著者の作品で以前読んだことがあるのは『結晶世界』。
鉱物や植物はもちろん、ありとあらゆるもの、人間さえもその例外ではなく、次第に結晶化していくという状況下での物語だった。
静かにしかも着実に進行する美しい病。
イメージの美しさにおいては、ボリス・ヴィアンの『日々の泡沫』(私が読んだときは『うたかたの日々』だった気がする)に登場する奇病、胸の中で睡蓮の花が育つ病と並んで、私の中での2大キレイの病である。
今回の『クラッシュ』も私の中では病気もの。
自分にとっての最高の死をデザインし、実行するという病にとりつかれた男の話。
そして、この病は、自動車事故を自ら起こすことで完結する。
1973年発表、著者によれば「世界最初のテクノロジーに基づくポルノグラフィー」。
クラッシュ
著者:J・G・バラード
訳者:柳下 毅一郎
発行:東京創元社
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冒頭は、ヴォーンという男の交通事故死。
自動車事故の中、性的興奮の絶頂で死を迎えることだけを願い、それを達成するためにしか生きなかった男の最期。
その事故現場を見つめる「私」は、ヴォーンとの出会いからの日々を振り返る。
出会いのきっかけは「私」の交通事故。
正面衝突の事故直後の様子が、その事故車の車内、事故の当事者の目で描写される。
ひしゃげた車体に砕かれる骨。夥しい血。
車に疎い私は、その描写から具体的に車内が想像できたわけではないのだが、全編を通して数多い事故の描写はとにかく気持ち悪い。
具体的に想像できていないのに気持ち悪いと感じるのはなぜか。
それは、入り混じる語句のせいだと思う。
車の部品や部位を表す言葉と、人体を表す言葉、感情を表す言葉。
これらがぐしゃぐしゃに入り混じって、読むより先に画像のように目に入ってくる。
自動車の車内、シートに運転者が座っているという、あるべきものがあるべき位置にある整然とした状態から、何もかもがいっしょくたに砕け、互いに侵食しあってできあがる惨状がページの上にも出来上がっている。
つぶれた車体からありとあらゆる体液が滲み、えぐられた人体からオイルが流れるような混沌。
脈打つ肉体と、死を乗せて疾駆する物体の結合。
その強烈な体験を忘れられない「私」は、事故をきっかけに知り合ったヴォーンの最高の自動車事故で絶頂のうちに死ぬという計画と、交通事故の傷跡を光らせているその男自身に、妻のキャサリン共々、魅入られていく。
ポルノグラフィーというだけあって、後半になればなるほど性行為の場面が増える。
繰り返され、試される行為は、ヴォーンとってはすべての最期で最高の一瞬のためにある。
彼にとってはまさに自動車事故で自死することが「人生の終末ではなく生涯の完成」なのかもしれない。
「私」と妻。妻と女。ヴォーンと妻。ヴォーンと数多くの女たち。「私」とヴォーン。人と人。人と車。車と人。傷と傷。
「私」がつぶさに観察するそれは、事故の描写同様、本来ならば混じりあわないだろう言葉が混在し、絡まりあっている。
ページから漂うグロさと暗さの中に、てらてらと光って体に残る事故の傷跡が浮かびあがってくるようで、読み始めたことを少し後悔した。
楽しい読後感とは口が裂けても言えない。
共感もできない。
こういう作品を書く脳ミソにもあまり憧れない。
ただ、この作品を読む前と、読んだ後では、世界の見え方が違う。
高速道路の上を滑るように行くのは、プライベートな空間を密封した鉄の棺。
次の瞬間に死と抱き合う可能性を秘めているかと思うと、テールランプの連なりが葬列の松明のように思える。
車輪の発明から始まった技術がとてもわかりやすく死に直結していることを否応なしに思い出させられる作品。
そして、それを自覚的に求めるか求めないかに関わらず、この作品が書かれたその時から、今この時まで、その死への速度は明らかに増し続けている。
それは忘れていてはいけないのだろう。たぶん。
薦めたいような、薦めたくないような作品。
でも発表されるべき作品だったことには違いない。
※この本は、ブログで書評をネットワーク『本が好き!』のプロジェクトでいただきました。
ありがとうございます。
でも、どうして観ようと思ったのかは覚えてません…。暗い印象の映画でした。
るいちゃんが観ていたとは…。
原作、読んでみる?
ところで、ピアノ・レッスンの女優さんは誰の役?奥さんだったのかしら。
やはりピアノレッスンのイメージが強くて、現代ものは少し違和感ありました。
こう、なんていうか、何もかもがど~ん!という感じの。
でもそういう人だとただエロいで終わってしまうのかもねぇ。ものすごく気持ち悪く映画化されてるんだといいなぁ。
主演のジェームズ・スペイダーにつられて観ました。「セックスと嘘とビデオテープ」「ぼくの美しい人だから」等、倒錯した性癖の役にはピッタリだよねー。
しかもテレビで放送できたの?!
それは意外だ…。
だからWOWOWとかだったと思う…。
それにしても、全然印象ない。
映画のポスターも観たけど、全然記憶になかった。