ルターは自由でしたから、今まで通りをやるよりも、自分の感じをどうやったらピッタリと言葉や行動で表現することを大事にできたわけですね。それが、あらゆる創造性の源になります。
Young Man Luther 『青年ルター』p.229は、下から6行目途中から。
私どもの関心を引くのは、ルターが修道士の誓約をやたらと先延ばしにして、30才になっちゃったことですね。この年になれば、性衝動も一段落しますし、自分を確かにさせることもできますし、価値観の揺れも収まります。ローマ教皇が1520年の9月、ルターの破門を宣言すると、ルターはローマ教皇の破門の勅書をヴィッテンベルグの門で破り捨て、他の文書とともに燃やしてしまいました。学生たちは、それを大喜びしました。若者たちがこんなに大事な事件で、ヴィッテンベルグ大学の学生であり、学部として、存在したことも珍しいことでした。翌日、ルターは「ローマカトリック教会の外に出て、自分に付き従わなければ、何人も救われない」、と宣言しました。
物思いにふけって、悩んでいたころのマルティンとは、全くの別人ルターですね。勢い、エネルギーの次元が違う感じでしょ。中世ヨーロッパで、ローマカトリックとローマ教皇ほど、権力も権威もある存在は、全く存在しなかったのに、それに立ち向かい、抵抗し、その圧倒的と思われていたローマカトリックからの自由を選択したんですからね。
私どもも、ローマカトリック教会やローマ教皇ほどではないけれども、大バカな、権力をほしいままにするアベシンちゃんと悪魔の仲間たちに抵抗するためには、ルターに学びつつ、自由でいることが大事です。
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