Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/29(水)紀尾井ニューアーティストシリーズ/深澤麻里/人肌の豊かな音色ヴィオラを堪能

2010年09月30日 00時46分47秒 | クラシックコンサート
紀尾井ニューアーティストシリーズ 第20回 深澤麻里(ヴィオラ)

2010年9月29日(水)19:00~ 紀尾井ホール 
ヴィオラ: 深澤麻里
メゾ・ソプラノ: 坂上賀奈子
ピアノ: 鈴木慎崇(当初発表されていた草冬香より変更)
【曲目】J.S.バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第2番ニ短調BWV1008
    シューマン: アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70
    ヒンデミット: 無伴奏ヴィオラ・ソナタ 作品11-5 より“パッサカリア”
    ブラームス: アルトのための二つの歌 作品91
    武満徹: 鳥が道に降りてきた
    ブラームス: ヴィオラ・ソナタ 第1番 作品120-1
    《アンコール》アーン:「クロノスに」

 ヴィオラという楽器はどうしても地味な印象が強い。オーケストラの中にあっても、あまり目立つ存在ではないし、主たる旋律を演奏する機会が少ないなど、どうしても埋没してしまいがちである。私はしばしば最前列の席でオーケストラのコンサートを聴くことがあり、席が右寄りの時に目の前がヴィオラ・パートになることがある。そのような時だけ、ヴィオラ特有の落ち着いた音色を聴くことができ、じっくり聴くと良いものだなァ、と思っていた。
 ヴィオラの音域は人の声に近く安らぎを感じるのである。ヴァイオリンはソプラノ。チェロはバリトン。そしてヴィオラはいわばアルト。無理をしていない自然さがあり、人の感性に同調する音域と音色が、妙な安心感をもたらすのだ。
 今日は、新日鐵/紀尾井ホールが提供するニュー・アーティスト・シリーズの第20回で、深澤麻里さんによるヴィオラのリサイタルである。ヴィオラだけをまとめて聴ける機会は滅多にないので、ある意味、興味津々で待ちわびていたのである。深澤さんは、現在東京藝術大学の大学院生で、これまでに第1回東京国際ヴィオラコンクール(2009年)のセミファイナリスト(第1次審査通過の10 名に入る)をはじめ、すでに演奏活動に入っている、将来有望なヴィオリストだという。といっても、もちろん彼女を聴くのも初めてではあるし、ヴァイオリンと違ってソロの曲を聴く機会もなかったので、珍しい体験でもあるし、非常に楽しみであった。

 1曲目、J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲 第2番ニ短調BWV1008」はいうまでもなくチェロのための曲で、これをヴィオラで演奏するというもの。「前奏曲」「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」「メヌエットI・II」そして「ジーグ」という組曲の構成になっている。チェロのように低音に深みがないだけに、聴いていてもやはり「中庸」をいく印象の演奏になる。深澤さんの演奏は非常に丁寧で、すべての音符を正確に、均質な音に変えて行く。とくに重音の美しさが印象に残った。
 2曲目、シューマンの「 アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70」はもとはホルンとピアノのための室内楽曲で、チェロ版もあり、今日はそれをヴィオラで演奏するというもの。「アダージョ」は優雅で叙情的な美しい旋律が続く曲で、ロマン主義的な煌びやかさのあるピアノの伴奏に乗る、深澤さんのヴィオラの伸びやかで柔らかな音質がぴったりのロマン溢れる演奏だった。「アレグロ」は快活な曲想になり、やはり明るい音色がぴったり合っている。
 3曲目、ヒンデミットの「無伴奏ヴィオラ・ソナタ 作品11-5 より“パッサカリア”」。ここで初めてヴィオラのために書かれた曲が登場。ヒンデミット自信がヴィオラ奏者だったこともあり、ヴィオラの特質を生かした現代曲(1920年)だ。曖昧な調性とリズムがもたらす抽象的な音楽世界に、柔らかくのんびりとしたヴィオラの音色との対比が面白い。深澤さんは、とても素直に演奏している印象なので聴きやすい。音程やリズムの正確さなど、技巧的にはまったく問題ない演奏だが、ちょっと優等生的だったかもしれない。
 それにしても前半の3曲だけで、バロック、ロマン派、現代と、全く異なる世界を一つの楽器で描き分け、それぞれの特性を十分に発揮していたのはお見事だった。

 休憩をはさんで4曲目、ブラームスの「アルトのための二つの歌 作品91」は、とても珍しい組み合わせ、アルト独唱とヴィオラとピアノのための曲。ゲストの坂上賀奈子さん(メゾ・ソプラノ)との共演で2曲を演奏した。アルトの音域はヴィオラと同様に、人間の普通の声域に近く、自然の息遣いと調和する響きを持っている。初めて聴く曲だったので詳しくは分からないが、女声アルトとヴィオラの掛け合いが、ごく自然にマッチしていたのは感動ものだった。

 5曲目、武満徹の「鳥が道に降りてきた」はヴィオラとピアノのための曲。具象的な標題が付いているが、現代的な曲想は、やや靄のかかった情景描写のよう。いろいろな鳥が登場してくるのが靄ごしでよく見えないような…。やや混沌とした夢幻的な響きの曲だ。バラバラに分散されたヴィオラの音に、妙に自然な空気感があって、とても面白く聴くことができた。素敵な曲で,素敵な演奏だったと思う。
 最後はブラームスの「ヴィオラ・ソナタ 第1番 作品120-1」。この曲はクラリネットまたはヴィオラとピアノのためのソナタというちょっと変わった設定の曲で、ブラームスの最後の器楽曲とのことだ。ヴィオラのソナタとしては有名な曲(らしい)。4つの楽章で構成されたどうどうたるソナタである。情熱的な曲想といいつつも、ブラームス特有の内省的な憂いがたっぷりと含まれており、こひでも中間的なヴィオラの音色がよく似合う。深澤さんのヴィオラは、丁寧かつ正確に演奏されていて、暖かみのある音色もとても美しく瑞々しい。(素人的な印象にすぎないが)やや教科書的だったような気もするが、素晴らしい演奏であったことは間違いない。

 こうして聴いてみると、ヴィオラ・リサイタルとしてはかなりスタンダードな選曲らしかった(私が知らないだけ)。全体を通じて感じた深澤さんの印象は、優しくてたおやかな音色だったこと。まろやかでほのぼのとした気持ちにさせてくれる、非常に心地良い演奏であった。ヴァイオリンのように超絶技巧を要求される曲目でもなく、完全に表現力重視型のプログラムの中で、一貫して「体温」を感じさせる暖かみのある音色か耳に残って離れない。とてもキレイな音で、ヴィオラの素晴らしさを感じさせてくれたことにはBrava!!を送りたい。ただ、まだお若くて将来有望なだけに、一言付け加えさせていただくとするならば、もう少し、個性を、深澤さんにしかできない演奏を(それがどのようなものなのかは分からないが)目指して欲しい。同世代のヴァイオリニストには個性的な人がいっぱいいますよ。

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9/25(土)読響みなとみらい名曲/イェウン・チェの「メンデルスゾーンVn協」と小泉和裕の「悲愴」

2010年09月27日 00時37分08秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 みなとみらいホリデー名曲シリーズ

9月25日(土)14:00~ 横浜みなとみらいホール A席 1階 3列 16番 7,000円
指 揮: 小泉和裕
ヴァイオリン: イェウン・チェ Ye-Eun Choi
管弦楽: 読売日本交響楽団
【曲目】ベルリオーズ: 序曲「海賊」作品21
    メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
    チャイコフスキー: 交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

 今年の5月に「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010」で韓国の若手ヴァイオリニスト、イェウン・チェさんのメンデルスゾーンの協奏曲を聴いた。その時はあの音楽祭ではおなじみのドミトリー・リスさんの指揮とウラル・フィルハーモニー管弦楽団との共演だった。演奏は期待以上に素晴らしく、強く印象に残ったので、ぜひ別の機会にも聴いてみたいと思っていたところ、読響の名曲シリーズ(東京芸術劇場とみなとみらいホール)で同じメンデルスゾーンを弾くというので、今日のコンサートに足を運ぶこととなった。また、小泉和裕さんも今年の5月に都響を聴いて以来である。

 1曲目はベルリオーズの序曲「海賊」。5月の都響でも小泉さんの指揮でこの曲を聴いた。といっても今日で聴くのは2回目。小泉さんのこだわり選曲である。曲の冒頭から弦楽の早いパッセージが繰り返される。まだオーケストラが暖まっていないコンサート序曲としては、厳しい曲かもしれないが、さすがは読響。完璧とまではいかなくても(最初はわずかに音に濁りがあったが、すぐに修正された)素晴らしい集中力でアンサンブルを合わせてくる。小泉さんは軽快なテンポで直線的に音楽を作っていくが、劇的な要素もあり、ダイナミックな構成となっていた。金管楽器のフォルテに負けないだけのパワーが弦楽器にあるのが嬉しい。いかにもロマン派という美しい旋律を、キビキビとしたオーケストラ・ドライブで描き出していく。コンサートへの期待感を高める役割の序曲の演奏としては、十分に効果的だったし、素晴らしい演奏だと思ったが、聴衆の反応はイマイチだった。

 2曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。言わずと知れた名曲中の名曲であるために聴く機会も多く、クラシック音楽ファンでは知らない人はいないという曲だけに、演奏家に対する評価も厳しくなりがちである。今日のイェウン・チェさんはどうだろうか。
 第1楽章の冒頭からオーケストラがやや大きめの音量で始まり、ソロ・ヴァイオリンの主題が乗ってくる。やや硬めの音質ではあるが、曲の流れは淀みなく、リズム感も良い。初めはやや線の細い印象があったが、徐々にパワーアップしてきて、オーケストラとのバランスが同等になり、小泉さんのオーケストラ・ドライブがテンポきっちり刻んでいくため、両者が一体となって推進力のある演奏になった。その中で、かなりアグレッシブな突っ込みの鋭い部分があり、メリハリの効いた演奏になっていく。終盤のカデンツァに入りヴァイオリンのソロににると、一転してのびのびと自由に歌い出した。豊かな叙情性と的確な音程、硬質な音色の中にも艶があり、存在感を発揮する演奏になった。
 つなぎのファゴットが微妙なニュアンスを付けて巧いなあと思いつつ、続く第2楽章もかなり早いテンポで突き進んでゆく。このテンポ設定はソリストの意向なのか、指揮者のものなのだろうか。本来は、叙情的にたっぷりと歌わせる楽章だけに、さすがにもう少し遅い方が良かったのではないかと、個人的には感じた。しかし捉えようによっては、早いテンポでサラリと進めていくと、まるで別の曲のようではあるが、それはそれで美しい旋律がフレッシュに生き生きとしてくるのだ。なるほど、楽曲の解釈の違いによって、こうも変わるものかと感心する一方で、このような若さが溢れるような演奏も意外に良いかもしれないと、新しい発見をした次第である。
 第3楽章に入っても、テンポが早いのには変わりはなかった。ソロ・ヴァイオリンの初代提示は、初めは軽快でスピード感があるものだったが、次第に攻撃的な面を見せるようになり、中盤から終盤にかけては、掛け合いの鋭さが高い緊張感を保ちつつ、一気に爆発的なエンディングへと突っ走っていった。硬めの音質がアグレッシブな演奏に良く合っていて、ダイナミックレンジの広オーケストラとのぶつかり合う部分と響き合う部分が交互に現れてドラマティックな演奏となった。
 曲を全体的に見てみると、早めのテンポでグイグイと押してゆくオーケストラに対して、負けないヴァイオリン、逆に突っ込んで煽るような部分も随所に見られ、アグレッシブでパッションのある演奏だったといえる。これは韓国風(?)なのだろうか、日本人の演奏家にはあまり見られないタイプかもしれない。キョン=ファ・チョンやサラ・チャンとの共通点もいくらか感じられた。技巧的にはもっともっと巧くなる要素はあるかもしれないが、熱情を迸らせるような演奏のスタイルもまた彼女の魅力ではないだろうか。
 ところが会場の反応はというと、意外に冷静に受け止めているような雰囲気で、今ひとつ盛り上がらなかったが、私はとても素晴らしい演奏だと思った。今日のイェウン・チェさんは間違いなくBrava!!である。


ネットで見付けたイェウン・チェさん。エキセントリックな演奏が似合うステキな表情ですね。

 休憩を挟んで後半はチャイコフスキーの「悲愴」。偶然だが先週、日本フィルでチャイコフスキーの交響曲第5番を聴いているので、ついつい比較してしまった。
 第1楽章。やはり交響曲だけ合って、先ほどのヴァイオリン協奏曲の時よりもオーケストラの音に一段と厚みがある。弦楽による第1主題の提示は、徐々に楽器と奏者が増えてくるのだが、この時の重なり合う弦の厚い響きが素晴らしい。ここでも、小泉さんはやや早めのテンポ設定で、冷徹にさえ感じる直線的な演奏を貫く。展開部の全合奏での音のダイナミズムも、迫力満点。金管楽器やティパニのフォルテにも負けない弦楽器のパワーがバランスを支えていた。
 第2楽章の5拍子のワルツ(?)も、感傷的な純音楽というよりは、あくまで舞曲であるかのごとく、正確にリズムを刻み、ここでも直線的な演奏が続いた。
 第3楽章は、スケルツォから行進曲風の盛り上がりが最高潮に達するまでのダイナミズムの変化が素晴らしい。ここでもやや早めのテンポで直線的な演奏ではあるが、音量の振幅が雄々しく、いわば縦に広がりを見せる演奏。もちろんオーケストラのバランスも見事にコントロールされていた。
 第1楽章から第3楽章までは、早めのテンポで変化を付けない直線的な演奏。あまりにも猪突猛進的だったので、あまり悲愴感が感じられなかった。だがそれは、小泉さんの意図したことだったようで、第4楽章になると一転して、あまりにも悲しく美しい旋律をこれでもかと言わんばかりに歌わせる。読響の音がキレイだ。澄んだ弦楽の音色が重厚な音の束になって、押し寄せてくる。悲哀、諦めそして苦悩を心の中から絞り出すような哀しみのオーラが、会場を支配していく。感情の流れに沿って自然に揺らされているかのようであっても、小泉さんの指揮は拍子をしっかりと刻み、アンサンブルを緩めることはなかった。緊張感の高い、その実、かなり計算され尽くされた緻密な構造を持つ、素晴らしい演奏だったと思う。スラブ系の泥臭さもなく、かといって西欧風の洗練された音楽とも違う。スコアに込められたチャイコフスキーの情念を、余計な観念を排除してストレートに音で表現することによって、むしろその本質に迫って行こうとする「解釈」だったのではないだろうか。
 第4楽章が消え入るようなPPPで終わった時、フライング気味に拍手をする人がいて、ちょっと唖然。ピアニッシモで終わる曲は、なぜピアニッシモで終わるように作られているのか、もう少し考えて欲しかった。音楽を聴き終えて、それを噛みしめて、心の中にしまい込む、そんな間合いが必要なのである。喝采することだけが賛美することではないのだから。

 その割りには、前半の協奏曲も後半の交響曲も、演奏はかなり熱情的なものだったにも関わらず、聴衆の反応は全体的にクールで盛り上がらなかった。なぜかお義理のように、聴いて、拍手して、帰って行く、といった印象だ。先週聴いた日本フィルは、私は演奏にはかなり不満を感じたが、聴衆は大絶賛。対して今日の読響は演奏は素晴らしかったのに、聴衆は×××。最近、自分の耳に自信を失いつつある(-。-;)

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9/22(水)ロイヤル・オペラ「椿姫」千秋楽は、急遽アンナ・ネトレプコが出演、夢の一夜に狂喜熱狂の渦

2010年09月23日 01時20分40秒 | 劇場でオペラ鑑賞
英国ロイヤル・オペラ来日公演2010「椿姫」最終日

2010年9月22日(水)17:00~ NHKホール プレミアム・エコノミー席 3階 C7列 45番 19,000円
指 揮: アントニオ・パッパーノ
管弦楽: ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合 唱: ロイヤル・オペラハウス合唱団
演 出: リチャード・エア
美 術: ボブ・クローリー
照 明: ジーン・カルマン
出 演: ヴィオレッタ: アンナ・ネトレプコ
    アルフレード: ジェームズ・ヴァレンティ
    父ジェルモン: サイモン・キーンリーサイド
    フローラ: カイ・リューテル
    ガストン子爵: パク・ジミン
    アンニーナ: サラ・プリング
    ドゥフォール男爵: エイドリアン・クラーク
    ドビニー侯爵: リン・チャンガン
    医師グランヴィル: リチャード・ウィーゴールド

 英国ロイヤル・オペラ来日公演の千秋楽にまた衝撃的な出来事が起こった。ただし今回は嬉しい方。何とヴィオレッタ役に急遽アンナ・ネトレプコさんが出演するという、超サプライズな事件が起こったのだ。
 ご承知のように、今回のロイヤル・オペラの来日公演で『椿姫』は波乱続きだった。来日直前にタイトルロールのアンジェラ・ゲオルギューさんのキャンセルがあり、高額チケットの投げ売り状態の中で公演が始まり、初日の神奈川県民ホールでは、代役のエルモネラ・ヤオさんがアレルギーで歌えなくなり、第1幕を終えてそのまま降板、代役の代役のアイリーン・ペレスさんが奮闘して公演を何とか成功させた。2日目はヤオさんが無事全曲を歌って事なきを得たのだが、3日目に病が再発、またまた第1幕だけで途中降板、ペレスさんの出番となった。4日目は最終日で、さすがにNBSもロイヤル・オペラ側もヴィオレッタを誰が歌うのかを決められないでいた。私はペレスさんで全曲聴きたいと思っていた。
 そして全日9/21の昼にNBSのホームページで発表された最終日のキャストは、なんとアンナ・ネトレプコさん!!! 発表によると、今回の来日ツアーで『マノン』のタイトルロールとして来日同行していたネトレプコさんは、通常は中2日あけなければ歌わないのだが、今回のロイヤル・オペラ側の要請に応じて、中1日にもかかわらず最終日だけ出演してくれることになったということだ。従って,万全のコンディションではないかもしれない。しかしながら、トラブル続き(管理不足は糾弾されてもやむを得まい)の今回の「椿姫」に関して、ロイヤル・オペラ側としては威信を賭けて、最終日だけは高額チケットに見合ったと誰でもが思える、素晴らしいキャスティングを実現してくれた。もちろん、初日~3日目までの公演に行った人には何の補償もなかったわけだが、最終日のチケットを持っていた人にとっては、まさに僥倖である。何しろ、パッパーノ指揮のロイヤル・オペラで、リチャード・エア演出の有名なプロダクションの『椿姫』で、アンナ・ネトレプコさんがヴィオレッタを歌うのだ。しかもたった1夜だけ。こうしたやり方には賛否両論あるだろうが、良くも悪くも、数多くのオペラ通っていれば、いろいろなことに出くわすことになる。こうした要素も人が演じ歌う舞台芸術である「オペラ」の一部なのだと思う。

 会場のNHKホールの入り口前に、キャスト変更の案内が張り出されていた。皆さんの反応は今回は驚愕と歓喜が入り交じっている。「え? ネトレプコだって、ラッキー!」「やっぱりホントだったんだ」などの声が聞こえる。過去の経緯を考慮せずに客観的に見れば、主演の一人がキャンセルになり、同等の代役が登場したという、ごく普通のことになるだけなのだが…。
 会場では、チューニングが終わって指揮者が登場する前に、ロイヤル・オペラの総支配人トニー・ホールさんのご挨拶。つまりまたまたキャスト変更のお詫びなのだが、「アンジェラ・ゲオルギューの代わりにアンナ・ネトレプコが出演します」とアナウンスすると会場から大拍手。これも神奈川県民ホールの時(9/12)とは大違い。やはり同等ないしそれ以上のキャスト変更なら、そこに来ている人は誰も文句は言わないものだ。結局、今日来た人はラッキーだったとしか言いようがない。

 さて、肝心のおペラの方についてだが、私の場合は、『椿姫』は今日が2日目なのでオペラそのものは体験済み。
 今日の会場はNHKホールなので、コヴェントガーデン用に製作されたコンパクトな舞台装置はここの幅広いステージだと、中央にちょこんと集まっている感じ。3階の遠くの席から見るとなおさらである。

 パッパーノさんの指揮は冒頭から緊張感が漂う。前奏曲のヴァイオリンの不協和音が切なくも美しい。
 幕が上がり、第1幕のヴィオレッタの館、夜会の場。オーケストラが初めからダイナミックにドライブされ、物語の中にグイグイ引き込んで行く力がある演奏だ。ネトレプコさんの第一声、“Flora,amici~”と歌い出すと満場の視線が白いドレスに集一気に集まる気配。やはりこの人の存在感は誰にも代えることのできない独自のオーラを放っている。「乾杯の歌」はアルフレード役のジェームズ・ヴァレンティさんがちょっと緊張気味(?)で声量が足りない。まあ、このシーンではアルフレードも緊張しているはずだから良いのだが…、と思っていたら、この人最後まで変わらなかった。椿の花を受け渡すシーンまでのネトレプコさんとの二重唱になると、完全に声量で負けてしまうし、イタリア語の発音がイマイチで聞き取りにくい。少々力量不足であったのが残念。それにしても、ネトレプコそんの歌唱力は圧倒的だ。ちょっと鼻にかかったようなセクシーな(?)声だが、声そのものはとてもキレイで濁りがない。しかも芯が強い声で、超高音まで均等に、息長く歌える。装飾音符も正確にサラリと軽くこなし,技巧的にも完璧だ。現代のディーヴァ、世界最高峰のソプラノのひとりであることは間違いない。


 第1幕の後半は、言わずと知れたヴィオレッタの一人舞台。「E Strano!…」で始まるシェーナでは、その豊かな声量で力強い美声をNHKホールに響き渡らせた。一転してアリア「ああ、そはかの人か」では声量をぐっと抑えて、愛に戸惑う女心のアヤをしっとりと表現していく。最後に超高音の装飾を挿入し、技を聴かせていた。続く「Follie!…」で始まるシェーナの駆け巡る装飾的歌唱の見事なこと。ひとつひとつの音符が正確に、しかも高速なレガートが美しい。「花から花へ」では爆発的な歌唱から心象表現に至る弱音までの対比が見事で、感情移入された表現力に、思わずのめり込むようにして聴き入ってしまう。最後は楽譜通りに装飾せずに最終音を長ーく伸ばしてオーケストラと同調させていくフィニッシュ。突き抜けるソプラノ。途方もない歌唱である。Braaaaava!!! 同時にその背景に、パッパーノさんの見事な指揮ぶりが上げられる。歌手に思いっきり歌わせ、絶妙のタイミングでサポート。神奈川県民ホールの時とは全く違う捌き方だった。

 第2幕は、拍手の鳴り止まないうちにパッパーノさんのタクトが振り下ろされ、オーケストラの弾むような軽快なドライブで始まった。アルフレードのアリア「燃える心を」をヴァレんティさんが頑張る。(^_^;) このあたりはアルフレードの一人舞台なので、ヴァレンティさんの聴かせ所なのだが、やはり聞き取りにくい発音の歌唱で、パワーが不足がち。それでも第1幕よりはずっと良くなっていた。

 アルフレードが退場し、入れ替わりにヴィオレッタが登場、そこに父ジェルモンが加わる。サイモン・キーンリーサイドは今日も変わらず、豊かに響くバリトンを聴かせてくれた。「天使のような清らかな娘を」は実に情感が込められていて、ゆったりとしたヴィブラートが地を這うように伝わってくる。やはりこの人は第一級のバリトンだと思う。『椿姫』では憎まれ役の父ジェルモンだが、脇役に徹し、老け役のイイ味を出していた。ヴィオレッタとの掛け合う二重唱「お伝えください、清らかなお嬢様に」では、せつせつと歌いながら徐々にクレッシェンドしてゆくネトレプコさんに対して、骨のある歌唱と声量でガチンコで対決、やはり世界レベルの主役級の人だけあって、ネトレプコさんにも決して負けていなかった。当然、「プロヴァンスの海と陸」も素晴らしく、響き渡る豊かなバリトンの歌唱の陰に、苦悩する父親の心の葛藤を、微妙なニュアンスを加えて表現していた。
 第2幕の第2場はジプシー女たちと闘牛士たちの歌と踊りを過ぎて、登場人物が全員集まってきてからが私の一番好きな場面。ことの顛末を理解していないアルフレードと、愛するが故に別れなければならないヴィオレッタの錯綜した心情、ヴィオレッタを愛するが故に侮辱してしまい後悔するアルフレード、愛し合うふたりの気持ちを知りながら、無理矢理別れさせようとする身勝手さと自己嫌悪…。3人3様の心情が同時に歌われていくという、オペラならではの表現手法で、そこに全員合唱が加わり、音楽的には最大の山場を迎える。構造的な美しさすら感じさせる名場面である(と私は思うのだが…)。この場面では、合唱が良いとオペラの音楽が引き締まる。ロイヤル・オペラハウス合唱団は少ない人数ながら、立ち上がりが鋭く、強弱のメリハリの効いた合唱は見事。もちろん、パッパーノさんのコントロールが効いていて、オーケストラとのバランス、各歌手たちとのバランスが絶妙。この指揮者、なんて巧いんだろうと感心してしまう。そして、3人の歌唱では、やはりネトレプコさんの突き抜けるソプラノが素晴らしい。大声を出すような内容ではない歌を「よく通る」声で歌っているのである。対してヴァレンティさんの声は…悲しいかな聞こえない(-。-;)。
 もうひとつ気づいたのは、この第2幕第2場からオーケストラの音が一段と輝き出したことだ。各楽器の音色が美しく響き、とくに澄んだ音色の弦楽がリズム感抜群でキレの鋭い演奏をする。もちろんオペラ的に歌唱に合わせてテンポがめまぐるしく変化するパッパーノさんの指揮に対して、ピタリ完璧なアンサンブル!! このオーケストラはかなり巧い。
 この第2幕第2場の後半の演奏と歌唱を聴いて、不覚にも涙が流れてしまった。それほど、素晴らしかったのです。

 第3幕は、さらに研ぎ澄まされたような不協和音の前奏曲が切なく始まる。この幕の聴き所は何と言っても「さようなら、過ぎ去った日々よ」のアリアだ。ネトレプコさんの歌唱は意外にも力強いものだった。世の中の不条理をうらみ、「道を踏み外した女(la traviata)」の嘆きを歌に込めるのだが、ただ弱って死んでゆくのではなく、そこに何かを、自分の生きた証を残して死んでゆきたい、というような個性の強さというか、心情の強さを込めたような歌い方に感じた。神奈川県民ホールの時のアイリーン・ペレスさんとはかなり味付けが違う。演出というよりは、歌手の個性によるものなのだろう。ネトレプコさんに盛大なBrava!が飛んだ。
 そしてエンディング。ペレスさんの時は16年前のプロダクションと同じ演出だったが、今日のヴィオレッタはアルフレードの腕の中では死ななかった。苦しみを感じなくなったヴィオレッタは椅子から立ち上がり、ちかよるアルフレードから離れるようにひとり崩れ落ちる。もはや頼りないアルフレードに身を委ねる気持ちは残っていなかったのか。頼りなかったヴァレンティさんとアルフレードのイメージが交錯する。やはりネトレプコさんの演じるヴィオレッタは芯の強い女だったのかもしれない。現実とオペラの世界の共通項が垣間見えて、なるほど…とひとり感心していたのだが…。

 千秋楽のカーテン・コールには色々な仕掛けが用意されていることが多い。通常のカーテン・コールでネトレプコさんに盛大な拍手とBrava!!がひとしきり飛び交った後、出演者全員が舞台上に整列して幕が上がると、そこのは「SAYONARA」の巨大な電飾文字が。上からは「See you! またお会いしましょう」「公演成功おめでとう」と書かれたパネルが下がっていて…。う~む。成功だったのか…。
 そのままスタンディング・オベーションとなって、喝采の続くまま、ロイヤル・オペラの来日公演はすべて終了した。

 今日の『椿姫』について総括的に言えば、とにかく世界の最高水準のオペラを観る(聴く)ことができたということだ。繰り返しになるが、パッパーノ指揮のロイヤル・オペラで、リチャード・エア演出の有名なプロダクションの『椿姫』で、アンナ・ネトレプコさんがヴィオレッタを歌ったのだ。しかもたった1夜だけ。相手役のヴァレンティさんは少々力不足だったが、父ジェルモンのキーンリーサイドさんもかなりの出来映え。音楽的にはパッパーノさんのドラマティックかつ繊細で叙情的な音楽作りはオペラそのもの。オーケストラも非の打ち所無し、合唱も巧い。オペラ全体がダラダラしてなく、エネルギーに満ち溢れていて、聴く側に相当な圧力をかけてくるような、力強いオペラだった。私は今日、音楽家たちや製作者たちのエネルギーをいっぱい受け止めることができたような気がする。どこかの首相みたいに「感動した!」などという単純な言葉で表現したくない、もっと複雑なエネルギーである。喜びや、哀しみ、怒り、嘆き、自信、誇り、そして情熱…といった複雑な人の思いが、オペラというカタチとなってぶつかってきた、そんな印象だった。まあ、もっと分かりやすく言えば、「今まで観た『椿姫』の中で一番良かった」ということです。

 今日の『椿姫』は(というよりは今回のロイヤル・オペラの来日公演は)、結局ネトレプコさんに尽きるカタチになった。オイシイところをひとりで全部持って行ってしまった感が強い。やはり世界のトップ・スターになる人はどこかが違うのであろう。トラブル続きの公演だったが、今日の千秋楽に来た人だけは、一夜限りの夢のようなオペラを体験することができたのである。私も今回はいろいろな体験をしたが、最終的にはゲネプロを含めて4回観たことになる。相当な費用も使っているので、トラブルでのマイナス面はくやしかったが、今日で帳消しにさせてもらうことにする。不満を多く残された方々には大変申し訳ないが、実は本日のチケットも、ゲオルギューさんのキャンセル発表前に正規にダンピング販売されたもの。発表後はオークションでも投げ売りになっていた類のチケットで、いわばババをつかまされたようなものだ。売ってしまおうかとも思ったが、安く手放すのはもったいないから、それなら代役でも良いから自分で行こうと思い、取っておいたのである。昨日9/21の昼までは投げ売りだったチケットが、とんでもないプラチナ・チケットになってしまったのである。「棚からぼた餅」というか「残り物には福がある」というべきか。まったく何が起こるかわからない、不条理な世界。長いことオペラに通っていれば、色々なことを体験する。良いことも嫌なことも。でも、だからこそ、そんな不条理なオペラが好きでたまらないんです。

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【注】舞台の写真は、英国ロイヤル・オペラの『椿姫』2008年公演の時のものです。したがいまして、ネトレプコさん以外の出演者は今回とは異なっています。
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9/19(日)日本フィル/アリス=紗良・オットのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲が進化

2010年09月20日 00時40分33秒 | クラシックコンサート
日本フィルハーモニー交響楽団 第198回サンデーコンサート

9月19日(日)14:30~ 東京芸術劇場・大ホール S席 2階 C列 20番 7,500円
指 揮: アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ: アリス=紗良・オット*
管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団
【曲目】チャイコフスキー・プログラム
    歌劇《エフゲニー・オネーギン》より「ポロネーズ」
    ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23*
    《アンコール》ベートーヴェン: エリーゼのために*
    交響曲 第5番 ホ短調 作品64
    《アンコール》バレエ音楽『くるみ割り人形』より「4羽の白鳥の踊り」

 日本フィルのサンデー・コンサートに足を運んだ。今回はオール・チャイコフスキー・プログラムの超名曲コンサートだが、お目当てはもちろんアリス=紗良・オットさんの弾くピアノ協奏曲だ。彼女とこの曲の組み合わせは、今年2010年の3月2日にサカリ・オラモ指揮ロイヤル・ストックホルム・フィルとの共演で、ミューザ川崎で聴いた。およそ半年の時を隔てて、どのように進化しているかが楽しみであった。

 日本フィルの会員さんが良い席を押さえしまっているのか、確か一般発売直後にチケットを取ろうとしたらすでにS席が2階席しかなかった。それでも、正面に近い左側の2列目、オーケストラ全体が見渡せるし、ピアノの鍵盤が完全に見えるという、絶好のポジションであった。ところが、当日券も売っており、S~C席で役100枚も残っていたらしい。それでも今日の会場の左右両サイドに空席が目立っていた。定期に比べるとかなり割高感があるからかもしれない。

 指揮のアレクサンドル・ラザレフさんは日本フィルの主席指揮者でありロシアものを得意としているので、今日の曲目としては、これ以上はないというプログラムだろう。
 1曲目は歌劇『エフゲニー・オネーギン』から「ポロネーズ」。誰でもどこかで聴いたことがあるはずの名曲だ。ラザレフさん拍手を振り切るように曲をスタート。躍動感のあるリズムでダイナミックに曲が始まり…いや、違う。金管がハラツキながら強く出て、弦が濁ってよく聴き取れない。リズム感も今一。笛吹けども踊らず、といった感じ。つまりオーケストラがうまく機能していないのである。これでは先が思いやられるが。

 2曲目はピアノ協奏曲。ピアノをステージ正面に引っ張り出してくると、アリスさんが登場。白いドレスがちょっぴりセクシーで、もちろんとても美しい(週刊誌的な表現で、一時、「美人過ぎるピアニスト」なんて書かれていた)。
 第1楽章冒頭の長く有名な序奏は、アリスさんのピアノはそれほど強く迫ってこない。むしろオーケストラの隙間からこぼれてくるように、素直に入ってくる。派手なオーケストラの音に対して、ピアノが徐々に入れ替わるように前面に出てきて、主張を始め、ピアノの音がキラキラ輝き出すと、そこはもうアリスの不思議な世界(それほどでもないか)。印象としては、半年前に聴いた時よりも今日の方がピアノが鳴っている。また、細部に至るまで細やかに神経が行き届いていて、それぞれのフレーズやアルペジオなどにも微妙なニュアンスの違いがあり、表現に厚みを持たせている。さらに言うなら、打鍵のタッチのキレが良くなったというか、強い打鍵ではなく、鋭い打鍵といったイメージだ。
 第1楽章の主題提示部以降は、管弦楽もシンフォニックな構造を持っているし、ピアノとの協奏もめまぐるしく主客が転換する。アリスさんのピアノは時には強く主張し、時にはオーケストラの後ろで伴奏に回ったりと、曲の構造をしっかりと捉えて、ステージの上を泳ぎ回っているようだった。
 第2楽章のアンダンテは、アリスさんのピアノが繊細なピアニッシモを奏でて秀逸。この人、派手な技巧派ヴィルトゥオーソというだけではない。極めて叙情的・感傷的な表現にも深みが増してきた。半年前よりも、ずっと良い。アリスさんは、ゆったりとしたフレーズを浪漫的に歌わせる時、いつも横を向いたり天を仰いだりして見せる恍惚の表情(?)がセクシーだった(別にヘンな意味じゃないですよ)。
 アクロバティックな派手な超絶技巧が披露される第3楽章は、アリスさんの独壇場だ。ここでは表現力とか芸術性はちょっと横に置いておいて、技巧的なピアノを楽しむ方が素直というものだ。オペラグラスで見ていたのだが、まさに目にも止まらぬ指使い。あの大きな手が鍵盤を縦横に跳ね回るのは見ているだけで圧巻。もちろん聴いていても、ミスタッチなどほとんどない、圧倒的な超絶技巧であった。
 そして、第3楽章のコーダはなぜか遅め。アリスさんの解釈がそうしているのか、指揮者が盛り上げようとしているのか分からないが、彼女の技巧ならテンポを上げてガンガン攻め込んでも十分いけると思う。その方が、協奏曲としては派手に盛り上がって、楽しいし、聴衆も喜ぶ(芸術的であるかどうかは別として)。
 曲全体の印象としては、半年前よりも一段と表現が豊かになってるような気がする。やはりこの半年の間に何度もこの曲を弾く機会があっただろうし、いろいろなオーケストラとも共演しているだろうから、たった半年でもかなりの経験値をプラスしているに違いない。彼女の最大の魅力は、スケールの大きな演奏だ、大陸的というか、裾野が広いというか、スケールの大きい雄大な演奏の中に時折見せる、繊細な宝石のような煌めき。超絶技巧の持ち主ではあるが、その技巧を上回るスケール感が感じられるからこそ、その将来性がものすごく期待できるのである。まだまだ成長を続ける、恐るべき22歳に、Braaaava!!
 アンコールは、意外にもベートーヴェンの「エリーゼのために」。うわー、懐かしい。誰でも知っていて、弾いたことはあっても、一流の演奏家が弾くのを聴いたことがない。ん? もしかしてプロのコンサートで聴くのは初めてかも。でも、このクラスの人が弾くと、小学生でも弾けるような曲が、なんと悩ましく、艶っぽく聞こえることか。ちょっと得をした感じのアンコールだった。でもなぜ「エリーゼのために」なんだ?

 後半の交響曲第5番に関しては、少々言いたいことがある。
 普段からあまり批判めいたことは書かないようにしているつもりだが、今日はさすがに言わせて欲しい。とにかく、日本フィルの演奏はあまりにもヒドイ。最初から最後まで、弦楽の音は濁りっぱなし。個々の奏者の音程が安定していないのだ。アンサンブルもキッチリ合っているとは言い難く、これの濁りの原因の一つだろう。早いパッセージのところなど、バラバラですよ、コンマスさん。木管は、格楽器とも音が平板で抑揚に乏しいく、ただ譜面通りに吹いているだけ、といった印象。金管は音量だけはモノスゴイが、オーケストラのアンサンブルの中から飛び出してしまっていて、うるさいだけ。弦が主旋律を演奏していて金管がリズムを刻んでいるような部分でも、音が大きすぎて弦が聴こえなくなってしまう。とくにトランペットの音が猛々しく、飛び出していた。第2楽章のホルンの主題も、まちがえないで吹いただけで、音は大きいし、チャイコフスキーの哀切など、全く感じられなかった。そしてティンパニ。日本フィルのティンパニは何故こんなにいつも頑張るのだろう。今日の席はS席で2階の2列目センターなのだから、もっともバランス良くすべてのパートの音が均等に聞こえる位置である。にもかかわらず、全体の音のバランスがこれほど良くないとは…。指揮者にはどのように聞こえているのだろうか、不思議に思った。ラザレフさん、これで良いのですか…?
 ラザレフさんの曲作りといえば、第1楽章のヴァイオリンによる第2主題が急に遅くなって…。解釈は自由だが、歌えない弦楽パートで、こんなことをしたら、オーケストラがドタバタするだけ。曲全体の印象としても、4つの楽章を通じての構造感がなく、なんとなく落ち着かない。要するに、この曲で何を表現したかったのだろう。それが伝わってこないのである。まあそれは、オーケストラがあれでは、という気もするが。
 ところが、曲が終わったら盛大な拍手とBravo!が飛んだ。聴衆の表情を見ても皆大喜び。私とは正反対の反応(評価)のようである。私の耳と、音楽に対する感性はかくも錆び付いてしまったのか。きっと私のような素人には理解できない、素晴らしい演奏だったのだろう。でも。でも、言わせていただきたい。どこがBravo!なんだ!! 
なんでもかんでもBravo!と叫んでいるのは、何処の何奴だ!! 私はといえば、先週9/11にはコバケンさんの指揮で東京フィルを聴いたのだが、その時の東京フィルも×××な演奏だと思ったが、今日の日本フィルを聴いたら、東京フィルは実はものすごく巧いのだと思えるようになった。そしてその間に前後して、英国ロイヤル・オペラを3回聴いている。比較するのもナンだが、オーケストラの演奏とか、個々の楽器の音色とか、アンサンブルとか、表現力とか、格段の差がある(別に舶来ものを崇拝しているわけではない。海外でもヘタなオーケストラは毎年いくらでも来日している)。われわれのような音楽ファンと違って、プロオケの人たちはかえってコンサートに行かないのではないだろうか、日本フィルのメンバーの方々も、忙しいのだろうとは思うが、世界の一流の音色とアンサンブルを実際に聴いてみれば、その違いがよーく分かると思いますよ。
 というわけで、正直のところ、当分の間、日本フィルを聴くことはないだろうと思う。

 コンサートの終演後、アリスさんによるサイン会があった。アリスさんのサイン会はいつも盛況で、たいてい1点にしかサインをしてもらえない。今日は、拍手をしたくなかったから早めに抜け出して列に並んだ。彼女のデビュー盤、『リスト: 超絶技巧練習曲集』のジャケットにサインをいただいた。目の前でにっこり微笑まれると、むむ…「美人過ぎるピアニスト」だ。ホントに。

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9/17(金)ロイヤル・オペラ「マノン」アンナ・ネトレプコの存在感とマシュー・ポレンザーニの熱演にBravo!

2010年09月18日 00時34分29秒 | 劇場でオペラ鑑賞
英国ロイヤル・オペラ来日公演2010「マノン」

2010年9月1日(金)18:00~ 東京文化会館 A席 1階 9列 33番 54,000円
指 揮: アントニオ・パッパーノ
管弦楽: ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合 唱: ロイヤル・オペラハウス合唱団
演 出: ローラン・ペリー
美 術: シャンタル・トーマス
照 明: ジョエル・アダムス
出 演: マノン・レスコー: アンナ・ネトレプコ
    騎士デ・グリュー: マシュー・ポレンザーニ
    レスコー: ラッセル・ブラウン
    伯爵デ・グリュー: ニコラ・クルジャル
    ギヨー・ド・モルフォンテーヌ: クリストフ・モルターニュ
    ド・ブレティニ: ウィリアム・シメル
    プセット: シモナ・ミハイ
    ジャヴォット: ルイーゼ・イネス
    ロゼット: カイ・リューテル
    宿屋の主人: リントン・ブラック

 9月8日にゲネプロを鑑賞した、ロイヤルオペラ来日公演『マノン』の本番公演を観てきた。相変わらず、2日間は歌って残りは降板、などという無責任なウワサが流れていたが、3日目にあたる今日の公演にも、アンナ・ネトレプコさんはちゃんと出演して、見事な歌唱を聴かせてくれた。ステージ上の様子も元気いっぱいだったので、病気による降板はなさそうだ。むしろ一方の『椿姫』でアンジェラ・ゲオルギューのキャンセルさんがあったために、ネトレプコさんは責任上、降板できなくなってなってしまった(のかもしれない?)。いずれにしても、今日の公演も大喝采のうちに終了した。
 ゲネプロ鑑賞会の際のブログに詳しいレビューを書いてしまったので、本公演の感想ではあるが、追記するだけに留めたい。

 今日の公演では、奮発して1階の席を取ったので、水平な視点でステージを見ることができ、オペラグラスで見ても歌手たちの視線と同じ高さでいたので、より自然なカタチで鑑賞することができた。逆に1階席はオーケストラの音がややくぐもってしまう傾向がある。これは東京文化会館のオーケストラ・ピットが深いからだと思われる。音が上に抜けていってしまうために、かえって4・5階の左右両サイドの1列目の方が音が良かったりする。一方、歌手たちの声は、もちろん1階の方が良く聞こえる。
 今日の公演を通しての印象は、3日目ともなるとやや緊張感が薄れ、慣れと疲れからくるいわゆる「中だるみ」がほんのわずかだが感じられた。ゲネプロの時の方が緊張感が張りつめていたように思えたのである。とくに感じたのはオーケストラの音色。第1・2幕は、まだ目覚めていないようなモヤっとした感じだったが、第3幕以降は艶のあるダイナミックなサウンドが戻ってきたように思う。オーケストラの音量が下がりがちだと、客が入っていただけに、いっそうキレが悪くなる。ある程度以上の音量を出すともオーケストラの音が直接届いてくる、そんな印象だった。もちろんこれは、席の位置の問題もあるのだが。
 またゲネプロと違って、客の入った本番では、パッパーノさんはノリが良かった。『マノン』は第1幕と休憩後の第3幕の冒頭は、ティンパニの連打から景気よく始まる。パッパーノさんは拍手が鳴り止まないうちに、ドドーンとオーケストラを鳴らし、聴衆を一気にオペラの世界に引っ張り込む。ウマイなあ。オペラを楽しませてくれるセンスの良さだ。こういう日は、幕の終わりでは、演奏が終わってなくても拍手しちゃってOKです。

 やはり、今回のロイヤル・オペラの『マノン』では、アンナ・ネトレプコさんがすべてだった。前回のゲネプロの時と同様に、あるいは今日の方がいっそう、ネトレプコさんの存在感は光っていた。低音から超高音まで声量が平均的に安定していて、透明感のあるキレイな声でありながら妙に艶っぽく、色気がある。演技を含んだ情感の込められた歌唱による表現力も素晴らしい。強烈な個性が光る大スターでありながら、ご本人のキャラクターを強く出し過ぎず、マノン・レスコーのキャラクターを自然に受け入れているところが良い。むしろマノン・レスコーになりきっているにもかかわらず、アンナ・ネトレプコというキャラクターが1本通っているため、人物の存在感(表現力による)に幅というか、奥行きが感じられるのだ。ナタリー・デセイさん、バルバラ・フリットリさん、エウァ・メイさん、アンジェラ・ゲオルギューさん、デジレ・ランカトーレさんなど、素晴らしいソプラノさんはたくさんいるが、ネトレプコさんの場合は単に、歌が巧い、声質が良い、高い声が出る、演技が巧い、ヴィジュアルも抜群…というだけでなく、その存在感がスゴイのである。とにかくこの人は図抜けて「格」が違うと思う。ご本人は、身体も大柄ではないし(最近ちょっと太った?)、カーテン・コールの時などは無邪気にはしゃいでいる「天然系」の人なのだが、オペラの舞台に立つと(あるいはコンサートでも)、圧倒的な存在感を持って輝き出すのである。

 もうひとつ今日印象に残ったのは、騎士デ・グリュー役のマシュー・ポレンザーニさん。近くで聴くと、その甘い声にウットリ(?)させられる。素直で、清潔感があって、イイ声なのだ。ゲネプロの時と比べると、今日は気迫がこもっていて、腹の底から絞り出すような、苦悩に満ちた心の叫びを、あの甘い声で歌うのはちょっとルール違反。第3幕第2場のサン・シュルピス修道院の場で歌うアリア「消え去れ、思い出よ」の苦悩と、マノンに口説き落とされる時の心の変節…。マノンのようなすこぶるイイ女(ワルい女)に翻弄される男の、悩ましくもあり、官能的な誘惑に勝てない男の「弱さ」を見事に歌いきった、熱演だった。

 もうひとつ会場で見かけた風景。『椿姫』に出演しているエルモネラ・ヤオさんとジェームズ・ヴァレンティさんが1階中央通路に設けられた特別席で鑑賞していた。休憩時間にオバちゃんたちのサイン攻撃にあってか、第4幕以降は来なかったようだ(^_^;) ヤオさんも初日の神奈川公演では途中降板というトラブルに見舞われたが、2日目は出演したようなので、アレルギーは回復したようだ。私はもう1回、9/22の『椿姫』に行く予定なので、いずれにしても楽しみである。

 いろいろ前評判やウワサもあったが、結果的には大成功。今日の東京文化会館・大ホールは満席だった。売り切れになるオペラやコンサートば沢山あるが、それでも多少は空席はあるもの。遅れて3幕くらいから来た人もいたが、最後はその空席が、ホントにほとんどなく、こんなに入っている文化会館を始めて見た。それもオペラとしてはちょっとマイナーな『マノン』でである。やはり、ネトレプコさんの存在感は偉大である。
 終幕後、カーテン・コールは意外に短かったが、会場は一気に沸騰してスタンディング・オベーション。この興奮は当分忘れられそうもない。

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