ウィーン・フォルクスオーパー 日本公演 2012
3幕のオペレッタ『メリー・ウィドウ』レハール作曲
VOLKSOPER WIEN in Japan 2012 / Die lustige Witwe
2012年5月25日(金)18:30~ 東京文化会館・大ホール E席 5階 R1列 18番 13,000円
指 揮: エンリコ・ドヴィコ
管弦楽: ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団
合 唱: ウィーン・フォルクスオーパー合唱団
バレエ: ウィーン国立バレエ団
演出・美術: マルコ・アルトゥーロ・マレッリ
演出補: エンリコ・デ・フェオ
衣 装: ダグマール・ニーフィント
振 付: レナート・ザネッラ
合唱指揮: トーマス・ベトヒャー
【出演】
ミルコ・ツェータ: アンドレアス・ダウム(バス)
ヴァラシエンヌ: マルティナ・ドラーク(ソプラノ)
ハンナ・グラヴァリ: アレクサンドラ・ラインプレヒト(ソプラノ)
ダニロ・ダニロヴィッチ: マルコ・ディ・サピア(バリトン)
カミーユ・ド・ロション: ヴィンセント・シルマッハー(テノール)
カスカーダ子爵: ミヒャエル・ハヴリチェク(バリトン)
ラウル・ド・サン・ブリオッュ: ロマン・マルティン(テノール)
ボグダノヴィッチ: ヨアヒム・モーザー(テノール)
シルヴィアーヌ: リディア・ペスキ(ソプラノ)
クロモウ: マルティン・ヴィンクラー(バス・バリトン)
オルガ: ベアーテ・リッター(ソプラノ)
プリチッチ: ハインツ・フィツカ(バス)
プラスコヴィア: スーリエ・ジラルディ(メゾ・ソプラノ)
ニェーグシュ: ロベルト・マイヤー(俳優/ウィーン・フォルクスオーパー監督)
5月12日に続いてウィーン・フォルクス・オーパーの来日公演で、今日は『メリー・ウィドウ』を観る。今回の来日公演では、ヨハン・シュトラウスIIの『こうもり』が4回、ニコライの『ウィンザーの陽気な女房たち』が3回、そしてレハールの『メリー・ウィドウ』が4回、合わせて11公演が組まれていて、リハーサルや休暇を含めれば、かなりの長期滞在になる。海外から来るアーティストやスタッフの皆さんとしては、いまの日本に長くは居たくないのはわかるような気がする。これも風評被害(?)。確かに今年はオペラの引っ越し公演が少ない。昨年は震災の後、来てくれた劇場、キャンセルになった劇場、と各国、各団体の温度差が見られたが、今年は震災後に新たな契約がなされないらしく、かなり早い段階から決まっていた、ウィーン・フォルクス・オーパーとウィーン国立歌劇場以外には、大物歌劇場の引っ越し公演がないのが、ファンとしては非常に残念である。というわけで、今年は国内団体のものも含めて、オペラを観る回数が少なくなりそうだ。今日は、その数少ない公演のひとつ。『メリー・ウイドウ』は大好きなオペレッタなので、東京で公演がある時は、できれば見に行きたい演目のひとつ。およそ人間の精神において、負の要素をまったく持たない、バカバカしいくらい楽しい作品だ。だから、この演目の時は、素直に楽しめば良い。誰の歌が上手かったの、誰の声が出ていなかったの、演出がどうの、衣装がどうの、と批評家めいた視点で観賞するのはナンセンスの極み。理屈抜きで楽しんだ方が、良いに決まっている。
今回持ち込まれたのは、マルコ・アルトゥーロ・マレッリさんによる新演出(2011年5月初演)。とくに舞台装置・美術面のセンスが良く、いかにも現代的な洗練されたもので、女性たちの美しい衣装とともに、華やかな舞台を作っていた。大道具などの舞台装置は、3幕を通しての使い回しであるにもかかわらず、安っぽく見せないところが心憎い。20世紀初頭のパリが物語の舞台となっているはずだが、そのようにリアルな物語性は描き出さずに、ある意味で抽象化された構造物と、逆にリアルに時代っぽさを出した衣装とのマッチングが洗練されていて、実に現代的なオペレッタを作り上げていた。また主人公たちによる物語の展開とは直接関係しない舞踏シーンなども、ウィーン国立バレエ団の皆さんの優雅な動きがとても素敵で、一糸乱れぬ踊り…ではなかったのするところが、いかにもオペレッタ的で楽しい。こういうところのクオリティの高さ、遊び心の素直な表現が見事で、観ていると自然に頬が緩んでくる。おそらくはキチンと計算されている演出と、出演者たちの豊富な経験がうまく噛み合っているのだろう。観ているだけで楽しいし、何度観たかわからないような『メリー・ウィドウ』でも、初めて観るような楽しさがいっぱいの演出だ。
ついでだが、今日の公演では、3幕のオペレッタを第1幕・第2幕を続けて上演し、第2幕の真ん中、男性歌手陣が歌う「女・女・女のマーチ」の後で休憩が入った(つまり休憩1回)。当然休憩後は突然、タイムラグのない場面、女性歌手陣が歌う「男・男・男のマーチ」(?)から始まる。これも舞台装置を3幕を通して使い回しているから可能なことになっている。
音楽面もまた素晴らしい。エンリコ・ドヴィコさんの指揮は、全体的には軽快なテンポを保ち、イケイケの感じが楽しさを煽る。もともとが台詞部分が多いだけに、音楽が鳴った時にはキビキビと快調な演奏。それがウィーン風の優雅な音色で飛び出してくるから、もうたまらない。ところどころのポイントでは、テンポをグッと落としてから徐々に上げて行き、盛り上げ方も堂に入っている。こういうのを名曲というのだろうか…。この『メリー・ウィドウ』に出てくる曲は、どれも解りやすく親しみやすい。それが色々な場面で繰り返し使われているから、一度観た聴だけですべての曲を覚えてしまえるほどだ。だから音楽的には曲がアタマにこびりついているだけに、軽快なテンポ感が求められるのだろう。
またオーケストラがとても良かった。ヴァイオリンのソロが甘~い音色で歌ったり、ホルンが何気なく上手かったりと、ごく自然で、まったく違和感なく演奏されていたのがことのほか素晴らしい。技術的に上手いという感じなのではなく、アンサンブルが多少乱れようともビクともしない、日常的な落ち着き。さすがにこの味わいは、他のどんな一流の劇場でも出ないに違いない。ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団ならではのものだ。
ハンナ(左)とダニロ。酔っぱらって寝ぼけているダニロだが、脚を触っただけてハンナだとわかる、お馴染みのシーン(公演プログラムから)。
歌手陣はといえば、恐らく皆さん劇場との専属契約を結んでいる方々で、オーストリアとドイツを中心にヨーロッパ各国の出身だが、平均的な上手さを持っているといった印象だ。その辺りもいかにもオペレッタ的であり、スター歌手が技量を競い合うのではなく(もちろんそれも魅力のひとつではあるが)、専属歌手同士の和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。会話のスピード感とか、演技のタイミングとか、合唱の音量とか、すべてがうまく回っている感じだ。出演者それぞれの歌唱も、誰かが群を抜いていることもなく、平均的に、皆さん普通に上手い。この普通に上手いというのが、意外にあまりお目にかかれないことなのだ。おそらくウィーンでの感覚は、「○○さんが出るから観に行こう」という発想ではなく、「『メリー・ウィドウ』を演っているから観に行こう」という感覚で、いつ行っても平均以上のものを聴かせてくれる、そんな劇場なのだと思う。
また『こうもり』にも出演していた劇場の監督、ロベルト・マイヤーさんが歌わないニェーグシュ役で、ほぼ出ずっぱり。このトボケた役を監督自身が「ロロ、ドド、シュシュ~」と歌まで交えて、大いに楽しませてくれた。終演後のカーテンコールの時にはステージから抜け出し、ちゃっかりピットの指揮台にのぼって、最後の部分のアンコールを指揮するというお馴染みの(?)場面も拍手大喝采である。
中央がロベルト・マイヤー監督(公演プログラムより)。
やはり今日の『メリー・ウィドウ』も、期待していた通りの上質な上演で、大満足であった。『こうもり』と『メリー・ウィドウ』は日本でもしばしば上演される2大オペレッタだが、今回、ウィーン・フォルクスオーパーの来日公演でこの2演目を一度に楽しむことができたのは嬉しい限りだ。最近少々財政難のため、両方とも5階席での観賞となってしまったが、ドタバタ喜劇のオペレッタとはいっても、クオリティの高い上演に、あらためて本場物の素晴らしさを見せていただいたという思いである。遠い席からでは、出演者たちの表情までは読み取ることはできなかったが、(本当は一所懸命やっているのだとは思うが)楽しみながら歌って踊って演じている雰囲気が観ている私たちにも伝わって来て、帰り道は皆が笑顔…。とても素敵な週末であった。
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3幕のオペレッタ『メリー・ウィドウ』レハール作曲
VOLKSOPER WIEN in Japan 2012 / Die lustige Witwe
2012年5月25日(金)18:30~ 東京文化会館・大ホール E席 5階 R1列 18番 13,000円
指 揮: エンリコ・ドヴィコ
管弦楽: ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団
合 唱: ウィーン・フォルクスオーパー合唱団
バレエ: ウィーン国立バレエ団
演出・美術: マルコ・アルトゥーロ・マレッリ
演出補: エンリコ・デ・フェオ
衣 装: ダグマール・ニーフィント
振 付: レナート・ザネッラ
合唱指揮: トーマス・ベトヒャー
【出演】
ミルコ・ツェータ: アンドレアス・ダウム(バス)
ヴァラシエンヌ: マルティナ・ドラーク(ソプラノ)
ハンナ・グラヴァリ: アレクサンドラ・ラインプレヒト(ソプラノ)
ダニロ・ダニロヴィッチ: マルコ・ディ・サピア(バリトン)
カミーユ・ド・ロション: ヴィンセント・シルマッハー(テノール)
カスカーダ子爵: ミヒャエル・ハヴリチェク(バリトン)
ラウル・ド・サン・ブリオッュ: ロマン・マルティン(テノール)
ボグダノヴィッチ: ヨアヒム・モーザー(テノール)
シルヴィアーヌ: リディア・ペスキ(ソプラノ)
クロモウ: マルティン・ヴィンクラー(バス・バリトン)
オルガ: ベアーテ・リッター(ソプラノ)
プリチッチ: ハインツ・フィツカ(バス)
プラスコヴィア: スーリエ・ジラルディ(メゾ・ソプラノ)
ニェーグシュ: ロベルト・マイヤー(俳優/ウィーン・フォルクスオーパー監督)
5月12日に続いてウィーン・フォルクス・オーパーの来日公演で、今日は『メリー・ウィドウ』を観る。今回の来日公演では、ヨハン・シュトラウスIIの『こうもり』が4回、ニコライの『ウィンザーの陽気な女房たち』が3回、そしてレハールの『メリー・ウィドウ』が4回、合わせて11公演が組まれていて、リハーサルや休暇を含めれば、かなりの長期滞在になる。海外から来るアーティストやスタッフの皆さんとしては、いまの日本に長くは居たくないのはわかるような気がする。これも風評被害(?)。確かに今年はオペラの引っ越し公演が少ない。昨年は震災の後、来てくれた劇場、キャンセルになった劇場、と各国、各団体の温度差が見られたが、今年は震災後に新たな契約がなされないらしく、かなり早い段階から決まっていた、ウィーン・フォルクス・オーパーとウィーン国立歌劇場以外には、大物歌劇場の引っ越し公演がないのが、ファンとしては非常に残念である。というわけで、今年は国内団体のものも含めて、オペラを観る回数が少なくなりそうだ。今日は、その数少ない公演のひとつ。『メリー・ウイドウ』は大好きなオペレッタなので、東京で公演がある時は、できれば見に行きたい演目のひとつ。およそ人間の精神において、負の要素をまったく持たない、バカバカしいくらい楽しい作品だ。だから、この演目の時は、素直に楽しめば良い。誰の歌が上手かったの、誰の声が出ていなかったの、演出がどうの、衣装がどうの、と批評家めいた視点で観賞するのはナンセンスの極み。理屈抜きで楽しんだ方が、良いに決まっている。
今回持ち込まれたのは、マルコ・アルトゥーロ・マレッリさんによる新演出(2011年5月初演)。とくに舞台装置・美術面のセンスが良く、いかにも現代的な洗練されたもので、女性たちの美しい衣装とともに、華やかな舞台を作っていた。大道具などの舞台装置は、3幕を通しての使い回しであるにもかかわらず、安っぽく見せないところが心憎い。20世紀初頭のパリが物語の舞台となっているはずだが、そのようにリアルな物語性は描き出さずに、ある意味で抽象化された構造物と、逆にリアルに時代っぽさを出した衣装とのマッチングが洗練されていて、実に現代的なオペレッタを作り上げていた。また主人公たちによる物語の展開とは直接関係しない舞踏シーンなども、ウィーン国立バレエ団の皆さんの優雅な動きがとても素敵で、一糸乱れぬ踊り…ではなかったのするところが、いかにもオペレッタ的で楽しい。こういうところのクオリティの高さ、遊び心の素直な表現が見事で、観ていると自然に頬が緩んでくる。おそらくはキチンと計算されている演出と、出演者たちの豊富な経験がうまく噛み合っているのだろう。観ているだけで楽しいし、何度観たかわからないような『メリー・ウィドウ』でも、初めて観るような楽しさがいっぱいの演出だ。
ついでだが、今日の公演では、3幕のオペレッタを第1幕・第2幕を続けて上演し、第2幕の真ん中、男性歌手陣が歌う「女・女・女のマーチ」の後で休憩が入った(つまり休憩1回)。当然休憩後は突然、タイムラグのない場面、女性歌手陣が歌う「男・男・男のマーチ」(?)から始まる。これも舞台装置を3幕を通して使い回しているから可能なことになっている。
音楽面もまた素晴らしい。エンリコ・ドヴィコさんの指揮は、全体的には軽快なテンポを保ち、イケイケの感じが楽しさを煽る。もともとが台詞部分が多いだけに、音楽が鳴った時にはキビキビと快調な演奏。それがウィーン風の優雅な音色で飛び出してくるから、もうたまらない。ところどころのポイントでは、テンポをグッと落としてから徐々に上げて行き、盛り上げ方も堂に入っている。こういうのを名曲というのだろうか…。この『メリー・ウィドウ』に出てくる曲は、どれも解りやすく親しみやすい。それが色々な場面で繰り返し使われているから、一度観た聴だけですべての曲を覚えてしまえるほどだ。だから音楽的には曲がアタマにこびりついているだけに、軽快なテンポ感が求められるのだろう。
またオーケストラがとても良かった。ヴァイオリンのソロが甘~い音色で歌ったり、ホルンが何気なく上手かったりと、ごく自然で、まったく違和感なく演奏されていたのがことのほか素晴らしい。技術的に上手いという感じなのではなく、アンサンブルが多少乱れようともビクともしない、日常的な落ち着き。さすがにこの味わいは、他のどんな一流の劇場でも出ないに違いない。ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団ならではのものだ。
ハンナ(左)とダニロ。酔っぱらって寝ぼけているダニロだが、脚を触っただけてハンナだとわかる、お馴染みのシーン(公演プログラムから)。
歌手陣はといえば、恐らく皆さん劇場との専属契約を結んでいる方々で、オーストリアとドイツを中心にヨーロッパ各国の出身だが、平均的な上手さを持っているといった印象だ。その辺りもいかにもオペレッタ的であり、スター歌手が技量を競い合うのではなく(もちろんそれも魅力のひとつではあるが)、専属歌手同士の和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。会話のスピード感とか、演技のタイミングとか、合唱の音量とか、すべてがうまく回っている感じだ。出演者それぞれの歌唱も、誰かが群を抜いていることもなく、平均的に、皆さん普通に上手い。この普通に上手いというのが、意外にあまりお目にかかれないことなのだ。おそらくウィーンでの感覚は、「○○さんが出るから観に行こう」という発想ではなく、「『メリー・ウィドウ』を演っているから観に行こう」という感覚で、いつ行っても平均以上のものを聴かせてくれる、そんな劇場なのだと思う。
また『こうもり』にも出演していた劇場の監督、ロベルト・マイヤーさんが歌わないニェーグシュ役で、ほぼ出ずっぱり。このトボケた役を監督自身が「ロロ、ドド、シュシュ~」と歌まで交えて、大いに楽しませてくれた。終演後のカーテンコールの時にはステージから抜け出し、ちゃっかりピットの指揮台にのぼって、最後の部分のアンコールを指揮するというお馴染みの(?)場面も拍手大喝采である。
中央がロベルト・マイヤー監督(公演プログラムより)。
やはり今日の『メリー・ウィドウ』も、期待していた通りの上質な上演で、大満足であった。『こうもり』と『メリー・ウィドウ』は日本でもしばしば上演される2大オペレッタだが、今回、ウィーン・フォルクスオーパーの来日公演でこの2演目を一度に楽しむことができたのは嬉しい限りだ。最近少々財政難のため、両方とも5階席での観賞となってしまったが、ドタバタ喜劇のオペレッタとはいっても、クオリティの高い上演に、あらためて本場物の素晴らしさを見せていただいたという思いである。遠い席からでは、出演者たちの表情までは読み取ることはできなかったが、(本当は一所懸命やっているのだとは思うが)楽しみながら歌って踊って演じている雰囲気が観ている私たちにも伝わって来て、帰り道は皆が笑顔…。とても素敵な週末であった。
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