気侭に

その時々で気の向くままに

'18 Philippine 市場 3

2018年04月04日 | フィリピン

プリティル・パブリックマーケット
(Pritil Public Market)
マニラ市トンド
(Tondo)

 

市場の入り口

 

この市場も、中心部は生鮮食料品などが占め、その周囲にお菓子や家庭用品などが売られています。 

 
 
 
豚肉コーナー
 
 
 
 
こちらは鶏肉
 
 
 
 
赤い卵は、塩漬けされたアヒルの卵です。
普通の卵と区別する為に赤く塗られているようです。
フィリピンには、他にもふ化直前の卵などもありましたが、ここでは見かけませんでした。
 
 
 
 
子守りをしながら店番です。
 
 
 
 
ここから外へ出てみると、市場の建物の外側にもたくさんの出店が構えられていました。
 
 
 
 
 


日本製品専門店。
とは言っても、リサイクルショップのようなもの。
食器・衣類・バッグ・アクセサリ-、小型家電などが売られていました。
きっと時々日本を訪れてバザーか何かで中古品を買い込んでくるのでしょう。
私を見つけると日本語で話しかけてきました。 








多くの子どもたちを抱えての買い物は大変です。




市場に居ついている猫にしては痩せています。
きっと高齢なのでしょう。




市場の裏手に隣接してバスケットコートがありました。
ここでも子どもたちが涼んでいました。




フィリピンで見かける犬の殆どは放し飼いされていましたが、市場ではさすがに繋がれているようです。




氷水が気持ちよさそう。



 






 


市場の裏を流れる川。
 
 
 
 

'18 Philippine 市場 2

2018年04月03日 | フィリピン

 

ブルンガン・シーフードマーケット
(Bulungan Seafood Market)
パラニャケ市(Paranaque)

 

マニラ湾での漁を終えた小船が、この漁港へ戻ってきます

 

これらの小船は早朝から操業をしていたのでしょう。昼前には戻ってきます。

 

採れた魚介類を水揚げしています。

 

お父さんたちを待っていた猟師の子どもたちが、戻ってきた小船の廻りで泳いでいます。

 

水揚げしたばかりの魚介類は、漁港に隣接した市場へ次々に運ばれ分類されていきます。

 

中ではさっそく魚介類が競りにかけられます。

 

海藻もあります。

 

この貝はタホン(Tahong)と呼ばれていました。
ムール貝のようです。
ハサミを使って貝に付着した異物を巧みに取り除いています。

 

 

 

マニラ湾の魚

 

 

 

小売りもしているようです。

 

 

 

フィリピンの若い男女たちは、マニキュアでもするような軽い感覚でタトゥーを入れています。
4000円程度で入れられるようです。

 

 

 

 

 

この猫は、目の前に魚があっても手を出しません。躾が行き届いているようです。

 

漁を終えて一眠りしている猟師たち。

 

お父さんが戻ってくるのを待ち望んでいた子どもたちですが、お父さんには構ってもらえません。

 





隣接した小売市場で新鮮な魚介類が売られています。
氷が多く使用されていて、鮮度に気を使っています。



フルーツショップも。




 

'18 Philippine 市場 1-2

2018年04月02日 | フィリピン

パシグ・パブリックマーケット
(Pasig Public Market)

マニラ市郊外にあるパシグ市。
その住宅地の中心にある大きなマーケットです。
1階は生鮮食料・生活日用品が中心で、2階は衣類・アクセサリーなどが取り揃えられていて、一日中賑わっています。

 

フィリピンの市場は場内は暗くても人びとは明るいです。

 

お馴染みのトマトはカマティス(kamatis)と呼ばれていました。

 

商品が整然と陳列されています。

 

このコーナーは卸売り専門のようで、各仕切りごとに別々の果物や野菜がギッシリと保管されています。

 

大きなパパイヤ。

 

ココナッツジュース

 

生鮮食料品の店を囲む形で日用品雑貨の店が軒を並べています。

 

真ん中に見えるキルトの布巾の束は見覚えがあります。タイタイの貧民地区のお婆さんが手作りしていたものと同じですね。この市場で売られていました。

 

 

 

花屋さん

 

2階へ上がると、衣類の店が軒を並べています。

 

アクセサリー・バッグ・小物、何でもあります。

 

ひと休み、ですか?

 

マッサージコーナー。
日本では最近見かけなくなりましたが、盲目の按摩師です
気持ちよさそう。

 

 

 


'18 Philippine 市場 1-1

2018年04月01日 | フィリピン

パシグ・パブリックマーケット
(Pasig Public Market)

 

 

マニラ市郊外にあるパシグ市。
その住宅地の中心にある大きなマーケットです。
1階は生鮮食料・生活日用品が中心で、2階は衣類・アクセサリーなどが取り揃えられていて、一日中賑わっています。

 

さすがに首都圏のマーケットだけあって、商品整然としたの配列や衛生面への配慮が感じられます。

 

1/4kgの干物は日本では1000円近くしますから、100ペソ(約200円)でも安いですね。

 

さすがに早い! 見事な手さばきです。

 

カメラを向けると笑顔で答えます。

 

これはワタリガニの種類でしょうか。
それでも安い!

 

カメラを向けると嬉しそう。
このようなところにも国民性が表れています。

 

こちらは肉を扱っています。

 

豚も、日本と違って全ての部位が売られています。

 

この「PATA」は皮付きの豚足で、良く茹でた後カリカリに焼いて食べます。

 

私のカメラを見つけると、「さあ撮ってくれ」と催促されます。

 

こちらは鶏肉。

 

次回へ続く














'18 Philippine スクワッター(不法居住者)の住む地区 2

2018年03月31日 | フィリピン
Taytay city

前回に続き、今回はバイ湖からマニラ湾へと流れ出るパシグ川の河口付近、タイタイの貧民地区の様子です。

 
 
 
 
川沿いの道路を、Sさんが運転するトライシクルに乗ってバイ湖へ向かって進んで行くと、やがて、周辺の家屋の様子が変わっていきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「こんにちわ」
戸惑いながらも笑顔を返してくれます。
 
 
 
売店がありました。
「どこから来たの」
「日本からです」
品数も少なく、完売したとしても、これだけで生活するのは難しいことでしょう。
 
 
 
このお二人は親子です。
お父さんのラピスさんは、息子のシプーさんがとても親孝行だと自慢します。」
 
 
 
親子ではありませんが、仲の良いお二人です。
左のビルマさん(50歳)のご主人(60歳)は建築現場で働いていいて、ビルマさんも普段足踏みミシンを使ってキルトの布巾を作っているそうで、今では1日200ペソ(約400円)で生活しているそうです。
右側のイーネスさんは67歳で一人で生活をしているそうですが、近くに住んでいる3人の孫たちが遊びにきてくれるのが楽しみだそうです。
 
 
 
イーネスさんが家の中を見せてくださるとのことで、ついていきます。
つい最近まで、奥の部屋に水が入ってきて大変だったとか。
 
 
 
 
 
 
 








棚の上に見える、キルトの布巾を作って生活しているそうです。
目も悪くなってきたので手縫いは難しく、せめてミシンがあればと言います。



外から進入してきた水は、まだ残っていました。






イーネスさんの孫が来てくれました。
とてもお婆さん思いの坊やのようです。



外に出ると、子どもたちが遊んでいます。



「ハーイ!」









この女性には6人のお子さんがいます。皆元気に育ってくれることが望みだそうです。
「マガンダ(美人ですね)」と言うと嬉しそうに笑ってくれました。






パシグ川の対面では多数の鴨の養殖が行われています。



大きなバイ湖からパシグ川へ流れ込む水の出口。





'18 Philippine スクワッター(不法居住者)の住む地区 1

2018年03月30日 | フィリピン

琵琶湖の1.4倍ほどもあるバイ湖からマニラ市を抜けてマニラ湾に注ぐパシグ川沿いには、多くのスクワッターが居住しています。
貧困者対策よりも海外への見栄えを良くする為に、マニラ中心部のスラムエリアに居住していたスクワッターたちを追い出していることで、行き場を失った人たちは、常に洪の危険にさらされるとしても、そこに居を構えるしか方法はありません。

 

マニラ首都圏を縦断する、水草に覆われたパシグ川。

 

対岸に多くのスクワッターたちの住居が見えます。

 

表通りから細い脇道を川に向かって降りていきます。

 

川沿いに近くなると、スクワッターたちの住居密集地が見えてきます。

 

廃材を利用して、それぞれ工夫しながら住みかを建てています。

 

ここでは鶏も飼っているようです。

 

 

 

 

 

子どもたちが恐る恐るこちらの様子を覗いています。

 

でも、子どもは好奇心のかたまりです。

 

次々に姿を現します。

 

子どもたちに釣られて、大人も出てきました。

 

女性たちも現れてきました。

 

私への警戒心もなくなり、子どもたちはいつものように遊び始めました。

 

「ちょっとお宅を拝見させていただいていいですか?」
「いいですよ」

 

迷路のような通路を奥に入っていきます。

 

暗い床下に鶏がいます。

 

部屋に入ると、中には二人の老女と女の子が一人いました
左の人は案内してくれた女性のお母さん。そして病気で寝ているのが旦那さんのお母さんだそうです。

 

話を伺っていると、女の子が泣き出してしまいました。
「ごめんね、すぐに出ていくからね」

 

バナナがこれだけあって、水とガスと電気があれば、生活できそうです。

 

この小さな女の子も、幸せに育っていって欲しいものです

 

「お邪魔しました!」
通りの方から水がホースで各家に引かれているようです。

 

 

次回へ続く

 

 


'18 Philippine 人びと・子どもたち2

2018年03月29日 | フィリピン

 

 

Pasigにて

正面の小学校へ子どもたちを送った帰りの親たち

 

Pasigにて

路地裏

 

Pasigにて

「バイバーイI」

 

Pasigにて

ここの人たちはみんな陽気です。

 

Pasigにて

トライシクルの中より


Pasigにて

この女の子はタホを買っています。
タホは大豆を元にした甘いタピオカに似た飲み物(デザート?)です。


Pasigにて


Pasigにて

「私は独身だよ。結婚しない?」
「いやはや、こちらの女性はストレートです」


Pasigにて

市の老人福祉施設の入り口で待っている人たち。


Pasigにて

初対面でも、一度挨拶を交わせば身内同然。


Pasigにて

トライシクルの運転手も、カメラを向けると嬉しそう


Pasigにて

「マガンダン ウマダ!(おはよう!)」


Pasigにて

「あとで上にいくね!」


Pasigにて

子どもたちの声につられ、開いている扉から覗いてみると・・・




'18 Philippine 人びと・子どもたち1

2018年03月28日 | フィリピン

 

Teresaにて

この兄弟は、ココナッツの殻を集めています。
白い果肉をそぎ落とした後のココナッツの皮は、燃料としても再利用されます。

 

Paeteにて

フィリピンでは、都会でも田舎でも、親戚が一所に集まって生活する傾向があるようです。
この子どもたちも皆いとこの繋がりです。

 

Paeteにて

村の果物店で、ふと視線を感じてそちらを見ると・・・

 

Paeteにて

ここでは丁度田植えの時期です。
機械など使わずに、手で植えていきます。
ただ、日本の農家のように縦横のラインを揃えたりはしません。これも国民性でしょうか。

 

Paeteにて

ご飯は手で食べます。
私ももちろん同様に。

 

Paeteにて

子どもには、なんでも遊び道具になります。

 

Paeteにて

ハンモックでした。

 

Paeteにて

私がいとまを告げると、男の子がお土産にと高い木にスルスルと上り、カイミト(スターアップル)の実を沢山採ってきてくれました。

 

Paeteにて

 

Paeteにて

「またきてね!」

 

Panguilにて

川で泳ぐ若者たち。
私を見つけて「ヘイ、写真を採ってくれよ!」

 

Panguilにて

「こっちへ降りてこないかい?」

 

Pasigにて

子どもを撮ろうとしていると、大人も次々に集まってきます。

 

Pasigにて

朝の散歩

 

Pasigにて

朝の散歩

 


次回へ続く


'18 Philippine マニラ市トンドのスラムエリア

2018年03月27日 | フィリピン

 トンド・エリアは、マニラの代表的な貧困地域として、多くの子供たちが、悪臭を放つゴミの山(スモーキー・マウンテン)をあさりながら生活している様子などで以前より報道されていましたが、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が2年前に就任してからは、麻薬戦争の中心地として有名になってしまいました。
 今は既にスモーキー・マウンテンも整地され、多くのスラムエリアもかなり整理されてきていますが、貧困問題そのものが手つかずでいる以上、それまでの生活基盤を追われた人びとがその後どこに移住しどのような生活を始めているのかが私としては気になっていました。
 今回のフィリピン訪問の一番の目的はそこにありましたが、それを口にすると、全ての人達から翻意することを求められてしまいました。なにしろ数千人の死者を出している地域ですからそれも当然です。
 でも私の意思を尊重してくださったマニラ在住のBさんは、私の滞在期間中全てにボディーガードとして同行し車の運転もしてくださるという警察関係に従事する従兄弟のSさんを紹介してくださり、これでようやく本来の目的の下準備が整いました。


黃色のTシャツ姿が旅に同行してくださったSさん。そしてトンドエリアにて私の警護をしてくださる、4人のSさんの部下の方々。

 

Sさんから、移動ルートや警護に関しての指示がだされています。
私にも、腕時計を外すことやスマホを見せない事、そして住民に話しかけないことなど色んな注意が出されます。

 

いよいよトンドエリアへ入っていきます。

 

このエリアはSさんの管轄外ということで、一応この地域の署長への挨拶がてら警察出張所へ入っていきます。
ところがここで想定外の展開となってしまいます。
「フィリピンの恥部を取材されて海外に発信されるのは困るので許可できない」ということなのです。
いくら食い下がっても許可は下りず、結局断念せざるを得ませんでした。
後で聞いたところによると、その署長の言動からは現地との癒着が垣間見られ、管轄の違うSさんたちにエリア内に入られると困ることがあるから入れるわけにはいかないのだろうということでした。
恐らくこれからすぐ後にSさんによって癒着が究明され、この署長は失脚することになるでしょう。

 

Sさんの責任のもとで、スラムエリアの外側だけを車の中からの撮影のみという条件で、写真だけを撮らせてもらうことになりました。
それでもバイクで車を先導してくださってている部下の方々。

 

車の中から撮影するだけ

 

このずっと奥深くスラム街は続いていますが、立ち入ることはできません。

 

ここへ住んでいる人たちは、いったいどんな生活をしているのでしょう。

 


蜘蛛の巣のような電線






ずっとポリスたちが先導してくれています。









スラムエリアの外れまで来て、護衛のポリス達とも別れました。
今回はこのエリアの内部へ足を踏み入れることはできませんでしたが、明日は改めてSさんの管轄地域内の貧困地域を案内してくれることになりました。





'18 Philippine 植物 2

2018年03月25日 | フィリピン

前回に引き続き、カメラに収めたPhilippineで見かけた、実・樹木・きのこ等を紹介します。
名前が分からない種類もありますので、もしその名前をご存じの植物がありましたら、ぜひお知らせください。

 

チャウロコタケ

 

ウチワタケ

 


カカオの実

 

タガログ語でンガンガ(nganga)と呼ばれています

 

bayabas(グアバ)

 

大きく育ったモリンガの木。
Philippineではマルンガイ(malunggay)と呼ばれています。

 

タガログ語で”kamias”という名の木。
日本では、長葉の五斂子(ナガバノゴレンシ)というそうですが、始めて見ました。

 

kamiasの実
食べてみましたが、酸味のある果実です。
カレーやピクルスにも利用されるようです。

 

ココナッツの実

 

タガログ語でKaymito(スターアップル)
訪問したお宅の子どもがお土産として、高い木に10m以上登って取ってきてくれ、食べてみると甘くて美味しい果実でした。

 

 

トウゴマに似たこの実は何でしょう。

 

 








'18 Philippine 植物 1

2018年03月24日 | フィリピン

Philippineで見かけた、花・実・樹木・きのこ等を、カメラに収めてきました。
名前が分からない種類もありますので、もしその名前をご存じの植物がありましたら、ぜひお知らせください。

 

カランコエ

 

アデニウム

 

 

ハイビスカス

 

プルメリア

 

プルメリア

 

プルメリア

 

サンタンカに似た花

 

ベニヒモノキ

 

カロライナジャスミンに似たこの花も分かりません。

 

 

コルジリネ

 

次回へ続く


'18 Philippine  線路に住む人々 3 マニラ市トンド(Tondo)地区

2018年03月23日 | フィリピン

スラムエリアとして悪名高いトンド地区。
大統領がロドリゴ・ドゥテルテに変わってから、この地域はかなり浄化されたということです。


かのスモーキー・マウンテン(ゴミの山)も片付けられ、少し前までスラム住民たちで溢れていた線路もかなり整理されているようです。

 

赤いテントの所では古いタイヤを集めていました。

 

線路から出てきた車は修理を終え、踏切内で車の
流れに合流しようとしています。

 
 
 
 
車の部品を扱ったり、修理をする人々が集まっています。
 
 
 

以前は線路側にはみ出していた住居も、奥へ移動させられたのでしょう。

 

この場所に来る前は、なるべく人にカメラを向けないようにと注意されていましたが、こうしてポーズされたのではそれも無視。

 

どこかのゴミの山から拾ってきたものを利用して修理や組立をしているのでしょう。

 

このあたりも、今でははみ出している住居もなく、すっきりと片付けられています。

 

マニラの鉄道は今後地下鉄に力が注がれるようですから、数年後にはここも鉄道ではなく別の形に変わっていることでしょう。

 

この先にも多くの住民が住んでいるようです。

 
 
 
 
恥ずかしそうにしながらも、好奇心旺盛な子どもたち。
 
 
 
 
鶏も放し飼いされています。
 
 
 
 
カメラを向けると嬉しそう。
ただ、ここはまだ危険な地域として、私は会話を交わすことは禁止されていたので話しかけることは自粛しました。
 
 
 









'18 Philippine  線路に住む人々 2 カランバ(calamba)

2018年03月22日 | フィリピン

サンタ・ローザから南投へ15kmほどの所にあって同じ線路でつながっています。
時間があればずっと歩いて行きたいところですが、そうもいかず、車で移動しました。

 
 
 
 
もう長い間列車の通行が止められたままなので、線路が道路に埋まってしまいました。
 
 
 
 
自作のトロッコで、人や物を運んでいます。
色んな商売を思いつくものです。
 
 
 
 
「こんにちわ、あなたたちも、この先に住んでるの?」
「そうよ!」
 
 
 
 
この先ずっとこのような気色が続いているのでしょう。



次回はマニラ市トンド(Tondo)地区の線路に住む人々を紹介します。


'18 Philippine  線路に住む人々 1 サンタ・ローザ(sta rosa)

2018年03月21日 | フィリピン


サンタ・ローザはマニラから南に40kmほどの所にあります。
廃線となった敷地内には多くの人々が家を建てて生活していますが、現在、日本のJICAからの資金提供による新たな鉄道計画があるそうです。
それが本当にこの地域の活性化に繋がるかどうかは別として、そうなると、ここに住み続けている人々はまた新たな居住地を捜さなくてはなりません。

現在休止中の線路の両側には、多くの人々が住み着いています。


植物に水遣りをしている人の家は、なかなか良い生活ができているようです。

 

列車の通らない踏切が、ここの住民達の出入り口。

 
 
 
 
学校帰りでしょうか。

 

 

大人だけでなく、子どもたちも皆気さくです。



屋根の上には電線が引かれ、電気洗濯機やテレビのアンテナも見えますので、ここではそこそこの文化的な生活が営まれているのでしょう。



好奇心旺盛な子どもたちは、カメラを向けていると集まってきます。



こんにちわ!



この子が大人になる頃は、きっとPhilippineも大きく変わっていることでしょう。







「バイバーイ」
すっかり打ち解けてくれたこの子たちとも、開発後の再会は難しそうです。


次回はカランバ(calamba)の線路に住む人々を紹介します。



'18 Philippine マニラの街と生活 2

2018年03月20日 | フィリピン

マニラ首都圏

 

鉄道駅
この国では鉄道の歴史は古いのですが、今では廃線になっているものが多く。現在は、マニラ市街を中心に高架の鉄道が主流となっています。
聞くところによると、地上に敷設した線路では線路を固定する鋲などの鉄が盗まれて、脱線事故を起こすようになったことから廃止になったといいます。現在も尚、廃線となった線路に住んでいる人々の姿を目にしていると、その話も納得出来なくはありません。

 

フィリピンでは乾期でもときおりスコールが訪れます。すると道路はたちまち水で溢れてしまいます。

 

排水溝がないところでは、水が自然に抜けるまで待つしかありません。

 

マニラ首都圏には川が多くあり、このような水上バスも利用されているようです。

 

首都圏の川でも、このように漁をしている小舟が見られます。

 

市場の近く

 

夕方近くになると近くの商店街も賑わってきます

 

スコールのあとは卵を運ぶのも慎重です。



道路の水も引いて、人々も多くなってきました。






電信柱から伸びる、木の根のような電線の束。
様々な形状の配電盤がむき出しで壁面へ固定されています



トライシクルの中から見た夕方の街の風景。



これもトライシクルからです。
中はとても揺れるので、写真を撮るのは大変です。



仕事終わりには、いつもここでフライドチキン?



歩道で見かけたこれは何でしょう?

覗いてみると、男性用トイレでした。