Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

今年の展示はすごい!「第16回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」

2013年02月23日 | 美術鑑賞・展覧会
国立新美術館で「第16回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」を見てきました。
今回は事前に受賞作の情報だけつかんでたので、マンガ部門の『闇の国々』と、アニメ部門の
『火要鎮』『おおかみこどもの雨と雪』に関する展示が目当てです。

この展覧会にはここ数年続けて足を運んでますが、展示内容にムラがあるのが毎度の不満で、
壁いっぱいに展示物を飾ったり、関係者直筆の製作関連資料を置いたりする作品がある反面、
大賞作品なのにパネル数枚だけの展示とか、展示物が広報資料のカラープリントだったりと
ほとんど見るところのないものもありました。

しかし、今回のマンガ・アニメ部門の展示はすごかった・・・これまでで最高レベルの内容かも!

まずはマンガ部門ですが、なんと大賞受賞作『闇の国々』の巨大な展示コーナーを設置!

作画を担当したフランソワ・スクイテン(別名シュイッテン)による本物の生原稿や、
カラーで製作されたポスター原画が大量に展示されてます。


作品を読んだ人ならわかると思いますが、あの細密きわまりない描線と微妙な彩色が
印刷を経ずに肉眼で見られるんですよ!なんというありがたさ!

そしてガラスケース内には、豪華な装丁や付録のついた特装版を含めた『闇の国々』の
様々なバージョンが展示されてます。

下段の3枚は、特装版につくサイン入りのポートフォリオ。あー特装版欲しいなー!

こちらはシリーズの一篇『傾いた少女』の大型版と小型版。どっちの表紙もいいですねー。


さらに展示会場の一角には、原作者のペータースと作画のスクイテンによる生サインまで!


以前に見た優秀作品受賞作『アンカル』の展示がカラーパネル数枚だけだったので、
今回も期待してなかったのですが、まさか原画を見られるとは・・・しかもこんなにたくさん!
はっきり言って、国内でこれだけのモノを見られる機会は今後二度とないかもしれません。

他には『岳 みんなの山』のカラー原稿や『GUNSLINGER GIRL』の生原稿とラフ画などが
見どころだと思います。ガンスリは同人誌版も展示されてました。

続いてアニメ部門。こちらもたくさんの展示物が出てましたが、圧巻だったのはやはり
『火要鎮』と『おおかみこどもの雨と雪』のコーナーでした。

『火要鎮』では、キャラクターデザインや設定画からコンテ代わりのプロット説明、さらには
背景に至るまで、大友克洋監督の直筆資料が展示されています。


特に驚いたのは背景画で、これは本格的な日本画に比べてもひけをとらないと思います。

画材にも和紙を使ってるし、もしかすると顔料まで日本画のものを使ってるのかも?

CGアニメなので展示物の多くは製作用の準備資料ですが、大友さんとにかく絵がウマすぎ、
そして描きこみすぎです!
いずれ資料本にまとめて欲しいけど、もし出ても収録画像が小さくて細部は潰れちゃうんだろうな・・・。
そんなわけで、大友さんの超絶技巧をナマでじっくりと見たい人はぜひ会場へ!

『おおかみこどもの雨と雪』は、子どもの“雪”が雪山を走りながらおおかみに変身するシーンの
全ての作画を展示していました。
あの躍動感と爆発する歓喜の表現がどのように描かれ、一連の動きとして組み立てられたかを
1カットずつ原画で確認できるのは、実にぜいたくな体験です。
こういう作業の過程を見ると、アニメって本当に「絵に命を吹き込む」という仕事だと思うし、
アニメ製作者って一種の魔法使いなんだな、ということを痛感させられますね。

他にはキャラ表や細田監督による絵コンテ、花たちの家の美術ボードなども見ることができました。


会場で初めて知った受賞作では、アート部門の推薦作品『ほんの一片』が圧巻でした。

東日本大震災によって生じた瓦礫の重なりを大画面に貼り付けることで、そこにある事実の重さを
視覚的に立ち上げると共に、その前に立つ人が何を見るかという巨大な問いを反射する作品です。
私は形を歪められ、本来の意味を剥ぎ取られて平面に圧縮されたモノたちの重なりに、失われた
たくさんの命と生活の名残りと、それをひとつの塊として見ることへの戸惑いを感じました。

今回はとにかく時間がなかったので、特に見たかったものを駆け足で見てきましたが、
それだけでもこの充実ぶり。さらに思いがけない作品との出会いもありました。
今年は新美で一番大きな展示スペースを使えたせいか、例年になく展示に力が入ってますので、
アニメやマンガに留まらず、表現そのものに関心のある人なら足を運ぶ価値はあると思います。

会期は2013年2月24日まで。
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「荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展inTOKYO」を観てきました

2012年10月08日 | 美術鑑賞・展覧会
六本木の森美術館で10月6日から始まった『荒木飛呂彦原画展「ジョジョ展」』を観てきました。

六本木ヒルズに着くと、偶然にも『ジョジョ展』と『リンカーン:秘密の書』の奇妙なコラボが実現中。

そういえばどちらの作品も、「吸血鬼と戦うヒーローの物語」という共通点がありました(^^;。

入場時間指定制なので、ほぼ指定どおりに到着したのですが、結局は入場待ちの行列に並ぶ羽目に。
入れ替え制ではないため、先に入った人が減ってくるまで入場制限がかかるそうです。
一緒に並んでいる人の中には、ジョジョの擬音を描きこんだストッキングを履いている女性や
ジョジョスマホを操作してる人の姿もあったりして、皆さん意気込みが半端じゃありません。
こういう人ばっかりが集まってるんだから、入場者がなかなか出てこないのも当たり前ですね。

結局エレベーターに乗るまで小一時間並び、52階に上がってからさらに20分ほど待たされて、
1時間半後にようやく展示会場に入れました。

写真を撮れるのは入口の展示タイトルと、一緒に置いてある鑑賞時の注意書きだけ。


しかしこの「ペット」、どこかで見たシルエットですが…?


展示会場には『魔少年ビーティー』『バオー来訪者』『ゴージャス・アイリン』そして『ジョジョの奇妙な冒険』
第一部から、最新作『ジョジョリオン』までのカラーイラスト、さらにルーブル展や「SPUR」で使用された
カラー原画、そしてこの展覧会のために荒木先生が描きおろした新作が飾られています。

『ジョジョ』は連載第一回のカラーページ原画がまるまる全部展示されているほか、各種のキャンペーンや
関連商品のために描かれたカラー原画も網羅しています。
さらに『ジョジョリオン』は2012年10月号掲載分まで展示されているので、荒木先生のデビュー当時から
最新の作風までを、一気に鑑賞することができるという充実ぶり。
まさに荒木先生の漫画家としての歩みを一望できる、ゴージャスでグレイトな展覧会でした。

この手の企画だと、アニメ関係の原画とか映像コーナーを入れて中だるみになる場合も多いのですが、
今回はそういうこともなく、純粋に荒木先生の原画を見せることに徹しているのが良いところ。
おかげでどっぷりと荒木ワールドの魅力に浸ることができました。

しかし生で見る原画は、やっぱりイイものですねぇ。
線の強弱や色の鮮やかさ、つぶれがちな細部の描写をよくみることができました。
印刷物よりサイズも大きいので、キャラクターやスタンドが画面から飛び出してくるような迫力で
鑑賞者に力強く迫ってきます。

会場自体のディスプレイも凝っていて、壁に擬音がプリントされていたり、物語の舞台を模した
石造りのアーチや金網などが設置されています。
さらにキャラクターの等身大フィギュアや石仮面、「ホワイトスネイク」の抜き取ったディスク、
「スティッキィ・フィンガーズ」が開けた巨大なジッパーなど、原画の鑑賞を妨げない程度で
作品世界を体験させるような趣向も凝らされており、まさにいたれりつくせりな感じ。
原画はともかく、立体物は写真撮らせてくれても良さそうなものだと思いましたが、それをやったら
ただでさえ混んでる会場が収集つかなくなるのは明らかなので、まあ仕方がないのかもしれません。

…でもステッキィ・フィンガーズの通り抜けられるジッパーだけは、記念撮影をしたかったなぁ。

備え付けのiPadでスタンドを写したり、来場者がマンガの中に入り込んだような写真が撮れる
AR体験も、なかなか面白い試みでした。
個人的には、杜王町の地図と連動させたストーリー回想がよかったと思います。
チャンスがあれば、次は仙台市内でこれを実現させて欲しいものです。

入場までは結構待ちますが、入ってしまえば結構快適に鑑賞できます。
ただし人がひっきりなしに来るので、絵をじっくりと観るのはさすがに難しいですね。
それでも作品数が多いので、見終わるまで優に2時間以上はかかると思います。
さらに入場待ちと特設ショップでの時間も含め、全体で4時間は見ておくべきでしょう。

さて、図録などを買って特設ショップを出ると、廊下もジョジョ仕様になってました。


そしてエレベーターで下に降りると、そちらのグッズショップもすっかりジョジョ仕様に。(笑)

超像可動やスタチューレジェンドがずらりと並ぶショーケースは、もう一つの見どころです。

超像可動の岸部露伴Ver.2、通常版と会場限定版が揃って飾られていました。


こちらは抽選限定購入のスワロフスキー版露伴。
まさに「ゴージャスッ!」と呼ぶにふさわしいキラキラっぷりです。


そして、2012年夏のワンフェスで販売されたゴールドエクスペリエンス。

こちらはさらにゴージャスッ!

さすがにスワロフスキー版は売ってませんが、展示されているフィギュアの一部は
こちらのショップで買うことができます。

そして帰りの電車に乗ろうとしたら、駅にも巨大な「ジョジョ展」の看板がありました。

日付のレイアウトとか、ファッションブランドの広告を意識してるようにも見えますね。

「ジョジョ展」の会期は11月4日まで。
ジョジョファンだけでなく、マンガとポップカルチャーを愛する全ての人に見て欲しい展覧会です。
ただし土・日・祝日の指定入場券は既に売り切れなので、ご注意ください。
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弥生美術館「奇っ怪紳士!怪獣博士! 大伴昌司の大図解」展

2012年08月20日 | 美術鑑賞・展覧会
東京都文京区の東大本郷キャンパス近くにある弥生美術館で、9月30日まで
「奇っ怪紳士!怪獣博士! 大伴昌司の大図解 展」が開催されています。
2回目の特撮博を見た後、BPさんとshamonさんと一緒にこちらにも行ってきました。

大伴昌司氏といえば、いわゆるフリーランスの企画構成・編集者として「少年マガジン」等の
グラビア編集に腕をふるうかたわら、レビュアー、インタビュアー、コラムニストとして多方面に渡り
活躍した、いわばハイパーメディアクリエーター(これ登録商標じゃないよね?)の先駆けみたいな人。
そのマルチな活動ぶりは、今でも伝説となって語り伝えられています。

しかしある世代から下の人にとっては、なんといっても怪獣の中味や身体的な特徴について設定し、
少年誌のグラビアで仔細に紹介し続けた「怪獣博士」の印象が強いでしょう。

今回の展示では、大伴さんが手がけた怪獣の内部図解の原画を多数紹介しつつ、彼との共同作業によって
怪獣たちの解剖図を見事に描き上げた挿画家たちの作品、そして編集者としての大伴氏の仕事ぶりまでを
幅広く網羅した、まさに「大伴昌司の大図解」というべき内容となっています。

その中でもひときわ強烈なインパクトを与えるのが、大伴さんの代名詞でもある怪獣たちの内部図解。
鉛筆で描かれた怪獣の姿はかなり荒っぽく、もとのデザインを超えてフリークな姿に成り果てていて、
さらにその体内には必要なんだかいらないんだかよくわからない器官がごちゃごちゃと詰め込まれ、
ひとつひとつに奇怪極まりない役割が添え書きされています。

その強烈すぎる原画と器官説明の詳しい様子については、BPさんによる記事で見てもらうとして、
悪く言えば絵も説明もメチャクチャ。ちょっとでも科学的に考えると、リアルさのかけらもありません。
しかし、その奔放な線と崩れたディティール、そして過剰なまでの考証からは、大伴氏からあふれ出す
膨大なエネルギーと制御不能なほどのアイデアが感じられて、食い入るように見入ってしまいました。

これを見たときBPさんに話した「大伴さんの絵はまるでアウトサイダー・アートみたい」というのは、
この「奔放な線と崩れたディティール、そして過剰なまでの設定」、さらに「膨大なエネルギーと
制御不能なほどのアイデア」という感覚から出てきた言葉です。
そしてこのとき念頭にあったのは、いまやこのジャンルの代表的な作家と見なされるようになった、
ヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』でした。

もちろんダーガーと大伴さんでは、生い立ちも受けた教育も全く違います。
そしてダーガーが自分のためにだけ物語を描き続けながら80年を生きたのに対し、大伴さんの図解は
日本中の子どもたちに共有され、大伴さん自身はダーガーの半分足らずの年齢で世を去りました。
それにもかかわらず、荒い鉛筆描き、コラージュ的な技法、抑えきれない妄想に突き動かされた作風に加え、
愛玩する対象を解体してその内部まで描こうとした…という本質的な部分までが、実によく似ているように
感じられたのです。

境遇の大きな違いにもかかわらず、このふたりに似たものを感じるとすれば、それは絵のスタイル以上に、
ある種の「偏執性」であり、それが産む衝動こそ「Art Brut」(生の芸術)の原動力かもしれません。
まあ大伴さんのは商業美術なんだけど、原画はその枠をえいやっと跳び越しちゃってる感じなので(笑)。

一方、商業美術としては収まりの悪い(笑)大伴さんの原画をきちんとした図解に仕上げたのは、
石原豪人らの実力派イラストレーターによる功績です。
特にゴジラのライバル怪獣「ガイガン」をデザインした水氣隆義さんのイラストは、卓越した構成力と
優れたデザイン感覚で、他の描き手にはないシャープさを感じました。

こうした優れた描き手とのコラボがなければ、怪獣図鑑があれだけの人気を博すこともなかったはず。
やはり怪獣図鑑の成功は、大伴さんとイラストレーターの共同作業に帰せられるべきものだと思います。

それにしても、この当時は実にムチャな設定(失礼)がまかり通っていたわけで、その大らかさや
破天荒さは、まさに「怪獣」を材料にしたからこそ成り立つものだったとも言えそうですね。
…まあそうした表現が、当の円谷プロといろいろな確執を生んだという話も聞きますが。

その反面、日本SF作家クラブでは二代目事務局長として辣腕をふるった大伴さんだけに、
SF的な未来社会の姿をビジュアル化した図解も、数多く手がけています。
そうした中でも目を引いたのが『2001年宇宙の旅』などのSF映画に関する図解の数々。
いまなら版権問題で描けないであろう船内図などが、多分に想像も交えた内容で描かれてました。

こういうのを見ると、資料性とは別に「ああ、いいなぁ」と思ってしまうのが、設定マニアであり
メカ好きな男子の性分で、大伴さんはそうしたツボを刺激するのが実にうまい人なのでした。
…いや、むしろ大伴さん本人が一番楽しみながら原案を考えて、それがカッコい図解に仕上がることを
何よりも喜んでいたのでしょうね。

また、大伴さんが開催に尽力した「第一回国際SFシンポジウム」の宣言書も展示されてました。
小松・筒井・星の三大日本作家だけでなく、このイベントのため来日したクラークやオールディス、
フレッド・ポールにジュディス・メリルのサインまでが並ぶ、SFファン感涙の歴史的文書です。
…そして今年、日本SF作家クラブは2013年に開催予定の第二回国際SFシンポジウムに向けた
キックオフイベントを開催しました。
大伴さんの遺志は、SF界でも確実に受け継がれているのです。

怪獣やメカの公式設定などない時代に自由奔放な発想でこどもたちを虜にした大伴昌司氏の想像力は、
いま見ると微笑ましくもあり、同時にうらやましさすら感じるほど。
ひとつの時代を体現するクリエイターが紡ぎだした幻視世界を、この夏ぜひ体験して欲しいと思います。

ひとつだけ残念だったのは、巷に広く流布している「ツインテールはエビの味がする」という図解が、
どうしても見つけられなかったことですかねー。
正式な出典元を知っている方がいたら、ぜひともご一報ください(笑)。
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特撮博物館(2回目)に行ってきました

2012年08月17日 | 美術鑑賞・展覧会
7月の話になりますが、2度目の『特撮博物館』に行ってまいりました。



今回は「究極映像研究所」のBP所長が関西から来襲、さらに「ひねもすのたりの日々」の
shamonさんも加わり、いろんな意味でマニアックな顔ぶれ(笑)が揃いました。

会場に入ると、男子ふたりは目を輝かせて展示物に喰いつき、それに手を焼くshamon姐さんという図に。
互いにああだこうだと感想を言いあったり、自分たちの特撮経験を振り返ったりしながら会場内を進むうち、
気づけば3時間が経過してました。

展示内容については1回目の時に紹介しましたが、今回特に面白かったのは、BPさんが撮影した
ジオラマの映像に関連する経験と、そこから得た「ある感覚」です。

実物のジオラマを見たときは、本物の街より小さいにもかかわらず精巧に作られているのが驚きであり、
まるで現実の街が小さくなったようなギャップ感がおもしろく感じられたものでした。
しかし今回、BPさんの愛機である3Dハンディカム「SONY HDR-TD10」で撮影した映像を、
裸眼立体視ができるモニター画面で観せてもらったところ、現実に見た光景よりも立体感の強調された、
実にユニークな映像が映し出されたのです。

モニターの中の建物は、さっき見てきた本物のジオラマよりリアルで、ちょっと異様なまでの存在感が
感じられました。

そしてこのとき感じたのは、3D映像の「おもしろさ」は「現実の視覚を忠実に再現する」ことより、
ある種の過剰な立体感を付加することによって、観る側の「リアルである」という感覚を強調する、
一種の眩惑効果にあるのではないか…ということでした。

それはいわば、「現実感覚をデフォルメする」特殊効果であり、たとえば金田伊功氏の持ち味とされる
「ゆがみ」のきつい作画であったり、特撮博物館にも展示されていた「強パース効果」のジオラマなどに
通じるものではないか、とも思います。

さて、この経験のあと、日常の風景の立体性をどの程度意識しているかを気にするようになったのですが、
たとえば自分が静止した状態だと、実際の光景に対する立体視感覚はあまり得られない感じがします。
ではどのような場合に立体感を強く感じるかといえば、自分の移動によって対象の見え方が変化することで
回り込みの感覚が生じた場合や、建物の横に立ったときに、パース感を強く感じる場合だったりするようです。

こうした経験からの推測ですが、私たちが立体を捉える感覚というのは、身体的な動きによる空間認識と、
それに追随する視覚と脳の連動が連動することによって、はじめて成り立つのではないでしょうか。

そのため、立体視のみで3Dを感じさせようとすることが、身体や脳に対して不自然な緊張を与え、
それが目の痛みや3D酔いを引き起こしているということもありそうです。
あるいはこうした3D映像を連続して観続けることによって、鑑賞者の現実認識自体が変化する可能性も、
あながち否定はできないでしょう。

ざっくりまとめると、私の感じ方では、3D映像というのも一種の「ゆがみ」に対する快感であり、
それは破壊されたミニチュアやグロテスクな怪獣のデザインに対する「フリーク趣味」などにも
通じるものではないかと思います。
少なくとも、3D映像が現実にあるモノの見え方に接近していると断定するのは、ちょっと気が早い気も。
それがモノの本質を捉えたものか、それとも破調の美学であるのかについては、これからの専門的な研究が
待たれるところです。

もしかすると、将来は3D体験から生まれた新たな知覚を持つ人類が…おっと、これはオーバーですね。

こんな感じで、同行されたBPさんとはやや方向性の違う結論になってしまいましたが、観る人によって
異なる印象が得られるところも「特撮博物館」のおもしろさでしょう。

これから「特撮博物館」に行くなら『アベンジャーズ』あたりを観に行く前後に鑑賞して、映像の未来に
思いを寄せるのも一興だと思いますよ(笑)。
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カーサ ブルータス 2012年9月号に「特撮博物館」の記事が載ってます

2012年08月15日 | 美術鑑賞・展覧会
建築やデザインなど、さまざまなトレンドを取り上げるカルチャー情報誌『Casa BRUTUS』。
今月は「いま一番行きたい美術館はどこだ!?」として、2年ぶりに美術館特集を組んでいますが、
その綴じ込み付録記事として「特撮博物館」が取り上げられています。

http://magazineworld.jp/casabrutus/150/#editorsvoice

記事の分量はさほど多くありませんが、庵野さんや樋口さんへのインタビューが載ってたり、
他では見られない図版などもありますので、興味のある人は書店で手にとって見るといいかも。
特撮の劇中に出てきた実在の建物や、岡本太郎のデザインしたパイラ星人についての言及など、
あまり他では見かけない視点での切り口も楽しめますよ。

http://magazineworld.jp/casabrutus/150/#tab_mokuji

目次に草間彌生×ルイ・ヴィトンや越後妻有アートトリエンナーレ2、伊東豊雄美術館、
さらに金沢21世紀美術館などと並んで「館長庵野秀明 特撮博物館」が名を連ねてるのは、
なんとも不思議というか、ちょっとくすぐったい気がします(笑)。



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東京都現代美術館「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」

2012年07月16日 | 美術鑑賞・展覧会
東京都現代美術館で「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」を見てきました。




土曜日に見に行ったのですが、開館の10時直前には既に100人ほどが列を作ってました。
まあ実際には半分くらいが当日券の窓口に並んだので、開場から5~10分後には中に入れましたが。

さて、会場に入ったら真っ先にするべきことは、音声ガイドの借用です。

私は展覧会を見るときにガイドを借りない人ですが、今回だけは特別。
なにしろ庵野作品で数々のキャラクターを演じた清川元夢氏が、ナレーションを務めているのです。

しかも解説の総数は実に70個と、一般的なガイドの3倍以上!
一部の解説には作品の主題歌や効果音を被せたり、ベテラン特撮マンへのインタビューが収録されたりと
大変に手の込んだつくりになっていますので、これを聞かずに済ます手はありません。

入り口を入ってすぐに、副館長である樋口真嗣氏が自ら書いたフリーペーパーが置かれています。
イラストをふんだんに使って、ミニチュアを用いた特撮に関する基礎知識が丁寧に説明されており、
特撮になじみのない人にもわかりやすいガイドになっています。

展示内容は11のパートに分かれており、それぞれにテーマを持たせたタイトルが付いてます。

◎人造 原点1
ここには往年の東宝特撮を中心に、宇宙船や超兵器を中心とした様々な造形が集められています。
中でも目を引くのは『海底軍艦』と『惑星大戦争』の轟天号、73年版『日本沈没』の「わだつみ」、
『メカゴジラの逆襲』で使われたオリジナルの着ぐるみなど。

『ゴジラ対メガロ』に登場したロボットヒーローで、『新世紀エヴァンゲリオン』のジェット・アローンの
元ネタとして知られる、ジェットジャガーのオリジナルマスクもありました。
また壁面には、それぞれの作品に関するポスターや設定画などが展示されています。

コーナーの最後には、庵野館長が愛してやまない円谷SF特撮『マイティジャック』の「マイティ号」の
巨大な復元模型が置かれています。
そして壁面を飾るのは、小松崎茂先生と成田亨先生によるイメージ画の数々!
実はMJをちゃんと見たことがない私ですが、この展示には震えました。

◎超人 原点2
ここはタイトルどおり、ウルトラマンを中心とした超人ヒーローたちに関する展示です。
成田亨氏や池谷仙克氏のデザイン画に、ウルトラマンの飛び模型、そしてマン、セブン、80のマスク。
しかしそれ以上に燃えるのは、地球防衛チームが使用したメカの数々かもしれません。

ジェットビートル、ウルトラホーク1号、マットアロー1号・2号、マットジャイロ、タックアロー、
コンドル1号にラビットパンダ…もうたまりません。
特にウルトラマンタロウでZATが使用した巨大戦闘機「スカイホエール」の存在感は圧倒的です。

しかしそれにも増して私の心をとらえたのは、『スターウルフ』のバッカス三世号でした。
口さがない若者はこれを見て「スターウォーズのパクリじゃん」と言いながら通り過ぎていきますが
これこそ円谷プロが本格的なスペースオペラを始めて手がけた、記念すべき作品の主役メカ。
内心で期待してはいたのですが、本当に展示されてるとは…これを見られただけでも大満足です。

『恐竜探検隊ボーンフリー』のボーンフリー号もありましたが、同じ「円谷恐竜シリーズ」である
『恐竜戦隊コセイドン』や『恐竜大戦争アイゼンボーグ』の展示はありませんでした。
人間大砲とかアイゼンボーグ号とかも見たかったけど、現存する資料がないのだろうか…。

その先の通路上スペースには、様々な特撮ヒーローのマスクが並んでいました。
流星人間ゾーン、トリプルファイター、ジャンボーグA、変身忍者嵐、スペクトルマン、シルバー仮面、
アイアンキング、サンダーマスク、ザボーガー…。

やばい、マスク見てると脳内で主題歌がガンガン鳴りまくって、思わず歌いたくなるじゃないか!

宣弘社といえば「スーパーロボットシリーズ」も制作していたので、ここは庵野さんも大好きだという
『マッハバロン』も出してほしかったけど、残念ながら展示にはありませんでした。

◎力
こちらは劇中で破壊される前や、破壊された後のミニチュアを展示していました。

今はなき東急文化会館の上には五島プラネタリウムが鎮座し、06年版『日本沈没』の民家や
リアルな電柱などの模型が置かれた上には、『沈まぬ太陽』の巨大な旅客機が吊られ、さらに
やはり06年版の『日本沈没』で無残に崩壊した国会議事堂が飾られているという構成。
なんだか「ミニチュアで見る現代日本史」といった感じすら漂っています。

そしてこの先には、まさに「今の日本」を象徴する作品が待っています…。

◎特撮短編映画『巨神兵東京に現わる』
特撮博物館のために制作された、9分3秒の特撮短編映画。
光学合成による映像編集は行っているものの、特殊効果については「CG一切なし」という
厳格なルールで制作されています。
モノローグ形式のナレーションを務めるのは、林原めぐみさん。

…映像については、「すげえな、巨神兵って実写化するとこうなるのか」という存在感に尽きます。

ヒトの形をした圧倒的な破壊が天から降りてきて、我々の世界を焼きつくす。
その禍々しい存在感と、つくりものなのにリアルな街並みに何を感じるかは、人それぞれでしょう。
私は最後の映像に、漫画版『デビルマン』のラストシーンを思い浮かべました。

ただし、舞城王太郎氏による「言葉」は、劇中で流さなくてもいいんじゃないかと思いましたが。
映像は映像によってのみ、自らを語ればいいと思うもので…ましてや特撮の場合には。

◎軌跡
『巨神兵東京に現わる』ができるまでの軌跡として、庵野さんが『風の谷のナウシカ』で描いた
巨神兵の原画と『巨神兵東京に現わる』のラフコンテ、樋口監督による詳細な絵コンテ、さらに
前田真宏氏による巨神兵デザインとイメージ画(実はこっちのほうが面白い話になりそうだった)
そして竹谷隆之氏による巨神兵のプロトモデルが展示されていました。

ここで見逃せないのは『巨神兵東京に現わる』の制作現場を撮影した約15分の記録映像です。
本編で完全なCGに見えた特殊効果が「アナログな特撮技術」であったことや、伝統的な技術と
斬新なアイデアを融合させた映像表現の追求には、ある意味で本編以上に驚かされました。

ここには、いまや日本が失いつつある「モノづくりの魂」が、今も生き続けているのです。


この後は、地下の展示室へ移動します。一度降りたら、後戻りはできません。

◎特殊美術係倉庫
東宝の特撮倉庫を模した展示室。
とにかくありったけの資料を持ってきたという感じで、戦車や電車、潜水艦にヘリコプター、
さらにゴジラの頭部や脚部からキングギドラの着ぐるみまでが展示されています。
中には『ローレライ』で海洋堂が作った超特大の伊507といった大物もありました。

◎特撮の父 円谷英二
円谷氏の使用したサイン入り台本や撮影用カメラなどを展示。
また、『ゴジラ』で登場した最終兵器「オキシジェン・デストロイヤー」のオリジナルも
飾られています。

◎技
美術監督やデザイナーの仕事、さらに造形師や加工技術者たちの技を紹介するコーナー。
東宝特殊美術課の造形技師・小林知巳氏が、平成ゴジラの原型を作った工房も再現されています。

◎研究
前半は『巨神兵東京に現わる』の撮影に使われた様々な技術の解説。ここの映像も必見です。
撮影に使用された巨神兵の本体とキノコ雲も、ここで見られます。
後半は特撮で使用される各種技術の説明と実演モデルの展示。

◎感謝 原点3
庵野館長からの謝辞と、特撮への思いが掲示されています。

◎特撮スタジオ ミニチュアステージ
『巨神兵東京に現わる』を含め、様々な特撮映画で使用されたミニチュアを集めた
巨大なジオラマセットが展示されており、セットの中に入ることもできます。














この建物は『ゴジラ ファイナルウォーズ』で使用されたもの。


セットをさらにリアルにする小道具の数々。


よく見ると、ここは渋谷センター街でした。


東京タワーを指先ひとつでダウンさせる、樋口監督の等身大パネルも展示してあります。



このジオラマは写真撮影可能なので、みんな自分のカメラで思い思いに撮影してました。

ただし中まで入って撮影するには、列に並ぶ必要があります。

その横には室内を撮影するための内引きセットもあります。





ここでは記念撮影をする人が多いため、さらに長い行列ができてました。

内引きセットのクローズアップ。

マンガやゴジラのソフビ人形も全部ミニチュアです。
そして壁に貼られてるポスターは、あの『ガンヘッド』。

グッズショップは会場を出たところにありますが、外からは入れません。
figma巨神兵はこちらで販売。ヴィネットつき前売の交換もこちらのレジで行います。
図録と絵ハガキ等の一部グッズ、カプセルトイについては1Fの売店でも販売していますので、
こちらは展示を見なくても購入できます。

売店まで来るのにかかった時間は、約5時間。
展示を見るだけなら3時間でも回れそうですが、音声ガイドを聴きながらだとさらに1時間、
ジオラマを撮るのに少なくとも30分は見込んでおくべきでしょう。

今回の展覧会で展示されている数々の資料や造形物は、どれも貴重なものばかりです。
しかしそれ以上に価値があるといっても過言でないのは、それらを生み出す「技」の数々。
その技を持つ人々と現場での奮闘について、ここまで本気で紹介してくれたことがうれしいし、
本当にありがたいことだと思います。
庵野館長、樋口副館長、そしてこの展覧会に関わったすべての特撮マンに、深く感謝いたします。

そしてこの技と現場がこれからも必要とされ、末永く伝えられていくことを願ってやみません。

…そして次の土曜日には、もう一度この会場に来ることになってたりして。
こんな調子だと、頭の中がしばらく特撮漬けになりそうな感じです。
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根津美術館『KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」』

2012年05月19日 | 美術鑑賞・展覧会
ゴールデンウィーク中の話になりますが、根津美術館で5月20日まで開催されている
『KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」』に行ってきました。



今回の「KORIN展」では、タイトルどおり、尾形光琳が描いた「燕子花図屏風」と「八橋図屏風」が、
約百年ぶりに揃って展示されています。

実はこの二作品、昨年のこの時期に揃って展示される予定でしたが、ご存知のとおり開催直前に
東日本大震災が発生。
その後すぐに翌年への延期が告知され、それから実に1年後、ようやくこの展示が実現したものです。

一年待つのは長かったけど、今こうして無事に2作がそろって見られたのは何よりうれしいし、
あれからもう一年経ったんだな・・・という思いも加わって、普通に見るよりもありがたみが増したように
感じました。

ミニ屏風が欲しかったのですが、グッズ売り場になかったので、チラシを使って作成してみました。

燕子花図屏風(根津美術館所蔵)

二つの屏風は、どちらも平安時代に書かれた「伊勢物語」を主題としており、主人公の在原業平が
三河国の八橋に至った際の場面を描いたとされています。
しかし先に描かれたと言われる「燕子花図屏風」では、地名の由来となった八橋は画面内に無く、
燕子花の花の群生しか描かれていません。

江戸時代、これらの作品を所有していた富裕層には古典の知識が不可欠だったので、「燕子花」とくれば
「伊勢物語」と結びつけるのが当然だったとか、あるいは花の群生が八つあるのを八橋に見立てている、
といった解釈もあるとか。

まあそれはともかく、この絵の魅力は「燕子花」の鮮やかな色とユニークな形を最大限に活かしつつ、
自然な「風景」として描いたところにあると思います。

燕子花そのものは簡略化されていますが、いかにも高級そうな顔料によって強烈に発色し、
これが金屏風の下地と合わさって豪華な画面を作り出しています。
でもこの金色を「水面の反射」に見立てると、意外に素直な風景画にも見える・・・というのが、
この絵が持つ別のおもしろさ。

光琳はこの光の具合によって、描いていない水や群生の奥行きまで表現しようとしたのでしょうか。
だとすれば、そこには若冲や応挙のような超絶描写とはまた違った「発想の斬新さ」という個性が
光り輝いているようにも思えます。

そして「燕子花図屏風」より十数年後の作品と言われる「八橋図屏風」では、名前にもあるとおり、
とうとう「八橋」が登場しました。
そしてこの八橋がまた強烈で、燕子花の花を上まわるほどに個性的な形をしています。

こちらもチラシを流用して、ミニ屏風を作りました。

八橋図屏風(メトロポリタン美術館所蔵)

橋というよりも、まるで画面の中を稲妻が走り抜けたみたい・・・むっ、もしやこのデザインには、
さりげなく「風神雷神図屏風」のモチーフが託されているのかも!(笑)

さすがに風神雷神はオーバーでしょうけど、やはりこの橋には単なるデザインだけでない、
もうひとつの意図が秘められているような気もします。
それは屏風絵という形式のみが可能とする、一種の「立体視効果」をさらに高めるための、
視覚的なトリックではないか…というもの。

文章では説明しにくいので、せっかく作ったミニ屏風を使って検証してみましょう。

屏風を折らずに見ると、やや平べったく見えます。


これを半分だけ屏風状に折り曲げると、折った側だけ立体感があるように見えてきます。


そして全部を屏風状にすると、燕子花に囲まれた橋が手前から奥へと伸びている感じになりました。


さらに板の厚みや橋桁の位置なども考慮すると、右隻と左隻の中心よりもやや左に寄って見たほうが、
より奥行き感が感じられるように思います。


「燕子花図屏風」では“描かないことで奥行きを出してみせた”光琳ですが、「八橋図屏風」では
しっかりと橋を描きつつ、屏風の角度と直線的な橋をジグザグに組み合わせたデザインによって、
新たな立体表現に挑んだようにも見えます。
また燕子花の花も以前より細密な描写になっており、絵全体がより現実の光景へと近づいたようにも
感じました。

文学作品を扱いながら、その中に光琳なりのリアリズムを持ち込もうとした実験精神の成果こそ、
この「八橋図屏風」である、と解釈することもできそうですね。

これは私の主観なので、実際に見たときにどう見えるかはその人次第でしょう。
ただし「こういう見方もあるなあ」と思いながら見てもらると、そんな気になるかもしれません。

こうやっていろいろと見立てができるのも、光琳が作中に主題となる人物などをはっきりと
描きこまなかったおかげだし、それによって初めて可能な「遊び」ではないかとも思います。
なにしろ燕子花の絵を「伊勢物語」に見立てること自体が、もともと遊びみたいなものですしね。

そして咲き誇る燕子花を眺めながら、目の前に伸びる八橋を見据えるとき、私たちは自らが
在原業平となり、彼が見ていた風景を目にしていることになるのだと思います。

二つの燕子花図を横並びで見られる展覧会が、次にいつ開かれるのはいつのことか。
・・・もしかすると、また百年待たなければならないかもしれません。
両者を見比べるためにも、この絶好の機会をお見逃し無く。

庭園では五月の節句にふさわしく、本物の燕子花が見ごろを迎えていました。





この花の色と形、そして垂直に伸びた葉の形・・・確かに光琳の描いたとおりです!
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大友克洋GENGA展

2012年04月14日 | 美術鑑賞・展覧会
3331 Arts Chiyodaで開催されている、大友克洋GENGA展を見てきました。



大友氏は省略・パターン化が当たり前だったマンガというジャンルに、それまでになかった
「質・量ともに圧倒的な描き込み」という表現を持ち込むことで、手塚治虫から続いた
マンガにおける既成概念を打ち破ると共に、後続のマンガや映像作品に多大な影響を与えました。
その作風はマンガという領域を超えて、むしろSFXに近い視覚表現の方向へと踏み出し、
やがて特撮技術の発達と共に映画へと逆導入されたのではないか、とも思えるほど。

そして何より「ビジュアルで圧倒する」という方法論は、言語の壁を越える手段としても有効で、
これが日本マンガの海外における評価のきっかけとなった事もよく知られています。

さて、本展最大の目玉は、なんといっても代表作『AKIRA』の全原稿展示でしょう。
1982年から1990年までの約9年間に渡って連載された、80年代の日本コミックにおける
金字塔であり、後に続く多くのマンガや映像作品に現在も大きな影響を及ぼし続けている、
『AKIRA』という傑作。
その唯一無二のオリジナル原稿が、この会場で全て見られるのです!

・・・と熱くなって会場入りしたところ、中には1mほどの高さのガラスケースが何個も置かれ、
その中に『AKIRA』の原稿が何段も平置きされてました。

うっ、事前情報を調べてなかったとはいえ、このスタイルは予想してなかった・・・!

実際の展示の様子は公式ブログ内のレポート写真で確認してもらうとして、
この形式はさすがに見づらいわ~。
平置きは普通でも見づらいものですが、今回の展示方式では上の原稿が邪魔して
下に置かれた原稿ほど見るのが大変です。

それでもしゃがんで斜め方向から見れば、何とか見えなくもないんだけど・・・。

さすがに有名な場面や印象的な絵の原稿はケース最上段に置かれてるんだけど、
そのせいで展示の順番がページの並びと変わっちゃってるんですよね。
だから原作で好きだった「手前も往っちまえェェ!」とか、大佐がSOLの照準器を
渡されるコマを探しても、なかなか見つからなかったりして。

せっかく人数限定のチケットなんだし、できれば全話の原稿を舐めるように見たいと
期待していた私としては、ちょっとキツかった。
まあそれでも、立ったりしゃがんだりを繰り返しながら全部の原稿を見てきたのですが
最後は足腰がへろへろになっちゃいました。

まあ展示方法にはいろいろ思うところもありますが、この物量を一挙展示してくれた
快挙については、素直にありがたいと思います。

あと、いくつも並んだ透明なケースに入れられた大量の原稿を俯瞰したとき、ふと
「まるで『AKIRA』という巨獣を、まるごとスライド標本にしたかのようだ」
という思いが、ふと頭に浮かびました。
ひとつの時代を制覇し、いまなお畏れられる巨大な怪物の、途方もない標本・・・。

描かれた中身のすばらしさについては、いまさら言うまでもないでしょう。
とにかく緻密な描写、一瞬の動きを切り取ったような場面、そして強烈な崩壊感と、
その中を猥雑かつたくましく生きるキャラクター。
これらが各ページをぎっしりと埋め、絵というよりは映像に近い感触で見るものに
ぐいぐい迫ってきます。
しかも今回は、大友氏による肉筆の原稿。見ていて奮い立たずにはいられません。

20年以上前のものとは思えないほど状態のいい原稿を見ながら、『AKIRA』が
連載されていた当時を振り返ると、同じ時期にアメリカでは『WATCHMEN』や
『バットマン:ダークナイト・リターンズ』が描かれていたのを思い出しました。
洋の東西を問わず、マンガ界にとってはとてつもない時代だったんだなぁ・・・。

あ、そのバットマンを大友氏が描いた『The Third Mask』も、別室に展示されてました。
そちらの部屋には、『AKIRA』のカラー原画と、『AKIRA』以外の作品が集められており、
初期のマンガや自転車雑誌のイラストエッセイから、「芸術新潮」に描き下ろした最新のマンガに
至るまでが展示され、大友氏の画業を振り返るものになっています。

こちらは普通に壁貼りの展示となっていますが、上の方にある絵はさすがに見るのが大変。
もし単眼鏡があれば、一応は持って行ったほうがいいと思います。

個人的には、なんといっても『童夢』の原稿が圧巻でした。
巨大な団地の威圧感と無機質さ、人がめり込む壁、天地をさかさまに描く手法・・・。
テクニック的なわかりやすさでは、この頃が一番すごかったかもしれません。

カラー原稿は色使いのうまさ、特にPANTONEシートを生かした配色の妙に目を奪われました。
ポップアートの要素もうまく取り込み、目をひきつけるセンスの高さが感じられます。
その一方で、『彼女の想いで・・・』の表紙は、明らかに印象派を意識したもの。
かと思えば、ブリューゲルの「大きな魚は小さな魚を食う」をカバで描いた絵もあり、
様々な表現への挑戦と遊び心に思わずニヤリとさせられます。

意外な展示に大喜びしたのは『大砲の街』(MEMORIES)のセルと背景画ですね。
縦や横に長くつなげられた背景と、その上に重ねられたセルの膨大な枚数を見ると、
完成した映像のすばらしい長回しと共に、撮影現場の苦労が思い浮かびます。
・・・特に技術設計を担当された片渕須直監督、めちゃくちゃ大変だったろうなぁ。

そして会場の最後には、『童夢』でチョウさんがめりこんだ壁と、『AKIRA』に登場した
金田のバイクが展示され、撮影も自由となっていました。

へこんだ壁は、人が寄りかかっての撮影もOK。


近寄ってみると絵ではなく、本当にコンクリートが割れた感じに作ってあります。

これはアイデア賞ものだけど、作るのは大変だったろうな~。

まあ作るのが大変といえば、金田のバイクも同じですが・・・。

成田山のステッカーは、後に攻殻機動隊S.A.C.でもオマージュとして使われました。
・・・そういえば多脚戦車の原型も、『AKIRA』のセキュリティボールですよね。

ディスプレイが壊れた路面を模しているのも、なかなか凝ってます。


おっと、バイクのコンソールもマンガと同じ!


このバイクの製作者が支援する自閉症児の団体に500円以上募金すれば、KADOYA製の
「金田のジャンパー」を着用して、実際にまたがることができます。

また、壁の一面は巨大な寄せ描きスペースになっていて、内覧会などで来場した
作家さんたちが、思い思いの絵を描いてました。



これを見るだけでも、会場に足を運ぶ価値があります。
特に寺田克也氏の「さんをつけろよ、デコスケ野郎!」と、犬友克洋こと
田中達之氏の鉄雄は必見ですよ!

内覧会では寄せ描きできなかったというすしおさんの絵も、後日ちゃんと追加されてました。

吉田戦車氏のかわうそ君と、まさかの競演(^^;
今後もいろんな人の絵が増えていくと思いますので、お楽しみに。

物販は会場の外にあります。いったん外に出ると、再入場は不可とのこと。

別の係員さんに聞いたときはOKと言われたのに・・・このへんは徹底してもらいたい。

で、このショップに入るにはまた別の長い行列に並ばないといけません。
展示を見なくても買えるので、こちらだけが目当ての人もいる感じ。

1時間ほどで店内に入ると、缶バッジやTシャツの一部サイズは既に品切れでした。
特にXLサイズのTシャツは軒並み全滅でしたね。

とりあえず「KANEDA×Manifold」のTシャツとクリアファイル、カタログを購入。
1万名限定のショッピングバッグも、無事もらうことができました。


こちらがGENGA展のカタログ。Amazon等でも販売予定あり。

ショッピングバッグと同じくらいのサイズ。
でかいです。厚いです。重いです。

でも重さの分だけ、中身もたっぷり詰まってます。






クリアファイルは『大砲の街』が入ったセットを購入しました。

これを逃すと、まずグッズにならない作品。ここで押さえない手はありません。

「大友克洋GENGA展」は5月30日まで開催。
事前予約券はローソンチケットのみの販売でしたが、余裕がある場合のみ
会場で当日券の取り扱いも行うようです。
詳細につきましては、公式サイトの情報を確認してください。
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『松井冬子展 世界中の子と友達になれる』

2012年03月11日 | 美術鑑賞・展覧会
今日は3月11日。
1日家でおとなしくしてるか、思い切って出かけるか迷った結果、横浜美術館で開催中の
『松井冬子展 世界中の子と友達になれる』を見に行きました。
なぜなら、松井さんが描いた「陸前高田の一本松」を、この節目の日に見たいと思ったから。

展覧会のタイトルにもなっている作品「世界中の子と友達になれる」は横浜美術館に寄託されているので、
以前にも見たことがありました。
ガラス越しに見たその展示では、卓越した画面構成によって表現された、無垢な「少女」と、強迫観念めいた
「痛み」のコントラストに驚かされたものですが、今回はケース無しという思い切った展示方法によって、
作品から伝わる「痛み」の度合いが、以前にも増して強まったように感じられました。

今回はケース無しでの展示作品が他にもあり、筆の運びや絵の具の塗りを詳細に見ることができます。
おかげで、松井さんの卓越した技術をたっぷりと味わうことができました。
デリケートな日本画をこのようなリスクの高い方法で展示することに決めたのは、松井さんと美術館の
英断があってのことでしょう。その配慮に深く感謝します。

松井さんの画風は、ある意味では幽玄、言い方を変えればおどろおどろしいもの。
人の心理や情念、あるいは性や生に伴う緊張状態を描くために、「異形」「解剖」「死」といった主題を
繰り返し取り上げています。
内面を描くために文字どおり「中身を剥き出しにする」という手法には一種の即物性も感じられますが、
その表現には確かに、見る者の心と身体に直接伝わる「痛み」があると思います。

精緻に描かれた臓器や血管は、時にグロテスクに、時に美しくも見えるものであり、それらは見る側の
私たちの内部にも、確かに存在するものでもあります。
だから松井さんの作品を見るときに感じる共感あるいは反感は、そのまま自分の内部に対して向けられた
感情であるとも言えるでしょう。

その感情と向き合い、内面の異物と変容する自己の異形性を認めること。
それが生きることを少しでも楽にするひとつの処方となり得ると、これらの作品は語りかけているのかも
しれません。

そんな松井さんが団扇絵として描いた「陸前高田の一本松」。

この一本松も見方によっては一種の異形であり、群れからはぐれた孤独の象徴ともいえます。
そしてこの松が、いま少しずつ立ち腐れ、枯れていこうとしているという事実を思うとき、
松井さんの描く九相図との相似を思わずにはいられませんでした。

九相図の女性のように、この一本松もやがて骸となり、新たな生への糧となるのでしょう。
そして、それはとても健全なことのように思えるのです。

会場の最後に飾られた一枚の色紙には、まさにヤゴから脱皮する瞬間のトンボを描いた
「生まれる」というタイトルの作品が置かれていました。

狂気と異形、そして死を見つめることで生の意味を手繰り寄せようかにも見える作品たちを経て、
最後にこの一枚にたどり着いた時、「ああ、ようやく生まれてこれたんだね」という感覚があって、
それがとても心地よく感じたものです。
思えばここまでの道程が、一種の胎内めぐり、もしくは胎児の夢だったような気もします。

3月11日、この節目となる日に松井さんの作品を見られて、本当によかったと思います。
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明珍の「自在置物 龍」は必見!東京国立博物館140周年特集陳列「天翔ける龍」

2012年01月25日 | 美術鑑賞・展覧会
平成館の特別展「北京故宮博物院200選」に湧く東京国立博物館ですが、本館も忘れてはいけません。
今年の干支である辰にちなんだ特集陳列「天翔ける龍」では、日本が誇る伝統工芸品「自在置物」の傑作、
明珍宗察の「自在置物 龍」をじっくりと見ることができます。

左:里見重義作 自在置物 龍 銀製 明治9年(1907年)製作
右:明珍宗察作 自在置物 龍 鉄製 正徳3年(1713年)製作


この龍、「自在置物」という名のとおり、手足だけでなく全身にポーズをつけられる置物です。
つまり、江戸時代に作られた金属製のフル可動フィギュア!
特撮リボルテックの轟天号について書いたとき「怪竜マンダも出ないかなぁ」みたいな話を書きましたが、
実は300年も昔に、特撮リボルテックや超合金魂も真っ青の傑作可動フィギュアが作られていたのです。


江戸時代になって仕事を失った甲冑師が、優れた金属細工の腕を活かして作った「自在置物」は、
幕末から明治以降は海外へと輸出され、芸術品として高い評価を得ることになります。
その自在置物のうちで、判明している制作年代が最も古いものが、この明珍作の龍なのです。

この龍、東博でかつて何度か展示されてますが、全身をくまなく見られる機会は決して多くありません。
さらに撮影禁止の表示がない作品の場合、フラッシュを焚かなければ写真も撮り放題というありがたさ。
せっかくのチャンスなので、展示ケースをぐるぐる回りながら撮影してきました。









いやー、どっから見てもカッコいいわー。むかし見たときからずっと好きな作品です。

一方、小さい里見重義の龍は明治時代の作ですが、こっちは全身銀製。


そして二頭の龍の背後に見えるのは、東京大学と凸版印刷の共同開発による
次世代型の美術鑑賞システム「デジタル展示ケース」です。


実際に触ることのできない里見重義作の自在置物を、VR技術で動かせるという仕組み。
両手に操作棒を持ってケースの穴に腕を突っ込み、左手を上下に、右手を前後に動かすと
画面内の龍が頭を上下したり、尾を振ったりします。

7方向から同時撮影できる特殊装置や、動作の中間画像を自動生成するソフトを
組み合わせることにより、すばやく滑らかに反応する動きを作り出したのこと。

本来なら360度自在に動く可動域からすれば限られた範囲ではありますが、
体験型博物館の試みとしてはなかなか意欲的な研究だと思います。
欲を言えば、もう少し動きの検知精度を高めて、操作感を向上させて欲しいかな。

別室には、他の自在置物も展示されてました。

こちらは昭和に作られた、宗義作の鉄製の蛇の自在置物。

総パーツ数は150近く。ウロコ状の部分は全部関節です。

明珍吉久作の自在鯉置物は構造的に可動部分が少なめですが、造形は見事。


明珍宗清作の自在伊勢海老置物なんて、トゲやヒゲの細部まで本物そっくり!


腹の下にちょこちょこ出ている腹肢まで、リアルに作ってあります。


東京国立博物館140周年特集陳列 天翔ける龍」では、
他にも龍にちなんだ作品が数多く展示されています。展示期間は2012年1月29日(日)まで。
龍以外の展示品は本館13室(金工)に展示。こちらは2月26日(日)まで見られます。
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「北京故宮博物院200選」の期間限定展示「清明上河図」を見てきました

2012年01月19日 | 美術鑑賞・展覧会
東京国立博物館で開催中の特別展「北京故宮博物院200選」に行ってきました。
もちろん最大の目当ては、史上初の国外展示となる傑作「清明上河図」(せいめいじょうかず)です。

さて、こちらは平日の朝9時15分ごろ、国立西洋美術館前の様子。

今は40年ぶりに来日したゴヤの「着衣のマハ」が展示されていますが、
それでも開館前の列はこの程度でした。

そして同日9時20分ごろ、東京国立博物館の様子。


既にこれだけの長い列ができてます(^^;。

そして9時30分の開館後、わずか10分で「清明上河図」の鑑賞までは90分待ち、
さらにその5分後に「180分待ちです」とのアナウンスが・・・なんじゃこりゃー!

そして45分待ちで館内に入ると、今度は一階ラウンジで「清明上河図」を見るため“だけ”の列に
改めて並ぶことに・・・。


入場待ちの間に係員から説明された話によると、貸出元から「展示はほぼ平置き」
「鑑賞に混乱をきたさないように」等と厳重に指示されているため、「清明上河図」は
展示ケース前に一列に並んで鑑賞する形になるとのことでした。
今回の入場列は、そのための措置だそうです。
また、他の展示物を見るためには一度退室して、改めて第一会場の入口から
入室する必要があるとのこと。

ようやく二階へ上がってみれば、またもや行列です。

並ぶ人が多すぎるせいで、巨大な窓ガラスが全面曇るほどの混雑っぷり(^^;。

右側に折れた列の先には、第一展示会場の出口があります。

「清明上河図」は第一展示会場の最後に置かれているので、出口から会場の途中に入って、
そこから折り返す形での鑑賞となります。

ようやく第一会場の出口までやってきました。

ここまで来るのに2時間半。まあ屋外で待たないだけマシというべきか。

しかし、これで終わりではありません。
文章では説明しにくいので、展示場所の略図を作ってみました。


「清明上河図」の鑑賞者は、会場の途中から入って壁際に列を作る形になります。
このコーナーには「清明上河図」の拡大図や解説ビデオの上映があるので、これらを見ながら
現物にたどり着くまでさらに30~40分待つことになります。

もちろん第一会場の入口から入った人は「清明上河図」の鑑賞列には並べません。
また、ケースの高さと前に並んだ人の列のせいで、後ろから覗き込むのもほとんど無理。
二つの順路はベルト状の間仕切りで仕切られており、強引に身を乗り出すと警備員が飛んできます。

さて、待つこと3時間。いよいよ「清明上河図」の展示場所に到着しました!

ここで「清明上河図」について、公式HPの解説を転載しておきます。

“「清明上河図」は、北宋の都・開封(かいほう)(現在の河南省開封市)の光景を描いたものと言われています。
 作者である張択端(ちょうたくたん)は、北宋の宮廷画家であったということ以外、詳しいことがほとんど
 分かっていない謎の画家です。
 全長約5メートル、縦24センチの画面のなかに登場する人物は773人!(異説あり) 。まさに神技です。”

“ここまで精密に描かれた都市風景は、もちろん同時代の西洋にもほとんどありません。北京故宮でも
 公開される機会はごくまれで、上海博物館で公開された時は夜中まで行列が続いたほどの熱狂的
 大ブームを 巻き起こしました。
 まさに中国が誇る至宝であるとともに、世界でも屈指の幻の名画なのです。”

それでは、この「幻の名画」を実際に何分見られるか、試しに計ってみることにしました。
警備員にせかされながら、時に単眼鏡で細部を確認しつつ横歩きで鑑賞したところ・・・

結果、所要時間は5分26秒。1mあたり1分5秒くらいですかね。
展示品のキャプションに「中国絵画の真髄を、じっくりと堪能していただきたい。」とありましたが、
もはやじっくり見るどころの話じゃありません(^^;。

ではこのわずかな鑑賞時間のために、特に絵画に詳しくない人が最長で4時間半とも言われる
行列待ちをする価値があるのか・・・と問われたら、それでも私は「ある」と答えます。

その理由は、実物の「清明上河図」が写真や映像で見るよりずっと鮮やかで、生命力を感じる
「生きた絵画」だったから。

小さな画面に細密に描かれながらも、その描線は決して曲芸的ではなく、豊かな強弱を持っています。
また、各所に繊細な彩色がされているので、水墨画の枯れた感じはありません。
そして約800~900年を経たとは思えない保存状態の良さに、この作品が単なる絵画を越えて
大切にされてきた「文化遺産」であることを、ひしひしと感じたのでした。

さらに、国名や為政者が変わっても「清明上河図」だけは変わらず珍重されてきたこと、そして
そのテーマが普遍的な「自然と人々の暮らし」であることを思うと、この作品が中国という国の
「魂」あるいは「精神」さえも象徴しているのではないか・・・とも考えてしまいました。
まあ長時間並んだゆえの思い込みではありますが、「自然」と「民」が国の宝であるというのは、
ひとつの真理ではないでしょうか。

これだけ短い鑑賞時間で「絵」としてのすばらしさを十分理解するのは、難しいかもしれません。
しかし、少し見方を変えれば「絵」という枠を超えた面白さを見出すこともできるはず。
そういった部分も加味して「清明上河図」を見に行くべきか否かを判断してもらえればよいと思います。

もちろん他の展示物もすばらしいので、そちらをじっくりと見るならば、むしろ「清明上河図」の
展示期間が終了する、1月25日以降に行ったほうがよいかもしれません。
特に、自然と民衆を描いた「清明上河図」と好対象を成すとも言える、皇帝の巡行をテーマにした
超大作「康熙帝南巡図巻」は、サイズ・色彩・細密描写ともに圧倒的。
まるで絵で描かれたミニチュアの世界を旅するような、他にはない体験が味わえます。

また、孔雀の羽を織り込んだ上衣やカワセミの羽を貼ったブローチなど、工芸の絶品もあります。
これらの細工をよく見るためには、やはり単眼鏡を用意していったほうがよいでしょう。

全ての展示を見終えて展示会場を出たのは、午後3時。
外には、まだ入場待ちの表示が出ていました。

入館まで10分待ち、「清明上河図」を見るまで180分待ち。
一見すると朝並ぶよりも入りやすそうですが、ここで注意すべきは「閉館時間は午後5時」という点です。

係員さんに聞いたところ、展示会場そのものは午後5時で終了するため、これから入館する人については
5時までに他の展示を見てもらわないと「清明上河図」しか見られなくなってしまう・・・とのことでした。
「清明上河図」の列には午後5時まで並べるそうなので、閉館後も連日3時間かけて人を捌くのでしょう。
・・・これで会期中の延長開館がない理由がわかりました。

係員さん、いつもご苦労様です(^^;。
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「フェルメールからのラブレター」東京展

2011年12月30日 | 美術鑑賞・展覧会
渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「フェルメールからのラブレター展」を見てきました。

正直なところ、このタイトルはいささか狙いすぎじゃないの?という気持ちはありますが、
今回3点そろえたフェルメールがいずれも手紙にちなんだ作品であることを考えれば、
これもやむなしというところでしょうか。

さて、目玉のフェルメール作品は、会場の中盤に3点まとめて展示されていました。

まずはワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の「手紙を書く女」。

今回の3作の中で私が一番好きなのは、実はこの作品だったりします。
フェルメールらしい柔らかいタッチで描かれたふんわりした画面と、同時代の作家に比べて抑え目の、
それでいて遥かに生き生きした表情には、この作家の卓越した表現力が素直に表れていると思います。
陰影のつけ方、着座姿を描いた安定感のある構図など、総合的なバランスにも優れています。

次に、アムステルダム国立美術館から初来日した「手紙を読む青衣の女」。

大規模修復後では初となる公開だそうで、フェルメールの代名詞でもある「青」が特徴的な作品でもあります。
現に会場でも、この作品の前で「フェルメール・ブルー」について語る方が何人もいましたし(笑)。

ただ、修復前と修復後の記録映像を見た感じでは、青の回復を重視した修復の結果、画面全体にかけて
青が強くなりすぎたのではないか?という気もしました。
特に女性の顔と腕部を見比べると、明らかに女性の腕のほうが青みが勝っています。
(単眼鏡で部分ごとに確認したので、周囲の色による視覚的影響ではないはず。)

青い衣装の色合いについては、いつもの濃い青ではなく白っぽい青で、しかも光の反射によって
色合いにムラが出ています。
そのムラの加減が、なんとなく我が国の「たらしこみ」的な印象を与え、油彩ではなく水彩のような
軽やかさも感じさせました。

ゴッホの見立てでは、横向きの女性は「妊婦」とのことですが、そう連想させるのは女性の体型だけでなく、
聖母マリアを示す青い衣、左から差し込む光、さらに左向きで書き物を読む構図が、ダ・ヴィンチの描いた
「受胎告知」と共通するためかもしれません。


同時代の作家に比べて表現や技法が大いに異なるフェルメールですが、そのスタイルにはダ・ヴィンチなどの
イタリア・ルネサンス絵画が直接に影響を与えているようにも感じられます。
初期にはまさにルネサンス的な宗教画を描いていたことも考えると、もしやフェルメールはルネサンス的画風を
風俗画の中に取り込み、日常的光景の中でその精神を実現しようとしたのではないか・・・とも思えるのですが。
さて、真相はいかに?

最後はアイルランド国立美術館から、2度目の来日となる「手紙を書く女と召使」。

びしっとピントの合った画面や強い光の調子には、どうしても前2作との違和感を感じてしまいます。
とはいえ、空気感が薄らいだ代わりに人物間の距離や奥行きが強く打ち出され、さらに召使の思わせぶりな表情が
はっきり見える(逆に女主人の顔はよく見えない)点については、作品に込められた風俗画としての寓意、または
秘められたストーリーが、よりわかりやすくなっているとも言えるでしょう。

また、この絵では窓がはっきり描かれているので、上の窓と下のステンドグラスで光の加減が違っていたり、
壁から床へと明るさが変化しているところも見どころだと思います。

そしてこの3作とも、極めてプライベートな場面を「覗き見」するような感じ。
同じ会場に展示されている他の作家が、主に旅館や酒場といった公の場、あるいは家庭内での
共有スペースとしての中庭や食堂を描いているのに対し、フェルメールの視線は明らかにその
「一線」を越えた先の空間へと入り込んでいます。
本業は旅館の主人だったというフェルメールだけに、もしや客の室内を覗く趣味でもあったのでは・・・
などと勘ぐりたくなるほど、人の無防備な姿を生々しく捉えており、それもまたフェルメール作品の
魅力ではないかと思うのです。

フェルメール以外のおすすめとしては、ワインと牡蠣に性的な含みを持たせたオホテルフェルトの
「牡蠣を食べる」、複雑な空間構成を得意とするデ・ホーホ「中庭にいる女と子供」など。
歴史的事件を17世紀の風俗画として描いたヤン・ステーンの「アントニウスとクレオパトラの宴」も、
この時代の流行を考える上で面白い作品だと思います。

私が見に行ったのは12月25日の午後でしたが、混雑していたとはいえ思ったほどではなく、
比較的余裕を持って鑑賞できました。
(あくまで「フェルメール展としては」ということで、普通に考えればやはり混んでます。)
会期は2012年3月14日(ホワイトデー狙いですな)までと長いですが、年明けから段々と
混雑してくるはずなので、早めに鑑賞するほうが良いでしょうね。
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千葉市美術館「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展

2011年11月11日 | 美術鑑賞・展覧会
千葉市美術館で11月13日まで開催中の「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展を見てきました。

展示総数338件、そのうち大まかに分けると、前期展示のみと後期展示のみがそれぞれ90点ほど。
会場内の展示数が230点ほどですから、だいたい4割くらいは入れ替わっている計算になります。

これはもう前期と後期の2回は行かなきゃならんと覚悟を決めて、前期は初日に千葉まで遠征し、
抱一の「燕子花図屏風」「八橋図屏風」「四季花鳥図巻」、其一の「夏秋渓流図屏風」などを
堪能してきました。
そして後期は抱一の代表作「夏秋草図屏風」が登場するということで、再び千葉市美術館へ。

とにかく物量の多さで圧倒される内容ですが、やはり「夏秋草図屏風」の置かれた展示スペースは
会場内のどこにも増して強烈な空間でした。
まずは陽明文庫所蔵の「四季花鳥図屏風」が黄金と極彩色の輝きを放ち、その横には琳派の象徴、
「風神雷神図屏風」が置かれています。
そして背後に目を転じると、そこには銀の渋い輝きに満ちた「夏秋草図屏風」が・・・!

こんなスゴイ体験、下手するともう2度とできないかもしれません。

「四季花鳥図屏風」と「夏秋草図屏風」は、抱一美学の双璧だと思います。
全面に金箔を使い、さらに切箔や金砂で輝きに変化を与え、質の高い絵の具で花鳥の持つ
純粋な色彩美を描き出した「四季花鳥図屏風」は、光があふれ出すような作品。


これと対照的に、銀箔に薄墨を塗ってあえて輝きを抑え、雨と風にうちひしがれた草花で
ありのままの自然を表現した「夏秋草図屏風」は、しっとりと光を吸い込むような作品でした。


そしてこの2作を取り持つのが、私淑する光琳の写しである「風神雷神図屏風」。

太陽を思わせる黄金の輝きが、風神と雷神の働きで曇天の銀色へと変わっていく様子を
思い浮かべれば、この3作でうつろう自然の姿を見事に捉えているのがわかるはず。

それまでの絵師が扱ってきた様式美や権威性、文学趣味といったテーマから離れて、
思うままに自然の美を描いたところが、抱一のオリジナリティではないかと思います。
それは太平の世、そして大大名の血筋に生まれた人ならではの美学なのかもしれません。

抱一の主要作をふんだんに見られるだけでなく、周辺作家や関係者の展示も豊富です。
茶道に興味のある人にとっては、抱一の兄である姫路藩主・酒井忠以(宗雅)の作品も
興味深いと思います。
この人は大名茶人として名高い松平不昧と交流を結び、さらに35歳で亡くなった後に
収集した茶道具が不昧へと譲られ、雲州名物に加えられたという逸話の持ち主。
文武両道で書画や俳句にも通じており、弟の抱一にも多大な影響を与えたそうです。
今回は弟との合作の他に南蘋風の作品や水墨画、さらに自ら打った刀の展示もありました。

また、抱一と公私共に付き合いの深かった蒔絵師の原羊遊斎との競作も見どころ。
さらには抱一デザイン、瀬戸民吉作の酒盃といったレアな品も・・・瀬戸の民吉といえば、
彼の地において磁器焼成の技を伝えた「磁祖・加藤民吉」の一族ではないですか!
(時期的には初代民吉ではなく、二代目の作と思われます。)

そして抱一の系譜を受け継いだ「次代の琳派スター」鈴木其一らを含む江戸琳派の展示は
これだけでひとつの企画展にできるほどの充実ぶりでした。

後期展示では千葉市美術館が誇る収蔵品である其一の「芒野図屏風」が、特にすばらしい。


単純化された芒の間を、リアルに描かれたもやがゆっくりと流れていく様子は、抱一ゆずりの
生々しい自然描写を、ひとつの様式美にまで高めています。
今回は展示場所の関係でやや見落とされがちでしたが、本来なら「夏秋草図屏風」と並べて
しっとりと重い空気の描写を比較されるべき作品ではないでしょうか。

其一の他にも同門の池田孤邨、抱一の養子となった酒井鶯蒲や其一の実子である鈴木守一等が
出ていましたが、その中でも特によかったのが其一の兄弟子で抱一の右腕とも言われたという
鈴木蠣潭の「山水図屏風」。琳派の華やかさと水墨の渋さをうまく融合させた作品でした。
鶯蒲は30代半ばで早逝していますが、蠣潭も狂犬病により26歳の若さで亡くなっており、
もしもこの二人が長生きしていたなら、江戸琳派の歴史は今と違っていたかもしれません。

まだ国宝に選ばれた作品がないせいか、光琳に比べて知名度はいまひとつだった抱一ですが
今回の展覧会で本格的なスター絵師に仲間入りできたんじゃないでしょうか。
それだけに、今後は逆にまとまった形で展覧会を行うのが難しくなるかもしれませんが・・・。

千葉市美術館での会期は残りわずかですが、来年4月には京都の細見美術館に巡回しますので、
お近くの方はぜひご覧ください。

図録もすごいです。


なにしろ横から見ると、この厚さ!


とにかく展示数が多いので、出品目録だけでは中身を追いきれません。
抱一を含む江戸琳派の総合カタログとしても、ぜひ手元においておきたい一冊です。
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モダン・アート,アメリカン-珠玉のフィリップス・コレクション

2011年11月05日 | 美術鑑賞・展覧会
国立新美術館で「モダン・アート,アメリカン-珠玉のフィリップス・コレクション-」を見てきました。

ぶっちゃけアメリカン・アートといえば、ワイエスのような写実作品とポロックみたいな抽象作品の
両極端しか知らず、むしろ写実のほうが好きな私としては「今回はあんまり期待できないかも」と
心配しながら見に行きましたが、意外にも十分楽しめる内容でした。

印象派風の絵画から抽象画へと移り変わっていくアメリカ絵画の中で、私が一番興味を引かれたのは
アメリカならではの風景である「巨大都市」を描いたもの。
その代表といえるのが、エドワード・ブルースの「パワー」です。

巨大なブルックリン橋の向こうにそびえ立つ摩天楼の姿と、そこに降り注ぐ神々しい光の描写は
まるで伝説に出てくる神の国を描いたかのよう。
その無邪気なまでの礼賛ぶりも含めて、これこそアメリカならではの光景だと思わせる作品です。

もうひとつ、アメリカならではの光景を描いた作品が、ジョン・スローン「冬の6時」。

都市内部における高架鉄道は、マンハッタンで始めて実用化されたものだとか。
同じ大都市の賑わいや鉄道を描いた絵でも、ヨーロッパの印象派とは一味違う「工業化された都市」と
その下に群れ集う人々が描かれています。

ステファン・ハーシュの「工場の町」にでは、自然さえ工業化された風景の中に組み込まれてしまいます。

幾何学的で無機質な建物群と、青々とした水の流れる川の対象性が強く印象に残ります。

そしてもはや人も自然も描かれなくなってしまうのが、チャールズ・シーラーのこちらの作品。

タイトルはずばり「摩天楼」。
ここでは垂直に伸び行くビル群がまるで新たな自然であるかのように、視界の全てを占拠しています。
つい先日、レム・コールハースがマンハッタンの発展と限界性を書いた著書『錯乱のニューヨーク』を
読み始めたところなので、こういった作品にはなおさら強くひき付けられてしまいます。

そしてこれらの作品とは対照的に、都市に生きる人間の孤独と疎外感をくっきりと描き出した作品が
エドワード・ホッパーの「日曜日」です。

楽しげなタイトルとはうらはらの、憂いを感じさせる孤独な男の姿。
背後に立ち並ぶ建物は、まれで男の背中にのしかかる重荷のようにも見えます。
ホッパーはこれともうひとつ「都会に近づく」しか展示されていませんでしたが、その二作だけでも
都市生活者の寂寥感を十分に伝えるものがありました。

ホイッスラー、ロスコ、ポロックなどの著名どころは各一点ずつですが、これらの作品が展覧会の核に
なっていないぶん、他の作家に目を向ける余裕があったといえるかもしれません。

例外として、オキーフだけはそこそこまとまって出てました。
これはその中のひとつ「ランチョス教会、No.2、ニューメキシコ」です。

まるで生物都市のようなぐにゃぐにゃ感と、熱く乾いた空気の気配。
リアリズムと抽象の境界線に立ち上がる幻のような彼女の作品こそ、アメリカ絵画の特質を
最もよく表しているとも言えるでしょう。

このところよく見られる重量級の展覧会ではないものの、ヨーロッパ主体の美術とはまた違う面白さと
画家の目を通した「アメリカの肖像」を見る感覚が楽しめる展覧会でした。
それにしても、新美の企画展でこんなに人が入ってないのは初めての体験。
金曜の夜間とはいえ、一時は館内に他の人がいなくなるほどのすきっぷりには驚きました。

会期は12月12日まで。ネームバリューにこだわらなければ、絵とじっくり向き合えるよい機会です。
アメリカ絵画だけでなく、良くも悪くもアメリカという国に興味がある人なら、見て損はないですよ。
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川崎市民ミュージアム「実相寺昭雄展 ウルトラマンからオペラ「魔笛」まで 」

2011年09月04日 | 美術鑑賞・展覧会
ひねもすのたりの日々」のshamonさんが先に見に行って絶賛していた、川崎市民ミュージアムの
「実相寺昭雄展 ウルトラマンからオペラ「魔笛」まで 」を見てきました。(会期は本日4日まで)

行くまではさほど期待してなかったんですが、会場に入って「もっと時間を取るべきだった!」と大反省。
なにしろ資料数が多く、さらに原稿やらメモやらの書きこみの量も半端じゃありませんから、
それらにいちいち眼を通そうとすると時間がなんぼあっても足りないほど。
ああ、最初に映像コーナーで「故郷は地球」を見てる場合じゃなかったよ・・・。

展示の冒頭部分については「インターネットミュージアム」で映像を見ることができます。
さらに横の写真をクリックすると、大きなサイズで画像を見ることも可能。
逆に川崎市民ミュージアムのHPのほうは、ぶっちゃけ見るところが少なすぎる・・・(^^;。

すばらしく充実した内容にもかかわらず、美術館の方に聞いたところ、今回は図録も展示品リストもないとのこと。
今後の資料的価値も含めると、少なくとも展示内容のリスト化は必須だと思うのですが、この種の展覧会は
大体そういうことに無関心なんですよね。
しょうがないので、大急ぎでメモってきた範囲で展示品を列記しておきます。

○ジャミラ資料
・ジャミラ着ぐるみ(オリジナルではなく後年の複製)
・ジャミラプレート(ジャミラの墓碑銘) 生没年は1960-1993
 銘文はフランス語で書かれている。
・「故郷は地球」アイデアスケッチ
 大判スケッチブックに描かれたもの。
 イデ隊員がジャミラプレートの前にかがみこんだ姿を、ラフなタッチで描いている。
 またこのプレートに「ICI DORT CE・・・」とフランス語の書き出しが入っていることから、
 銘板の文句は実相寺監督が書いたものだと推測できる。
 なお、実相寺監督は早稲田大の仏文科出身で、フランス語に堪能だった。

○研究書「円谷英二の映像世界」用資料 
・「ゴジラ」絵コンテ
 映像分析のため、ノートに「ゴジラ」の一場面を、わざわざ絵コンテとして起こしたもの。
(見開き2ページ分、DVDで45~47分あたりの、ゴジラが列車をくわえるシークエンス)
 欄外に「何故これ程簡潔なCut割りで表現できるのか・・・」との書き込みあり。
・「ゴジラ」分析用ノート
 場面ごとに、セリフを交えて分析したノート。
 展示は冒頭部分のみだが、たぶん丸1冊使って全編を分析していると思われる。

○スカイドン資料
・「空の贈り物」シナリオ台本(準備稿)
・スカイドンの原案イラスト(この時点の名前はイヤミラー)と、演出をメモしたノート
・「空の贈り物」絵コンテ
・自筆の製作ノート
 (次のような文章が書かれていた)
 ウルトラマンで得たもの、失ったもの 未整理
 5本目と6本目(これでこのシリーズともお別れ)
 1本目と2本目はルウティンで語り、3本目と4本目は特撮なしで語ろうとし、
 今度は特撮(ここに下線2本引き)で語ろうと思う

○シーボーズ資料
・「怪獣墓場」シナリオ台本(準備稿)
 これを含めて、多くの初期台本には赤いマジックで実相寺監督のサインが書かれている。
 高校時代に考えてからずっと使ってきたそうだが、後年には使われなくなり、代わりに筆書きで
 自分の名を書き、落款を押すようになっていく。 

なお、ウルトラマンの実相寺監督作品は次の6作です。
 
第14話「真珠貝防衛指令」(汐吹き怪獣ガマクジラ)
第15話「恐怖の宇宙線」(二次元怪獣ガヴァドン)
第22話「地上破壊工作」(地底怪獣テレスドン)
第23話「故郷は地球」(棲星怪獣ジャミラ)
第34話「空の贈り物」(メガトン怪獣スカイドン)
第35話「怪獣墓場」(亡霊怪獣シーボーズ)

○ウルトラセブン
・ウルトラセブン「夜毎の円盤」シナリオ台本
 オンエア時に改題されて「円盤が来た!」になったもの。
・ウルトラセブン未製作話「宇宙人15+怪獣35(仮題)」シナリオ台本(準備稿)

ウルトラセブンでの実相寺監督作品は3本。数は少ないけど、忘れがたい異色作ばかり。

第8話「狙われた街」(幻覚宇宙人メトロン星人)
第43話「第四惑星の悪夢」(第四惑星のロボット長官)
第45話「円盤が来た」(サイケ宇宙人ペロリンガ星人)

なお、さすがに「遊星より愛をこめて」に関する資料展示はありませんでした。


・劇場用再編集映画「実相寺昭雄監督作品 ウルトラマン」シナリオ台本(準備稿)

・短編ドキュメンタリー「夢の通ひ路 ~ ウルトラマンの謎」シナリオ台本(準備稿)
 「夢の来た路」のタイトルを訂正して「夢の通い路」の添え書きあり

・元祖ウルトラマン「怪獣聖書(仮題)」シナリオ台本(準備稿)
 後に書き換えられて「ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説」になったとの説もあります。

○ウルトラマンティガ
・「花」自筆絵コンテ(ホテルニューオータニ博多の便箋を使用)
 欄外に「等身大の斗い(巨大化でもいいが) 剣豪同士の決戦である」と書かれている。

○ウルトラマンダイナ
・「怪獣戯曲」シナリオ台本(元の台本の上に紙で表紙をつけ、そこに筆文字でタイトルを書いたもの)
・「怪獣戯曲」ダビング表(学校芸能工作用紙を2枚に切って使用)
 ダビング表は音声収録の際に、シーンを並べてSEやBGMを入れるタイミングを書きこんだ表。
 ここではさらに添え書きとして、次のとおりのメモが書かれている。
 「基本的に今回、劇中の音楽はない、効果音が主体である。
  私の音響設計図を全否定してもらっても構わない。
  但し、ルーティンからの発想でなければ・・・である。
  この回は従来からの慣行とは関係がない。
  人の肉声をSEに加工できないか?」
・バロック怪獣ブンダー 原案イラスト(変身前、変身後)
 変身前のイラストに「ディテールはバロックの建物を参考に!」と書かれている。

○「ウルトラマンマックス」資料
・「胡蝶の夢」シナリオ台本
・「狙われない町」シナリオ台本
 どちらも表紙を付け直して、筆書きでタイトルを記載。
・「狙われない町」ダビング表

○「怪奇大作戦」資料
・「呪いの壺」シナリオ台本(決定稿)
・「死神の子守唄」シナリオ台本(準備稿)
 私が最高と考える実相寺作品がこれ。もっとたくさん資料が見たかった・・・。 
・未製作シナリオ台本「平城京のミイラ」
 「京都買います」の幻の台本とのキャプションがあったが、「呪いの壺」のボツ台本という説もあり。
 シナリオのコンセプト的には「京都買います」に近いらしい。
・「京都買います」ダビング表
 東京放送の方眼紙を使用したもの。
・「恐怖人間(仮題) 死神と話した男たち」シナリオ台本
 「恐怖人間」の部分を鉛筆で「怪奇大作戦」と修正してある。
・「恐怖の電話」シナリオ台本(決定稿)
 「死神と話した男たち」を改題して、若干の修正を加えたオンエア版。

なお、余談ですが「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」で「三百六十五歩のマーチ」と「恋の季節」を
挿入歌として使ったのは、「怪奇大作戦」でこの2曲が使われたことに引っ掛けたものと思ってます。

○「ウルトラQ Dark Fantasy」資料
・「ヒトガタ」シナリオ台本
・「闇」シナリオ台本
・「運命(さだめ、と手書きルビあり)」ワープロによるシナリオ原稿
・「冬の熱情」ワープロによるシナリオ原稿

○ウルトラマンの東京
同名でちくまプリマーブックスから刊行された書籍のイラスト用原画。
(後に改訂されて、ちくま文庫に収録)
小型のスケッチブックに、東京の風景に立つ怪獣やウルトラマンを登場させたイラストが
昔の文人画を思わせるタッチで描かれています。
いまだと山口晃画伯の書き方に似てるかな?あちらよりはラフな描線ですが。

ペンで描かれた線に水彩で着色されたイラストには、にじみにもまた味があります。
イラストに添えられた短い文章は、筆ペンを使って書かれたものでしょうか。

展示された数十点の作品から、印象的だったものをいくつか紹介します。
・ウルトラQ「地底超特急西へ」の「いなづま号」
・ウルトラマン「真珠貝防衛指令」の「ガマクジラ」(添え書き“ガマクジラに真珠”)
・シルバー仮面(添え書き“銀の光の流れ星”)

○「シルバー仮面」資料
・「ふるさとは地球」シナリオ台本
・「ふるさとは地球」手書き脚本原稿
(用紙の裏まで記入あり。チグリス星人の側面イラストも添えられている。)
・CMフォーマット表(時報からタイトルクレジット、提供などの所要時間を指定した一覧表)
・演出メモ
・「シルバー假面」シナリオ台本
 「シルバー仮面」を新たな設定でリメイクした、2006年の作品。
 全3話だが、実相寺監督は1話を撮影後に死去している。
・シルバー仮面 カプセル玩具用自販機像

○ATG等の映画作品資料
・「無常」ポスター
・ロカルノ国際映画祭「金豹賞」受賞トロフィー(「無常」で受賞)
 ヒョウの尻尾が折れたのを包帯で治してあるのが微笑ましいです。
・「曼荼羅」ポスター、台本、プレスシート
・「あさき夢みし」ポスター、ダビング表(原稿用紙を使用)
・「あさき夢みし」コンテ兼ノート(大判スケッチブックを使用)
・「宵闇せまれば」シナリオ台本(準備稿)
・「哥(うた)」シナリオ台本(準備稿)
 この時点では「(あに)」とルビが振ってある。
・「歌麿 夢と知りせば」シナリオ台本
 表紙を追加し、さらに自筆のご詠歌を貼り付けている。
 “弥陀の大悲ふかければ
  佛智の不思議あらはして
  変成男子の願をたて
  女人成仏ちかいたり”

・エッセイ「闇への憧れ」書籍及び自筆原稿

・CM映像「資生堂『口紅 色』」「スーパーニッカ」など

・各種番組台本
(演出デビュー作「歌う佐川ミツオ・ショー」、初ドラマ「おかあさん」、「でっかく生きろ!」、
 「レモンのような女」など。)

・カンヌ国際広告映画祭 金賞賞状(「資生堂CM『口紅 色』」で受賞)

・資生堂CM『口紅 色』直筆絵コンテ

・ドラマ「波の盆」ポスター、取材ノート、シナリオ台本、MA(マルチミキサー)シート

○「帝都物語」資料
・ポスター、台本(「帝都物語」とタイトル筆書き)曲コンセプト指示書
・ギーガーから送られた護法童子のラフデザイン(たぶんファックス)
・大連地下洞窟のイメージ図
・加藤保憲の特撮用胸像
・樋口真嗣氏の描いた絵コンテ(コピー)

○その他の映画作品関連資料
・「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」台本、チラシ、スチール写真
・各種台本
「ウルトラQ 星の伝説」、「光」(「シルバー假面」製作後に予定されていた企画)、
「夢十夜 第一夜」、「鏡地獄」、「姑獲鳥の夏」

○ひまつぶし
文字どおりの「ひまつぶし」として、実相寺監督が作品とは無関係に仕上げた遊びの製作ですが
これがめっぽうおもしろい。
紙を横長につなぎあわせて、左端の1から右端の1000までがムカデのようにうねりながら
重ね描きされたものや、コケシ型の携帯電話、子供用の懸賞ぬりえに手を加えて、風神と雷神が
スケボーをやってる絵に描き変えてしまったものなど。
実はこれらの手すさびにこそ「天才・実相寺昭雄」の自由闊達な才能が、最もよく発揮されていると
感じました。

○イラスト、絵手紙
「ウルトラマンの東京」と同じようなタッチで、建物から大好きな路面電車、さらに身近な小物や
自作他作を問わない様々なキャラクターに至るまでを描きとめたもの。

こちらからも、印象的な絵をいくつか抜粋して紹介します。
・自画像(ペン描き、高松東急インの便箋を使用)
・老眼鏡(ケースが少年アシベ柄)
・ガマクジラ(添え書き「女心と秋の空」)
・ゾイド(添え書き「ゾイドのメカに驚く」)
・サンダーバード2号(添え書き「チョロQは進化する」)
・ヒカリアン
・いかレスラー(実相寺監督が監修)
・フシギダネ(添え書き「ポケモンは羅漢さんだ」)
・ガヴァドンA(添え書き「フィギュアは作画を補完する」「わが机上のガヴァドン」)
・オーパス・ワンのラベル(添え書き「美酒・・・羅府にあり」)
 羅府はたぶんカリフォルニアとロサンゼルスの勘違いだと思います。
・「ティガ」レナ隊員のフィギュア(添え書き「夢よ、蘇れ!」「しかし俺の絵は似てねぇー」)
 添え書きの部分は、ちょっとうろ覚えです~。

○二期会オペラ「魔笛」資料
・「魔笛」衣装(タミーノ、夜の女王、パパゲーノ、パパゲーナ)
 デザインコンセプトは「生きたフィギュアのように表現したい。」
・衣装デザイン担当・加藤礼次朗氏によるデザイン画
 加藤先生といえば、知る人ぞ知るマンガ「戦え!筋肉番長」の作者ですね。
 実相寺監督と加藤先生の間を取り持ったのは「いかレスラー」などで知られる河崎実監督とか。
 加藤氏を抜擢した理由は「お前なら遠慮なくダメ出しができるから」だそうです。
・ボークスによるスーパードルフィー「タミーノとパミーナ」
 さらにその足元には、小さなサイズの「実相寺監督フィギュア」が・・・欲しい!

「魔笛」の詳細については二期会のHPに多数の資料がありますので、そちらもどうぞ。

○朝比奈隆氏との仕事
音楽に造詣の深かった実相寺監督ですが、この方面の仕事でも特に際立っているのが、
日本屈指のベートーベン/ブルックナー指揮者とされる朝比奈隆氏のコンサート映像です。
今回はDVD-BOXの他に、譜面などが展示されていました。

○私物
会場の一角に、監督の仕事場を再現したスペースがありました。
壁には写真でもよく着ている黒のジャケットがかけられ、ちゃぶ台にはけろけろけろっぴの
メガネケース、スカイドンのソフビ、その横にはワープロ(シャープの書院)など。

○フィギュアコレクション
大きなガラスケースに、監督が生前集めたという人形たちがずらり・・・なのですが、
時間がなくてここはじっくり見てません。

メモを取り始めたらきりがなくなって、最後のほうは駆け足になってしまいましたが、
場内の大体の様子はお伝えできたと思います。
それにしても、版権がらみで難しいのかもしれませんが、図録がダメならせめて
(繰り返しになるけど)展示品のリストくらいは作って欲しいものですね。

とはいうものの、内容についてはとても充実したものでした。
多芸多才と完璧主義な仕事ぶりはもちろんですが、巷で言われてきた「鬼才」の印象とは違った
「人間・実相寺昭雄」の素顔を見ることができたのも、大きな収穫です。

展示品の多くは川崎市に寄贈されたものなので、今後は展示物について十分整理したうえで、
川崎から遠い場所の人にも見られるような巡回展などの企画を練って欲しいです。


おみやげはクリアファイルと缶バッチ、そして絵はがきで約3,000円。
これだけ出せば、普通は図録が買えるんですけど・・・(^^;。

絵はがきとクリアファイル。


クリアファイルその2。

右下に小さく「川崎運河にメトロン星人現わる」と書かれています。

缶バッチ。

電車やウルトラマンの柄もありましたが、私が選んだのはこの3種。

最後はこれ、「どんな旅にも欠かせない」実相寺監督愛用の筆記具たち。

奥様や友人たちと同じく、これらも実相寺監督を支えた大切なパートナーだったのでしょう。
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