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Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

大グレン団公開打ち上げに行ってきた

2007年10月21日 | アニメ
えらく報告が遅くなりましたが、10/16に新宿LOFT PLUS ONEで行われた
「天元突破グレンラガン 大グレン団公開打ち上げ」に行ってきました。
この日はたまたま予定が空いてたのですが、イベントに気づいたのは前日の夜。
現地に行っても会場に入れるかが不安でしたが、なんとか入場できました。
アニメスタイル初参加の私、列がなかったら入口も見つけられなかったかも。

地下にある会場の中は人でごった返し、まるでジーハ村の村民集会です。
お隣の席の方と親しくなって適当に話してるうちに今石監督、中島かずき氏、
大塚副監督の三人が登場、今石監督の「じゃあ大グレン団のみんな、乾杯だ!」
のかけ声により、参加者一同で乾杯。その後はアニメスタイルの小黒氏の司会で
第一部のトークが始まりました。

今石監督いわく「今までこんなにマジメに作ったことはなかったけど、こんなに人が
集まってくれると“マジメに作ってよかった”と思う。」
中島氏いわく「自分の仕事はOA前に終わってるんだけど、やっている間はいつ絵が
白くなるかハラハラしてた、実は最終回の生放送用シナリオも考えてた(笑)。」
小黒氏「それはガイナックスお得意のイスが出てきて」
中島氏「割り箸に“グレンラガン”と書いて出すとか、それを上川隆也にやらせるとか」
もちろん冗談なんだろうけど、万一実在してたら撮って欲しいな~、その脚本。

『グレンラガン』は当初の構想ではもっとゆる~い内容の作りになる予定で、それこそ
4話のような日常の話がもっと多くなるはずだったんだけど、今石監督と中島氏の間で
打ち合わせを重ねるうちに、だんだんマジメになっていったそうです。
あまりにマジメに作った故に今石監督の我慢もハンパではなかったようで、本人いわく
「『グレンラガン』は僕の我慢汁でできている」とか(^^;。

その後は小黒氏がネットで寄せられた質問を紹介する形で、作品に関する質疑応答。
設定がらみの話は中島氏が、作品コンセプトなどに関わる部分は今石監督が答え、
大塚副監督は製作の逸話などをフォローするという流れで進みました。
やたらと細かい設定を知りたがる質問には、冗談やはぐらかしで答える中島氏。
適当な答えに聞こえた人もいそうだけど、私には「そこは見た人たちに任せます」的に
委ねられた感じで、別に悪い気はしなかったですね。
まあここでの話は結構眉唾モノだし、余所でもアップされてるからウチは省略。
ちゃんとした設定については、後日公式ムックにでも載るでしょう。
むしろ面白かったのは中島さんのマニアぶりで、トーク中に「超級覇王電影弾」と
口走ったり、ギャバンのOPを一節歌ったり(笑)。熱い、熱すぎるぞ。
こういうのはその場にいないとわからない話なので、ここに記録しておきます。

10分の休憩を挟んで、今度は作画スタッフの方々を招いての第二部へ。
今石監督に加え、キャラデザインの錦織氏、作画の雨宮氏、久保田氏、すしお氏
(登場順)により、作画中心の話が繰り広げられました。
星型サングラスの錦織氏、パース君の雨宮氏、ミサイル職人の久保田氏、そして
今石監督から「ロージェノムとラゼンガンは彼にあげました」と言われたすしお氏。
各人の話はきっとアニメスタイルの公式HPで記事が出るでしょう(投げやり)。
なにしろこのパートのバックでは最終話の納品バージョン(提供やCMが入る前の
完成品)が流されていて、みんなトークを聞きつつもついつい画面に見入る状態。
申し訳ないけど、聞いた話も端から忘れていってしまいました。
でも貴重な映像を描いた本人たちのコメントつきで見られたのは感激でしたねぇ。
しかも今回流された映像には、あの憎き「ディレイ処理」がかかっていないので、
最終決戦における超絶作画の数々を「無修正」で堪能できました。
DVD最終巻が出る前にこれを見られるとは思わなかったので、すごく得した気分。

第三部では今石、中島、大塚の3氏が再度登場し、最後のまとめへ。
中島氏はラストシーンを構想してからシナリオを書いていくタイプだそうで、早くも
2005年10月ごろに書いたプロットの中で、既に1~4部の構成とラストまでは
ほぼ決まっていたとのことでした。
大塚氏は中島氏からのシナリオを読むたびに「面白いけど、一体これをどうやって
映像にすればいいんだ」と悩んでいたそうで、「誰か代わりにやってくれないかな」
と、しょっちゅう思っていたようです。
中島氏からは「脚本を渡すたびに大塚さんの顔が曇ってた」と言われてました。

小黒氏の「作品作りと社内のチーム作りにダブっているところは?」との問いに
今石監督からは「グレンラガンの企画が出た頃のガイナは社内で多くの作品を
分業する体制になっていて、一個の作品をみんなでつくることがなくなっており、
「トップ2」を作る横で「ご主人様」をやっているという状態だった。社内の一体感も
なくなっていたし、うまい人が集まっているのにこれではもったいないと。だから
自分が監督の座をもぎ取って、若いスタッフをまとめてやってみようと思った」と
まさに大グレン団結成さながらの裏話が明かされました。
すしお氏も最初はトップ2やりながら今石組を横目で見て「あいつらいいなー」と
悔しい思いをしていたと、第二部で話してましたねぇ。
(いっそトップ2なんかうっちゃってしまえば…げふんげふん。)
そんな疎外感を癒したのは、やはりロージェノムだったみたい(笑)。
彼を描き、彼のセリフを読むことが、すしお氏の心を奮い立たせたようです。

そして、ニアの最期について。
この件に関する質問には、監督から「あれはハッピーエンドです」との言葉が。
シモンもニアも結果をわかっていて、あえてアンチスパイラルを倒すという決断を
したのであり、その選択に後悔はないのだと受け止めてもらえたら…とのこと。
中島氏は「あの局面でもシモンは前に進んでいると考えて欲しい」、大塚氏からは
「あそこまでがんばってくれたニアに、これ以上がんばれとは望めない」との言葉が
ありました。
代償も無く安易に勝利を得ることはできない、それはカミナの死で皆がわかったこと。
その時と同じ選択を突きつけられながら、それを覚悟して選んだシモンとニアには
だれも異議を唱えることはできない…私はそう思いました。

最後は今石監督のサイン入り同人誌を巡ってじゃんけん大会を行い、長いイベントも
ついに終了となりました。
今石監督をはじめスタッフの皆さん、イベントを企画したアニメスタイルの方々、
そしてLOFT PLUS ONEのスタッフに感謝です。
そして打ち上げに参加した大グレン団のみなさん、お疲れさまでした。
コメント (3)
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刹那のセリフでマシンハヤブサの歌を思い出した

2007年10月13日 | アニメ
早くも2話で出てしまいました、「俺ガンダム」発言。
これを言っていいのはドモンとウーフェイだけだと思ってました。
こうやって毎回ネタを振ってくれるのかな。まあそれもいいけど。
(ちなみにマシンハヤブサは主題歌しか知りません。)

ということでガンダム00、第2話「ガンダムマイスター」です。
冒頭から古谷徹のナレーションによる世界情勢の説明がありますが
これを聞いているうちに「カーグラフィックTV」を思い出しちゃったのは、
たぶん私だけではないと思います。
いっそ新型MSが出てくるたびに、ナレーションで機体のスペックとか
説明してくれないもんですかねぇ。

第1話がガンダムの顔見せ興行なら、第2話は背景説明というところ。
ソレスタルビーイングの目的って、要するに国連の役目を私設軍が
肩代わりしようということなんでしょうね。
ただし停戦しなければ双方とも殲滅。なるほどこれなら公平だし、
頭の悪そうなマイスターたちにもわかりやすいですな(^^;。
そして究極的には自分たちが「全人類の敵」となることで、世界が
一致団結してくれることを狙っているのでしょう。
この「毒をもって毒を制す」的な手法が、政治的にもストーリー的にも
どこまで通用するか。なんか世界を混乱させるだけ混乱させておいて、
「第一期・完」ということになりそうなんですが…。

そもそも今回みたいな局地戦に介入しているだけでは、世界の枠組みは
決して変わらないんじゃないかと思いますけどねぇ。
やっぱり将来的には軌道エレベーターが破壊されるんでしょうか。

サファリルックなのに足元がヒールな王留美の服装はジョークですか?
あまりの意味不明さに笑うべきかムカつくべきかわかりませんでした。
全革連が展開中の地域にユニオン機が出現していいのかという疑問など、
雑なんだかネタなんだかわからない部分が多すぎです。
素のままで大気圏突入するヴァーチェ、機体サイズを無視した運動性で
ランスロットばりの動きを見せるエクシア、遮蔽物を使わずに空中から
狙撃をするデュナメス、爆撃機にまでなってしまったキュリオスなど、
カッコいいというよりもデタラメ感が気にかかるガンダムも気がかり。
ホント、この先大丈夫なんだろうか?

次回タイトルは「変わる世界」。「終わる世界」じゃなくて良かった(^^;。
コメント (4)
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聴かせてもらうぞ、この世界の音を

2007年10月08日 | アニメ
TV終了後の余韻が残るうちに『天元突破グレンラガン BEST SOUND』を購入。


でも私にとって、「聴きたいのは~、しょこたんじゃない~♪」ということで、
最大のお目当ては岩崎琢の手がけた楽曲だったりします。
この人の曲は『R.O.D -THE TV-』で聞いて好きになったんですが、今回の作品は
それらを上回るかと思うほどの力作ぞろい。
特にヴィラルのテーマである「Nikopol」と、合体と戦闘のシーンでよく使われた
「合体なんてクソくらえ!!(合体挿入曲第一番 ハ短調アレグロ K2564)」は
歌モノとしても最高にカッコいいです。
もしカラオケに入ったら歌ってみたいなぁ。すごく難しそうだけど。
ちなみに収録曲は作曲家本人の趣味でどれもひねったタイトルがついてますが、
「Nikopol」の元ネタがエンキ・ビラルとは…ちょっとひねりすぎでしょ(^^;。

ボーカル集のほうは全曲網羅がありがたい反面、この手のアルバムとしては
収録曲が少なめなので、お得感については普通レベルという感じ。
中川翔子の歌声はクセが少ないのが強みですが、個性とノビはちと不足かな。
何を歌っても無難に歌えるけど、その分「らしさ」が感じられないと言うか…。
「空色デイズ」と「happily ever after」、どちらも歌詞と曲が作品にマッチしていて
まさにグレンラガンの世界を凝縮したような歌なのですが、CDで聞いてみると
曲のパワフルさにボーカルが負けて聞こえるのが、ちょっと残念でした。
歌詞も曲もいい分、個人的にはもっと力のあるボーカリストに歌って欲しかった。
とはいっても番組の顔となる曲ですから、結局何度も聴いてしまうんですけどね。

HIGH VOLTAGEは見た目も楽曲もBLANKEY JET CITYの劣化コピーに見えて、
私はあんまり好きじゃありません。(そのわりに上で替え歌作ってますけど)
「UNDERGROUND」も、話の中身と合ってるんだかないんだか微妙な曲だし。
逆にアフロマニアの「みんなのピース」は第2部のストーリーをうまく取り込んで
このバンドらしく仕上げた感じで、前向きな曲調も含めてかなり好きです。
ヘコみがちな話が続いた分、この曲の明るさが一種のフォローになってたかも。
登場人物の歌2曲は、正直なところオマケです。うまいかヘタかは置いといて、
私にはキャラソンってどうしてもなじめません。これは無くてもよかったかな…。

ノンクレジット映像は曲数が少ないこともあって、実質的には4種類。
バージョン違いも含めれば7種ですが、絵的に大して違わないのも多いですから
やっぱり物足りないですね。
いっそこのアルバム用に再編集した映像で、フルバージョンの「空色デイズ」を
収録して欲しかったなぁと思ったり。

いろいろ不満も述べましたが、グレンラガンという作品を音楽で振り返るのも
なかなか感慨深いもの。ファンなら聴いておいて損はないと思います。
でも岩崎氏の意向とはいえ、BGMの一部が未収録らしいのが惜しまれる…。
できればベストよりもコンプリートを目指して欲しかった。
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困った時はやっぱりガンダム

2007年10月06日 | アニメ
機動戦士ガンダム00、はじまったー。
種にしてみたり00にリセットしてみたりと仕切りなおしに忙しいガンダムですが
今作はどこまで支持されるか、あるいはこき下ろされるか。
なんだかんだと言いながらも、ブログのネタにできるのはありがたい限りです。
困った時のガンダム頼み、とはサンライズに限った話ではありません(^^;。

ちなみに00と書いてダブルオーと読むわけですが、このタイトルをW0と書くと
ウイングゼロと読めないこともないなぁ、なーんて思ったりして。
これってやっぱり、ガンダムWのリセット版という意味なんですかね?

さて、ダブルオーでは第1話からガンダム全機がお披露目となりました。
最初からメカでぐいぐい押す展開は久々かも。1話では起動場面しか見せないとか
主役機出し惜しみの焦らしがなかったのはよかったです。
エクシアとキュリオスは伝統的なガンダムタイプだけど、デュナメスとヴァーチェは
普通ならMSV路線で登場しそうな機体。逆にメイン機としてどこまで活躍できるか
期待したいところです。
しかしヴァーチェはガンダムっつーより、バーチャロンのライデンみたいですな。

ストーリーのほうは放送初回ということもあり、なんだかわからない所だらけです。
各地の武力行動や武装行為に関わる場面でいきなり乱入してくるガンダムたちと
それらを擁して戦争抑止としての武力行動を宣言する私設武装組織の存在。
しかも当事者たちはその矛盾を自覚しつつ、あえて行動を起こしている様子です。
この相当こんぐらかった滑り出しを脚本の黒田洋介がどうやってまとめていくのか、
まずはお手並み拝見といったところ。
水島監督は『大江戸ロケット』の製作で肩の力も抜けたでしょうし、次は重たくて
扱いの難しそうなこの作品を何とかうまく捌いて欲しいものです。
これをしくじると次のガンダムシリーズは当分作られなくなるかもしれないし。

それにしてもこの話に2クールで話数が足りるのか、のっけから心配になってます。
まあ人気が出なかったらこれも黒歴史扱いになるだけですが、西暦が舞台なのに
黒歴史にされちゃうのもちょっとイヤなので、とりあえずは健闘を期待しています。
でもギアスみたいに2部構成で引き延ばすのだけは勘弁な!!

…とオチをつけたつもりが、どうやら2部構成は既定路線だった様子。
きちんと終わらない見込みもある作品を2クール見せる商売ってどうなのよ?と
スタート直後からいきなり萎え萎えな気分です。
これでは「結末は劇場版で見てね」て売り方と、さして変わらんではないですか。
まあこれも記事のネタにはなるけれど、なんだかなぁ~。
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グレンラガンこそ真の『トップ2』である!

2007年09月30日 | アニメ
『天元突破グレンラガン』、本日ついに完結。
スタートまでは不安だらけの作品でしたが、いざ始まってしまうと一気呵成の27話でした。
ここまで突き抜けた中島&今石コンビに脱帽、そして頑張ったスタッフの皆さんに感謝。

ラストはアニメ史上最大規模の殴り合いから、これまでのストーリーと設定の全てを集約して
1本にねじり上げた怒濤のクライマックスへと突入。
あまりの規模の大きさにかえって生々しさが削がれた面もありましたが、超スケールの激闘を
手加減なく描ききった心意気には、思い切りシビれました。
最後はしみじみとした終わり方でしたが、次代への道を開こうと戦ってきたシモン達にとっては
あれが一番幸せな結末だったのかもしれません。
なんにせよ物語全体にTV放映の尺内で決着をつけた姿勢と、安易な結末を用意しなかった
製作陣の腹の括り方には、大きな拍手を送りたいと思います。

もはや過去の遺物と思われた「ドリル」を作品全体のキーワードとして、メカのコンセプトから
物語のテーマにまで取り込んだのは画期的でした。
今後はアニメファンの間で「ドリル」と言えば、メカでも作品名でも真っ先に「グレンラガン」が
思い浮かぶことでしょう。
ついにゲッター2からその座を奪ったというだけでも、ロボットアニメ史においては大事件(笑)。

これまで色々とロボットアニメを手がけてきたガイナですが、新味を出そうとしたせいなのか
どの作品にも変化球めいたひねりが入っていた気がします
今回『天元突破グレンラガン』を作ったことによって、ようやくサンライズ製のロボットアニメと
正面から向き合える作品ができたかな、という感じ。
アニメ製作会社としてのGAINAXにとっては、今が一皮むける真のチャンスかもしれません。
新劇場版もいいけど、やはりTVアニメを抜きにしてこの業界の将来は語れないはず。
ガイナックスが手がける次のTV作品にも、大いに期待しています。

しかしこのデキとこのノリをTVで見せられちゃうと、今さらながら『トップをねらえ2!』って
何だったんだろうと思っちゃいますね。
賛否両論ある中で完成してみれば、前作の感動に便乗するかのような終わり方。
しかも直後に作られた『グレンラガン』には完成度と人気の高さを見せつけられ、さらには
新劇場版EVAの投入によってガイナックスの話題作という位置づけも奪い去られてしまい、
いまや全てのアニメファンから忘れられつつある感じです。
(追記:これを書いた後に朝比奈さんより「新EVAはガイナの作品じゃない」と指摘あり。
メンツはほぼ同じでも製作はカラーになるんですね。大変失礼しました。)
初代トップファンとして言わせてもらえば、ムリヤリ作ってこの体たらくはあまりに情けない。
グレンラガンの熱さと大スケールの前では、トップ2の大風呂敷もローソクの炎程度ですし。
どうせなら中島氏にトップ2の脚本も書いてもらっていれば、少しは違ったかもしれないのに…
といっても、そんなの今さら後のまつりですが。

今思ったのですが、『天元突破グレンラガン』の「突破」って、「トップをねらえ!」に対する
オマージュとしてのネーミングなのかも。
だとすれば『トップをねらえ!』ならぬ『突破をねらえ!』というところでしょうか。
ようやく実現したTVシリーズという点も含め、この作品こそまさしく『トップをねらえ!』の
正当な後継者であると思います。
ファンムービーとしてはまだ許せる『トップ2』ですが、初代の魂が受け継がれているのは
どう見たって『グレンラガン』のほうですから。
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春のめざめ

2007年07月30日 | アニメ
今年の春に渋谷のシネマ・アンジェリカで公開された話題の油彩アニメ
『春のめざめ』が、早くもDVDで発売されました。
そういえば春分の日、映画館に並んで見たんだよなぁ、この作品。
タイミングを逸してその時は記事にできませんでしたが。

発売日を勘違いしていたおかげで2日遅れで買いに行ったら、どの店にも
置いてありませんでした。
しょうがないので秋葉原まで行きましたが、某映像ソフトの大型店舗で
アニメコーナーの兄ちゃんに聞いたら、タイトルすら知らないとのこと。
おまけに「ジブリ作品は一般映画の階に行ってください」とか言うし、
行ってみたらそこの店員も知らないというありさまです。
結局ヨドバシ・アキバ内のタワーレコードでようやく見つけました。
でもあそこはヨドバシのポイントカードが使えないんですけどね。

筋書きはいたってシンプルで、思春期の少年が家で働く小間使いの少女と
近所に住む年上の美女のそれぞれに思いを寄せつつ、甘い恋愛への憧れと
苦い現実を体験するというもの。
その少年の妄想や戸惑い、そして失望といった感情の動きが、現実の光景と
切れ目無い形で描写されていくのが、この映画の見どころとなります。
開いたドアがそのまま本のページになったり、もらった手紙が気球に変わって
空想の世界へと飛んで行ってしまったり。
この年ごろの少年の妄想癖や奔放な想像力、そして異性への好奇心と怖れが
流れるように変化する油彩画のタッチによって、見事に表現されています。
何気ない日常風景が、絵の具の渦と共に空想の世界へ変わっていく映像は
印象派が絵画でやろうとしたことをそのままアニメで実践したかのよう。
というか、妄想もここまでくると、もはや象徴派に近いものがあります。

絵の美しさだけでなく、演出面でのテクニックにも驚くべきものが。
街の俯瞰を延々と横スクロールで見せていくシーンは、まるでモネの描いた
街の光景を、一続きの絵につなげてしまったように感じられます。
陰影の使い方や水面の反射の描き方なども、印象派の技法にアニメならではの
光や動きの効果を取り込んで、見事な効果をあげています。
残念なのはTVモニターだと、この光の効果がいまひとつ生きないことですね。
家で見るなら部屋を暗くして見たほうが、幻想的な映像をより楽しめるかも。

主人公の少年が夢みた恋物語は、彼の純粋さと優柔不断さが原因となって、
結局は二人の女性を翻弄することになり、やがて苦い結末へと至ります。
予告編やCMを見た時は、まさかこんな感じの話だとは思いませんでしたが
『時かけ』とは違う形で「初恋」のときめきと苦悩を描いた力作でした。
最後のモノローグを『時かけ』のラストに出てくるタイトル表示と比較すると
それぞれの映画の視点の違いが感じられて、より面白いかもしれません。

映像特典は、アニメ製作時の作業の様子などを記録したミニ・ドキュメンタリー
「アレクサンドル・ペトロフの肖像」と、アニメのスチール画等を記録した映像、
そして劇場予告編やCMの映像集。
ドキュメンタリーは35分。ガラス板に油絵の具で描いていくという独特の製作法や
それをいかに動画にしていくかという過程、そしてペトロフのアニメの師匠である
ユーリ・ノルシュテインとの対談が収録されています。
絵の具が乾かないうちに次の絵を描いては消すという作業は、まるでクレイアニメを
見ているような感じ。
最後はCGに取り込んで合成をするわけですが、その前は基本的に全て手仕事なのが
よくわかります。
作業中に思いついたことをそのまま絵に反映させられるこの製作法が、ペトロフには
一番あっているみたいですね。
スチール画はカラーの油彩と鉛筆原画など。枚数はもう少しいれて欲しかったなぁ。
中にはメディア芸術祭の会場に本物が展示されていた絵もありました。

ブックレットもついてないし、映像特典ももう少し充実して欲しい気はするのですが、
そこは値段が安いから仕方がないのかも。
作品そのものは必見のすばらしさなので、ぜひご覧いただきたいと思います。
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絶望先生がアニメで動く!

2007年07月13日 | アニメ
まさかアニメ化されるとは予想もしてなかった『さよなら絶望先生』。
知る人ぞ知る週間少年マガジン連載のギャグマンガですが、あの問題作を
TVで見られる日が来るとは・・・『ゴーレム100』が出たくらいの驚きです(笑)。
MXTVで見たCMは日テレの「金曜ロードショー」オープニングをパクってるのが
笑えましたが、1話を見たらさらにびっくり。
なんと旧バージョンのオープニングまで丸パクリじゃないですか。
いったいどのへんの層を狙ったギャグなのか?まあ私には大ウケでしたが。

内容のほうは原作どおりのダークさと無気力さ、そしてシュールなギャグを
驚くほどうまくアニメ化しています。
それもそのはず、製作会社は『ぱにぽにだっしゅ!』のシュールなネタで
一躍名をあげた、あのシャフトですよ。
原作者が一時は全面対決していた『ネギま?!』と同じ製作会社が担当とは
なんとも皮肉な話ですが、確かにやるならシャフトしか考えられないわな。
1話の冒頭から主人公が首吊ってるアニメなんて、他じゃ無理でしょう。
背景にやたら原色を多用したがるところや相変わらず頻出する黒板の文字は
シャフト風味が全開で、このノリが好きな人にはたまらないものがあります。
字幕やBGMなど、ニセ大正文化風な演出の数々も見どころのひとつですね。

原作の淡々とした画風に対し、アニメ版には微妙に萌え要素が入ってるのが
ちょっと気がかりですが、それもシャフトなりのお遊びなのかも。
1話では可符香(野中藍が演るとは思わなんだ)のスカートチラリシーンを
執拗に描写しつつ、肝心のシーンは全部おっさんの顔マークで隠すという
徹底したイヤガラセ(笑)に走ってましたから。
(あの顔は原作者のアシスタントの人らしいです。いや~濃い顔だわ。)
『ネギま?!』の時は正直キャラ萌えがわずらわしくなってきて、途中で
見るのをやめちゃいましたが、今度は続けて見られそう。
今後も原作の過激さを損なわないアニメ化を続けていって欲しいところです。
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もう一度『時かけ』について語りたい

2007年07月02日 | アニメ
いろいろあって久しぶりの更新。皆様お元気でしたか?私はいまひとつです(^^;。

『時かけ』限定版DVDをようやく鑑賞しました。
特典DVDはまだ見てません。(というか、いろいろあって見られる目途が立たない。)
生フィルムは52分44秒あたり?の「学校の前庭へタイムリープ後、ポーズを決める」
というシーンでした。真琴の絵、ちっさ~(涙)。

さて改めて見直してみると、初見でさわやかさが強く印象付けられるこの作品も、
実は結構明暗があるのだということがよくわかります。
画面構成の明暗と同様に、学園生活にも明暗があるわけで、それがいじめだったり
受験だったり友人とのすれ違いだったりするわけですよ。
そのへんをきちんと描いておきながら、最後にすっきりとした終わり方へと持っていけたのは、
筋運びの巧みさゆえですかね。
まあ一部の問題はオミットされてるとも言えますが、真琴本人とその周辺については
折り合いがついたわけだし、それで十分だと思います。
少なくとも、今のところは・・・。

・・・と思わせぶりな書き方をしたのは、以前の記事で触れた「白梅ニ椿菊図」に絡む
私なりの「読み」を、ここで少し詳しく書こうと思うからです。
DVD発売からかなり経ったし、もう独断で好き勝手書いてもいいかなってことで。

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さて、「時をかける少女」という作品において、その背後に「死」、そしてこれによる
(主観的な)時間の流れの停止、という視点があるのは明らかでしょう。
この「個人的な死」を「世界の死」と結びつけるアイテムこそ「白梅ニ椿菊図」なのだと
私は解釈しています。
個人の死が不意に襲ってくるように、世界も突然に滅ぶかもしれない。そしてその予兆は
日々の暮らしの中に密かに現れているのかもしれない。自転車のブレーキが壊れるように。
真琴の狭い日常も、実はより大きな世界の出来事の縮図だと見てよいでしょう。
そこを押し付けがましく描かず、匂わせる程度に留めたところ。
そこが『時かけ』という作品の底の深さ、巧みさなのだと私は思うのです。

千昭は自らの立場上、未来の姿を真琴にはっきりと明かすことができない。
でもなんとなしにそれを語らずにはいられないほど、彼(彼ら)は追いつめられている。
その閉塞感、未来への希望のなさが、彼らを過去へと向かわせているのかもしれません。
バカだけど賢明な真琴は、千昭の示唆する未来像を敏感に察知している。
だから彼女は、物語のラスト近くで千昭に向かって語りかけるのですな。
「あの絵、未来に帰って見てね。もう、無くなったり、燃えたりしない。」と。
どうやってそれを成し遂げるかはわからないけど、彼女がそう語ったことできっと
世界は変わったんですよ。その時点で新しい物語が始まったのです。
紺野真琴と、そして世界にとっての新たな物語が。
その意味も含めて、ラストにもう一度『時をかける少女』というタイトルが提示されたのだと、
私は信じています。

大げさに、そしていかにもSF的に言えば、これは「紺野真琴が死なないことによって、
世界が救われる物語」という読み方になるのでしょう。
でもそういう風には描かない、そして感じさせないところが、奥寺脚本のうまさであり、
そして奥ゆかしさと言えるんじゃないでしょうか。
世界を背負い込むんじゃなくて、自分の生き方を通じて世界を変えていくという形。
そのスタンスのとり方が、今の時代における「リアルな在り方」なのだと思うのです。
因果律うんぬんを前面に押し出さないことで、変にジャンル内に押し込められることも
回避できたのだと思いますし。
テーマの大きさや展開の巧みさでは(初代の)『トップをねらえ!』も互角だと思いますが、
あっちは意匠面で徹底的に「SFとオタク風味」を前面に打ち出す戦略をとっているため、
そこが世間一般との壁になってしまっているとも言えます。
手法としては『時かけ』のほうが、より文学/芸術チック(いわゆる「映画寄り」)な感じ。
(そのあたりの違いについては、誰か目の利く人にきちんと語って欲しいものです。)

最後は脱線しましたが、私にとっての『時かけ』は、見えてない部分の大きさや重さもまた、
見えてる部分と等価かそれ以上の比率を占めてると思わせる作品です。
他の人の見方を縛るつもりじゃなくて、「話のスケールが小さい」「時間SFとしては弱い」
という意見には、ちょっと異論があるということを述べたかったまでです。

ところで、千昭の「未来で待ってる」発言について。
ストレートに考えれば「絵を」待ってるということなんでしょうけど、彼が来た未来を
ずっと近い時代・・・例えば20年先とすれば、本当に待ってる可能性もありますよね。
その時真琴は37~8歳。今回の芳山和子とだいたい同じくらいの年齢ですな。
深町君を待ち続ける和子と、未来の真琴をオーバーラップさせて想像してみてください。
そこに千昭が現れたら。そして「ずっと待ってたぜ」と、真琴に言ってくれたとしたら・・・。
これってちょっとドキドキしませんか?
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どこへでもいける切手

2007年02月23日 | アニメ
2月23日に郵政公社の特殊切手「アニメ・ヒーロー・ヒロインシリーズ」の
第5弾として、『新世紀エヴァンゲリオン』が発売されました。
奇しくもこの日はEVA劇中でも使われた「ハレルヤ・コーラス」の作曲者、
ヘンデルの誕生日だそうです(豆知識)。

公社の正式な発行物というのも滅多になさそうな話なので、とりあえず
1シート買ってきました。
パイロットとEVAが対になっている図案はさほど珍しくもありませんが、
カヲル君とサキエルのペアは面白いですね。
最初と最後の使徒が揃い踏みというのは、気の効いた組み合わせです。
包帯姿のレイが入っていないのはネタ的につくづく惜しまれますが、
あの手の痛々しい絵は切手にできないのでしょう。

EVAといえば、ただいま再劇場化の作業が進行中とか。
総監督のコメントには「この12年間、エヴァより新しいアニメはなかった」
と書かれていますが、一抹の真理はあるとしても、そこまで言い切るのは・・・。
仮にそのとおりだとしても、今回の劇場化についても同じことが言えるわけで。
「エヴァより新しいアニメは作れないのか?」と問いかけたとき、答えとして
やっぱりエヴァしか出てこないというのは、一番まずい状況にも思えます。
単純に「心残りがあったから作り直す」と言われれば、こちらもそれなりに
納得できるのですが。

作品タイトルが「ヱヴァンゲリヲン」となっていること、原作にも製作にも
GAINAXのクレジットがないことから考えると、今回の作品は旧EVAとは
一部の設定を共有するだけの、ほぼ新作になる可能性が高そうです。
予告編の映像もバンダイビジュアルが版権を持ってますし。

新作画コンテの担当に京田和巳氏の名が出てるのが、ちょっと笑えます。
『ラーゼフォン』も『交響詩篇エウレカセブン』も「エヴァより新しくない」
と言われた作品に含まれるわけですが・・・この業界も複雑ですねぇ。
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DVD『時かけ』の仕様が判明!

2007年02月07日 | アニメ
DVD『時をかける少女』の仕様が、やっと発表されました。

通常版はディスク1枚に本編と劇場舞台挨拶、TVCF、劇場予告等を収録。
音声特典として監督とメイン声優3人によるオーディオコメンタリー、さらに
エンディングテーマ『ガーネット』のPVまで入ってます。
お値段も4,950円と、アニメにしてはなかなかお手ごろな価格。
(しかしこの価格設定、ちょうどジブリ作品とかぶりますね。)

ちょっと気張りたい人のための限定版は、さらにディスクが2枚プラス。
ディスク2では製作や舞台挨拶の裏側をレポート、ディスク3は本編と
絵コンテを同時収録して、スタッフのオーディオコメンタリーをつけた
資料性の高いものになりそうです。
他にはブックレットや、劇中で真琴がバッグにつけていたマスコット、
さらには実際に使われたフィルムを使ったブックマーカーも同梱。

個人的には、このブックマーカーが一番うれしいです!
以前にこのBlogでも「フィルム同梱して欲しいなぁ」と書いてますし。
どの場面が入ってるのか、今から楽しみ。
これを新装版の原作『時をかける少女』に挟むと、ちょっと通っぽいかも。

さらに詳しい内容については、ぜひ公式HPでお確かめください。
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ホントに すごい 『うたわれるものらじお』

2007年01月29日 | アニメ
shamonさんご推薦のCD版『うたわれるものらじお』、やっと聞き終わりました。
最初は特別編から聞こうと思ったんだけど、アタマ5分を聞いて方針変更。
「ラスボス」に至る過程を押さえてから聞けばさらに面白いんじゃないかと
考えたわけですが、結果としてこれは大正解でしたね。

ただし収録量がハンパじゃないので、全部聞くまでが長かった。
本編はMP3で第1回~13回まで収録、しかも原則30分番組のはずが
全然枠に収まらず、平気で40~50分以上収録されているという代物なので
休み無しでぶっ続けに聞いても半日近く必要という大作(?)になってます。
私はラジオって家で聞かない主義なので、プレーヤー(PSP)に落として
外で少しづつ聞きましたから、さらに時間がかかりました。

でもここまでたっぷり収録されてると、お得感いっぱいでうれしいですね。
全部聞き終わったころには、また最初のほうを聞きたくなってきます。
こんな大容量が実現したのも、MP3によるデータ配信が一般化したおかげ。
WAVEデータでは考えられなかったことです。技術の進歩ってすごいなぁ。

番組自体は応援サイトが既に多数あるので、特に説明する必要も無いのですが
当初の趣旨は「アニメ版『うたわれるもの』をより楽しく見るための情報番組」
ということだったらしいです。
でもこの番組の魅力は、やはりパーソナリティの小山力也さんと柚木涼香さんの
微妙にちぐはぐな掛け合いと、ゲストが来たときのからみ方でしょう。
「自虐系総受けタイプ」の小山さんと「妄想系強攻めタイプ」の柚木さんによる
ゆるい中にも変な緊張感のある進行の、奇跡的(笑)なバランスの妙。
そしてたまに来るゲストがもたらす波乱と、なんとかそれをまとめようとする
出演者(ゲスト含む)の奮闘(もしくは迷走)っぷり。
どこまで計算だかわからないノリのおもしろさは、TVのトーク番組に通じます。

パーソナリティが二人ともラジオが初めてなうえ、男性と女性の組み合わせで
互いに歳の差があるということも、うまい方向に作用した感じです。
「人の良い高校教師が思い込みの激しい女生徒に振り回される」というラブコメを
想像してもらえば、ラジオのノリがわかってもらえるかも。
純粋な『うたわれるもの』のファンには賛否両論ありそうですが、話を知らない人にも
原作への興味を持たせるという点では、十分に番宣の役目を果たしてると思います。

グダグダな進行がかえってゲストの素顔を引き出している、という点もユニーク。
どの回も面白いのですが、あえて1本あげるとすれば、やはり初ゲストとなった
沢城みゆきさんの回を押したいなぁ。
実は私、これを聞いてから沢城さんのにわかファンになりまして。
「トップ2で一番好きなのは第3話」と言ってたところに、チコ役の沢城さんが出た
この回を聞き、役者としての姿勢やモノの考え方に感銘を受けてしまいました。
テレビ朝日系で放送中の『RED GARDEN』でも達者な演技を見せてますし、
これからの活躍が楽しみな役者さんです。

さて、CD特典の特別編は「ラスボス」こと田中敦子さんがゲスト。
小山力也さんの先輩で『攻殻SAC 2ndGIG』等の共演作も多いという
「非常に親しい」ご関係と言うことで、力也さん異常に大はしゃぎ。
なにしろ自分から「あっちゃんはね~♪」などと脈絡もなく歌いだす始末で、
普段のガードの固さがウソの様なご乱心ぶりでした。
敦子さんに収録後の予定とか聞いてるし、いつもの紳士ぶりはどこへやら。
リスナーとしては柚木さんと敦子さんの「直接対決」に注目してたんですが、
そこは貫禄の差で敦子さんの圧勝。
なにしろデビュー作でお世話になってるんじゃ、柚木さんの分が悪いです。

それはさておき、『攻殻SAC』や『24』の収録裏話にプライベート情報、
恋愛感なども含めて「田中敦子の素顔」を垣間見られたのは貴重でした。
今度はぜひ本編にも出ていただき、柚木さんと再戦して欲しいものです。

さて、ラジオCDに続き「うたわれるものデスクトップキャラクターズ」の特典は
ゲストに「あの」浪川大輔さんを迎えた特別編だとか。
「ラスボス」の敦子さんに対し、番組中の浪川さんの扱いはまさに「スライム級」。
あれだけ出たいと言い続けた本人としては本望でしょうけど、間違いなくあの二人に
こっぴどくいじめられるんだろうなぁ。今から楽しみだ(笑)。
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夏のアニメ、冬のアニメ

2007年01月18日 | アニメ
時かけの~!
DVDが~!!
いよいよ出るぞ~!!!
『時かけ』らしく、走ってくる感じを文字で再現してみました。
一応、ドップラー効果風の色付き(^^;。

・・・元日以来のご無沙汰です。
正月明けから多忙で更新もできませんでしたが、なんだかんだ言いつつ
『鉄コン筋クリート』はしっかり見てきました。
手書きアニメの良さとCG合成によるカメラワークを見事に融合した映像は
たしかに最先端かつ今の最高水準と言っても良いでしょう。
スタジオ4℃の技術力とマイケル・アリアス監督の映像センス、そして
日本的な町並みへのこだわりには脱帽です。色使いも美しいですし。

ただ、どうにもシナリオが弱いんだよな~。
後半に行くにしたがって類型的になるキャラの内面描写に、唐突な終わり方。
映像って理屈や筋書きで見るもんじゃないのかも知れないけど、それだけでは
もう日本のアニメファンには納得できないのです。
原作読んでないせいかもしれませんが、イタチの素性についてもあと一ひねり
あってもよかったと思います。
たとえば、あれはみんなが大人になる過程で宝町に捨てていった、幼年期の
思い出の具現化だったとか。
なんだかマイケル・マーシャル・スミスの「みんな行ってしまう」っぽいですが
物語の真の主人公を「宝町」と考えると、こういうのもアリじゃないかと。
その点について言えば、この作品「ビューティフル・ドリーマー」にどことなく
似ているような気もします。
ラストシーンが現実の風景か心象風景かは微妙なところですが、私としては
やはり最後の場面は宝町にして欲しかったですね。

それとアクションの演出、よく見るとハリウッドのSFX映画の動きに似ています。
アニメとしてはよく動いているんだけど、どこかで見たような・・・という場面は
結構ありました。映像の斬新さという点では、少し物足りない気もします。
でも田中泯と本木雅弘の芝居はいいですよ。他の役者さんもがんばってました。
特に蒼井優の熱演は見物です。
あまり期待しすぎるのは禁物だけど、興味のある方はぜひご覧ください。
ただし結構キツい暴力シーンがあるので、子供連れはオススメしません。
私の見た劇場でも、エンドロールが流れ始めた途端に出て行った家族連れを
何組か見かけました。

さて、冒頭に戻って『時をかける少女』のDVD。
限定版と通常版が出るそうですが、どこがどう違うのか今のところ不明です。
まあ私の場合、買うなら限定版ですけどね。てかもう予約しました。
あれは夏に劇場で見るのが最高なわけですが、和子おばさんになった気分で
あの夏の思い出を振り返って見るというのも、ひとつの楽しみ方ってことで。
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TVでこれが聴けるとは思わなかった

2006年12月02日 | アニメ
ことアクションに関しては原作コミック以上じゃないかという
「BLACK LAGOON The Second Barrage」ですが、#21では
なんと原作どおりにギターウルフの「環七フィーバー」を使用。
これがまた原作以上にハマってて大盛り上がりです。
作画も曲とバッチリ合わせてましたし、次週の大立ち回りに向けて
否応無くテンションを高めてくれました。
カラオケにあるかわからないけど、歌えるように練習しとこうかな(笑)。

しかし、見開きとはいえ原作じゃほぼワンカットしかなかった場面に
よくここまで手をかけたもんだと感心しちゃいます。
スタッフもどのシーンを生かすか良く心得てるなぁという感じ。
アニメ版で惜しまれるのは原作と話の順番が違ってるせいで、
レヴィがPT92を投げるシーンが無いことくらいですか(^^;。

DVDでは遂に本作の究極兵器・ロベルタも登場ということで、
この勢いはまだまだ続きそうです。
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「傀儡廻」に関する私的考察

2006年11月28日 | アニメ
『攻殻SSS』各所で極めて好評みたいです。
店頭での売れ行きを見た感じ、攻殻シリーズ中で最も売れた作品になりそうな予感。

さて今回はネタバレ全開で、傀儡廻に関する個人的な考察をいくつか書いてみます。

私の見解では、傀儡廻とはやはり素子が(人格と義体の両面において)並列化を
繰り返す過程で発生した、素子自身の分身なのだと思います。
さらに細かく言えば、それをベースにネット上に存在する不特定多数の「意識」が
結合した存在ではないかというところ。

たぶん素子が単独で行動している際に、貴腐老人を生み出す介護システムと
児童虐待の実情を掴み、やがて彼女の内面でこの二つの問題を発展的に統合して
超法規的かつ合理的な解決を図る方法論と、それを実践する役割を持った意識体が
密かに形成されていったように思われます。
もちろんそれは偶然の産物ではなく、「並列化による問題解決」の論理的帰結として
素子自身の無意識(ゴーストと呼んでも可)が「意図的に」作り出したものでしょう。
法と道徳の無力さを常に味わう身であり、かつ幼少期の辛い体験を抱えている
素子の深層心理が、かつての自分を思わせる弱い立場の人々に対しより直截的で
実効性の高い解決法を実践できる「傀儡廻」という存在を生み出したという可能性は、
いかにもありえそうな話です。

傀儡廻の目的のためには手段を選ばない非情さは、素子がこれまでに接触してきた
多くの人々の思想や行動に影響されたものかもしれませんし、これを並列化の一端と
見なすこともできるでしょう。
しかし一方で素子自身もトグサとその娘をおとりに使い、彼を危機一髪の状況にまで
追い込んでいることから、その非情さは素子が本来持っていた一面だとも考えられます。
抑圧・統制されていた素子のより先鋭的で自在な活動を求める側面が、「傀儡廻」に
端的に表れているという見方も可能ですし、だからこそ素子の敵となった人々の手管を
躊躇なく取り込むことができた、という解釈もありうると思います。
また逆に言えば、本来の素子が法と道徳を捨てきれず、また仲間を完全にコマとして
切り捨てられないタイプの人間だからこそ、別人格としての「傀儡廻」が生成されざるを
得なかったのかもしれません。
素子と傀儡廻はいわゆる「コインの裏と表」であり、同じ事件を別の見方、別の方法論で
解決しようと「並列処理」を行うプロセッサ同士にも思えます。
そして「草薙素子」は「単身で事件に挑むことの限界」を認識して、他者の持つ多様性と
信頼できる仲間が待つ9課へと帰還し、一方の「傀儡廻」は「消滅する媒介者にして介入者」
として、実在しない人物の姿をまといつつ茫漠たる人と情報の渦の中へと消えて行くのです。

それにしても、なぜ傀儡廻は最後に素子との直接コンタクトを狙ったのでしょうか?
この場合、普通に考えられるのは
1 素子への侵入
2 素子の同化・取り込み
3 素子への攻撃・抹殺
大体これくらいですが、作品中の描写では上記のどれに該当するかの断定できませんでした。
傀儡廻が素子を本気で思考迷路に取り込むつもりだったのか、疑わしいところもあるもので。

あるいは、上記のどれにも当てはまらないと考える場合、
「傀儡廻が素子に自分を見せたかった」
という、より単純な動機であった可能性も残しておきたいところです。
実体のない傀儡廻が「自分が何者であるか」を証明するほぼ唯一の手段は、相手と自分を
直結することしかなさそうですし、特に「もうひとりの自分」にそれを知らしめるには、それこそ
面と面を付き合わせた直接対決に持ち込むしかありません。
そして素子が「傀儡廻」に繋がる(繋がれる)ことにより、素子自身が「並列化」されるという
事態に至ることで、ついに両者は対等の存在となったようにも感じられるのです。
まあこれは抽象論にすぎないので、実利を求める考えからは遠くなってしまいますけど。

傀儡廻の顔が次々に変化していく様子ですが、『ヴィドック』の犯人の仮面や
最近だとコミック版『V フォー ヴェンデッタ』の終盤が思い浮かびました。
そういえば「ペルソナ」ってもともとは「仮面」を意味する言葉だったはず。
草薙素子と傀儡廻。果たしてどちらが仮面で、どちらが素顔だったのでしょうね。

ちなみに「ソリッド・ステート」って「半導体素子」を指す言葉みたい。
半導体の素子・・・これってもしかして答えとか?
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「パプリカ」をめぐる雑感

2006年11月19日 | アニメ
テアトル新宿で11/25から公開される劇場アニメ『パプリカ』の
前売券を買ってきました。
初日に舞台挨拶があるので、ついでに整理券ももらってきましたが
代わりにチケットの半券をもぎられてしまいました。
当日はチケットの残りと整理券を一緒に出すようにとのこと。
キャンセル防止の措置とはいえ、なんか使用済みのチケットみたいで
気分的にイヤなんですけどねぇ。

初日挨拶には今監督のほか、出演者の古谷徹氏と原作者の筒井康隆氏も
出演される予定。
テアトル新宿では『時かけ』も大当たりしたことですし、筒井先生が
そのへんも踏まえてコメントするかどうかが気になります。
そういえば、どっちの作品もマッドハウスの製作でしたね。

前売特典として「今監督直筆サイン入りパプリカ絵馬」なるものが
ついてきましたが・・・印刷でしょ、これ?
「本人が書いたから直筆」ということなんだろうけど、そもそもサインって
当然直筆ですから、普通はあえて「直筆」とは書かないと思いますが。

公式サイトを見ましたが、話題作のわりには公開規模が小さい感じ。
所詮ジャパニメーションとか世界進出とか周りで騒ぎ立てても、
TV局や広告会社がバックについてないとこんなものなのでしょう。
アニメ立国なんて言葉は、いっそドブにでも流してしまえばいいのに。
チケットの端に書かれた「支援 文化庁」の文字が薄ら寒いです。

まあもっと薄ら寒いのは、経済産業省の肝いりによる
「国際コンテンツカーニバル」とかいう構想のほう。
名前からして商売っ気丸出しですからね。
目新しくて金になりそうなジャンルには食いついて来るけど、
裏では規制を進めて表現の自由なんか骨抜きにしちゃいそう。
キャラホビなどのイベントにも色目を使ってるようですが、
万一取り込まれたらきっと大変なことになりますよ?
骨までしゃぶられて、国の予算がなくなったらポイですって。

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭も救う気のない国に
期待なんか持てるわけないじゃないですか。
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