例えるなら
それは卑下であり
傲慢な虚勢
そしてそれは
謙虚で素直な
君の心
「あたしなんかが見てはいけない美しい風景だった」
そんな一文を先日読んだ。
それを書いた彼女はもうここにはいない。
事実や真実、そして現実にもみくちゃになり、葛藤し、
もらすことが出来ずに時間を止めてしまった人。
これを読んだ時、あたしはその言葉が痛かった。
判るような気がした。
そしてこれはきっと
「生きているんだから誰にでもある感覚」
を壁を作らずに受け止めてしまった一文のような気がした。
日本人の美学的な「謙遜」や「謙虚さ」は大切だし、
譲ると言う優しさもありかもしれない。
前に出れば傷つくことも増える。
けれど、負えない慈愛は自分も傷つけ、そしてまた相手も傷つける。
そんな風に思っている。
だから何があっても虚勢を張ろうと決めた。
「あたしなんかが見てはいけない美しい風景だった」
きっとそんなことがあたしにもあると思う。
だから例えばそんなことがあったとしてもきっとあたしは
「見ちゃったもんね。得しちゃったもんね」と言ってぬかすと思う。
人の心は変わるもの
飽きるもの
自分が一番可愛いもの
自己犠牲に酔う人は多いけれど、貫ける人は少ないもの
人は嘘をつく生き物
人は争うもの
そんなことを思っている
だから人の心は綺麗なんだと訴えかける物を見せ付けられるのは胸が痛い。
それでも
人には綺麗な部分があってその理想は見つめていて欲しいもの。
人は自分以外を愛せるもの
何かを守ろうと動くもの
そんな風にも思っている
添い遂げる人がいるのなら、出かけるときは手を繋ぎたい。
それは今でも変わらない。
だけどそれが出来るのはたくさんの事を乗り越えて、噛み含んで飲み込んできた2人だからかもしれない。
それも只の夢だと思っている。
人恋しく思うのは、人の腕の中に寄り添って眠りたいと思うのは、見てはいけない物への憧れなのかな。
毎年、夏の終わりに涼しい風を感じるともっと強くなりたいと思う。
そして今年こそは
「年末に酒で失敗することがないように」
と切に思う。。。。
それは卑下であり
傲慢な虚勢
そしてそれは
謙虚で素直な
君の心
「あたしなんかが見てはいけない美しい風景だった」
そんな一文を先日読んだ。
それを書いた彼女はもうここにはいない。
事実や真実、そして現実にもみくちゃになり、葛藤し、
もらすことが出来ずに時間を止めてしまった人。
これを読んだ時、あたしはその言葉が痛かった。
判るような気がした。
そしてこれはきっと
「生きているんだから誰にでもある感覚」
を壁を作らずに受け止めてしまった一文のような気がした。
日本人の美学的な「謙遜」や「謙虚さ」は大切だし、
譲ると言う優しさもありかもしれない。
前に出れば傷つくことも増える。
けれど、負えない慈愛は自分も傷つけ、そしてまた相手も傷つける。
そんな風に思っている。
だから何があっても虚勢を張ろうと決めた。
「あたしなんかが見てはいけない美しい風景だった」
きっとそんなことがあたしにもあると思う。
だから例えばそんなことがあったとしてもきっとあたしは
「見ちゃったもんね。得しちゃったもんね」と言ってぬかすと思う。
人の心は変わるもの
飽きるもの
自分が一番可愛いもの
自己犠牲に酔う人は多いけれど、貫ける人は少ないもの
人は嘘をつく生き物
人は争うもの
そんなことを思っている
だから人の心は綺麗なんだと訴えかける物を見せ付けられるのは胸が痛い。
それでも
人には綺麗な部分があってその理想は見つめていて欲しいもの。
人は自分以外を愛せるもの
何かを守ろうと動くもの
そんな風にも思っている
添い遂げる人がいるのなら、出かけるときは手を繋ぎたい。
それは今でも変わらない。
だけどそれが出来るのはたくさんの事を乗り越えて、噛み含んで飲み込んできた2人だからかもしれない。
それも只の夢だと思っている。
人恋しく思うのは、人の腕の中に寄り添って眠りたいと思うのは、見てはいけない物への憧れなのかな。
毎年、夏の終わりに涼しい風を感じるともっと強くなりたいと思う。
そして今年こそは
「年末に酒で失敗することがないように」
と切に思う。。。。