ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

色里・吉原を巡る攻防戦。 隆 慶一郎【かくれさと苦界行】

2006-10-23 | 新潮社
 
江戸で唯一、公儀に許しを得た遊郭・吉原を舞台にした時代小説。
これに先立つのが『吉原御免状』。
劇団☆新感線での舞台化をきっかけに読みました。
(DVD『いのうえ歌舞伎 吉原御免状』を観る。)(原作『吉原御免状』を読む。)

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 吉原御免状

 著者:隆 慶一郎
 発行:新潮社
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師匠・宮本武蔵の遺言で吉原にやってきた松永誠一郎。
人と交わることなく剣の修行のみに生きてきた清廉な男です。
その彼がわけもわからないうちに巻き込まれる吉原者と裏柳生の暗闘。
裏ですよ。裏。この時点で大衆小説っぽい匂いがしてわくわくします。

この闘争は、徳川家康が吉原の惣名主に与えた「神君御免状」を巡ってのもの。
吉原の存亡をかけた戦いです。
誠一郎の前に次第に明らかになる吉原の成り立ちの秘密と「神君御免状」の恐るべき存在価値。
謎の老人・幻斎に導かれ、誠一郎は天涯孤独で剣に生きるはずだった道を大きく変化させていきます。

さて、その続編『かくれさと苦界行』。
前作後、誠一郎が吉原の惣名主となってからの10年間ほどの間に起こった事件が描かれます。

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 かくれさと苦界行

 著者:隆 慶一郎
 発行:新潮社
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父親との再会を果たし、その生まれを公儀に対して明らかにした後、幻斎の孫娘のおしゃぶを妻にしている誠一郎。
ちなみにおしゃぶとの年齢差は15ほど。彼女は予知能力をもつ稀有な娘です。
再び動き出す裏柳生の長、義仙。
吉原を取り巻く空気が不穏なものをはらみはじめます。
死んだはずの剣豪の復活。
運命の女との出会い。
大切な人たちとの死別。
義仙との死闘。
誠一郎が、人と関わって行く中で、得るもの、失うもの。
多くの人の厳然たる死を背負うようにして生きていくこと、死ぬことを望んでもそれを自分に許すことはできないという宿業が誠一郎を変えていきます。

起伏のある物語は最後まで飽きさせません。
それにしても、誠一郎のモテること、モテること。誠一郎ほど罪な男はいないだろうというくらい。
この『吉原御免状』『かくれさと苦界行』では、歌舞伎の演目でも有名な高尾太夫は誠一郎へのまことを貫いたために命を落とすことになったとされているくらいですから。
ちなみに舞台では堤真一さんが誠一郎でした。

とはいえ、より印象深いのは、女たちが誠一郎にむける情よりも、男たちが誠一郎に向けるえもいわれぬ優しい視線。
大切な人を殺された誠一郎が、斬った当人に泣きながら問う「でも、何故ですか?!」に、冷徹に命のやり取りをすることを強いられて、それに耐えてきた男たちは胸を突かれ、さらに困り果ててしまうのです。
そして生まれるのが、敵味方をして50年の知己のようにさせてしまうこんな会話。
問われた当人に、幻斎さんが言います。(幻斎さんは齢90にして、唐剣の使い手であり、女を蕩かす御仁。)
「餓鬼で悪いね」
「そこが素晴しいところなんだが」
「扱いにくい点でもある」
誠一郎の無心な問いは、彼の無類の強さと弱さの源を露呈するものですが、それを遂に失うのが『かくれさと苦界行』の一番つらいところです。

この作品、1冊の本としては完結していますが、シリーズとしては未完だそうです。
そう知っているからというわけではありませんが、やはり通過点的な印象はあります。
物語の本当の結末を知らずにいるしかないのが惜しいです。



著者:隆 慶一郎
発行所:株式会社新潮社

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2 コメント

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読んだすっね~~~ (むぎこ)
2006-10-23 19:10:27
通過点・・・そう感じました

まだまだ隆さんじしんが作家としては青年期だったのでしょうか?

内容が成熟しているのですがこれからの変化が楽しみな作品が多くて、しかもどれもが勢いがあったとおもうのです



ほんとに残念です

黄泉の国にいったら続きを見せてもらいに

本屋さんに並ぼうと思います



そんな作家さんのおひとりです
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むぎこさまは (きし)
2006-10-24 00:22:23
全集で一気に読まれたのでしたね。

私のほうはだいぶ時間が空いてしまいましたがおもしろかったです。

それにしても惜しいですね。きっと書きたい作品がいっぱいあったでしょうに。もっと早くから書いてくれていればな~。

ともかく、完結しているものだけでも読んでいこうと思ってます。あっちに行ってからすぐ続きにかかれるように
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