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Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

「アンコール!」【CD】川久保賜紀のヴィルトゥオーゾ小品集/エレガントでリアルな臨場感!

2015年04月22日 23時00分00秒 | DVD・CDで観る・聴く
【CD】「アンコール!」川久保賜紀(avex CLASSICS / AVCL-25871)

2015年4月22日発売/3,240円
ヴァイオリン:川久保賜紀
ピアノ:江口 玲
【曲目】
クライスラー:プレリュードとアレグロ
クライスラー:美しきロスマリン
クライスラー:中国の太鼓
ガーシュウィン:3つのプレリュード 第1番 Allegro ben ritmato e deciso
ガーシュウィン:3つのプレリュード 第2番 Andante con moto e poco rubato
ガーシュウィン:3つのプレリュード 第3番 Allegro ben ritmato e deciso
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20
サラサーテ:アンダルシアのロマンス(スペイン舞曲集 作品22~第3番)
ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「棒踊り」
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「飾り帯の踊り(ブラウル舞曲)」
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「足踏み踊り」
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「角笛の踊り(ブチュム舞曲)」
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「ルーマニア風ポルカ」
バルトーク:ルーマニア民族舞曲「速い踊り」
ラヴェル:ツィガーヌ
モンティ:チャールダーシュ
(全17曲/57分/録音:2014年11月18日~20日/稲城市立iプラザ)

 川久保賜紀さんの待望のニュー・アルバムは、ヴィルトゥオーゾ的小品を集めた「アンコール!」。発売情報を知った時点で予約しておいたものが発売日に手元に届いた。待望といったのは、ソロのアルバムは2011年11月にリリースされた「ライブ・イン・ワシントン」以来、実に3年5ヶ月ぶりになるからである。
 タイトルは「アンコール!」だが、収録されている曲は必ずしもアンコール・ピースとはいえないガーシュウィンの「3つのプレリュード」やバルトークの「ルーマニア民族舞曲」のような組曲も含まれている。最近の賜紀さんのリサイタルでは、クライスラーの「美しきロスマリン」やサラサーテの「アンダルシアのロマンス」、ブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」、そしてモンティの「チャールダーシュ」などがお気に入りのようで、アンコールによく演奏されている。


 どなたかが書いた賜紀さんのプロフィルの一節に「高度な技術と作品の品位を尊ぶ深い音楽性が高い評価を得ている」という表現があるが、これは実に的を射た言い方だと思う。
 賜紀さんはアメリカ生まれで5歳の時からヴァイオリンを始め、16歳からドイツに留学、現在もベルリン在住。ガーシュウィンが好きなのもアメリカ生まれというのが影響しているだろうし、ベートーヴェンやブラームスにはいかにもドイツ的な造形のしっかりした演奏をする。2002年のチャイコフスキー国際コンクールで最高位を獲得しているためチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏する機会も多いが、その時は大らかな抒情性を発揮し非常にロマンティックかつドラマティックな演奏をする。サラサーテをはじめとするラテン系の音楽の時は情熱的で熱く燃える。「作曲家の品位を尊ぶ」というのはそういうことなのだ。作曲家あるいは作品の世界観を、ある意味ではとても素直に描き出している。ところが、どんな曲を弾いても、賜紀さんにしか出せない流麗かつエレガントな音楽になっているのが共通点で、それは川久保賜紀流の世界観なのである。
 また、今回のような名曲・小品であっても、あるいはヴァイオリン・ソナタやヴァイオリン協奏曲のような大曲であっても、1音1音、1節1節に深い洞察が加えられて、サラリと流すようなところが全くない。すべての音符に明確な意味を与えることをベースに、それが積み上げられ組み立てられて音楽が成り立っている。まさに「深い音楽性」なのだと思う。
 そして、それらを支えているのが「高度な技術」ということなのだろう。
 「アンコール!」を聴いてみると、クライスラー、ガーシュウィン、サラサーテ、ブラームス、バルトーク、ラヴェル、そしてモンティと、お国柄も曲想もまったく異なる幅広い選曲になっているのに、それぞれの世界観が見事に表現されている。クライスラーは優雅で洒脱に、ガーシュウィンはジャズっぽく、サラサーテは燃えるように、といった風に。しかし共通する川久保賜紀流は、いずれの曲も、流れるようなレガートや、立ち上がりのキリッとした鋭さ、大きく揺らすテンポや自由度が高く即興性に優れた旋律の歌わせ方、そしてあくまで美しくしなやかな音色・・・・。強烈な個性を押し出すのではなく、柔らかく包み込むようで、ちょっと控え目なところもある。これはむしろ「日本的な美」だということができるのかもしれない。
 私が賜紀さんのヴァイオリンの一番好きなところは、聴いているとこちらの心(あるいは身体)と共振する感じがすることだ。魂を揺さぶられるような強い感動を得るのではなく、かといって「癒し系」というほど軽くもない。色々な素晴らしいヴァイオリニストを聴き比べれば、感動する人、感激する人、驚愕するひと、泣ける人、笑える人など、様々に感じることがあり、皆さん素晴らしいとその時は感じる。ところが賜紀さんの場合は、マイホームに帰ってきてホッとするような、自分と同じ振幅の音楽に聞こえるのである。だから曲によってはスリリングでドキドキしたり、ワクワクと高揚したり、安らぎを感じたり、様々なことを感じ取り受け止めるのだが、一方的に音楽をもらっているのではなくて、聴いている自分も音楽の一部なのだという一体感を感じるのである。いつもはコンサートホールでしか感じられなかったことが、今日はCDを聴いても同じ感覚になった。Brava!


 このアルバムの共演者は江口 玲さん。最高のパートナーである。そして今回の録音に使用されたのは、1887年製のニューヨーク・スタインウェイ、通称「ローズウッド」。カーネギーホールやメトロポリタン歌劇場で使用されていたものが日本に渡ってきて、キャピトル東京ホテルに所蔵されていた時に、来日したホロヴィッツがこのビアノを弾いて絶賛したという、そのローズウッドの渋い装飾のように、ちょっとくすんだアコースティックなサウンドが、得も言われぬクラシカルな世界を創り上げる。最近、江口さんがこのビアノをお気に入りで、私も何度かナマで聴いたことがある。ホールで聴くのと録音て聴くのでは実際にはかなり聞こえ方が違うが、このピアノの音色の本質的なところは見事に再現されていて、賜紀さんの鮮やかなヴァイオリンの音色との対比も見事に仕上がっている。

 このアルバムは通常のCDとSACD(Super Audio CD)とのハイブリッド盤。録音がDSD(Direct Stream Digital)方式のため、通常のCDとして再生しても音質が素晴らしい。もちろん今時珍しいことではないが、ダイナミックレンジが物理的に広く、聴いた感じでもホールでナマ演奏を聴いているようなリアルな臨場感がある。かつてのアナログ・レコードを音源とするCDや少し前までのCDのように、音はクリアでスッキリしているのに、演奏会で聴くような深みが足りないのとは一線を画している。何しろ、ピアノの音は固定されているが、ヴァイオリンの音が左右に動くのが分かるくらいのリアルさだ。目をつぶって聴いていると、賜紀さんが演奏しながら身体を振っているのが目に浮かぶようであった。

 ← 読み終わりましたら、クリックお願いします。

【お勧めCDのご紹介】
 「アンコール!」川久保賜紀さんの最新盤です。聴いてみたい(買いたい)と思った人は、このジャケットをクリック!!
アンコール!
avex CLASSICS
avex CLASSICS


【川久保賜紀さんのディスコグラフィ】
 せっかくの機会ですので、賜紀さんのこれまでリリースされたCDを一挙にご紹介します。

■2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ(2004年)
 コンクールのライブ録音から賜紀さんの演奏を抜粋したものです。メインはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ドミトリー・リス指揮/ロシア・ナショナル管弦楽団)です。

2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ
川久保賜紀,チャイコフスキー,プロコフィエフ,サラサーテ,リス(ドミトリー),ロシア・ナショナル管弦楽団,ビノグラードワ(イリーナ)
オクタヴィアレコード


■メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(2004年)
 日本デビュー盤。下野竜也指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団による演奏です。

メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
avex CLASSICS
avex CLASSICS


■リサイタル!(2007年)
 ガーシュウィンほか名曲を集めた小品集。共演はイタマール・ゴランさん。『レコード芸術』誌の特選盤に選ばれました。

リサイタル!
川久保賜紀,チャイコフスキー,サラサーテ,ショーソン,ドビュッシー,ガーシュウィン,ショスタコーヴィチ,サン=サーンス,カレンバ,ハイフェッツ,ゴラン(イタマール)
エイベックス・クラシックス


■RAVEL(2009年)
 チェロの遠藤真理さん、ピアノの三浦友理枝さんとのトリオによるラヴェルのトリオ曲集。

RAVEL
ラヴェル,山田武彦,浦壁信二,川久保賜紀,遠藤真理,三浦友理枝
エイベックス・クラシックス


■ヴィヴァルディ:四季(2009年)
 紀尾井シンフォニエッタとの共演によるライブ録音盤。

ヴィヴァルディ:四季
ヴィヴァルディ,川久保賜紀,紀尾井シンフォニエッタ東京
エイベックス・エンタテインメント


■ライブ・イン・ワシントン(2011年)
 フランクとプロコフィエフの2番という名ソナタを収録。共演はアントニー・ヒューイットさん。

ライブ・イン・ワシントン~フランク、プロコフィエフ
avex CLASSICS
avex CLASSICS

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【CD評】ラフマニノフのピアノ協奏曲“第5番”を聴く/甘美な主題を煌びやかなピアノが彩る

2014年08月13日 00時51分58秒 | DVD・CDで観る・聴く
【CD】ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第5番 ホ短調

 別に新しいものではないが、素敵なCDがここにあるので紹介したい。ヴォルフラム・シュミット=レオナルディがソリストを務め、テオドール・クチャル指揮、ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第5番 ホ短調」である。録音は2007年、Brilliant Classicsというレーベルから発売されている。シュミット=レオナルディのピアノはなかなか素晴らしい。キレ味が鋭くダイナミックであると同時に、繊細な抒情性も聴かせている。ヤナーチェク・フィルもダイナミックレンジの広い演奏で、ドラマティックだ。

 ・・・・・ん? ラフマニノフのピアノ協奏曲第5番?? ラフマニノフはピアノ協奏曲は確か4曲だったのでは? まさか最近になって未発表の遺作が発見されたとか? そんな話題は聴いたことがないぞ・・・・・。

 というわけで、この怪しげなCDは、種を明かせば、アレクサンダー・ヴァレンベルグ(画像)という作曲家の手によるピアノ協奏曲なのである。作曲といよりは編曲といった方が良いのだろうが、元曲はラフマニノフの「交響曲」第2番。交響曲史上最強の甘美な主題に彩られた名曲中の名曲(私はそう思っている)を素材に、4楽章構成の交響曲を3楽章形式のビアノ協奏曲に編み直したものだ。楽章構成は以下の通り。

 第1楽章 Largo, allegro moderato(18:56)
 第2楽章 Adagio, molto allegro(13:15)
 第3楽章 Allegro Vivace(10:05)

 オーケストレーションは交響曲のものを概ね活かし、その美しい主題をピアノに置き換えたり、煌びやかな分散和音による伴奏風ピアノを付加したりしている。
 第1楽章は交響曲と同じようなオーケストラだけの序奏(短めにカットされている)を持ち、ソナタ形式の主部からピアノが単音で入ってくるあたりは第3番風のイメージ。やがてピアノが厚みを増して重厚な分散和音の伴奏になっていく。甘美な第2主題は、もちろんピアノとオーケストラによって感傷的に歌われる。主題を盛り込んだカデンツァもいかにもそれっぽくできていて泣かせどころだ。
 第2楽章は、協奏曲形式の3楽章に収めるために、交響曲の第3楽章(もっとも有名な主題の緩徐楽章)をベースに第2楽章のスケルツォの一部を合体させたカタチで第2楽章を創り上げている。交響曲の第2楽章と第3楽章の良いところだけをつなぎ合わせたようなこの第2楽章は、ラフマニノフ節がふんだんに盛り込まれていて、なかなか素敵である。
 第3楽章はオーケストラに対してピアノの占める比率が高くなる。さすがに編曲者の力量がラフマニノフには及ばないらしく、ピアノ・パートがちょっと薄く、ラフマニノフのような豊潤なビアノ協奏曲になっていないところは非常に残念である。しかし編曲者のヴァレンベルグはよく研究していて、ラフマニノフのピアノ協奏曲の様式をうまく再現している。
 全体の雰囲気は良くできていて、元の曲が美しい旋律がいっぱいなだけに、それを簡潔にまとめて冗長さをなくし、良いとこだけを使っていて、かえって聴きやすい曲に仕上がっているということもできる。ラフマニノフのピアノ協奏曲としては、ピアノ・パートがやや簡潔で、濃厚さが足らないような感じであるものの、無駄を省いて限りなく美しい旋律が次々と出てくるので、その点に関してはラフマニノフよりもラフマニノフっぽいと言えなくもない。少なくとも聴いていて退屈はしない。まあ、キワモノであることには間違いないが、演奏のクオリティも高いし、録音の音質も素晴らしいので、一聴の価値はあると思うのだが・・・・・。

 しかし私としては、この曲をナマの演奏で聴いてみたい。この曲はCD用の企画として作曲されたものだが、ラフマニノフの孫との間で権利関係の了承もなされていて、出版もされているばかりか、2008年に世界初演も行われたというから、まったく不可能という話できない。ラヴェル編以外のバージョンの「展覧会の絵」が最近オーケストラの定期演奏会で採り上げられたりしているので、そういった感覚で、この曲も採り上げて欲しい。おそらく・・・・ウケることは間違いない。

【お勧めCDのご紹介】
 もちろん、ここでご紹介するのはラフマニノフの「ピアノ協奏曲第5番」のCDです。本文でも紹介したとおり傑作(?)だと思います。お勧めはしますが、購入はあくまで聴く人の自己責任でお願いします(-。-;)
ピアノ: ヴォルフラム・シュミット=レオナルディ
指 揮: テオドール・クチャル
管弦楽: ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団
【曲目】
ラフマニノフ/ヴァレンベルグ編: ピアノ協奏曲第5番 ホ短調

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第5番(交響曲第2番から編曲)
ラフマニノフ(ヴァレンベルグ編曲),テオドール・クチャル,ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団,ヴォルフラム・シュミット=レオナルディ(ピアノ)
Brilliant Classics
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「鮮烈」~サラ・チャン「ブルッフ&ブラームス/ヴァイオリン協奏曲」(CD)

2009年11月08日 00時41分53秒 | DVD・CDで観る・聴く
サラ・チャン「ブルッフ&ブラームス/ヴァイオリン協奏曲」(CD EMI 2009年9月 輸入盤)
ヴァイオリン:サラ・チャン
指揮:クルト・マズア
管弦楽:ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

マックス・ブルッフ作曲 ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
ヨハネス・ブラームス作曲 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77

 天才少女サラ・チャンは1980年生まれというから、もう29歳になる。年齢からみれば若手ということになるが、そのキャリアはすでにベテランといっていい。ディスコグラフィーも充実していて、ヴァイオリンの名曲はほとんどCDが出ている。ところが意外にも、この2曲がまだだった。2008年のNHK音楽祭に来日してブルッフ1曲を弾いて嵐のように強烈な印象を残して去ってしまったが、その時のインタビューで「来年(2009年)にはブルッフの協奏曲をレコーディングする予定」と語っていたので、待ちに待った新譜となった。一方のブラームスは彼女が師と仰ぐクルト・マズアがようやく共演を許してくれたので実現したのだという。私は、個人的にヴァイオリン協奏曲の中でもブルッフは1、2を争うほど好きな曲なので、今回はブルッフを中心にレビューしてみたい。

 サラ・チャンは7歳の時すでにブルッフのヴァイオリン協奏曲をオーディションで弾いたという(5歳半という説もある)。それ以来温め続けていた曲、彼女の中でついに完成したということか。
 昨年のNHK音楽祭に来日し、ジャナンドレア・ノセダ指揮・NHK交響楽団との共演でこの曲を弾いた。その時の強烈な印象は会場のNHKホールで聴いた者だけでなく、テレビの放送を観た方にも十分に伝わっただろう(ただしオーディオ環境の整っている人の場合)。今回のCDの演奏は、その時と全くといっていいほど同じ解釈になっている。指揮もオケも違うのに音楽の組み立てが同じなのだ。つまり、おそらくは演奏の主導権はサラ・チャンにあり、彼女の楽曲解釈に基づいて曲が組み立てられたのだろう。
 もちろん、N響とのライヴに比べれば、CDの方が1音1音がはるかに緻密に仕上がっている。随所に現れる早いパッセージの部分も、正確に弾いているのに流れるようなリズム感が揺るぎない。また、短いフレーズのひとつひとつの表情が実に多彩に歌われている。作曲者の意図を汲み取っているというよりは、彼女自身の感性が、みずみずしく、情熱的に、喜びに満ちて表出している。ライブの方がやや緊張感があり、スリリングではあるが、CDの方も高いテンションを保った演奏で、巨匠マズアのタクトも若々しく熱く燃えたぎっているのは、明らかにサラ・チャンの演奏に触発されてのことだと思う。そんな音楽家同士の魂のせめぎ合いすら感じさせる名演である。
 サラ・チャンのヴァイオリンの音色には芯がある。とくに若い頃(失礼、いまでも若い)と比べれば、最近の彼女の音が、個性を発揮しだしているのがわかる。女性らしい繊細・優美・華麗という形容は当てはまらない。もちろん男性的な力強く線の太い音色とも違う。緊張感が高いのだが、立ち上がりが鋭く、メリハリが利いているために強さと弱さを同時に表現できる。低弦の嫋々たる響きから最高音まで、実に豊かで芯の存在を感じさせる強さのある音色である。もちろん技術的にも完璧といっていい。とくに弓の使い方がうまいのだろうと思う。彼女の演奏を聴いていると、日本人のヴァイオリニストが好むストラディヴァリウスではなく、グァルネリ・デル・ジェスを使用している理由がよくわかる。
 ブルッフのこの名曲は数多くのCDが出ている。ソリストの個性や解釈も様々。軽々に演奏の善し悪しは語れない。好みの問題でもある。しかし、サラ・チャン&クルト・マズア&ドレスデン・フィルのCDは、これまで数多く聴いた中でも出色の演奏だと言い切れる(少なくとも私にはそう思える)。この曲はブルッフが若いときの作品であり、若々しい情熱、希望や憧れに満ち(ほんの少しの憂鬱も)、ロマンティックな曲想が美しい。だからこの曲は、若々しい感性で演奏してほしい。重々しく劇的なドラマティックではなく、上品なセレブリティでもなく、躍動的に情熱的に演奏してほしい。そういう意味で、このサラ・チャンの演奏は、この曲の解釈の最良のものだと思う。史上最高のブルッフである。

 最後に、ブラームスの協奏曲について一言。ブルッフに比べると、遥かに内省的なブラームスであるが故、サラ・チャンの魅力があまり感じられない。マズアのタクトもドイツ的に、ブラームス的に、陰影が濃く、少々重い。もちろん、決してヘタという意味ではない。あくまで好みの問題です。


写真はNHK音楽祭でブルッフの協奏曲を演奏しているサラ・チャン
(2008年10月22日 NHKホール~BS-Hivisionの放送より)
コメント (2)
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名匠ショルティが残した来日公演の映像

2009年11月01日 00時52分08秒 | DVD・CDで観る・聴く
 私の最も敬愛する指揮者、サー・ゲオルグ・ショルティ(1912~1997)が亡くなられて、早12年になる。1977年、シカゴ交響楽団を率いての来日公演でベートーヴェンを聴いて以来、クラシック音楽の魅力に取り憑かれたことは過去に書いたが、もう一つの重要な出来事は、ショルティの音楽の魅力にも取り憑かれてしまったということだ。世間では(もちろんごく狭い世間だと思うが)そのような人々は「ショルティアンと」呼ばれているとか。
 後期ロマン派が終焉を迎えた1920年頃から、作曲家の時代から演奏家の時代へと変わっていった。20世紀の前半を代表する指揮者といえば、トスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラーというところだろう。多くの録音や一部は映像も残っているが、現代の水準からすれば著しく音が悪いため、彼らの演奏のうち実際にわかるのはテンポの取り方の解釈くらいのもの。各楽器の音色やバランスなどもけっして正確に再現されないからだ。戦後生まれの人で、実際にはレコードを聴いただけで、この時代の音楽家を褒め称えるのは、どこかに無理があるのではなかろうか。今や神格化されてしまっている3巨匠だが、歴史的偉業を残したことは確かでも、その音楽については「よくわからない」というのが本音である。
 そして、20世紀の後半にも多くの巨匠たちがいた。バロックから現代まで、幅広いレパートリーで何でもこなしたヘルベルト・フォン・カラヤン。独墺系では伝統継承を代表するカール・ベーム。カリスマ的存在のレナード・バーンスタイン。そこにいるだけでオーケストラが歌い出すカルロス・クライバー。ほかにも、セルジュ・チェリビダッケ、ジョージ・セル、ユージン・オーマンディ…等々。20世紀後半は、まさに巨匠たちの時代である。
 その中のひとりが、サー・ゲオルグ・ショルティである。カラヤンにも負けない幅広いレバートリーを持ち、残した録音も数知れず、グラミー賞を世界最多の31回も受賞しているスーパースターである。とくに得意としていたのは、ベートーヴェン、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、ブルックナー、マーラーなどの独墺系。その演奏スタイルは、スコアに忠実で、揺るぎない構造感と正確なリズム、そしてオーケストラの機能を最大限に発揮させるダイナミック・レンジの広いパワフルなものだ。時に「筋肉質」とか「精神性が低い」などと評論家にたたかれ、日本では今ひとつ評価が低い。日本の聴衆は評論家の書くことを目で見て信じてしまい、自らの耳で聴いていないのだろうか、と言ってしまったら傲慢不遜だが、すくなくともフルトヴェングラーのモノラルのSP盤の音に精神性を感じることができるのなら、ショルティの残した音もバランスも良い録音と、レコードとほとんど変わらない正確なライブ演奏を聴けば、ショルティの音楽に対する思いを感じ取れないはずはないと思う。
 前置きがかなり長くなってしまったが、そんなショルティは、合わせて7回来日しコンサートツアーを行った。
 ●1963年 ロンドン交響楽団
 ●1969年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ●1977年 シカゴ交響楽団
 ●1980年 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 ●1986年 シカゴ交響楽団
 ●1990年 シカゴ交響楽団
 ●1994年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 いずれもオーケストラのコンサートツアーとしての来日で、非常に残念なことに、日本ではオペラの指揮は一度もすることがなかった。
 これらの来日公演のうち、1963年/ロンドン響、1986年/シカゴ響、1990年シカゴ響、1994年/ウィーン・フィルの公演で、映像素材が残されている。1963年/ロンドン響と1994年/ウィーン・フィルのものは、現在NHKからDVDが発売されている。また、1986年/シカゴ響と1990年シカゴ響のものは、SONYからレーザーディスクが発売されたが、もちろんレーザーディスクそのものが絶版。DVD化されていないので、中古のレーザーディスクでしか視聴することはできない。これらの国内ものの映像が海外でも発売されたのかどうかわからないが、海外のショルティのディスコグラフィーに見あたらないところをみると、日本だけの可能性がある。とすれば、かなり貴重な映像資料だと言うことができよう(ただしショルティアンにとっては)。以下、その内容を簡単に紹介しておこう。

●1963年 ロンドン交響楽団 来日公演より(DVD/NHKエンタープライズ)
・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ短調 op.60[モノラル 37分]
・ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲[モノラル 5分]
・ブラームス:ハンガリー舞曲第5番ト短調[モノラル 3分]
 収録:1963年4月29日 東京文化会館
 ショルティの初来日はロンドン交響楽団とのツアーで、全国4カ所で5回のコンサートを行っている。ベートーヴェンの交響曲を中心にモーツァルトやブラームスも演奏した。記録によると、この日のプログラムは、ベートーヴェンのエグモント序曲、交響曲第4番と第7番となっている。従って、このDVDに収録されているのは、前半の交響曲4番以外はアンコールのようだ。テレビ放送のために収録されたモノクロの画像とモノラルの音声では視聴に耐えるようなものではないが、若き日のショルティ(当時51歳)の溌剌とした姿が印象的だ。晩年まで得意としていた第7番をメインの曲に据えていたので、この時期の第7番を聴けないのが惜しい。

●1986年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/ソニービデオソフトウェアインターナショナル)
・モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
・マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
 収録:1986年3月26日 東京文化会館
 ショルティのとしては5回目の来日で、シカゴ響とのツアーでは2回目となる。東京・名古屋・大阪で計5回のコンサートを行った。本映像は、日本ツアー初日のコンサートを収録したものである。モーツァルトの「ハフナー」は現在の感覚からみるとかなり重厚な演奏になっている。ショルティらしいガッチリした構成だが、いかにも20世紀的な演奏形態。一方のマーラーはシカゴ響の機能を遺憾なく発揮したダイナミックな仕上がり。しかし細部は緻密で、あまり感情に流されない、純粋な「音」を積み重ねていくことで、曲の本質(作曲家の意図)を描こうとするショルティらしさに溢れた名演である。DVD化されていないため、現在ではレーザーディスクでしか視聴することはできないが、モーツァルトとマーラーの交響曲の映像は他にはないので、貴重な1枚である。なお、この年のツアーでは、他にハイドンの交響曲第95番とブルックナーの第7番というプログラムも組まれている。

●1990年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/CBS/SONY RECORDS)
・ベートーヴェン:『エグモント序曲』
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
・ベルリオーズ:『ファウストの劫罰』より『ラコッツィ行進曲』
 収録:1990年4月15日 サントリーホール
 シカゴ響との3度目の日本ツアーでは、東京・横浜・倉敷・大阪で計6回のコンサートが開かれた。映像は、サントリーホールのもので、プログラムはベートーヴェンの「エグモント序曲」、交響曲第5番「運命」、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。収録されている「ラコッツィ行進曲」はアンコール曲だろう。なお、「展覧会の絵」は別盤のレーザーディスクで発売された。また、この映像から、ワイド画面のハイビジョン収録となる。ジャケットに使用された写真は「ハイ・ディフィニションの映像から特殊技術により写真化したもの」と誇らしげにライナーノートに記載されていたのが時代を感じさせてほほえましい。演奏については何もいうことはない。ベートーヴェンの2曲はショルティ節炸裂。「エグモント序曲」は躍動感・生命観に溢れる押し出しの強い演奏である。「運命」は私が1977年の来日公演で聴いた時よりも、さらにスピード感に満ちている。とくに第2楽章の速度の取り方が、早めになっているが、全楽章を通して聴くと、こちらの方がバランスは良く思える。第4楽章は、もちろん提示部のリピートを行っている。やはりショルティのベートーヴェンといえば、第5番と第7番に尽きるが、この映像はショルティの「運命」を観ることのできる唯一のものだ。

●1990年 シカゴ交響楽団 来日公演より(レーザーディスク/CBS/SONY RECORDS)
・ムソルグスキー:組曲『展覧会の絵』
・ショルティ自身による楽曲解説
 収録:1990年4月15日 サントリーホール
 前記の映像と同日に収録されたコンサートの後半プログラム。ショルティによる楽曲の解説映像が収録されており、これも貴重な映像資料。残念ながら、未視聴につきノーコメント。

●1994年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演より(DVD/NHKエンタープライズ)
・ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』~前奏曲と「愛の死」[ステレオ 20分]
・R.シュトラウス:交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』[ステレオ 17分]
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 op.92[ステレオ 41分]
・ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲[ステレオ 13分]
 収録:1994年10月3日 サントリーホール
 結果的には最後の来日公演となったのは、ウィーン・フィルとのツアーだった。全国4カ所で6回のコンサートを行っている。ツアーのプログラムには、ストスラヴィンスキー:ペトルーシュカ、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」、メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」、そしてショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」なども含まれていた。この日が初日で、DVDにはプログラムの全曲とアンコールのワーグナーが収録されている。ハイビジョン収録であり、画質・音質ともに十分なクオリティである。せひとも、HDビデオのブルーレイ版を発売して欲しい(そう思うのもショルティアンだけか)。晩年のショルティは、若い頃よりは角が取れたといわれているが、曖昧さのないガッチリした構造的な音楽を創っている。前半の「トリスタン」と「ティル」はウィーン・フィル特有のまろやかな音色でオーケストラをたっぷりと歌わせている。後半のベートーヴェンの第7番は、ショルティならではの正確なリズム感をベースにほとばしる躍動感!! 82歳とは信じられない力強さが漲っているが、若い指揮者にはない奥深い間合いがあり、絶妙な演奏になっている。20世紀的なベートーヴェンの完成形と言えるのではないか。アンコールの「マイスタージンガー」はシカゴ響の時代と比べると力で押し切るようなところが多少減って、曲全体が一つのまとまりを感じさせるようになった。

 このようにして、およそ30年間にわたる来日公演を観てみると、ショルティは最後まで若々しさを保ったすばらしい指揮者だったことが、あらためて実感できる。多くの「巨匠」たちが晩年に老醜をさらすような演奏会を開いていたのは痛ましい限り。とくにベームはひどかった。カラヤンもどろどろした演奏になってしまった。彼らに比べてショルティは、最後まで衰えなかった。常にメトロノームで自分の「早さ」を確認し、いつでも正確なテンポで指揮ができる自身があったという。亡くなる前日まで勉強していたという。わが敬愛するショルティ先生。もっと彼に光を当てて欲しい。こんなにも真摯に音楽に向き合い、自己の芸術に慢心することなく、より良い音楽創りを追求し、世界中の人々に愛されたすばらしい音楽家を、皆さんにも知っていただきたいと、心から思う。
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「珠玉」~横山幸雄「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」(CD)

2009年09月27日 22時40分25秒 | DVD・CDで観る・聴く
横山幸雄「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」(SACD3枚組 SICC 10024-6 4,600円)
ピアノ:横山幸雄
管弦楽:ジャパン・チェンバー・オーケストラ

 先日、横山幸雄さんのコンサートを聴く機会があり、大変感銘を受けた。会場でこのCDを購入しご本人にサインしていただいたものである。
 さて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲といえば、全5曲のうち、1番・2番は古典的な要素が強く、3番以降がベートーヴェンらしさ発揮しているとされ、人気も高く、コンサートでもよく取り上げられる。特に、5番の「皇帝」は名曲中の名曲だ。
 全5曲のこの全集を通して聴く。何といってもその特徴は、横山さんのピアノの音色だ。表題に「珠玉」としたのは、まさに音のカタチが丸い玉を感じさせるからだ。全く同じカタチをした音の玉がコロコロと転がっていく感じ。軽快でリズミカルがだ、軽いわけではない。力強さと堅牢な構造感をもち、しかも溌剌として輝かしい響きでもある。過度に感情移入することなく、むしろ客観性を保ちながら、冷静に正確に弾きつつ、エネルギーに満ちている。すばらしい表現力である。
 一方、ジャパン・チェンバー・オーケストラのアンサンブルも見事である。横山さんとの息もぴったり。若々しいエネルギーに満ちていることや正確さ等も、同じ方向を目指していることが伺える好演である。
 最近、ご多分にもれず、ベートーヴェンの協奏曲も、作曲された時代の演奏方法への回帰が流行っているようだが、このような小規模な室内オーケストラだとピアノとのバランスは確かに良い。この演奏を聴くと、最近の潮流の意味がよく理解できるような気がした。3番・4番がとくに良い。早めのテンポで、小気味よい、キレ味のするどい演奏だ。また、5番「皇帝」は、かつてのような大編成のオーケストラと派手な技巧のピアノが競い合うような演奏スタイルから見ると、まるで違う曲のように感じられるが、なるほど、こういう解釈もあるのかというほどに、室内楽的な透明な響きを持っている。
 リリースが2005年だから、ごく最近の演奏というわけではないが、新鮮な魅力に満ちている、「珠玉」の全集である。
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