 トップには、ベリーズ国籍のヘンリー・リー事件が上げられている。ベリーズは、中央アメリカ北東部に位置し、カリブ海に面して世界第二のサンゴ礁があり、世界遺産に登録されている美しい国だ。そのベリーズ籍をもつ中国人リーの容疑は、2019年に香港の民主化デモの参加者に資金援助を提供していたとされる「スパイ罪」である。

 2019年11月26日に広州で拘束されて消息不明になっていたが、翌年の2020年4月になって、「国家安全を脅かす犯罪行為に資金を提供した」罪(刑法第107条)で起訴されたことが発表された。中国の刑法では、起訴された段階で、裁判で有罪となる確率は99%に達しているといわれている。

スパイ罪で逮捕されたベリーズ国籍のヘンリー・リー被告

 彼は、2021年4月14日、中国の国営テレビ局のCCTV-13に出演し、15分間の「強制自白」が放映され、「香港の市民デモに米国や英国から資金が流れていた」と自白して、自分の罪を認めた。このCCTVの放送は英語による国際放送でも同時放映されたことから、海外でも大騒ぎになった。

 次いで、リーは、中国で起きた大規模な汚職事件の「薄熙来(はくきらい)事件」で、重慶市共産党委員会書記だった薄熙来の裁判で証言台に立ち、薄熙来が「女性の売春を強要した」などと証言し、また、米国や英国から資金提供を受けていたことを示唆した。これにより薄熙来と欧米の「反中勢力」との密接な関係が印象付けられ、薄熙来は失脚した。

 今回、国家安全部が編集・公開した動画では、対象者の名誉を傷つけるお決まりの文句である「売春を強要した」として、リーが低俗な倫理観の持ち主であると説明しているが、使用された画像のほとんどは香港の抗議活動シーンだ。彼は2021年に懲役11年の有罪判決を受けた。

ファーウェイ副会長逮捕の報復で拘束されたカナダの元外交官と教師

 カナダ人の元外交官のマイケル・コービングと教師のマイケル・スペイパーは、2018年、滞在していた北京で逮捕された。ちょうどカナダ政府が米国政府から身柄引き渡し要請を受けて、中国通信大手ファーウェイ幹部の孟晩舟を拘束した直後のことである。西側諸国では中国の「人質外交」の犠牲者だとみられている。2人は2年半拘束されていたが、2021年にカナダで保釈中に足にGPS監視装置をつけられていた孟晩舟が中国へ帰国することを許可されると、数時間後に彼らも釈放された。

 動画では、彼らの「スパイ活動」については言及されず、2021年に釈放された理由を、「健康上の理由」で裁判が保留され、保釈金を支払ってカナダへ帰国したとだけ説明している。

 3番目の事件は、70代のアメリカ籍の香港人のリャン・ツェンユン事件で、彼は、CCTVで初めて「強制自白」をさせられた外国人だ。リャンは動画の冒頭で「遺憾に思う。中国と中国の人々全員に、彼ら(米国人の)甘い言葉は虚偽であると言いたい」と供述した。また、公務で米国に出張した際、米国側が中国の公務員に対してポルノの罠を仕掛けたとも告白した。彼は2023年に有罪判決を受け、終身刑になった。

台湾人の学者も逮捕

 台湾の学者だった鄭宇欣は、国際関係論が専門で、台湾メディアにしばしば登場する政治コメンテーターでもあった。

 鄭はチェコに留学した経験があり、2015年にチェコで中国欧州経済研究所を設立して所長に就任し、中国情報を集めて、台湾の軍事部門に情報提供していたとされる。

 彼は中国での学術会議に複数回参加し、中国と台湾をひんぱんに往復する中、2019年4月、中国に入国した直後に「台湾のスパイ」の容疑で国家安全部に逮捕された。

 2020年10月、CCTVに出演し、「自分は台湾の民進党員であり、民進党の前主席の卓栄泰の助理(アシスタント・アドバイザー)である」と供述したが、台湾はこれを否定。中国で目下、裁判で審理中だ。

「大規模スパイ事件」に取り上げられた外国人の事件では、もうひとつ。2017年にカナダ国籍を持つ中国人夫婦が逮捕された事件がある。中国に里帰りしたときに逮捕されたが、容疑は不明だ。ふたりは3年以下の有罪判決を受けて服役し、すでに釈放されたが、その後の消息は不明だ。

外国人のスパイはこうして“作られる”

 外国人がスパイとして逮捕される事例は、これだけにとどまらない。

 2023年1月、米国のデューディリジェンス会社のミンツグループの北京事務所が閉鎖され、現地スタッフ5人が拘束された。次いで、4月には、米コンサルタント会社ベイン・アンド・カンパニーの上海事務所が家宅捜索を受け、スタッフが尋問を受けた。(CBS、2023年6月6日放送)。

 日本人はこれまで17人が拘束され、現在も5人が服役中だ。2023年3月、北京でアステラス製薬の日本人社員がスパイ容疑で逮捕され、同年には神戸学院大学と亜細亜大学の中国人教授も、それぞれ中国を訪問した後、行方不明になっている。当局に拘束されている可能性が大きい。

 米国の人権保護団体「対話財団」によれば、中国で不当に拘束されたり、自宅軟禁になったり、出国を禁止されている米国人は200人以上にのぼるという。

 ニューヨーク州ロングアイランド在住の実業家は2016年に上海を訪ねて逮捕され、18年に「スパイ罪」で10年の有罪判決を受けた。理由は「国家機密」の入手だったが、ネットで自由にアクセスできるものだった。

 カリフォルニア州オレンジ郡の牧師は、1990年に中国の教会活動を支援するために中国に派遣されたが、2006年、北京で自宅軟禁に置かれ、3年後に詐欺罪で終身刑を受けた。

 カリフォルニア州在住の実業家は、2017年に出張で中国へ行き、商談を終えて帰国しようとしたところ、出国禁止になった。それ以来、5年間中国から出られないでいる。身に覚えのない数百万ドルの負債が未払いだという理由からだ。

 出国禁止措置を受けた人々は、通常、帰国しようとして空港へ行ってはじめて出国が禁止されていることに気づく。本国の家族との連絡は月一回、5分ほどしか許可されず、相談する弁護士もおらず、訴える政府機関もないのだという。

 米国務省は中国への渡航情報について外部サイトを開設し、中国で不当な拘束や出国禁止になる名目は、「捜査への協力を迫るため」「国外にいる家族に圧力をかけ、中国に帰国させるため」「他国との外交交渉を有利にするため」などが考えられるとして、「中国本土への渡航は十分注意すべき」と注意勧告し、香港、マカオも同様としている。そして、「できれば中国に行かないことが賢明だ」と、警告を発している。

 中国で「スパイ事件」に巻き込まれないために、また、人生の貴重な時間を棒に振らないために、最善の方法とは、まさにこの一言に尽きるだろう。

本記事の筆者・譚璐美氏の新著『宋美齢秘録ー「ドラゴン・レディ」蒋介石夫人の栄光と挫折』(小学館新書)

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No.376 ★ 駐日大使「恫喝発言」はあまりにひどい…「長期経済停滞」に入った 中国が日本の足を引っ張る「ヤバいシナリオ」

2024年06月04日 | 日記

現代ビジネス (髙橋 洋一:経済学者 嘉悦大学教授)

2024年6月3日

中国の傍若無人な振る舞い

5月27日、韓国ソウルにおいて、日本、中国、韓国の3ヵ国による首脳会談が行われた。

日中韓首脳会談は、三国間関係の冷え込みや新型コロナウイルスなどの影響で2019年12月以来開かれておらず、4年半ぶりの第9回目の開催だ。

その成果は、日中韓の自由貿易協定(FTA)の実現に向け、政治的解決のために前向きに努力し、交渉を加速するための議論を続けることで一致。一方、北朝鮮による核・ミサイル開発などに対する具体論については何も成果がなかった。

しかも、このFTAはあまり意味のない枠組みだ。というのは、RCEP・地域的な包括的経済連携協定というのがあい、既に日本・中国・韓国のほかオーストラリア・ニュージーランド・ASEAN10ヵ国の15ヵ国が参加している。

photo by gettyimages

26日には、岸田首相と李強首相による日中首脳会談も行われた。しかし、懸案の原発処理水の海洋放出、中国による邦人拘束、尖閣諸島のEEZ内でのブイ設置などではまったく平行線だった。

その一方、中国による傍若無人の振る舞いは後を絶たない。台湾の頼清徳総統が就任式を行った20日、駐日中国大使は日本を「恫喝」する発言を行った。

産経新聞の報道によれば、中国の呉江浩駐日大使は20日、台湾の総統就任式に日本から国会議員30人超が参加したことに対し、中国の呉駐日大使は、日本が「台湾独立」加担なら「民衆が火の中に連れ込まれる」と警告した。東京都内の在日本中国大使館で開いた台湾問題に関する「座談会」で語ったという。

あまりにも酷い理屈

そもそも、頼総統はこれまで現状維持しか主張していない。それを独立派というレッテル張りするのは間違っており、おかしい。戦後80年近くの現状を変更しようとしているのは、3期目に入り台湾統一を野望としている習近平主席のほうだ。

習近平氏は平和的に統一するといちおう言っているが、武力での統一も否定していない。頼総統の任期は2028年5月までだが、習近平氏の3期目は形式的には2028年3月までで、丸っと頼氏の任期に重なってしまう。これが中国の苛立ちの原因だろう。

日本としては、力による現状変更は認めないというスタンスが重要だ。これは普遍的な原理なので、国際社会からも理解が得やすい。

この原理からみれば、呉駐日中国大使の意見は、台湾のみならず日本にも武力行使するという意味合いがあり、あまりに酷い。

松原仁衆議院議員は、「政府はウィーン条約に基づき呉氏の追放を。駐在国内での戦火を仄めかし恫喝する者に外交官の資格などない」とポストした。その通りだ。

しかも、呉駐日中国大使は「日本の民衆は火の中に」と発言していたという。そのときも、林外相は「極めて不適切」であり「外交ルートを通じて厳重な抗議を行った」と国会答弁している。

松原氏は「日本の民衆が火の中という内容も酷いが、日本政府の正式な抗議を無視し発言を繰り返した意図は極めて悪質。『ペルソナ・ノン・グラータ(好ましがらざる人物)』として追放するのが当然だ。」とポストした。度重なる暴言に対して、外務省はどう対応するのか。

民間でも「迷惑行為」が

万が一武力による現状変更が行われた場合、台湾有事は日本有事でもある。その意味は、台湾有事の場合、尖閣諸島、南西諸島が自動的に有事に巻き込まれるとともに、日本の経済的な死活を左右するシーレーンが脅かされるという意味もある。

この意味で、台湾の頼総統がいう現状維持を守ることは、日本の国益でもある。

20日に在日本中国大使館で開かれた座談会には鳩山由紀夫元首相や社民党の福島瑞穂党首が参加。鳩山氏は「日本は台湾が中国の不可分の一部であることを尊重しなければならない」と呉氏の主張に同調したと報じられているが、これは日本の国益を損なった。

2009年の民主党政権では、鳩山氏が首相で福島氏が閣僚だったわけで、本当にとんでもない政権でまさに悪夢だったといえるだろう。

民間人でも酷いことがあった。1日午前6時20分ごろ、東京都千代田区九段北の靖国神社で石柱に落書きがされ、英語で「トイレ」との落書きが見つかり、警視庁麴町署は器物損壊の疑いで捜査している。ネット上では、放尿するような仕草も投稿され、東京の街中を歩く姿も確認できる。

まだ特定はされていないが、一連の動画が中国のSNSに投稿されたことから、「犯人」が中国人である可能性は高い。国内にいれば逮捕、中国に戻っていても犯人引渡を中国政府に要求すべきだ。

他方、世界は中国に対する見方が厳しくなっている。米政府は5月14日、中国製の電気自動車(EV)などに制裁関税を課すと発表した。

中国の余剰生産品が日本にやってくる

対象品目(カッコ内は税率の変化)は以下の通り。電気自動車(25%→100%)、鉄鋼・アルミニウム(0~7.5%→25%)、リチウムイオン電池(7.5%→25%)、重要鉱物(0%→25%)、太陽光パネル(25%→50%)、半導体(25%→50%)、港湾クレーン(0%→25%)、医療用注射器・注射針(0%→50%)である。

米国は昨年、対中輸入は4270億ドル(64兆円)、対中輸出は1480億ドル(22兆円)だったが、今回の措置は対中輸入180億ドル(2.7兆円)が対象になる。法的根拠は1974年通商法の301条で、トランプ政権では同法を根拠として関税を課したが、それを維持しながらそれをはるかにこえる高関税を中国に課そうとしている。

ホワイトハウスは声明で、中国の不公正な慣行により、世界の市場に安価な製品が氾濫しており、米国の「経済安全保障」に対する「容認できないリスク」になっていると表明。米国家経済会議(NEC)のブレイナード委員長は「生産能力が過剰になっているにもかかわらず投資を続け、不公正な慣行で低価格に抑えた輸出品を世界の市場に氾濫させている」と述べた。

中国は補助金や政治的な命令を駆使して同国を世界最大のEV生産国にした。ただし、過剰生産が祟り、中華製のEVは米国をはじめとした世界に溢れている。太陽光パネルも、ウイグル労働者を食い物にして世界を席巻している。

その結果が今回の関税引上げになっている。トランプ政権になると一部の関税はさらに高まる可能性もある。

日本への影響は深刻だ。米国向けEVや太陽光パネルが日本向けになるかもしれない。バイデン政権の対中関税引き上げに伴い欧州でも追随する動きも出てきている。日本でもEVへの補助金や太陽光発電の高額買取価格など、再エネ政策をやっている場合ではない。それらの再エネ政策見直しとともに、米国にならって高関税を導入する必要が迫られている。でないと、中国の余剰生産品が日本になだれ込むかもしれない。

いずれにしても、中国経済を牽引してきた輸出は抑えられるだろう。そもそも、内需は不良債権問題で四苦八苦しており、打開の目途が立たない。

デフレではなく「長期経済停滞」

中国での不良債権問題の全容はまったくわからない。IMFが対中国審査を行っても、データが出てこない。一説によると、不良債権のGDP比は200%にもなるといわれ、これは空前絶後の数字だ。1970年以降の世界各国の経験では平均20%程度で、日本も平均的だったが、中国はその10倍なので、言葉を失ってしまう。

これを解決しない限り、まともな経済発展はあり得ないが、はたして今の習近平独裁体制でできるだろうか。というのは、普通の先進国では司法が独立しており破綻認定ができる。破綻認定ができれば取引相手が破綻でないと峻別できる。しかし、中国では司法の破綻認定という基本が出来ていない。

また、共産主義は生産手段(土地、企業)の国有を原則とするので、不動産取引も株式取引も中国のやり方は民主的な先進国とは似て非なるものだ。本来あり得ない、共産主義下のなんちゃって不動産・株式取引の大いなる矛盾が出てきたと筆者はみている。

こうした観点からみると、中国はデフレになるというより長期経済停滞に突入していくのではないだろうか。

これは、学者としては興味深い。この問題を考えるために、本コラムで再三紹介してきた民主主義と経済成長を整理しておく。

政治的な独裁は、自由で分権を基調とする資本主義経済とは長期的には相容れないのは、ノーベル経済学賞学者であるフリードマンが50年以上も前に『資本主義と自由』で喝破している。

筆者は、このフリードマンの主張について、独裁的な政治では民主国家にならず、ある一定以上の民主主義国にならないと、一人当たりGDPは長期的には1万ドルを超えにくいという「中所得国の罠」という形で独自の解釈をしている。

定量的にいえば、英エコノミスト誌の公表している民主主義指数で 6未満だと一部の産油国などを例外とすれば 1万ドルの壁を越えず、6以上になると民主主義度に応じて高まり10で6万ドル程度になる傾向がある。

付き合い方を考え直すべき

筆者は、こうした経験則から、中国の民主主義指数は2程度しかなく、現在の中国は1万ドル程度だが、1万ドルを長期に超えることはできず最後は民主主義対非民主主語の覇権争いに負けるだろうと予測してきた。

現在の中国の人口は14億人なので、GDPは14兆ドル。今後25年で人口は13億人、一人あたりGDPも頭打ちの公算が高いので、GDPは13兆ドル程度から大きく増加することはないだろう。

要するに、中国が一党独裁を続けようとすると、中所得国の罠にはまり、長期的な成長はできなくなると筆者は睨んでいる。

そろそろ日本も専制国家である中国との付き合い方を考え直したほうがいいだろう。

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No.375 ★ インド政府を激怒させ、中国から痛烈な皮肉を浴びた米国 長期的な「全体構想」なき国際情勢の行方

2024年06月04日 | 日記

MAG2NEWS (by 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』)

2024年6月3日

どれだけウクライナが救いを求める声を上げようとも、ロシアの軍事侵攻を止めることができない国際社会。なぜ欧米諸国が有効な手を打てないままの状態が続いているのでしょうか。

今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、西側諸国が長期的なビジョンとしてのグランドデザインを持ち合わせていないことを、その原因のひとつとして指摘。さらにこのような状況に陥ってしまった理由を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:グランドデザインが存在しない国際情勢

リベラルな秩序はすでに崩壊。自国の利害を最優先する外交のみに終始する国際社会の行き着く先

「アメリカが中国に求めている内容を整理するとこうなる。あなたの一番緊密な友好国を倒すために手助けをしてもらいたい。そうしたら次はあなたを倒しにかかります、ということだ。こんなバカげたことを誰がまともに捉えて、協力するのだ」

これは今週、話をした中国の外交当局の最高幹部が、痛烈な皮肉を交えて話した内容の要約です。

バイデン政権が成立した際、中国政府はそれまでトランプ政権下で冷え切った米中関係が好転する兆しではないかと期待し、アラスカでサリバン大統領補佐官とブリンケン国務長官とのミーティングに臨みましたが、ふたを開けてみたら、頭ごなしに“中国がすべきこと”を一方的に押し付けられただけで、協力というよりは命令に聞こえ、「とてもじゃないが、付き合いきれない」と感じたそうです。

その後、同じような感情と反応は、インド政府を激怒させ、グローバルサウスの国々のアメリカ離れを加速させることになりました。

その要因は一方的に頭ごなしに他国がすべきことを押し付ける姿勢にもありますが、いろいろな意見を集めて整理してみると、【アメリカも欧州の国々もリーダー面しても、世界をどうしたいのかという長期的なビジョンであるグランドデザインを描いていないこと】が各国を失望させていることがあります。

ただこれは欧米諸国に限ったことではなく、日本もそうですし、欧米を非難するグローバルサウスの国々も同じことです。

国際協調を基盤に成り立っていたリベラルな国際秩序はすでに崩壊し、各国はそれぞれの利害に基づいた実利主義に傾倒した外交と交流を行うようになったことで、まとまりが無くなったという印象を受けています。

その結果が、今、私たちが見ているロシアとウクライナの戦争であり、イスラエルとハマスの終わりなき戦いと悲劇の拡大であり、そしてほかの地域で広がる終わらない紛争の激化と、多くの潜在的な紛争の種の発火だと考えます。

しかし、現在進行形で紛争当事者となっている国々・非政府組織については、“グランドデザイン”は、評価が分かれるところですが、それなりに存在し、意識されていることと思います。

キーワードは自身・自国の生存の確保です。

ウクライナについては言うまでもなく、独立主権国家としてのウクライナの存続こそがグランドデザインになると考えられます。

ロシアに占領されたクリミア半島やドンバス州を含む東南部4州の奪還(または返還)を通じた国土のintegrityの回復はもちろん追求すべきゴールですし、当然の権利だと考えますが、ロシアとウクライナの停戦を望む欧州各国とその仲間たちは、必ずしもそれを追求せず、今となっては、戦争をウクライナの領域内で止め、自国もしくは周辺国に戦火が拡大することが無いようにすることを優先しているように見受けられます。

「大ロシア帝国の再興」というプーチンのグランドデザイン

国土の保全と回復という長期的なビジョン、そしてグランドデザインを描くのであれば、もしかしたら【すでにロシアの影響下にある東南部を割譲し、中部と西部を維持すべき】とするという案も浮上します。

もちろん、現時点ではそれを受け入れることはできないでしょうし、その受け入れは、すなわちゼレンスキー大統領の求心力が無くなり、政権の打倒もしくはクーデターを誘発することに繋がりかねません。

まあ、それこそがロシア・プーチン大統領が描く“もう一つ”のウクライナ戦争(侵略)の帰結点なのだと思われます。

当のロシアはどうでしょうか?これは再三描いているように、プーチン大統領にとっては自らの手で大ロシア帝国の再興(新ソビエト連邦の建設)がグランドデザインとして存在すると思われます。

しかし、より現実的なラインであり、かつ“友好国”に提示しているビジョンでは、NATOおよび欧州各国の影響範囲を遠ざけ、コーカサス・中央アジアから追い出すというのが“あるべき姿”として示されています。

プーチン大統領は欧州各国を敵に回してでも、欧米勢力をロシアの勢力圏(Sphere of influence)には入れないという強い決意および外交安全保障上の基本ラインがあり、NATOの東進は欧米諸国の裏切りと捉えているため、ロシアの将来像としてのグランドデザインでは【欧米の影響を受けない独自の勢力圏の確立】が掲げられます。

そのためには「親欧米に舵を切ったゼレンスキー政権は打倒しなくてはならない」との確信が存在し、そのためには当初3日間もあれば実現可能と踏んでいましたが、今や“特別作戦”は2年3か月を経過し、戦略上、この戦争をのらりくらりと長期化させ(ただし、ロシア有利の状況のままで)、厭戦機運をウクライナ国内で高めて、内から政権の打倒を図り、その後は親ロシアの政権を樹立して、ロシアのコントロール下に置こうという方向にシフトしているように見えます。

いろいろと分析するとウクライナを物理的に破壊することには関心はさほどなく、ロシアの勢力圏を西に向けて拡げることに重点が置かれていますが、同時にウクライナを、東欧のNATO諸国ににらみを利かせるための前線かつロシアの勢力圏との緩衝地として用いたいという思惑が見えてきます。

西側にウクライナを挟んでプレッシャーをかけ続け、その間に北欧・東欧のNATO加盟国にちょっかいをかけて混乱を引き起こし、NATOの結束を崩すことを狙っていると思われます。

まずは“裏切り者”とロシア政府が呼ぶバルト三国に対して小規模の侵攻を行い、ある程度被害を与えたらさっと軍を撤退させることで、NATO内での議論を活発化させます。

NATOでは憲章第5条に則って対ロ宣戦布告を行うべきかどうかという議論が行われることになりますが、ロシアとの直接的な軍事衝突を恐れるNATOが全会一致で宣戦布告に流れることはなく、恐らく何ら行動できないとロシアは踏んでいると思われます。その上で、他の国々にも小規模の攻撃を加えつつ、戦争犯罪にあたるような行為を行うことで、NATO内で「NATOは結局役に立たない」という感情を引き起こし、NATOの分裂を画策することで、ロシアの国家安全保障の確保に繋がる、というのがグランドデザインでしょう(ついでにアメリカ・カナダと西欧ブロックと北東欧ブロックにNATOを分断し、北東欧ブロックにじわりじわりと圧力をかけて、ロシアの側に引き寄せようという企てもあるようです)。

絵に描いた餅と化した欧米諸国のグランドデザイン

これに対して欧米諸国は具体的な策を持ち合わせず、今後の世界をどうしたいのかというグランドデザインも持ち合わせていないように見えます。

グランドデザインが存在するとすれば、それは【自分たちの影響力の維持と拡大】【世界における経済的な利権と支配の維持】【自由という名の下のリベラルな国際秩序の回復と維持】といったものかと思いますが、その背後に隠れているそれぞれの国の利害の衝突と思惑によって、これらの“デザイン”は絵に描いた餅になっていると感じます。

またその理由は、圧倒的な武力と経済力で世界の警察官として治安維持に奔走していたアメリカがその立場と責任を捨て、かつ現実的にその能力を失っていることにあると考えられます。

それは20年にわたる駐留中に国を滅茶苦茶にして放棄したアフガニスタンとイラクの悲劇を引き起こしたことと、現在進行形のイスラエルとハマスの戦いにおいて、頑ななイスラエル擁護を行ったことで、アメリカは自己矛盾の塊であることを世界に印象付け、“国際社会における信頼性”が失墜したからと言えます。

それはNATOの加盟国間にも広がっており、アメリカも西欧諸国も“ウクライナが敗北しない程度”に支援を留める方針を変えないことを見て「自分たちの身は自分たちで守る必要がある」と感じさせて、ロシアの優位が変わらないこととロシアの脅威が拡大するにつれ、北欧諸国も東欧諸国も、そしてバルト三国も「ウクライナが敗北したら次は我が身」との恐れが高まっています。

その証拠にリトアニアやポーランド、そして新規加盟のスウェーデンはNATOの決定を待たずに有志国でのウクライナへの派兵を具体的に議論し始めているようです。

NATOや欧米各国はそれらの国の引き留めと、自由主義陣営のintegrityの維持をグランドデザインにするかもしれませんが、現実的にはその達成は困難になってきているように思いますし、本当にNATO加盟国がそれを真に望んでいるのかは不明ですので、グランドデザインは存在しないと認識しています。

ただし、「ウクライナが敗北したらどんな悪夢が世界に訪れるか?」という恐れは共通の問いとして抱えており、ロシアの勝利を許してはならないという点では団結しているようですが、その戦争も今では“ロシア対ウクライナ”というシンプルな構図ではなく、【北朝鮮・イラン・中国・ロシア】対【欧米諸国とその仲間たち(NATOプラスα)】という構図に替わっているため、対応が非常に複雑化してきています。

「もうちょっかいをかけるな」 中国が描いているグランドデザイン

そのロシアとは不可分とされ、ロシアの敗北は自国を危険なまでに孤立させるリスクを認識する中国はどのようなグランドデザインを描いているのでしょうか?

ウクライナ戦争については、正直なところあまり関心がなく介入する気は毛頭ないようですが、ロシアが世界を敵に回し、それが自国の孤立につながることが明確になっている中国にとっては、ロシアと中国は不可分な相互依存に基づく強い結束で結ばれる“友好国”という認識のようです。

ただ中国のあらゆる人たちと話しても、世界的なグランドデザインを掲げることを考えているわけではなく、【自国の体制と経済の安定化と自立性の確保】、そして【中国の国土の保全と不可侵の保障のための十分な軍事力の保持】がグランドデザインとして存在していて、周辺国への侵攻などは考えていないということです。

もちろんここには台湾という例外が含まれますが、北京の意識では、【蒋介石とその仲間たち(国民党)が共産党軍に追われ台湾にわたったが、そこにいた先住民を皆殺しにして台湾を占領し、対北京の抵抗の拠点とした“だけ”で、今の台湾人はつまり中国人であるから、何を争っているのかが理解できない】というものとのことです(あまり公には言えないけど、それが本心だとのこと)。

正しいかどうかは別として、習近平国家主席が掲げる【台湾の統一は中国にとっては核心的な関心】というのは、北京的には【習近平国家主席の下で中国全土の統治をおこなう“だけ”のことであり、中国の安定のためには、いかなる反乱分子(それは台湾やウイグルを含む)の存在を許すことはできない】という考えが、グランドデザインの基盤に存在するようです。

特にアメリカや日本と事を構える気はなく、あくまでも中国の安定のみに関心があるとのことですが、言い換えると「もう中国にちょっかいをかけないでね」ということでしょうか。すべての政策と外交方針、安全保障政策はその考えをベースに作られている、ということのようです。

ではここで一気に目を中東に向けてみたいと思います―

image by: Halinskyi Max / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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