
今朝の聖書の言葉はπρόσωπον,プロソーポン,人の顔,です。
πρόσωπονは面白い言葉で,πρός 前に+ὤψ 眼,顔,の組み合わせの言葉です。眼が顔を意味するらしい。たしかに,赤ちゃんの顔を判別する時に,眼が重要な働きをする,と言った実験が,下山晴彦さんの『教育心理学Ⅱ』か,どこかにありましたね。
先ほど書いたブログ現世考: 名古屋大生,発達トラウマ障害(DTD),大反響で,
「気持ちが温もりを感じるやり取りを赤ちゃんができる良質の時間」と申しましたが,その大事な一つが,赤ちゃんとお母さんが眼と眼を合わせて,ゆったりとする時間ですね。
今朝の聖書の言葉は,その連想で,πρόσωπονにしたんです。
そして,人の心は,赤ちゃんとお母さんが,眼と眼を合わせてゆったりとした時間を過ごすことから,生まれるものです。赤ちゃんとお母さんが眼と眼を合わせることが,≪共に見る≫事の元型ですし,人の心,良心の原型になるんですよね。
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