ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

ディック・フランシス【利腕】

2013-10-28 | 早川書房

定評のある競馬シリーズの中でも評判の作品。

【利腕】clickでAmazonへ。
 利腕

 著者:ディック・フランシス
 訳者:菊池 光
 発行:早川書房
 Amazonで詳細をみる


評判の作品をこんなに早く読んじゃって良かったのかしら、これから競馬シリーズを読んでいこうかという身の上で…と思ってしまいますが、もともと、お薦めいただいたタイトルを攻めていくつもりなので気にしません。
以前読んだ『大穴』での主人公、シッド・ハレーが再登場する作品。
作品ごとに新たな主人公が登場するこのシリーズでは珍しいことなのだそうです。

さて、この作品の紹介文を引用。
『厩舎に仕掛けられた陰謀か、それとも単なる不運なのか?絶対ともいえる本命馬が次々とレースで惨敗を喫しそのレース生命を断たれていく。馬体は万全、薬物などの痕跡もなく、不正の行われた形跡は全くないのだが……片手の敏腕調査員シッド・ハレーは昔馴染みの厩舎から調査委を依頼された。大規模な不正行為や巧妙な詐欺事件の調査を抱えながら行動を開始するハレーだが、その行手には彼を恐怖のどん底に叩き込む、恐るべき脅迫が待ちうけていた!』

何度も優勝を経験した花形騎手であったハレーは、左手を馬に踏まれて失い、騎手を引退。
その直後は行ける屍のごとくの有様でしたが、挫折を克服し、探偵社の敏腕調査員として才能を発揮します。それが『大穴』。
『利腕』はその後のハレーを主人公にしています。

このハレー。
騎手としては華やかな過去を、現在の仕事でも確固たる実績を持ち、なおかつ、堅実な投資家でもあり、誠実にして冷静沈着な切れ者で、と、いいところだらけの主人公のようですが、隻腕であることをぬぐえないハンデとして自分の中に抱え、性格的にも決して生きやすいたちの人ではありません。彼を信頼してくれる人は多いけれども、決して朗らかな人でもないし。
彼の元妻が物語の最後のほうで彼に向けていう言葉の鋭く重いことといったら、痛々しいほど。
彼女にしても愛情ゆえの言葉ではありますが、元妻の言うようにできたら、彼はこんなに苦労はしないのだよ、と、代わりに言ってやりたくなってしまいます。
でも、苦労は減るかもしれないけれど、そうすることで失われてしまうものもある。
ハレーはその存在によって、自分を自分として定義するものは何か、そして何よりも強さとは何かを問う主人公でありました。
そこがこの作品の読みどころ。
この作品の主人公はシッド・ハレーでなければならなかったという解説に心底納得です。

それにしても競馬シリーズは期待を裏切らない、堅実なおもしろさです。
雰囲気がけばけばしくないところも、競馬の世界の裏側という見知らぬ世界が舞台であることも、大きな魅力。
はずれをひきたくない気分のときには、競馬界での主人公たちの冒険を読むと決めておくのもいいかもと、今は思うくらい。
作者が既に故人であることはとても残念ですが、読みたい時にはいつでも未読の作品が読めるくらい本屋さんには相当数揃っているというシリーズがあるのは嬉しいことです。
ゆっくり楽しんでいきたいと思います。





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スティーヴ・ハミルトン【解... | トップ | 似鳥 鶏【午後からはワニ日和】 »

コメントを投稿

早川書房」カテゴリの最新記事