ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

ヨハン・テオリン【冬の灯台が語るとき】

2012-11-11 | 早川書房
 
黄昏に眠る秋』に続く、シリーズの第2弾です。
シリーズといってもサブタイトルはついていませんし、華々しい活躍をする名物探偵がいるわけでも、腕利き警部がいるわけでもないこの作品。
では、何のシリーズかと聞かれたら、やはり「エーランド島」シリーズ、でしょうか。
秋の霧、冬のブリザード。舞台となるバルト海に面した島の風土と、そこに蓄積されていく島の人々の時間の物語です。

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 冬の灯台が語るとき
 著者:ヨハン・テオリン
 発行:早川書房
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スウェーデンのエーランド島に移住し、双子の灯台を望む「ウナギ岬」の屋敷に住みはじめたヨアキムと妻、そして二人の子供。しかし間もなく、一家に不幸が訪れる。悲嘆に沈むヨアキムに、屋敷に起きる異変が追い打ちをかける。無人の部屋で聞こえるささやき。子供が呼びかける影。何者かの気配がする納屋……そして死者が現世に戻ってくると言われるクリスマス、猛吹雪で孤立した屋敷を歓迎されざる客たちが訪れる。
スウェーデン推理作家アカデミー賞最優秀長篇賞、英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー賞、「ガラスの鍵」賞の三冠に輝く傑作ミステリ。
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作品は、灯台守の屋敷に住むヨアキムたちが体験する出来事を本筋にして、灯台守の家自体に秘められた過去の人々の物語、島に新しくやってきた警官、島の若者などの動きを撚りあわせながら、じりじりと進んでいきます。
おもな舞台となる屋敷に、そして島全体に色濃く漂う死者たちの気配。
死者たちがいるのは墓場だけだと思っているのかね?という元船長イェルロフの言葉から、さまざまな言い伝えを持つエーランド島の仄暗い冬の雰囲気がにじんでくるようです。

元船長イェルロフは前作『黄昏に眠る秋』の主要登場人物で、今作でも重要な役割を果たしていますから、この2作に限って言えば元船長のシリーズと言えないこともない感じ。
とすれば、これは「元船長イェルロフの事件簿 ウナギ岬灯台守屋敷編」。
…そうなんだけれど…変…。

やはり、作品の中心は、妻の死に打ちひしがれ、古い屋敷にひそむ闇にさえ妻の気配を探してしまうほどのヨアキムです。
子供たちに母親はもう死んでしまったのだと言えないヨアキム。
闇の中に母親の姿をみ、ママは戻ってくると言うこどもたち。
死という事件を消化しきれず、空虚を抱えて時を過ごすヨアキムは、ますます死者たちの領域に近づいていきます。
島の言い伝えのとおり、クリスマスには本当に死者たちが戻ってくるかのように。

これは、死者たちにきちんとお別れをするための物語なのかもしれない。
…と、感傷的な気分で読んでいた気がするのに、読後に残るのは、意外なことにちゃんとミステリを読んだという感覚でした。
振り返ってみれば、作品の中には登場人物がそれぞれに抱える謎がいくつも散りばめられていたのです。

ヨアキムの妻カロリンの死は事故だったのか?
ヨアキムが姉の死にこだわるのはなぜか?
画家の絵は本当に失われたのか。
灯台守の屋敷の言い伝えは本当なのか?死者たちの物語は?
ティルダの祖父はなぜ路上で凍死したのか。

もともとミステリなのですし、読み終えてみれば、謎のために人物が配されていたようなものなのに、感傷的に読めてしまうということ自体が、私にとってはトリックになってしまいました。
真相にたどり着けるのは必要な情報をより多く知ることができる者。
「考えるのが好き」な元船長がいるとはいえ、事件の究明に躍起になってすべての情報を網羅しようとする人もいないこの作品では、それは読んでいる私だったというのに、犯人捜しを忘れていました。
なんてこった。


それにしても、ティルダの不倫相手っていったい何だったんだろう。
手酷く別れたくせに、予定を偽ってわざわざクリスマスに、ティルダのところによりを戻しに来るっているのは、おかしかないか?
ティルダから別れたことにするためだったのかしら。
うーん?
ただ、ためな人だったのかしら。
気になる。




[読了:2012-11-07]






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