2004年9月1日。ただの営業から準備期間はわずか8カ月。たった1人で起業。
だれも教えてくれない。助けてくれない。支援者もいない。事業は少し仕事になったものの
形にはなっていない。強みもない。多少営業できるだけ。そして何をするにも自分ひとり。
それでも日経新聞に大きく取り上げられた。続々来る問い合わせ。形になっていない事業。
新聞を見て動悸とめまいがして膝がガクガク震えました。誰にも相談できず
東海道線の中で何度逃げてしまおうか、ギブアップしようかと考えました。
自分が会社のために良かれと思って提言したことが、なんでこんなに自分が
追い込まれることにつながるのかと理不尽さに悔しくて眠れませんでした。
しかしながらそんな自分を評価してくれたお客様の存在がありました。
全く知らなかったDNPの営業も次々と話を持ってきてくれます。
そんな状況で自分が逃げることは許されないとも思いました。
法的手続きや事務処理、営業、企画をこなしながら時間は全くありません。
でも事業を成立させるには、自分がお客様に価値を感じていただく
人間にならなくてはなりません。知識と見識が必要でした。
勿論ただの営業だったので知識はありません。焦る中でもはっきりしていたのは
お客様より詳しい「何か」を持たなくてはならないことでした。
そこで始めたのが、全国の小売りのチラシ収集。毎週日曜日に気になる企業は
全部見て、参考になりそうな個所は切り取ってスクラップしました。
また地域のお客様が多かったので、地方にはあまり店舗展開していなかった
IYの定点観測と店舗販促物の収集でした。これも日曜日の夕方4時に決まった店舗
に行くことで人の流れが良くわかりました。
その作業を数年間ずっと続けました。本当に時間がない中で家族には大変寂しい
思いをさせましたが必死で続けました。でも日曜日にそれらをすることで
月曜から得意先に訪問した時に最新の情報を届けることができました。
お客様が全国のチラシなど知る由もなく、ましてやIYの店頭や販促物など知りませんから
大変よろこばれました。参考にしてくれるようになりました。そして情報を教えて
くれるようになりました。困ったことを相談してくれるようになりました。
一方で、たまっていく情報と食卓データを比較することで、数字で根拠を語るよう
になりました。これが大変うけました。世の中の小売り動向と数字、そしてお客様との
コミュニケーションを踏まえて企画を計画書にまとめて提案することで仕組みができました。
そうしてアットテーブルの基礎はできあがり、全国へ展開していくことになりました。