夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

夏野菜を植える

2008年05月14日 | 日記・紀行

昨年の秋にかろうじて間に合うようにして植えた冬野菜のブロッコリー、ネギ、水菜、壬生菜などは、ブロッコリーのほかはとても食べきれないぐらいに成長して、薹が立つほどにもったいないことをしてしまった。次からはできるだけ誰かにお裾分けして無駄のないようにしたい。ネギも水菜も柔らかくて甘く香りもいい。

ここしばらくは他に集中したいことが出来て、ブログの更新も場合によれば週に一回程度か、あるいはもっと緩やかになると思う。書くことよりも行動することに生の充実をもとめて行きたい。ただ、行動をそのまま記録しておくとしても、それをすべて公表するわけにも行かないと思う。2、3年経てばまた、ふたたび書くことに集中することのできるときが来ると思う。主よ、願いを叶えたまえ。

イエスの珠玉の言葉もすべて、弟子たちの記録によるものだった。主イエスご自身は筆をもって書き残すことはしなかった。

春も爛熟し、やがて初夏を迎える。時間の合間を縫って今日、ナス、トウガラシ、トマト、キュウリ、トウモロコシなどを植える。畝づくりに余裕がなく、雑草を残したまま植える。トマトの苗を手に取ったとき、久しぶりに懐かしい香りに出会う。

昔、まだ子供の頃、母親に連れられて帰った田舎の庭に植わっていたトマトの、その鮮烈な香りが今も忘れられない。後年になって、茎や葉にその匂いを嗅ぐときはいつも、その思い出とともに切ない思いに駆り立てられる。数多くある香りの中でも、このトマトの匂いと白檀の香りは特別な意味を持っている。

畑に行く途中、まだ鯉のぼりが泳いでいた。業平卿紀行録もせめて10回程度は書こうと思っていたのに、残したままになっている。


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