映画の字幕について
ーブルース・リー「怒りの鉄拳」からー
字幕には、誤訳が少なからずある。しかし、これも文化・習慣が違うため故意になされたもの、つまり、外国語版制作者の意図・テレビ放映側の意図が入っていたりする場合も考えられるので、一概に「誤訳」と片づけられるものか、即断を躊躇するものではある。
ここでは、ブルース・リー「怒りの鉄拳」最後に流れる歌について、考察というより、触れてみたい。パイオニアのDVDPIBF-91136の作品の北京語バージョンのもの。
歌は、以下の通り。
【原歌】
大英雄報師仇救同門
生和死都在那一念間
阿、卻難捨兒女情
今日一去在天堂再相見
【日本語字幕】
英雄は師匠の仇を討ち
仲間のために命を捧げ
生と死の狭間を突き進んでゆく
愛する人をこの世に残して
英雄は死をも恐れず天に召された
【英語字幕】
Who says the days of chivalry are no more
Who says sellf-sacrifice is out-dated?
Here stands a true hero
Caring little about what lies ahaed
【私の訳】
大英雄は師匠の仇を討ち同門を救った
生死は、すべて彼の一存にある
あー、捨てがたい男女間の情愛をしりぞけた、
今日、死んで天国で再会することになった
翻訳者も意味深長な歌をどう訳するか迷って、上のようなカラッとした訳にしたのだろうが、やや納得できない(映像を主とするために、字幕の字数の制限もあり「意訳」の可能性もある)。英語字幕の方も、原歌と同様に韻を踏んでいるけど、翻訳になっていない。字幕ってこんなものかな。
原歌は、中国人が聞いて分かるものではなく、文字を見て意味内容がやっと理解できるレベルの歌と思われる(日本人が百人一首の歌を聞く以上の難解さがある)。
テレサ・テンやサントリーのCMの中国語の歌と比べ、古語[=文言]を使用しているので、私はそう判断したい。ここらが、中国の歌のやっかいなところ。
一応、訓読文も以下に作ってみた。
【訓読】
大英雄は、師の仇を報い同門を救ひたり
生と死は、都(すべ)て那(か)の一念の間に在れり
阿(ああ)、捨て難き兒女の情[=男女間の情愛]を卻(しりぞ)け
今日、一たび去き天堂[=天国]に在りて再び相ひ見(まみ)えたり
【あとがき】
ブルース・リーの人気は、まだ衰えていないようです。また、誤訳を指摘するのも、私だけでないようです。
「怒りの鉄拳」は、中学の時に見たものですが、カタルシスどころか、何か心にわだかまりをのこした作品でした。日本人が、中国人に憎まれていたという場面設定で、悪辣な日本人が主人公である「陳真」(リー主演)にやられ、最後に「陳真」が自らの命で償うというストーリーは、(中学時の、詳しい歴史事実が未消化のため)当時の私には理解を超えたものでした。
上の「夫病亞東」は、どういう意味か当時は分かるよしもなかった。もともと漢字は、右から左に書いていただけのこと。つまり、「東亞病夫」とは、「東アジア(日本・中国・朝鮮)の病人」という意味で、「病夫」は嘲りを含んだ言葉。
しかし、「陳真」だけ、なぜ白の背広なのだろう、泥で汚れたなら、喪服を誰かに借りれば、……など、疑問がまだのこる作品です。