社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

杉橋やよい「ジェンダー統計の現状と課題」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編著『社会の変化と統計情報』北海道大学出版会,2009年

2016-11-26 20:09:23 | 6-1 ジェンダー統計
杉橋やよい「ジェンダー統計の現状と課題」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編著『社会の変化と統計情報』北海道大学出版会,2009年

 ジェンダー平等に向けた国際的運動の契機となったのは,国連が世界女性年と定めた1975年に開催さえた第1回世界女性会議である。以来,ジェンダー統計にかかわる活動及び研究は,急速に本格化した。本稿はジェンダー統計にかかわる内外の研究活動の経過報告であり,この分野での課題を展望したものである。最初にジェンダー統計とは何かが説明され,続いて世界と日本でのジェンダー統計活動・研究の経過が概説され,最後に日本でのジェンダー統計の今後の課題が確認されている。  

 構成は次のとおり。「1.ジェンダー統計とは何か:(1)ジェンダーとジェンダー主流化,(2)ジェンダー統計とは」「2.世界・日本におけるジェンダー統計活動および研究の展開-1975年以降:(1)世界におけるジェンダー統計活動と研究の展開,(2)日本におけるジェンダー統計活動および研究の現段階」「3.今後の課題:(1)ジェンダー統計の充実を保障する恒常的体制の整備,(2)研究と統計作業の充実」  

 「ジェンダー」とは歴史的,社会的,文化的に形成された性別概念で,性差,性役割を指す。それは生物的な性差に由来するものを含むが,従来の社会的歴史的文脈においては男性を「主」とし,女性を「従」とする性別による不平等をともなってきた経緯がある。こうしたジェンダー不平等から脱却するには,ジェンダーの視点をすべての領域に組み込み,ジェンダー主流化(ジェンダー・メインストリーミング)を定着させる必要がある。ジェンダー統計活動は,統計においてジェンダーの視点を主流化することであり,ジェンダーの視点で統計を見直すことを目的とする。そのことによって明らかになるのは,統計調査,統計資料,統計分析におけるジェンダーの歪みである。

 筆者によれば,ジェンダー統計とは次のような統計である。①性区分もつ統計,②ジェンダー問題に関する統計,③ジェンダー問題の背後にある原因,要因,そしてそれらがもたらす結果に関するデータを提供している統計,④性別だけでなく年齢,その他の関連する重要な属性を使った多重分類を備えた統計,⑤利用者に便宜をはかった統計。ジェンダー統計論は統計のデータ分析だけでなく,統計生産・提供論,統計体系・指標論,統計利用論,統計品質論,統計資料論,統計制度論などと関わる。ジェンダー統計論は一方で社会統計学を理論的基礎におくことで,他方で社会統計学がジェンダー視点を導入することで,相互が強化される。

 筆者は「(1)世界におけるジェンダー統計活動と研究の展開」で,1975年から2000年前後までのジェンダー統計活動および研究の展開を,次の諸項目で要約している。
①ジェンダー統計指標作成上の諸問題と一般指針,分野別論議の深まり(『性的ステレオタイプ・性的偏りおよび国家データシステム』[1980年],『女性の状況に関する社会指標の編集』[1984年],『女性の状況に関する統計と指標のための概念と方法の改善』[1984年],など)
②ジェンダー統計指標の体系や開発に関する論議の深化と作業の活発化(国連『女性の状況に関する統計と指標大綱』[1989年],Engendering Statisyics,など)
③ジェンダー統計集の先進国・途上国での作成とデータベースの開発(国連『女性の状況に関する主要統計指標』[1985年],『世界の女性』,など)
④ジェンダー平等・格差に関する統合単一指数の開発と検討(国連開発計画「ジェンダーエンパワーメント指数」,など)
⑤ Engendering Statistics の刊行(B.ヘッドマン・F.ベルーチEngendering Statisyics:Tools for Change,1996)
⑥無償労働の把握と生活時間調査
⑦統計生産者と利用者の意見交換,ジェンダー統計の訓練・ワークショップの開催
⑧世界女性会議などにおけるジェンダー統計の指針と論議
⑨世界ジェンダー統計フォーラムの開催(ジェンダー統計の開発に関する機関間・専門家グループの会合[ニューヨーク,2006年12月],など)

 筆者はまた「(2)日本におけるジェンダー統計活動および研究の現段階」で,日本でのジェンダー活動活動の経過の概観,現段階の特徴を以下のように示している。
①一般的ジェンダー統計論(伊藤陽一を中心とした一連の研究)
②統計資料(第一次資料)のジェンダー視点からの検討(国立女性教育会館[NWEC]『性別データの収集・整備に関する調査研究報告書』,2002年,など)
③分野別ジェンダー統計研究(世帯主概念の検討,無償労働の可視化と貨幣評価,景況調査やジェンダー予算,など)
④ジェンダー関連の単一総合指数の検討(労働省「女性の地位指標」1995年,内閣府「女性の参画指数」2006年,など)
⑤ジェンダー統計に関する政府指針の拡充(各府省主管部局長会議申し合わせ「統計行政の新たな展開方法」2003年,など)
⑥ジェンダー統計データベース構築とウェブサイトを通じた統計データの公開(NWEC,など)
⑦ジェンダー統計資料(二次資料)の充実(『男女共同参画白書』など)
⑧地域におけるジェンダー統計活動の広がり(地方自治体での男女共同参画計画策定,など)
⑨国際協力・海外技術援助の強化-とくにESCAP地域(NWEC,JICAの取り組み,など)
⑩経済統計学会・ジェンダー統計研究部会(GSS)の発足と活動の強化   
筆者は日本でのこの領域での課題を,『世界の女性2005』に示された11の戦略に照らして,確認している。その11の戦略とは次のようである。[戦略1]国家統計システムの強化に継続して関与することを最高レベルで確保する。[戦略2]政府統計の使用を最大化する。[戦略3]データ提供において統計の作成者の能力を構築する。[戦略4]国家統計局において人的資源をあらゆるレベルで開発する。[戦略5]政府統計の法的枠組み内にジェンダー統計の開発を規定する。[戦略6]ジェンダー統計担当部署を支援・強化する。[戦略7]国家統計局と女性団体を含む利害関係者との間の対話を育成する。[戦略8]統計作成者に対してジェンダー視点をその仕事に組み入れるように研修する。[戦略9]現存するデータの出所を利用しジェンダー統計を作成するためのその有用性を高める。[戦略10]各国の政府統計を国際的報告体系に必ず組み込む。[戦略11]国際・地域的な組織・機関・国家統計局および学術・研究組織機関の間の協同を推進する。

 日本の中央政府機関には上記戦略のうち,[戦略4][戦略5][戦略6][戦略7][戦略8]が不足しているので,その強化をはかる必要があるという。くわえて,地方自治体でジェンダー統計の作成が重要な課題となるし,国際協力も一層はかっていく必要がある。

 筆者は最後に,日本でのジェンダー統計の活動のための指針を掲げている。第1は,政府統計の第一次資料を含めすべての統計資料での性別表示の徹底である。第2は,ジェンダー問題の背景,原因,現状把握のための指標の準備である。第3は,プライバシーの観点から調査の難しい項目,世帯内での資産分有など個人に分離することが難しい項目についての,調査法の開発である。第4は,影響調査の方法の開発である。第5は,日本にとって妥当な無償労働などの貨幣評価方法の開発である。第6は,ジェンダー統計(冊子)作成のためのガイドラインなど,実用的な教材の提供である。第7は,日本でのジェンダー統計研究の蓄積の国際的発信である。

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