Three frogs which smile.

酒飲みは奴豆腐にさも似たり
初め四角であとは ぐずぐず

甘美なくちづけ

2005-01-13 | 日々の種
ある昼下がり。冬だというのに日差しはビルの合間から規律よく差し込む。
その光は地面を縫うように進む電車の中へリズミカルに入り込んでくる。
暖かいのは暖房のせいだけではない。
眩しさが少しずつ離れて立つ人の服や、行儀よく並んだ人たちの髪に反射して広がる。
3人がけの椅子に歳は3つか4つ位だろうか。瞳のくりくりとした子供が母親になだめられている。
穏やかで暖かな車内とはうって変わって彼の心は乱れているらしい。
先ほどからわんわんと泣き喚き、だだをこね、地団駄をふみ暴れている。
母親は何か予定が詰まっているのか電車を降りるに降りられない様子。
優しく叱ったり、おもちゃを与えたり、外を見せたりするが、静かになるのはほんの一時。
すぐにぐずりだす。
彼にしかわからない、何か伝えたいことがあってもそれを言葉にして伝え切れないむずがゆさでもあるのかもしれない。
とうとう彼は母親の手を離れ、車内をよちよちと電車冒険の旅へ出発してしまった。
彼女は大量の荷物を抱え動きが取れない。結構離れてしまう。
「かずくん。もどってきて。これは?これたべる?」
彼女はなにやら手にもってカシュカシュと振り始めた。

マーブルチョコレート。

カシュカシュっと音をさせるとぴたっと足は止まり、かずくんは振り返る。
カシュカシュ。ぴた。 くるっ
カシュカシュ。ぴた。 くるっ
カシュカシュ。ぴた。 くるっ てってってって。
かずくんはマーブルチョコの魅力にまけ冒険から無事帰還。カラフルなチョコレートを口の中にほおりこんでもらってご満悦。
なんか、ほほえましい。えづけと言ってはなんなのだが、さすが母親だなぁと思ってしまった。

ある夜。薄重い空気をもつ夜の地下鉄。
車内は立っている人も数人の無機質な空間。
初老のご夫婦が前の座席でなにやら言い争っている。
「お前がさっさと歩けばいいんだ。なにかといえばぐずぐずと」
「すみませんねぇ。あのこに似合うかと思ったものですから」
「だからといって、おまえ。そういうところがいつもくだらないと言ってるんだ」
延々とご主人は奥様のことを注意し、奥様はそれに対して理由を返す。いつまでたっても堂々巡り。
車内に響く怒りの雰囲気。
奥様が不意に鞄の中をごそごそ。
「またお前はなくしたのか。今度は何をなくしたんだ。まったく」
奥様の手には飴玉。
「飴いかがです?」
いらんといいつつも手を出すご主人。
「何だこれは。薄荷か。そうか」
奥様とご主人。並んで飴をなめ始める。今までの声は過去になり静かな落ち着いた空気が流れる。
ご主人は奥様の持っていた紙袋を取り、奥様はご主人の後ろに立ち二人で添うように降りていった。

遠い遠い昔。ホームに立つ男女。
きっかけは些細なこと。誰と仲良くするなとか、最近のお前は冷たいだとか。
焼もちを認めたくないような、だけど納得のいかないようなそんな引っ込みのつかないことで寒い中。
そろそろ終電が近かった。女が何度誤解を解こうとしても男はそれを聞いてはくれない。
声を荒立てる男。どう言っても伝わらない苦しさで何も言えない女。
「黙ってないで何とか言えよ!」
女は黙ったまま男の首を引き寄せ唇を重ねた。

舌で甘い橋渡し。

男は口の中で女が舐めていたホールズを確かめつつ
「ごめんね」と一言。女も「ごめんね」と一言。
女はその後静かに滑り込む終電車に乗って帰っていった。
車内のことは覚えていない。彼の顔しか覚えていない。
当時のあたしも若かったなぁ。

他愛もない言い争い。ちょっとした気分転換。相手の気分を無理なく安らかにさせていく方法。
相手思えばふとお互いに落ち着きを取り戻す。そんなきっかけを与えるものが身近にあるのはいいもんだ。

最近の機嫌直しな物は酒になってしまったが、たまに口にすると落ち着くものがある。
バーボンとGodivaのmint-stick。
これを1本ぽりぽりと齧りながら1杯呑んでいると、なんとなぁく「なんとかどうにかなるでしょう」って気持ちになります。
気分転換、甘美な一口。きっと一人一人にあるんだろうなぁ。