子育てよしなしごと

4歳と1歳の二児の母になりました。子育てで感じたことをつづろうと思います。コメント頂けると嬉しいです。

ママ遅い

2007年02月28日 | ワーキングマザー
昨日はアポの終了が延びてしまい。

いつもよりお迎えが30~40分ほど遅くなってしまいました。

夜間延長保育の子供が夕食を取り始めるギリギリのお迎えと
なったわけですが。

案の定、帰りは「だっこ~」。

スリング登場・・・・。

それでも、抱っこで少しは気が済んだのか、
夕飯までは大人しい。

やれやれと思ってご飯を食べていたら。

すねるようなポーズをとりながら一言。

「ママおそい。」

え?なにが?何が遅いの?

と聞いてみると。

「ママ会社終わるのおそい。」

とな。


保育園では楽しそうだし、迎えに行ったときは
まだ夜間延長の子供とかもいたのに。

自分のお迎えが遅いとわかるとは・・・。


我が娘、2歳3ヶ月ですが。

時間の概念がきっちりできてるのね。

と、成長を喜ぶ面もありますが。
もうごまかしがきかないなあと怖いものもあり。

今日は早くお迎えに行くからね~。


満足いくまで甘えさせる

2007年02月27日 | 育児・子育て
赤ちゃん返りや癇癪で一時はどうなるかと思っていた我が娘。

大分落ち着きを取り戻してきました。

先週末は、保育園の帰りに1年ぶりにスリングが復活するなど、
体力的にも厳しかったですが。

昨日お迎えに行くと、これまでどおり歩いたりベビーカーに乗ったりと
いつもの様子に。

まだまだ家ではべったり気味ですが、それでも

「ちょっとまってて」

ができるほどに元に戻りました。
(一時はそれすらも許してくれなかった・・・)


昔、大学生のときに心理学者の河合隼雄先生のお話を
聞いたことがあったのですが。

そのときに

「よく子供の自立の方法を聞かれますが、
 
 子供に自立を促すよりも、子供が満足いくまで
 
 抱きしめてあげることです。

 子供は満足いくまで甘えることができたら、
 
 勝手に離れて行きます。」

と聞いたのを思い出しました。


当時もなるほど~と思いましたが、子供を持ってその言葉の
意味を改めてかみしめます。


確かに、好きなだけ甘えさせた今の娘はとても落ち着いています。


よく、子供を甘やかすのはよくないと言われますが。

「甘やかす」のと「甘えさせる」のは違うのです。


一時、娘の好きなだけ甘えさせてあげると、
娘も「自分はいつでも甘えられる」とわかり、
待っていることができるようになりました。


子供が満足いくまで甘えさせてあげることの大切さ。


学生の時に習ったことが、体得できた気がします。


癇癪には共感

2007年02月24日 | 育児・子育て
今週は前半、娘が発熱しました。

そんな時に限って私も夫も仕事が休めないということで、
急遽、実家を頼ることに。

久々に板ばさみ(仕事と育児)に苦しみました。

最後は最終兵器である父まで登場し、仕事はなんとか乗り切りましたが。

病気なのにパパもママもいないということが
娘にとっては相当ご不満だったようで。

癇癪が酷くなりました。


病み上がりで登園した日のお迎え。

今までにない癇癪。

道端で泣き喚き。
スーパーで泣き転び(しかもレジに並んでる最中・・・)。
家に帰ってからも暴れる。

何人の通行人の方に声をかけられてしまったことか。

スーパーで泣き喚く子供ってどんな教育してるのかしら???
と半ば呆れていた私でしたが。

まさか我が子がすることになるとは・・・。

癇癪を起こすきっかけは些細なこと。
少しでもできないことがあると切れているという感じ。
スーパーでは大根を持ってくれようとして、重くてもてなかった
瞬間怒り始めました。


育児書に

「癇癪の対応はまず共感を示すこと。決して怒ってはいけません。」

と書かれていたことを思い出し。

いつもなら、「いい加減にしなさい!!」と怒ってしまうところを、

「できなくて悔しいね」

「そうかそうか。辛いんだ」

「大根おもかったねー」

と共感の言葉に変えてみました。


すると、時折気持ちがおさまるようで。
すんなりいい子に。

いい子になると、ご飯も一人で食べたり、トイレも自分でしたりと
この上なく聞きわけがいい。


いい子の時と癇癪の時のギャップが激しくて驚きます。


いい子の時に、途中、本音がでてきて

「ママにいっぱい文句いいたいの」

「さみしいの」

「甘えたいの」

「ママ遅い(たぶん、帰りのこと)」

と本音を吐露しはじめました。


最後の癇癪は風呂の中での大暴れだったのですが、
そんな本音を聞くと癇癪を起こしている娘を見て
なんだか切なくなってきました。

気持ちがこんなに荒れるほど辛い状態なのか・・・。
と思うと泣けてきます。

それなのに、私はその癇癪を受け止めるどころか、
怒ってばかりいたなあと反省しきり。

娘にとってはおなかの赤ちゃんの存在が、親の関心をもっていかれて
しまうようで不安なのでしょう。

しかも、病気なのに置いていかれるということで、
その気持ちを助長してしまったのかもしれません。


その翌日も癇癪は残りましたが。
なるべく抱っこをしてあげたりすることで、
触れ幅が小さくなってきました。

やはり「癇癪には共感」が大切なようです。

こっちも疲れているので、怒りたくなるのですが。
極力怒らず。
まず共感の言葉を述べながら(本当にそう思ってなくとも)、
自分の気持ちを落ち着けて諭すようにしています。

そうなると、少しずつ落ち着いている様子。

育児は忍耐力だわ・・・。



赤ちゃん返り

2007年02月08日 | 育児・子育て
最近、2歳を超えた娘が赤ちゃん返りをし始めました。

1歳半を過ぎたくらいから、どんどん自分でできることが増え。

言葉も達者になってコミュニケーションがとれるようになり、
育児が少しは楽になったと思ったのもつかの間。

最近は1歳児に逆戻りです。

何をするにも抱っこ。

保育園帰りも思い出したように抱っこをせがみ。

家に帰ってからも手を洗うときまで抱っこをせがむ。

ちょっと前は一人で手洗いができるようになって得意げだったのに。

思い通りにならないと大泣きし。
かんしゃくカムバックです。

一番気になっているのは目をしばしばさせること。

前髪も短いのに何度も目をしばしばさせます。

チックでは?と心配になりましたが。
保育園の他のお母さんの意見を聞くと「違うわよ」とのこと。


原因は・・・。



実は私第二子を妊娠しました。

現在5ヶ月にはいりお腹も大分大きくなって目立つようになってきました。

ブログに訪れて頂いた方々へのご報告が遅くなってしまい申し訳ありません。

妊娠初期は出血が止まらず。
流産する可能性もあるということで中々ブログではご報告できませんでした。
また、なぜか会社の一部の方もこのブログを知っていたりして。
会社で広報するまではここにはかけませんでした。
ついでにツワリもひどく。
そんなわけでブログも停滞しておりました。
申し訳ありません。
(初期のことはここに書いておりました。よかったらご覧ください。)

と、本題。

娘は一方でお姉さんとしての自覚もあるようで。

一人でご飯を食べだしたりして
「もうおねえちゃんなの」
と自慢気に言ったりもしています。

二人お子さんのいる先輩ママいわく。
「女の子だから母性も働いて小さい子の面倒をみなくちゃ。
と思う一方で、私だけを見ていて!という気持ちでゆれているのよ。」
とのこと。

小さいながらも葛藤しているのだなと思うと、
少し泣けてきます。

でも。

こういうことを超えて成長していくもの。

第二子を持とう!と思ったのも、娘には兄弟がいたほうが
いいと判断したから。

「お姉ちゃんな自分」と「赤ちゃんな自分」とを行ったり来たり
している娘。

成長の過程を一緒に頑張って行こうと思います。


顔を見るとホッとする相手

2007年02月01日 | 育児・子育て
それは母親です。

いい年して親の顔を見てホッとするなんて、
お恥ずかしい話しですが。

子供をもってその気持ちが一段と強くなりました。

単身の時は
「私はもう自分で生きていかれる」
「親からは自立している」
と【思いあがって】おりましたが。

子供を持って親にならざるをえない状況になった今は、
親の顔、特に母親の顔を見るとどこかホッとします。


先日の娘の急病の時に、どうしても出社しないといけない
会議があり、急遽私の両親に来てもらいました。

両親も予定がある中、調整して来てくれたこともあり、
入れ替わり立ちかわりであまり会話をすることもなく
帰って行きました。

それでも、母の顔を見ただけでなんとも言えない
緊張感がほぐれる感覚がありました。


たぶん。

親の顔を見ると、親としてのプレッシャーから
一瞬解放されるのでしょう。


親になると、子供の前に立たないといけない
という責任感から逃れることはできません。

大げさですが、自分が逃げてしまったら子供
はまだ一人では生きていかれません。

単身の時は、「一人で生きていかれる」と思い込みながらも、
実は逃げたきゃいつでも逃げられる。
子供に戻りたければ戻ることもできる。
と、どこかで余裕があったのだと思います。

つまり、都合のいいときだけ「大人」になることが
できたわけです。

でも、子供がいたらそれは許されません。
(もちろん気をぬくことはできるんだけど)

そんなプレッシャーを感じつつも、
まだまだ未熟な母親業。

母の顔を見ると、なんだかホッとするわけです。

親って本当にありがたい存在だなあ。


娘も大人になっって、私の顔を見てホッとしてくれる
ときが来るのかな。