社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山本正「経済的時系列の解析について」『山梨大学学芸学部研究報告』第4号,1953年11月

2016-11-22 11:08:57 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
山本正「経済的時系列の解析について」『山梨大学学芸学部研究報告』第4号,1953年11月

本稿の目的は記述統計の範囲で,経済的時系列解析の登場と展開,また経済変動分析の道具としてこれがもたらす意義,またこの方法に対する批判を検討することである。構成は次のとおり。「Ⅰ.はしがき」「Ⅱ.ミッチェルの景気変動分析に於ける時系列解析:(A)ミッチェルの体系と時系列解析,(B)ミッチェルの時系列解析,(C)Mitchell,Business Cycle(1927)に対するシュンペーターの書評」「Ⅲ.H.L.ムーアの経済循環期の統計学的研究における時系列解析:(A) H.L.ムーアの経済循環期の統計学的研究における時系列解析,(B)ミッチェル及びシュンペーターのperiodogram analysis に対する見解」「Ⅳ.経済的時系列解析の若干の沿革」「Ⅴ.我国における『伝統的』時系列法に対する若干の批判」「Ⅵ.結語」である。

筆者は最初にその著Business Cycle:The Problem and Its Setting,(1927)の第1章に依拠して,彼がどのような姿勢で,かなる方法で経済変動を把握しようとしたかを検証している。それによると,ミッチェルがbusiness cycle そのものを把握するために念頭においたのは,理論,統計,歴史である。理論はworking hypothesis の意義をもつが制約がある,複雑な現象である景気変動は量的測定によってのみ真に把握可能であり,積極的探求にとって不可欠な用具である。景気変動研究のための方法としては時系列解析が中心である。また,ミッチェルは制度学派に属し,景気変動を資本主義経済の所産とする歴史認識をもっていた。

 それではミッチェルは,時系列解析に何を期待したのだろうか。彼によれば,景気変動研究のための最も重要な資料は時系列である。素材のままの時系列は,趨勢変動,季節変動,循環的変動,不規則変動の4つの変動を含む。ミッチェルが意図したのは,これらのなかから循環的変動を抽出することであった。しかし,その抽出はハーバードの形式的な直線のあてはめなどによっては成功しない。それではどのようにこれを行うのか。ミッチェルはこの著の執筆段階においては,季節変動の除去はかろうじて可能であるとしたが,趨勢変動,不規則変動を除去するという問題は未解決であるとした。

 次に筆者は,H.L.ムーアのEconomic Cycles : Their Low and Causes,1914における時系列解析で調和解析が用いられたことを指摘し,これに対するミッチェルとシュンペーターの評価を示している。要約して言えば,そこで使用されたperiodogram analysisに対し,ミッチェルは満足すべき結果をもたらすほどに長期の時系列が揃えば有用な方法であるが,これを経済的時系列の解析に組織的に用いるならば重大な障害に直面すると述べた,シュンペーターもこの手法が気象データには有用性を発揮するかもしれないが,経済現象に用いてもあまり有効ではないとの評価をくだした。

 筆者はこれ以降、経済的時系列解析の沿革とこの手法に対する日本での評価(当時まで)をまとめている。前者では,16世紀から17世紀にかけて天文学の分野で時系列解析に始まり、その後、人口問題、business cycle での展開、経済および社会生活に作用する季節的影響の除去といった分野での適用が紹介されている。それらの目標であったのは、時系列データの趨勢変動、季節変動、循環運動、不規則変動への解析である。この解析がなされると、次の問題はある時系列と他の時系列との関係の量定が問われ、そして経済変動の予測に引き継がれる。後者の日本の統計学者の時系列解析に対する評価では、主として蜷川虎三による伝統的時系列解析法、すなわちハーヴァ―ト式解析法に対する批判が5点にわたって紹介され、さらに推測統計学の立場にたつ北川敏男がやはりこの手法の批判していたことに言及している。

 筆者はここで,理論と統計との関係で,ミッチェルとシュンペーターとでは両者の融合的活用という点で一致していたが,理論の絶対的優位を唱えるシュンペーターと理論と統計の両者を等しく強調するミッチェルとで差異があったと,指摘している。    

 筆者は「結語」で5点にわたってまとめている。
第1に,標準的方法で得られる循環変動は,ミッチェルの指摘するように,偶然的不規則変動と結びついているという欠陥をもつ。一見数理的厳密さをもつかのようにみえるperiodogram analysisによって循環期を得ることが出来るにしても,経済現象に適用される際には難点が出てくる。ミッチェルの指摘するように,この方法は相当長期間にわたり資料に適用されて効果があらわれるが,第一次世界大戦以後の経済実態にこれをあてはめて画一的周期をもとめるのは疑問である。
第2に,データに機械的に曲線をあてはめて趨勢変動を得るだけでなく,その曲線のあらわす数学的意味が経済理論の示すところと一致するか否かを検討しなければならない。そうでなければ原系列から意味のない値を除去することになり,真の循環的運動を確認することができない。趨勢変動と循環変動との関係の解明が課題となる。
 第3に,不規則変動の扱いは,時系列解析の最大の難点である。所与の時系列において,何を偶然的なもの,不規則的なものと規定するかは極めて重要である。理論と統計技術の発展をまたなければならない。
第4に,経済統計学者は種々の周期をもつ循環変動を発見している。そのうちのいずれが真の周期であるか,資本主義経済過程はなぜその周期をもたなければならないかなどの問題について,形式的統計学者は答えを用意していない。この点でも,理論と統計とが融合した爾後の研究に期待せざるをえない。

 第5に,時系列解析は資本主義経済過程の最も特徴的な現象である景気変動ないしは恐慌状態の把握の手段として,有用である。一般に統計方法は理論が把握しえないものをとらえることに意味があり,また理論に指導されて初めて効果を発揮する側面をもつが,景気変動のような複雑な現象ではとくにこの点の了解が妥当する。ミッチェルによる時系列解析の重視は,肯定できる。しかし,理論と統計との関係でミッチェルの立場をとるか,シュンペーターの立場をとるかに関しては簡単に断定できないものの,筆者は理論の統計に対する指導的地位の確認を一応の結論としている。時系列解析は四種の変動に区分し得るが,循環的変動の抽出に主眼をおきながら,これら4つ変動を個別に理論的意味づけ,それらの相互関係を明確にしなければならない。      

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