小野の随心院で、小野小町ゆかりの「はねず踊り」の催しがあるそうで、一度訪ねてみようと思い、その際、小野小町などについてもう少し詳しく知ってから行けば興味も増すのではないかと少し調べてみた。
これまで、小野小町について知っていることと言えば、せいぜい百人一首に収められている「花の色は移りにけりな いたづらにわが身世にふる ながめせしまに」という歌を歌った、美人薄命の運命を嘆いた歌の作者であることくらいだった。小町がどんな女性であったのか、いくつまで生きたのか、ほとんど興味も関心もなかったし、ただ意識の片隅に、おとぎ話か伝説の住人として存在していたにすぎなかった。だから、この女性の百人一首の歌が、紀貫之の編纂になる「古今集」の巻第二春歌下にもともと収まられてある歌であるということすらも知らなかったし、どのような時代に生きた女性であるのかさえ知らなかった。少し調べて見て小町が在原業平と同時代に生きた女性であることを知って驚いたくらいである。それくらいの知識しかない。
小町という名前は今では美人の代名詞のように使われている。しかし、小町という名前そのものは、本名ではない。女性の場合は忘れられている場合が多い。源氏物語の「桐坪の更衣」のように、彼女の住まわっていた場所と身分の呼び名が、彼女自身を示す呼び名となったものである。
もともと小町の「町」とは、宮中で女官たちが住んでいた一角が局町と呼ばれていたことから来るらしい。内裏の北東にもかって采女町があった。その町がそれぞれの出身にしたがって呼ばれていたらしい。采女とは、群司や諸氏の娘たちの中から容姿端麗な女子が選ばれて、天皇の身近にあって食事などのお世話をした女性を言う。小野小町も采女であったらしいから、そう呼ばれるようになったのかも知れない。小町には同じ采女の姉がいたことは確からしく、姉の方は小野町と呼ばれ、古今集にも、小町の姉の歌が記録されている。伊勢物語に登場する惟喬親王の母、紀静子なども三条町と呼ばれていた。この姉の小野町に対して、妹の方が小町と呼ばれたらしい。「小」にはかわいいと言う意味もある。
『古今和歌集目録』に「出羽国郡司女。或云、母衣通姫云々。号比右姫云々」とあることから、奥州秋田の出身であるとされ、『小野氏系図』には小野篁の孫で、出羽郡司良真の娘とあるそうだ。しかし、諸説ありその信憑性は定かではない。ただ、その出自はとにかく、実在していたのはたしかなようで、古今集の仮名序の中で、撰者の紀貫之は六人の歌人(六歌仙)を取り上げ、在原業平の名前とともに、小野小町の名を挙げて、彼女の歌ぶりについて次のように解説している。
「いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて、強からず。言はば、よき女の悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。」
古今集に採録されている小町の歌は、次の全十八首。これらの歌の中には、恋しき人との出会いを夢に願うとか、容貌の衰えを嘆くとか、男の誘いになびくそぶりなどの歌の多いことから、紀貫之らは、「強からぬは、女の歌なればなるべし。」と評したのかも知れない。真名序では紀淑望は「艶にして気力なし。病める婦の花粉を着けたるがごとし」と評している。後の世の源氏物語に出てくる桐壺の更衣のような女性をイメージしていたのかも知れない。しかし、百歳近く生きて、むしろ奔放で弱々しくなかったと言う人もいるようだ。
題しらず
113 花の色はうつりにけりな いたづらに我が身世にふるながめせしまに
題しらず
552 思ひつゝぬればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを
553 うたゝねに恋しき人を見てしより ゆめてふ物はたのみそめてき
554 いとせめて恋しき時は むばたまの夜の衣をかへしてぞきる
返し
557 おろかなる涙ぞ袖に玉はなす 我はせきあへず たぎつ瀬なれば
題しらず
623 みるめなきわが身をうらと知らねばや かれなであまの足たゆくくる
題しらず
635 秋の夜も名のみなりけり あふといへば事ぞともなく明けぬるものを
題しらず こまち
656 うつゝにはさもこそあらめ 夢にさへ人めをもると見るがわびしさ
657 限りなき思ひのまゝによるもこむ 夢路をさへに人はとがめじ
658 夢路には足もやすめず通ヘども うつゝに一目見しごとはあらず
題しらず
727 あまのすむ里のしるべにあらなくに うらみんとのみ 人のいふらむ
題しらず をののこまち
782 今はとて わが身時雨にふりぬれば 言の葉さへに移ろひにけり
(返歌あり)
題しらず こまち
797 色みえでうつろふものは 世の中の人の心の花にぞありける
題しらず 小町
822 秋風にあふたのみこそかなしけれ わが身空しくなりぬと思へば
文屋のやすひでが三河の掾(ぞう)になりて、
「あがたみにはえいでたゝじや」と、いひやれりける返り事によめる
小野小町
938 わびぬれば 身をうき草の根を絶えて 誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ
題しらず
939 あはれてふ言こそ うたて 世の中を思ひ離れぬほだしなりけれ
題しらず
1030 人にあはむつきのなきには 思ひおきて胸はしり火に心やけをり
古今墨滅歌1104 おきのゐ、みやこじま をののこまち
おきのゐて身を焼くよりもかなしきは 宮こ島べの別れなりけり
小町の姉の歌 こまちがあね
あひ知れりける人のやうやくかれがたになりけるあひだに、
焼けたる茅の葉に文をさしてつかはせりける
790 時すぎて かれ行く小野の浅茅には 今は思ひぞたえずもえける
(歌番号は「国歌大観」による)