「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.387 ★ 中国不動産市場がいよいよ危ない!住宅ローン大幅緩和など救済策も 効果なし、むしろ習近平の狙いは別にある?

2024年06月09日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年6月8日

中国不動産市場がいよいよ危ない(写真:CFoto/アフロ)

  • 中国政府が2週間ほど前に打ち出した不動産市場救済策「517房市新政」の効果が見えない。むしろ、共産党中枢に激震が走っているほど、市場の状況は悪化している。
  • 住宅ローンの大幅緩和や売れ残った不動産を大規模に買い上げるプロジェクトを打ち出したが、むしろ狙いは不動産市場の救済ではなく別にあるのではないか。
  • かつて毛沢東は地主から土地を巻き上げ農民に分け与え、権威の確立とともに経済をコントロールしようとしたが、習近平国家主席も似たような政策を考えているのかもしれない。(JBpress)

 中国経済の危険な兆候がますますはっきりしてきた。

 5月17日に中国政府が打ち出した不動産市場救済の切り札、通称「517房市新政」の評価については、専門家たちはいろいろ分析していたが、私はこれは、うまくいかないと見ている。わずか政策発表後2週間にもう失敗だと断言するのは早すぎると言われるかもしれないが、6月頭に出てきたデータについて、中南海(共産党中枢)の経済がわかる関係者たちの間には激震が走っているらしい。

 517新政策とは5月17日に国務院新聞弁公室の記者会見で発表された「不動産市場の安定的発展最適化政策に関する通知」。この発表当日、中国A株市場の不動産指数が7%以上跳ね上がるなど、一時的に期待が募った。

 中身は大まかに言って、不動産市場救済のための3つの金融政策と、最後の切り札ともいえる4つ目の政策にわけられる。

 まず住宅購入の頭金比率を引き下げた。1軒目の不動産の場合、頭金は最低15%、2軒目の不動産は25%に引き下げられた。次に不動産購入ローンの金利下限が撤廃された。また住宅積立基金ローンの金利も引き下げた。

 そして、中央銀行は3000億元を低利(1年期限1.75%、4度のロールオーバー可能)で21銀行に貸与、この資金によっておよそ5000億元の資金を地方の国有企業に流し、不動産市場にだぶついている住宅在庫を購入させ、それを保障性住宅(安価な低所得者向け住宅、公団住宅のようなもの)に転用させる大プロジェクトを推進することを発表した。

 この4つめの不動産在庫の国有企業による買い取り政策は、一種の不動産価格買い支え政策でもあり、不動産価格の暴落を食い止めるのも1つの目的と見られていた。この4つの政策をまとめて「517房市新政」と呼ばれている。

住宅ローンの条件を大幅に緩和したが…

 この政策が打ち出されてのちすでに2週間あまり。中国20省以上ですでにこの通達を受けて具体的な措置が実施されている。

 例えば広州。広州はこの通知を受けて、1軒目の住宅購入に関しては住宅ローンの金利を3.4%、2軒目も3.8%の低金利を実施。ちなみに上海、深圳は1軒目3.5%、2軒目3.9%と広州よりも若干高めに設定した。

 頭金は広州は1軒目15%、2軒目25%、上海、深圳は1軒目20%、2軒目30%。購入者の資格としては、広州は広州市民籍以外でも半年以上、広州市で社会保険を納めていれば広州の6つの区において120平方メートル以下の住宅を購入できるとした。

 これまでは社会保険を2年間納めていることが必須だったので、大幅な条件緩和となった。上海、深圳は広州より若干厳しく、社会保険を区によっては最低1〜3年納めていることが条件になっている。

不動産不況に歯止めがかからない(写真:CFoto/アフロ)

 広州、上海、深圳などいわゆる第一線都市だけでなく、注目の武漢、合肥、長沙などの第二線都市でも次々とこうした具体的措置が打ち出されていった。

 だが、こうした措置によって、市民たちが住宅購入意欲を促進されたのか、というとそうでもないことが、この2週間で判明している。

下落を続ける住宅販売

 合肥は5月末、商品住宅の売り上げが4月末に比べて8.9%も下落した。前年同期比では48.24%の下落だ。不動産の面積、軒数、面積あたりの価格いずれも前月よりも下落し、政策の効果が見えなかった。

 武漢、長沙では新築住宅に関しては売上前月比2割増しと好転しているが、前年同期比でみれば3割下落している。しかも新築に限定しており中古住宅市場を含めると、実際前月比でも住宅売り上げは落ちているという説もある。

 当局側はこのあたりを発表していないので、実際は不明なままだ。証券時報が報じたところによれば、二線三線都市の住宅平均売上では前月比6%増前年同期比34%減。南京、蘇州、重慶、福州、長春、嘉興、無錫、珠海の5月の売り上げは軒並み4月より落ちていた。このデータからは、はっきりいって517新政のポジティブな影響は読み取れないのだ。

 さらに、中国政府が奥の手として打ち出した不動産在庫の買い取り政策も、不動産市場救済にはつながるとは思えない。

 習近平の不動産バブル圧縮政策「三つのレッドライン」などで、民営大手デベロッパーが抱えている不動産在庫が売りたくても売れなくなってしまった。不動産在庫が売れなければ、民営不動産企業が抱えている未完の不動産を完成させて購入者に引き渡す「保交楼」政策を推進するための資金も調達できない。

 企業は倒産するしかなくなり、未完の野ざらし不動産「爛尾楼」ばかりが残る。

 こうした問題を解決すべく、人民銀行が3000億元規模の保障性住宅用融資基金を創設し、国有銀行21社がこの基金を利用して、国有不動産企業に融資し、国有不動産企業が住宅在庫の買い取りとそれを保障性住宅に転用して、販売あるいは賃貸住宅として運営するプロジェクトを実施する。この実行部隊は通称「国家隊(ナショナルチーム)」と呼ばれている。

 また人民銀行は都市再開発プロジェクトを支援するために5000億元の担保補完貸付制度を創設するので、総額1兆元規模のプロジェクトとなる。これは中国メディアが歴史的規模の不動産市場救済政策、と鳴り物入りで報じた。

 その成否の判断は少なくとも年末まで待つべきだという意見もあるのだが、私はこの政策は根本的に不動産市場救済策が狙いじゃない、と思う。

売れ残った住宅の買取資金がたりない

 根拠の一つはどう考えても資金が圧倒的にたりない。

 ロイターがゴールドマン・サックスのアナリストやバンク・オブ・アメリカの試算を引用して報じていたが、中国の住宅の売れ残り在庫は市場全体で13兆5000億元。5000億元で買い取れるのは「2線都市」の在庫の15%で、それもかなり楽観的な計算だ。

 中国天風証券の試算では、2024年3月段階で中国の住宅在庫は44億平方メートル、もし本気で不動産市場を活性化させたいならば、保守的な推計でも7.7億平方メートル分の在庫を減らす必要があるという。70平方メートルを1軒の不動産と考えても1100万軒の不動産を買い取るとすれば、1軒70万〜100万元前後と見積もっても、ざっくり7~8兆元から10兆元が必要だ。

 そもそも、在庫買い取り価格をいくらに設定すれば、合理的な買い取り価格といえるのか。本来、モノの価格は市場メカニズムによって決定されていくのだが、中国の不動産市場はすでに市場メカニズムが機能していない。とすると、買い取り住宅の価格は党と政府の都合によって決められるのだ。

改革開放路線からの「逆走」

 習近平がこの10年進めてきた経済政策を振り返ると、はっきり言えることは習近平のめざすところは改革開放路線のからの逆走だ。

 鄧小平が掲げた中国の特色ある社会主義経済とは、公有制を基本としながらも私有経済を拡大する方向性だった。民営企業が発展し市場経済が拡大し、市場経済ルールという共通ルールによって中国経済はグローバル経済とつながっていった。

 だが、習近平体制になり、国際資本とつながる民営企業家や民営企業家とつながる習近平の政敵の紅二代(共産党元老たちのファミリーら)政治家や官僚らの力が増大し、習近平が自らの独裁維持にとって脅威と感じるようになったため、民営企業家や紅二代資本家の影響力を圧縮する方向に政策を転換していった。それが「国進民退」と呼ばれる民営企業への規制強化と主要産業の国有化推進だ。

 今回の不動産在庫買取政策は、市場救済のふりをしながら、2020年以降の不動産バブル圧縮政策で瀕死の民営不動産企業から、その資産を買いたたき、接収するのが目的ではないか。ねらいは毛沢東が行った血なまぐさい土地改革と同じだ。

中国・習近平国家主席の狙いは別にある?(写真:ロイター/アフロ)

 地主から土地を収奪して農民に分け与えて農民の圧倒的支持を得て、権威を確立すると同時に、民営経済をつぶして経済を党が完全にコントロールするようにする。

 民営企業から買い叩いて取得した住宅在庫は、低層の庶民に安価な保障性住宅に転換して提供し、党と習近平は人民からの支持、求心力を得て、習近平独裁を安定させることができる、というわけだ。

 そう考えると、517新政は不動産市場救済策ではなく、不動産市場の脱市場化、市場潰しだ。あるいは不動産産業の国有化政策であり、これまでの社会主義回帰政策をさらに加速させるものだといえるのではないか。

「中国経済崩壊」が現実に

 こうした習近平政権の方向性を人民は見越しているので、たとえ頭金比率が下がり、住宅ローンの金利が低くなっても、住宅を買おうという気分にならないのだ。経済全体が社会主義化していけば、私有財産の保障はますます危うくなり、不動産価格も下がりこそすれ、上がることはない。

 富裕層は奪われる側で、持たざるものが奪う、造反有理の時代に戻るのではないか。

 もし私の予感が当たっていれば、この政策は、改革開放時代の完全な終わりをつげ、米国にならって形成されてきた中国の銀行システムも瓦解していく。中国の私有経済、市場経済はいったん機能不全に陥るかもしれない。
 
 さらに気になるのは、中国の銀行における人民の預金総額が最近、急激に減少していることだ。4月の金融統計データによれば、中国の預金総額が4月末、291.59兆元で、4月の1カ月だけで4兆元減少したのだ。

 そのうち1.85兆元が人民個人預金だった。中国当局側はこれは季節的な変動であり、6月にはまた増えると説明していたが、多くのチャイナウォッチャーたちは、失業者が増えたことや電気水道ガス、食品などの生活必需品が値上がりしたことで、生活のための預金の切り崩しが増えたのではないか、あるいは富裕層の海外への資金移動がひそかに進んでいるのではないか、とみている。

 不動産市場も株式市場も下落しているのだから、預金はそちらに流れていない。

「中国経済崩壊」といったタイトルがついた書籍は、私も過去に書いたことがあるが、実際、どういう形で崩壊するのかは具体的にイメージできていなかった。せいぜい、日本のバブル崩壊のより大規模なものが起きるという想像をしていたくらいだ。

 だが、これから起きうるのは不動産バブル崩壊のような資本主義経済が何度となく経験してきた経済危機ではなく、市場経済や米国式金融、資本主義経済の常識そのものを崩壊させるようなものなのかもしれない。

福島 香織(ふくしま・かおり):

ジャーナリスト。大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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