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京都ホリスティックアロマセラピストてんてんの ~幸せの風日記~

生きることは愉しいことヽ(^。^)ノ~起こること・・すべては愛~

買っちゃった~(第2弾!!)

2008-01-07 00:39:01 | インポート

いやぁ~。長い長いお正月休みも今日で終わりです。

ほんまにほんま~~にゆっっっっくりとさせてもらいました。

幸せなことですね。

1/2、娘を連れて、京都駅へみぃてぇるぅだぁけ~バーゲンに繰り出したのですが

バスを降りるなり娘が

「なぁ、お母ちゃん、まゆか京都タワーのぼってみたい。」

と言い出した。

娘は映画「ALWAYS3丁目の夕日」にすっかりはまってしまい、

(DVDを穴があくほど繰り返し見てました。)

その影響で多分突然そんなことを言い出したのだと思います。

そういえば、この私は京都に生まれ育ったにも関わらずこの年になるまで

一度も京都タワーにのぼったことがありませんでした。

又、のぼってみたい!と思ったこともありませんでした。

なぜなら私は高い所が苦手だからです。

遊園地の中でも一番怖い乗り物は?と聞かれると「観覧車!」と即答です。

それでも遊園地に行けば必ず娘が「観覧車に乗りたい!」というので

しかたなく付き合っているのです。

続ALWAYS3丁目の夕日で堤真一さんが東京タワーの最上階に上がったとき、

人が歩くだけで、「揺らすな!落ちたらどうする!!」と叫ぶ場面があるのですが

私も全く同じで、観覧車で娘がはしゃぐと真剣に怒ってしまいます。

話はもどりますが、先日の1/2に娘が京都タワーにのぼってみたい!!と

言い出したとき、私も断ればいいものをなんだかんだ言っても

娘の要求にはほぼ応じてしまう甘い甘い母親でして、

ついつい「わかった。上がってみよか!」と言ってしまったのです。

ズンズン上昇するエレベーター・・・。

その日はすっごい快晴で果てしなく京都市内が見渡せました。

また人の多いこと、多いこと、、、

お約束どおり、予定どおり、私は堤真一さん状態になりました。

「落ちる~!!誰も歩くな~!!動くな~~!!」

娘は大はしゃぎ。

そして真下が見えてしまうゾーンがあって、下を見てしまった。

一気に私は「フ~~~~~~@@@」

行ってしまった・・・。

「あかん・・お母ちゃん、もうあかん降りよ・・。(ゲロゲロ)」

3分も立たないうちにノックアウト。

バーゲンどころか、ポルタの一角に座り込んで

小2の娘に背中をさすってもらいしばらく歩けない状態に陥ってしまいました。

そんなこんなで始まった2008年。

さてさて、やっと本題で・・・。

これ買いました~。実際は買ってもらいました~。

Dscn0019 あまり本を読むのが好きではない私なので、

めったに本を買うことはないのですが、この「ホームレス中学生」

はヤフーのトピックス等で話題になっていることだけは知っおり

又たまたま年末にテレビを見ていたところ著者がお笑い芸人の方だという

ことを知り、本人が出てらしたのでこの田村さんのほんわかぼ~っとしたキャラに

妙に親近感が沸き「読んでみたいなぁ~」と思ったのでした。

今、読書にはまりまくっている夫はしょっちゅう本屋さんに行くので

私もよく付いていくのですが、年末に私が「ホームレス中学生読んでみたいなぁ~」

「なぁ~買って~」とねだってみたのですが、

即、「自分で買い!」と言われてしまいました。

私はちょっとケチなところがあるので本来好きではない単行本を・・

最後まで読みきれるかどうかわからない本を・・・

何千円も出して買うのはちょっとなぁ・・と思ったので、

この時はいったんあきらめました。

そして年が明けて家族でツタヤに行ったとき、

夫は「これほんまに読むか?」と「ホームレス中学生」を手にとりました。

私は「読むぅ~~」とニヤニヤしなが言うと、

あっさりと買ってくれました。(ありがとう・・。)

パラパラ~と見ると字も大きいし読みやすそうです。

(私はどうも小さい字で書いてあるのは苦手です。)

早速、寝る前寝床で読み始めました。

本を読んで涙を流したのは何年ぶりのことでしょう。

ぽろぽろ・・ぽろぽろ・・と涙がこぼれてしかたない部分がありました。

田村さんのお母さんへの想いを読んだときです。

自分の想いと重なってひたすらに涙が零れ落ちました。

田村さんのお母さんは彼が小学校5年生の時病気で亡くなったのですが、

彼がいろんなことがあったけどここまでがんばって生きてこれたのは

お母さんへの想いがあったからでした。

田村さんは本当に本当にお母さんのことが大好きなのです。

そしてなにを隠そうこの私も・・・実はすっごいお母ちゃん子です。

本当につい最近まで・・・

私はいつか来るであろうお母ちゃんとの別れを本当に恐怖に感じていました。

それはきっと妹も同じです。妹も私と同じくらいお母ちゃん子です。

けれどいつしか「死は終わりではない」ということを知り、

その恐怖は私の中から溶けていったけれど、

幼い頃からのお母ちゃんとの想い出を思い返すとやっぱり今でも

胸がきゅんとなります。

田村さんと同様、うちもお父さんがすっごい怖い人だったので、

その分何倍、何十倍もお母さんが優しくしてくれました。

お母ちゃんがいてなかったら今頃私はどうなってたやろう?って思います。

私のお母ちゃんは今あちこち「あそこ痛い!ここ痛い!」といいながらも

相変わらずひょうきんで元気で生きてくれています。

でも田村さんのお母さんは彼が小5の時に亡くなりました。

私がもし田村さんの立場やったらどうなってたやろ・・。

そして当時の彼の気持ちを思うとやっぱり泣けてしかたありませんでした。

今では、時々えらそうにお母ちゃんに意見したり、

時々天然な母を妹と2人でおちょくったりすることもあるけれど、

この本を読んで改めて

「やっぱりお母ちゃんにはかなわへんなぁ・・」って思いました。

私が結婚する時、母に手紙を書きました。

すっごく照れ屋な私はとうてい口では伝えられなかったけど、

たった一言伝えたくて手紙を書きました。

「お母ちゃんの子でよかった。」と・・・。

そして独身の頃いつまでも心配ば~~っかりかけていたお母ちゃんに

「お母ちゃん、心配せんでもいいしな。私はお母ちゃんの子やから

これからちゃんとやっていくし大丈夫や!!」と大見栄をきったけれど、

40歳になった今でも相変わらず世話のやけるお子でして

時々お母ちゃんに心配をかけお世話になっていることもいっぱいあります。

未だにお母ちゃんは私の誕生日になると必ずプレゼントをくれます。

いつかラジオで聞いたことがあるけど、本来ならこの年になると

自分の誕生日に「生んでくれてありがとう~」の意味をこめて逆にプレゼントを

贈る人も多いみたいだけど・・・私はまだまだです。

私は親になったらお母ちゃんのような母親になろ~

と思っていたのに、なぜだかお父さんのような母親になっていました。(笑)

だからある意味うちのまゆっちはたくましく育っています。

例えば・・・

私は辛いものが好きです。

小さな子は辛いカレーが苦手です。

優しい~お母さんなら子供の為に別にあま~いカレーを作って

あげはるのでしょうね・・。

でもうちは

「この家の子に生まれたんやからこの味に慣れなあかん!」と

言って甘いカレーは作ってあげませんでした。

おかげでまゆっちは私達大人と同じカレーが普通に食べられます。

そして、私は熱いお風呂が好きです。

「この家の子に生まれたんやからお母ちゃんと入りたかったら

この温度で入れるようになり!!」と言っていたら

今では45℃のお風呂でも「あつぅ~」と言いながらも一緒に入ってくれています。

なんだかどんどん話がそれていってしまいましたが、

「ホームレス中学生」・・・本を読むのが苦手な私が2日で読んでしまいました。

なんだかとっても勝手に「たむちん」(田村さんのニックネームです。)に

親近感が湧いてしまいました。

「北の国から」の純くん以来です。

いつもあたりまえのようにそこにいてくれるとほんとついつい感謝を

忘れてしまいがちです。

母への感謝の気持ちをまたふかく思い出させてもらった作品でした。

ありがとう。

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