夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

ヘーゲル『哲学入門』序論についての説明 二十二〔普遍的な意志(法)について〕

2020年02月17日 | ヘーゲル『哲学入門』

 §22

Der Mensch ist ein freies Wesen. Dies macht die Grundbestim­mung seiner Natur aus. Außerdem aber hat er noch andere notwendige Bedürfnisse, besondere Zwecke und Triebe, z. B. den Trieb zum Erkennen, zur Erhaltung seines Lebens, seiner Gesundheit u. s. f. Das Recht hat den Menschen nicht zum Ge­genstand nach diesen *besondern* Bestimmungen. Es hat nicht den Zweck, ihn nach denselben zu fördern oder ihm eine beson­dere Hülfe darüber zu leisten.

二十二〔普遍的な意志(法)について〕

人間は自由な存在である。これは人間の本性についての根本的な規定である。しかし、そのほかにも人間はなお他の欠くことのできない欲望を、特殊な目的や衝動をもっている。たとえば、認識の衝動とか、人間の生命や健康を保存しようとする衝動など。法は、これらの 特殊な 規定については人間を対象としない。法はそれら特殊な規定を人間にうながしたり、あるいは、それらについて人間に特別な援助を与えたりするといった目的はもたない。


Zweitens. Das Recht hängt nicht ab von der *Absicht,* die man dabei hat. Man kann etwas tun mit einer sehr guten Absicht, aber die Handlung wird dadurch nicht rechtlich, sondern kann demohngeachtet(※1) widerrechtlich sein. Auf der anderen Seite kann eine Handlung, z. B. die Behauptung meines Eigentums, voll­kommen rechtlich und doch eine böse Absicht dabei sein, indem es mir nicht bloß um das Recht zu tun ist, sondern vielmehr darum, dem Anderen zu schaden. Auf das Recht als solches hat diese Absicht keinen Einfluss.

第二に、法は人がその際にもつ 意図 とは関係がない。人はとても良い善意をもって何かをすることができるが、しかし、そのことによってその行為が合法にはならない。むしろ、それにもかかわらず、違法とされることもありうる。一方、一つの行為が、たとえば、それが私に対する権利だけを目的とするのではなく、むしろ、さらに他者を傷つけることを意図する場合のように、たとい私の所有権の主張が完全に合法であっても、なおそこに悪意の存在することもありうる。こうした意図の有無は、法律そのものにはまったくかかわりがない。

Drittens. Es kommt nicht auf die *Überzeugung* an und für sich, ob das, was ich zu leisten habe, recht oder unrecht sei. Dies ist besonders der Fall bei der Strafe. Man sucht den Verbrecher wohl zu überzeu­gen, dass ihm Recht widerfahre. Doch hat diese Überzeugung oder Nichtüberzeugung keinen Einfluss auf das Recht, das ihm angetan wird. —

第三に。私の為すべきことが合法か違法かについての 信念 も本来的に関係がない。このことは、とくに刑法の場合がそうである。人はたしかに犯罪者に対して、法の課せられることを納得させようとする。だが、彼が納得するか、あるいは納得しないかは彼に適用される法にはまったく影響がない。⎯ 

Endlich kommt es dem Recht auch nicht auf die *Gesinnung* an und für sich, mit der etwas vollbracht wird. Es ist sehr oft der Fall, dass man das Recht bloß tut aus Furcht vor der Strafe oder aus Furcht vor anderen unangenehmen Folgen überhaupt, z. B. seinen gu­ten Ruf, seinen Credit zu verlieren. Oder man kann auch, sein Recht erfüllend, die Gesinnung dabei haben, im anderen Leben dafür belohnt zu werden. Das Recht aber als solches ist von die­sen Gesinnungen unabhängig.(※2)

最後に、あることを遂行するときの 心情 もまた法とは本来的に関係がない。たんに人が刑罰の恐怖から法を守ることや、あるいは、その他の概して不快な結果を、たとえば、彼のよき名声や彼の信用をそこない失うことを恐れて、法を守るといったことは非常に往々にしてあることである。あるいはまた、人は来世において報われようという気持ちから法を守ることもありうる。しかし、法そのものはこれらの心情とは何のかかわりもない。

 


(※1)
demohngeachtet  意味不明。un ge achtet なら「それにもかかわらず」


(※2)
前の第二十一節で、人間の生まれついての衝動や欲望から生じる意志について、それらは自然の衝動や性向から自らのあり方を決める意志として、恣意や気まぐれなど有限なものと関係をもつ特殊な意志について論じられた。
この第二十二節において、そうした特殊な意志と普遍的な意志である法との関係が考察される。
普遍的な意志(すなわち法)は、そうした人間の自然の衝動や欲望を、恣意や気まぐれを対象とはしない。個人の内心の特殊な「意図 Absicht」や「信念 Überzeugung」 、「心情 Gesinnung」 にもかかわりがない。そうした人間の内的な特殊な意志ではなく、法は外的な客観的で普遍的な、社会的な意志にかかわる。

 

 

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